許してね。
「────以上、安部菜々でした! キャハ☆」
「………はいっ、オッケーでーす!」
「ありがとうございましたー!」
とある撮影スタジオ。本日はそこでバラエティー番組の撮影が行われていたようだ。司会は大人気アイドルの安部菜々ことウサミン。彼女特有の持ち味でかなり番組としての取れ高はあったみたいで、非常にスタッフの人たちは満足そうである。
「お疲れ様です、菜々さん」
「あ、お疲れ様ですプロデューサーさん! どうでした? 今日の撮影」
「ええ、とっても菜々さんらしさが出ていたと思います。大成功かと」
「えへへ、それならよかったです」
そのまま話ながら控え室まで一緒に行き、テレビに出るとき用の衣装からラフなものへと着替え、合流してからスタッフ全員に挨拶を行う。
「お疲れ様でしたー!」
「うん、菜々ちゃんお疲れ様。またよろしくねぇ」
「はい、よろしくお願いします!」
挨拶を完了させたのでスタジオから外に出る。このスタジオは事務所からは歩いていける距離にあるほどには近く、二人は事務所を目指し街を歩く。勿論菜々は自分が安部菜々であるとバレないような格好をしている。
「あ、そういえばプロデューサーさん、今日は他にはもうありませんでしたよね?」
「えぇっと……はい、そうですね。今日のお仕事はもうおしまいです。何か用事があるのなら送りますが……?」
「あぁいえいえ! そういうわけじゃないです。……ただそろそろ何かお腹にいれたいなぁって思いまして。もしよかったらレストランにでも行きませんか?」
時間はもう正午を過ぎて午後の3時。午前から今まで撮影だったのでまだお昼ごはんをとっていないためか、苦笑いをしながらお腹をおさえる菜々。
プロデューサーはちらっと腕時計で時間を確認。一応プロダクションの意向でアイドル一人に一人プロデューサーがつくようになっているが、菜々の仕事が終わったら自分の仕事も終わったことになる、というわけではない。戻ってからも仕事はちゃんとあるのだが……少しなら大丈夫かと判断して、菜々の提案に乗ることにした。
「……そうですね。ご一緒させていただきます」
「じゃあ行きましょう! この前新しくこの辺りにレストランが出来てて、少し気になっていたんですよ」
やって来たのは一番近くにあった有名チェーン店のレストラン。しかしこの辺りではあまり見ず、名前だけは知っている程度だったので少し新鮮味はある。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったでしょうか?」
「はい、二人です」
「こちら全席禁煙になっておりますのでよろしくお願いします。では、こちらにどうぞ」
正午過ぎということもあってか、思っていたほど混んではいなかったようで、すぐに席へと案内された。
「さて、何にしましょうか」
「今日はなんだかパスタの気分だったんです。プロデューサーさんもいかがですか?」
「そうですねぇ……言われてみたらなんだか食べたくなっちゃったのでそうします」
直ぐに食べたいものが互いに決まったみたいで、店員さんが水を持ってきたタイミングで一緒に注文をする。
「──以上でよろしかったでしょうか」
「はい、お願いします」
「……あの、すみませんお客様、少しだけよろしいでしょうか」
「「?」」
注文をとった店員さんが仕事の顔から少しだけ素を覗かせる顔になって申し訳なさそうに小声で尋ねてきた。二人は何だろうと思いつつも店員さんの言葉を待つ。
「もし違ったら失礼なのですが……安部菜々ちゃんですよね? アイドルの」
「あ、はいそうです」
「やっぱり! あの、握手とかはやっぱり今は厳しいですよね……?」
「……すみません、彼女は今オフでして」
プロデューサーがストップをかけるが、菜々は笑顔で手を出して止める。
「大丈夫ですよプロデューサーさん。あの、握手ならオーケーです。はいっ!」
「わぁ…! ありがとうございます! いつも応援してます! 諦めないで夢に向かって突き進んだその生き様に惚れました! これからも頑張ってください!」
「こんなに応援してくれるなんて……えへへ、嬉しいです!」
「幸い私以外は気がついてないみたいなので、多分もうお騒がせすることはないと思います。では仕事に戻らさせていただきますね。ごゆっくりお過ごしください!」
ニッコニコな笑顔で仕事に戻った店員さん。本来ならオフのときは断るようにしているのだが、さっきまで仕事だったことで若干オフになりきれていなかったのかもしれない。
そして店員さんの言うとおり、あの店員以外に菜々のことを気にしていそうな人はいない。さっきの出来事もお互い小声で済ませたこともいい方向に働いているようだ。というかむしろ何で変装しているのに見抜いたのだとちょっと店員さんに恐怖心を抱くまでであった。
ふと、プロデューサーはさっきの出来事を振り返っているとある疑問を抱く。そのため料理が来るまでの少しの間、そこで聞くことにした。
