束さんがアイドルオタクになったみたいです。   作:こー

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実は続くんです。


束さんと千冬さんがいい日の朝を過ごすみたいです。

ウィヒヒ……ぐふふふふふ……

「……」

 

 とある平日の朝。家が近い二人は今日も一緒に登校をしている。片や天才、片やその親友。この二人の組み合わせは意外と合っているのか、その関係性はかなり深い。

 

 そんな二人の片方──織斑千冬は現在一緒に登校する親友の有様を見て引いていた。いや、ドン引きしていた。

 

 普段からは考えられないような気持ちの悪い笑い方。そして止まることのないニヤケ顔。付き合いが長い千冬だからこそこの程度で済んでいるが、千冬ほど関わりが深くない者……例えば千冬の弟の一夏とかなら、即座に他人のふりをして近づかないようにするほどである。……というか正直千冬も、もうこれからこいつと関わるの止めようかなと一瞬脳裏に過ったほど。

 

 いつもなら、やれ学校になんて行きたくないだの、やれ束さんは天才だから行かなくてもいいだの、やれ行かないと母親がうるさいからしぶしぶ行ってやってるだのと愚痴を吐いてくることが多いのだが、今日はいつにも増して上機嫌。とにかく上機嫌。ここまでニッコニコな親友を見るのは初めてかもしれないなと考えながら千冬は…………無視をすることにした。

 

 触れればくっっっっっっっっそ面倒なことになる、という判断のもとに行った選択。このままなら、今日はただただ束が気持ち悪く笑っていたというだけで話は終わる。そう、考えていたのだが……。

 

「ねぇねぇちーちゃん。束さんね、今日はとぉぉぉってもいい日だと感じてるんだぁ」

「……そうか」

「えへへぇ、なんでだと思う?? ねぇねぇなんでだと思う???」

「(こいつ……)」

 

 内心イライラが止まらなくなってしまった千冬は、いったん自身を落ち着かせて、次の行動をどうするかを考える。

 

 一つは、このまま無視を続けること。今のような話しかけをめちゃくちゃしてくるが、こちらはずっとその話には興味はないぞというスタンスを取り続けるため、普通はどこかのタイミングで諦めてくれるだろう。しかしこれは普通の人ならばの話。相手は普通という言葉には当てはめることができないあの束である。おそらく諦めることはなく最低一日はこんな風だろう。その度にイライラは増していってしまうことは容易に想像ができる。

 

 もう一つは、敢えてもう聞いてしまうこと。こっちは興味のない話を聞かされることでそれなりにストレスは溜まるものの、下手に発言をしなければいずれ勝手に満足して話を終えてくれるだろう。ただしやはり相手はあの束なため、尋常でないほど長くなる可能性は十分にある。

 

 まだ完全に目覚めてない朝の脳みそを働かせ、どちらの方が精神的に楽かを何度も思考していった結果──千冬は後者を選んだ。

 

「……どうしてそんなに機嫌がいいんだ?」

「あ、気になる? うんうんそうだよね! 束さんがこぉんなにウキウキしてるなんて十年に一回あるかわかんないほどだもんね! 仕方ないなぁ、仕方ないから特別に教え痛ったいっ!!

「はやく言え」

「アイアンクローは止めてよちーちゃん……あ、機嫌がいい理由だったね。実はなんと今日はぁ────」

 

 謎に無言の時間を作り焦らす束。これでこっちに注目させて興味を引かせようという魂胆なのかもしれないが……

 

 

 

 

「────菜々ちゃんの新作CDの発売日なのです!! イェイ!!

「あぁ、やっぱりそっち関連だったか」

 

 予想通りだという風な様子を見せる千冬。しかしそれに束は不服そうだ。

 

「ってちーちゃんさ、反応薄くない?!」

「いや……大体わかるだろう。最近のお前は私に対してだけはオープンじゃないか」

 

 そう、それこそ千冬がその結論に至れた強い理由。千冬にファンバレしたあの日から束は若干変わった。千冬に対してのみ、自分のアイドル好きをさらし始めたのだ。加えてこれは千冬と二人きりになった時のみに起こる仕様である。

 

「むー……だってちーちゃん、束さんの趣味を知っても態度変わらないじゃん。ならいっそのことさらけ出しちゃおうかなって……」

「確かに私は別にお前がどんな趣味を持とうが何が好きだろうが実害が及ばなければ問題ないと思ってるが」

「んー、なんか引っかかるけどまぁいいや。それに自分の中にとどめておくよりも、無理やり共有させるほうが何倍も楽しいしね!」

「にしても限度があるだろう限度が……」

 

 何か楽しいことがあると、人間という生き物はそれを他の誰かと共有したくなるもの。もちろん束も人間であるため、もはや本能とも呼べるだろうそれはちゃんと持っている。

 

 だが束のは少し……少し? まぁとにかく、一般人のそれとは違っていた。

 

 ハマってそこまで経っていないはずなのに、異常なほどに膨れ上がった推しに対する愛を語る。それはもう語る。めちゃくちゃに語る。ぶちまけられる対象が千冬しかいないということも関係してるのか、それを一人聞かされる千冬の負担は半端なものではない。

 

 加えてどこで覚えたのか、時々『尊い』だの『しんどい』のような言葉も使い始めており、徐々に染まってきているのがわかる。なお千冬はそれを聞いて引いていた。だがそろそろ慣れるだろう。

 

「でもそれは仕方ないよ。だって止まんないんだもん」

 

 最初は勇気づけられたことから興味を持ち、そこから彼女の生きざまを見たり聞いたり調べたりしたり彼女のCDを聞いたりしている内に、どっぷりと『安部菜々』というアイドルに魅了されてしまった。

