ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
人が生きていく内に必ず負う罪と傷。これが無ければ人は痛みを知らず輪は成り立たない。だが一度知れば距離が開く。傷つき傷つけられながら測り測られ受け入れ拒絶され終える。
人と獣が違うと説くのならこれこそ大きな違いだ。本能ではなく理性から生まれる恐れを怖れ、畏れ、懼れる。
――地には然、
起こりは明時、
雲の峰言祝ぎ、
魔楼恬淡を示し、
千歳玉を乖離し、
なべて御霊ここに流転す。
あぁ世界はこうまで不細工な色に染まったというのに美しい。私が望んでいたのは真逆だというのに、一つの機能にのみ重きを置いたモノは自然の美が備わる。どうせなら狂ってしまえもっともっと。そしてこのまま私も同様に眠りにつきたい。
何もかも忘れて愛しいあの子を抱いて耳をふさぎ世界の終焉を観ようか。
世界はついに自戒/自壊する。一人のエゴによって。
深夜0時、町から明かりが消え文明の光が闇へと残滓を残す時間。一目見てもただの景観の一部と言えるようなおかしな程普通な一軒家。
季節は夏の到来を感じさせる6月中旬、梅雨の影響もありべた付く気温が続く中、癒月ちょこは頭を抱え込んでいた。それは決して過ごしにくい天気になどではない。問題はもっと大きく、どうしようもない。
悩みの中心は地下のあの存在だ。癒月ちょこにとって愛おしく憎むべき存在。
アレの行動、いや存在そのものが理解でいなかった。魔族の中でもトップクラスの長生きの自分にとって未知というのはそれだけで好奇心の塊であり恐怖だ。だがあれはそもそも未知とかではない。
この世に存在してはいけない/この世のものではない、あるだけで世界と生物をを傷つける外来種に似た厄介性だ。有るというだけでまずい。
「ふぅ……」
お茶で喉を潤わせながら本を開く。
古今東西の神話、民族学、伝承、風俗。多岐にわたる本を取り寄せ収集してきたがいまだアレの説明ができていない。たった今開いた本にもそれらしき情報は皆無だった。
そのことに若干の苛立ちを覚えてかつては先進国の都市の一等地にビルを建てられるほど貴重な古書を放り投げる。
口に手を当てながら考察する。何が起きて、何が起こるのか。
わからない、何をしてもわからない。
やはり本人と
一カ月に一回、部屋に入り面と向かって話せる時間がある。それは満月の夜。魔族にとって満月という特別な時間がそうさせるのか、あるいはその時だけ吐き出す呪詛が弱まるのか、あるいはその両方か。とにかく今日は一カ月に一回の特別な日。
癒月ちょこは高いハイヒールをコツコツと鳴らしながら長い階段を下りていく。五階から一階へと一歩一歩踏みしめていく。空間拡張はいまだ侵食されていないようだった。
思えば癒月ちょこがはもうこの家の一階から四階を破棄してからそれだけの時間がたったのだろうか。階段から壁にかけては黒く変色しておりびっしりと赤い線が刻まれている。その線は時折どくんどくんと拡大と収縮を繰り返し生命を――しかし真反対の嫌悪感と不快感を感じさせる。
これでもまだましな状態だ。満月以外の日は活動が異常でこの赤い線は分間300回以上の鼓動を行い、中に流れる『ナニカ』が肉眼でも追いきれないほどどこかへ送り出される。
一度この赤い線に振れたところ『ナニカ』は癒月ちょこの体侵食しかけた。慌てて腕を切り落とし事なきを得たが実際に触れても正体が理解できない。
「よっと……」
崩れた階段をジャンプして着地すると首をひねりながらあたりを見渡す。
かつては生活スペースとして使っていた一階はひどいありさまだ。どこへ続いているのかわからない穴と地面から染み出す黒い粘性のきつい液体。歩くたびに力を込めねばならず、ゴキブリを捕獲する罠のようだと思う。
壊れた壁を抜け、隣の部屋に入り黒い液体の中に袖をまくりながら手を突っ込む。そして手を上げるとそこには地下へ続く扉が液体の中から現れた。
癒月邸の秘密の地下室の入り口。癒月ちょこを癒月ちょこたらしめるそれは今では一つの工場だ。