「あの、菜々さん。ちょっと気になったことがありまして。質問いいですか?」
「プロデューサーさんがナナに質問ですか? 珍しいですねぇ。何でしょう?」
「答えにくいことだったら申し訳ないんですけれど……」
目の前にいる安部菜々というアイドル。メイドカフェにてスカウトし、そこからトップアイドルに登り詰めて現在に至るまでずっと見てきたアイドルだ。まさに生きるシンデレラのよう。
「……菜々さんは、その夢が折れかけたことはないんですか?」
しかし、彼女が折れそうになっていたのを見たことがないと思った。
どの分野でもそうではあるし、安部菜々でも同期のプロデューサーの担当アイドルであってもそうだったのだが、誰しもが必ずどこかで壁にぶつかる機会がある。どんな壁なのかは人それぞれ異なり、乗り越えるのは助けては貰えはするものの自分である。
この際ほとんどの人は折れかける。もうダメだと、これは以上は無理だと投げ出してしまいそうになる時期がきてしまう。基本これを乗り越えて次へ進めるものである。
しかし、安部菜々というアイドルがそうなった姿を見たことがない。元々才能があったのは事実だが、特に自分がスカウトするまではアイドルにはなれていなかったのだから折れかけてもおかしくはないはず。
けれど現実はスカウトした時も折れかけてはいなかったと記憶してる。これではまるで本当にあのファン店員さん言うとおり、諦めないで夢に向かって突き進んでいたことになる。普通の人はまずそんなことはできない。
本当に彼女は折れることなく突き進んだのか? そうだとしたらどんな思いでやってきたのだろうか? そうでなかったとしてもどこで折れかけたのか? 色々気になった。
「……ありましたよ。もちろん」
その返答でプロデューサーはやってしまったかと感じる。辛いことを思い出させてしまったと。しかし当の本人は懐かしむように顔を朗らかにしている。
「そういえば、これは誰にも話してませんでしたねぇ……面白くない話かもしれませんが、私の中では大事な思い出なんです。ちょうど時間も少しありますし、聞いてくれますか?」
「もちろん」
まさかの即答に少し驚きながらも、微笑みながら菜々は語り出す。今だけはウサミンのことを少し忘れてくださいね、と前置きを置いて。
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時は、今からちょっと昔。菜々がまだアイドルになる前のお話。
昔からのアイドルになるという夢を叶えるため。首都に近いこの場所からならアイドルの夢も叶うだろうと選んだこの場所。
さあ自分のアイドル人生がこれから始まるんだと胸を張って過ごしていたのだが……現実はそう上手くは行かない。
生活をするため常にバイトの日々。職場を転々としつつ、ついにアイドルに近くなれる且つ給料もそれなりに良い素晴らしいメイドカフェで働くことになった。
ここでメイドカフェがアイドルに近くなるとした理由としては、このメイドカフェの地下ではたまに喫茶店のメイドによるライブが行われていたからだ。さらに噂では、そこにスカウトの人がやってくることもあるのだという。
バイトだらけの日々にあったプライベートな時間はほぼ全てアイドルになるための身体作りやメイクなどに裂いてきていた。ここでようやくその努力が報われるんだと信じていた。
だがやっぱり現実は甘くない。
ファンはそれなりに出来た。しかしそれより先に行けない。目指していた光は見えてきたのにそこにたどり着ける気がしない。届かない。
最初は一緒の志を持つ同僚と共に頑張ってきていたし、年下の同僚も出来た。全員が良い人で、互いに励まし合ったり切磋琢磨しあった。
だが年齢を経れば現実が嫌でも目に入る。
菜々は見てきた。もう無理だと諦めた人、もうやれる歳じゃなくなったと身を引く人、就職を機に離れる人。様々な理由で辞めていった人たちを。
辞める人がいれば新入りもいる。しかし彼女らも上記のような理由で辞めてしまった。
こうしてそれを見てしまうと菜々も感じてしまう。自分も無理なんじゃないか、もう辞めるべきなのでは、自分には無謀だったんじゃないか……などと。
だが夢を諦めきれなかった菜々はやり続けた。いつか絶対アイドルとして輝くためにと、身体が悲鳴を上げても休むことなく努力をし続けた。
その結果、かなり調子が落ちてしまった。以前みたいに動けなくなってしまった。店長からも遠回しに諦めたらどうかと問われてしまったほど。
「はぁ……」
店長からの好意で休みにしてもらったその日。菜々は特に何かする気も起きず、かと言って何もしないのはよくないだろうととりあえず外に出てはみたが思うように身体は動かず、公園のベンチに座っていた。
「……どうしよう」
夢が、遠い。遠すぎてもう見えなくなりかけてるほど。
だけど諦めたくない。でも現実は……。それでもやっぱり────と、頭を悩ませる。