 

 その感情は篠ノ之束が今まで生きてきた中で初めて感じたもの。千冬に対してのものでも、箒に対してのものでも、一夏に対してのものでもない説明し難いその気持ち。だが悪くないと、むしろ心地よいとも感じるその気持ち。思考錯誤した結果、それが『ファン』の感覚なんだと悟ることができた。

 

 言葉で表せることができ、なお且つ自身その感情を受け入れてしまってからは、その感情の抑えが利かなくなってしまっている。ただでさえ『安部菜々』の存在は束の中でもう既に別格と呼べるほど大きくなっているのにも関わらず、知らなかった彼女の一面を知ったり、新しいものを供給されたりしたならば、彼女の存在は限界を超えて大きくなっている。

 

 それの連鎖が起こっているのだ。『しんどい』になるのは必然なのかもしれない。

 

「ってわけでこれは諦めてねちーちゃん。しょうがないことだから」

「いや、お前が自重すれば済む話なのだが」

「無理だね。うん無理。だって菜々ちゃんのことを自重しろなんて……ねえ?」

「……もう何も言うまい」

 

 言っても無駄だと把握したのかそれ以上はそこに触れなくなった千冬だった。

 

「んで話戻すけどね。今日はCD発売なんですよ! 待ちに待ったCD!! いやーもう昨日から楽しみで楽しみで……」

「……だが私たちは学校に行くから夕方まで拘束される。超人気アイドルのCDだ、その間に売り切れになるんじゃないか?」

「ちーちゃん、予約って知ってる?」

「すまん、お前がそれを考慮していないわけないな」

「そゆことー。あぁ、早く放課後になんないかなぁ……」

「……ふむ」

 

 ここで千冬に純粋な疑問が生じる。相手が他の人間でなく、篠ノ之束だからこそ浮かんだ疑問。それを投げかける。

 

「なぁ、束」

「ん? なぁにちーちゃん。はっ、まさかちーちゃんも菜々ちゃんのファンに!? うーんなんか複雑な感覚。でも興味があるならこの束さんが一から教えてあげても──」

「会いにはいかないのか?」

「──え?」

「いやだから、会いにはいかないのか?」

「………あー」

 

 千冬はアイドルに関しては何も知らない。しかし束が『安部菜々』に興味を持っておよそ半年。その期間には少なからずどこかでライブや握手会などの、ファンがアイドル会えるイベントを何かしらやってるんじゃないかと千冬は考えた。

 

 しかし現に束がイベントに行ったという素振りを見せない。語りたがる束が内緒にしておくとは思えない。束は、仮にイベントが当選性でそれに落ちてしまったとしても、一目見れる可能性があるなら絶対行く人間だと思っている千冬であるため、この疑問が出てきた。

 

 対して束は目をそらす。さっきまでのテンションとの落差がすさまじいことになっている。

 

 この反応を見て千冬は戸惑う。

 

「(普通アイドルファンというものはアイドルに会いたがるものじゃないのか?)」

 

 いや、その認識であってるばずだとでてきた疑問を振り払う。事実握手会の列がすごかったことが前にニュースでやっていた。会いに行きたい人が山ほどいる証拠だ。

 

 つまり束は、敢えて会いに行っていないということになる。

 

「……いや、本当はそういうの行きたいんだけどね。なんというか……その、まだ覚悟ができていないというか……」

「覚悟?」

「心の準備みたいなの。わかるかな……私なんかが会いに行くなんておこがましいんじゃないか、みたいな……」

「……はぁぁぁぁ」

「え、何そのため息。ちょっと束さん傷ついた」

 

 普段変なところで自信たっぷりなのに、また変なところで卑屈。親友のそんな姿に千冬は思わずため息。

 

「……なぁ束、『安部菜々』のことが好きなんだろ」

「そりゃあ当然」

「じゃあそれでいいじゃないか」

「……え?」

「何に悩んでいるんだまったく……」

 

 行動をするのに特別な資格なんて必要ない。強いて言うなら、それが好きであること。それを体現しているのが普段の束なのに、何故こんなことを私が教えているんだと呆れてしまう。

 

「……そっか。いいんだ、それで」

 

 胸に手を当てる束。何かつっかえていたものがすとんと落ちたかのような感覚を覚える。

 

 それが無くなってからは、会ってみたいという欲望が溢れて止まらなくなってしまう。早速次のイベントに応募してみようと決意する。

 

「……よぉーし! これからはもう遠慮せずに菜々ちゃんを推していくぞぉ!」

「そうか。それなら私以外に趣味を暴露するんだよな? というかしろ。してくれ」

「ごめんそれは無理!」

「こいつ……」

 

 あははと誤魔化す束に、ある程度分かってたのか再びため息をつく千冬。そんな千冬の様子を見つつ、束はゆっくり告げる。

 

「……ありがとね、ちーちゃん」

「なんだ急に気持ち悪い」

「ひどっ!?」

「普段の様子を顧みてみろ。……まぁ、どういたしまして、と言っておこうか」

「! ちーちゃんがデレた!!」

「今日はいい日なんだろう? たまにはこんな日があってもいいじゃないか」

「えー、普段からデレてくれてもいいのにー……ま、いっか! うん、今日はホントにいい日だね!」

 

 そろそろ学校に到着する。今日も昨日と大して変わらぬ日なのだろうが……何かいいことの一つでもあるのかもしれない。何せ、今日はとてもいい日なのだから。




推しと対面してきょどる束さんが見たい……見たくない?
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