「……よしっ! とりあえず自主トレ!」
考えるよりも身体を動かそう、とその場から立ち、柔軟や走り込みなどを行う。だがやっぱりまだ調子はもどってないみたいで中々上手くいかない。
やっぱり、もう辞めてしまおうかな……とネガティブになりかけてすらいた。さらに……
「……なんでナナ、こんなことしてるんだっけ?」
なんで自分が今こうしているかも分からなくなってしまってきてしまった。努力しても中々報われない日々。日に日に痛感するその無謀さ。
「あっ……」
ついには涙まで流れてきてしまった。……それでも、頑張らないといけない。
「……やらないと」
タオルで無理矢理涙を拭き、またトレーニングを始めようとしたその時───声をかけられた。
「ねぇ、なんでそんなにくるしそうにがんばるの?」
とっても高い、女の子の声。こちらに向かって本当に不思議そうな声で問いてくる。
目をやる。ピンク色の長髪、そして白と青のドレスみたいな服を着ている小さい女の子で、そこらの小学生よりも小さいくらいの身長。なんだか兎みたいな子だ。
「あの、君は? お母さんとかお父さんとかは近くには?」
「いいからこたえてよ。なんでくるしそうにがんばるの?」
「なんでって……」
なんて答えようかと考えて、とりあえず素直に答えることにした。
「……なりたいものがあるから、かな?」
「なりたいもの? それってたのしいものってことだよね?」
「え? え、えぇまぁ」
「ふぅん、ぼんじんはそうするんだぁ……ぷっ、へんなのぉ!」
バカにしたみたいに一蹴してくるその子。少しイラッとした菜々だったが、落ち着いて理由を聞いてみることにした。
「なんでそう思うの?」
「なんでこたえなきゃいけないのーっておもうけど、とくべつにこたえてあげる。だってさ、たのしくなるためなのにくるしくなるんておかしいじゃん!」
「おか、しい?」
「あたりまえじゃないの? だってそんなふうにしてたらいつかいやになるにきまってるし」
「……!」
的を射られた感覚を菜々は覚える。確かにそうなりかけていたから。辞めてしまおうかなと一瞬でも感じたことがあったのだから。
じゃあどうすればよかったのか……と考え始めた時、またしても女の子の言葉が脳に響く。
「ふつーはやりたいことはたのしいことなんだから、たのしくやってかないとだめだよ」
その言葉は深く浸透していった。忘れていたからだ、アイドルへの感情を。初めてアイドルというものを見たあの時の感覚を。
そうだ。私はあんな風になりたかったんだ。あの舞台に立ってみたかったんだ。
アイドルみたいに振る舞っているだけでも楽しかった。ダンスや歌が上手くなっていくたびに面白かった。あぁ、どうして忘れてたんだろう。あの頃の感覚を。
楽しんでやる。そんな当たり前のことを、目の前の子に教えてもらった。
「……ありがとう、ちょっと元気出てきたよ」
「え、あっそうなの。なんでげんきでてきたんだろ……やっぱりぼんじんってわかんないや……」
「じゃ、私もっかい走ってくるから!」
その子を置いてまたトレーニングを始める。今度のは違う。さっきみたいに闇雲にやるんじゃなくて、楽しんでやる。忘れてたあの頃の感覚を思い起こしながら、着実にやっていこう。
その日から、菜々の調子は段々と戻り始めていくのだった。
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「……菜々さんにそんな過去が」
「とはいっても、かなり前なんですけどね……あっ、この話、誰にも広めないでくださいね?!」
「もちろんです。……ウサミン星人って設定が崩れちゃいますからね」
「設定っていわないで下さいよぉ……」
するとこのタイミングで注文した料理が運ばれてきた。同じパスタにしたためか二人分一緒にきた。
「それじゃ食べましょうか」
「ええ、それでは……」
「「いただきます」」
丁寧に手を合わせて食す。食べながら、さっきの話の続きをしていく。
「じゃあ、今の菜々さんがトップアイドルになれたのは、その子のお陰という面もあるってことですか?」
「面どころか、かなりあると思います。あの子のお陰でナナは思い出せましたから」
「もしかしたら、その子は菜々さんのファンになってたりして」
「そうだと嬉しいですし、お礼も言いたいんですけどねぇ……何せあの子は小さかったですから覚えてないかもですし、何よりアイドルに興味を持つような子じゃなかったんですよね」
「そうなんですか……」
「ナナとしては会いたいんですけどねぇ……」
そんな話をしながら、二人はゆっくり食事をするのだった。
兎ようさぎ、どこにいる。もう遠くに行ってしまったのか。それとも離れている途中なのか。
いやいや案外、すごく近くにいるものなのかもしれない。
菜々さんの思い出の中の女の子って誰やろなぁ()
なお女の子はこのことを完全に忘れている模様。