扉の先は光の存在を感じさせない完全な闇だ。光はなく、においもなく、空気の味がせず、音もせず何も触れられない。
あるのか認知できない空間の渦が否定と嫌悪と憎悪をもって顔をのぞかせる。
だが臆することなく癒月ちょこは足を踏み入れる。
「おっと……」
目的の地下30mに
(今日はえらく近い。もしかして上機嫌なのだろうか)
そんなことを想いつつ目的地の部屋の扉の前に立つ。
一つ深呼吸をして昔の自分を取り戻すと静かに、決して大きな音を立てないように扉を開ける。
「あ゛あ――、あ、え、オオ、オハよウございまス――」
この世のものとは思えない音を立てた後、鉄格子の向こう側で、抑揚を感じさせない声で挨拶するのは――
「あレカらな――な゛な゛んカゲツですカ?」
地上の惨状を起こしているのは――
「
星本颯太だった。
「おはよう。一カ月ぶりね」
初めにあいさつした後一カ月の時間を自覚させるのがこの検診の決まりだ。
唯一黒く変色しておらずそれどころか時間の劣化を感じさせない椅子に座ると癒月ちょこは髪をかき上げる。
目を細めながら観察を行う。壁に固定された手錠に繋がれた左手。両足も前回と変わりない。
だが――
(穴がわずかにだけど広がっている――)
穴の中心に刺さった右手は重力に従うことなく中心で固定されている。手首から先の穴は光を通すことができず中も指先も確認ができない。
そして何よりも異常なのは穴からは絶えず一定の量の液体が流れ地上へ浮かんでいた。背中にはおびただしいほどの量の赤い線が細かく生え、壁を伝いこれも地上へ伸びている。
すべての始まりはあの日だ。
ちょこが星本をヴァンパイアの呪いから蘇生させた後、記憶がないと知って絶望した彼は激励に聞く耳を持たず
それどころか精神に異常をきたした。
他人を怖がり独りを恐れた。
ちょこが話しかけるだけでも体を跳ねさせて震える。四六時中蹲っているのをどうにかしようと無理やり顔を上げさせた時にはナイフで目を潰してしまった。誰かの顔を見て温かさを覚えるのならば永遠の闇にいたいと。
記憶。他人と触れ合うことを、そして忘れてしまうことを忌避して人の存在を忘れる。有るものを無いと決めつけ世界から身を守る。
在りし日の喜びではなく、屈辱に耐えた憤りでもなく『無』を尊ぶ。
世界の地獄を認知せず殻に閉じこもり―― 自分こそが一番不幸だ
人とのかかわりに恐怖し―― こんなことなら人と出会うのではなかった
すべてを拒絶し―― 枯れた果てた火はもう灯らず
星本颯太は
ついには病院でちょこの前で動かなくなった星本は心臓の動き以外時が止まった。目も胃も脳も活動を止めた。
これに気が付いたちょこは急いで星本を自宅に運ぶと治療を施した。しかし何をしても起きることはなく、何もせずとも死ぬことはなかった。
見たことも無いこの状態に困って経過観察を始めて200日目に事件は起きた。
突如、喉が裂けて血を吐きだすほど絶叫をし「この巣のΩは角から光が反転する」「
すぐさまちょこは心臓を復元しようとしたのだが、まるでそこにはもともと
それからは悲惨の一言だ。胸の穴から黒い液体が流れ地面を汚していった。呪詛の混じった黒は地面を追いつくした後、赤い線が這い始める。生物の存在を許さずこれに振れたものはすべからく死に、飲まれ痕跡事消えた。体も、精神も、そして記憶からもだ。
液体にのまれた人は、土地は、森羅万象は
液体はゆっくりとしかし着実に世界を飲み込み始めた。対処に当たるが対応策は何も意味がなかった。物理による法則も魔術による法則も受け付けず分け隔てなく飲み込んだ。
この液体の厄介さは面ではなく線で飲み込むということだ。
地面に垂れた時は即座に地下何万mを瞬時に消し去る。海ならば海抜以下の深海魚も数秒で消える。これは前へ進むのではなく下へ落ちているのだ。海に流れ落ちて生物が消えていると報じられた時世界はパニックになった。
今では地球の表面の77%が飲み込まれ人類の82%が死んだ。飲み込まれ、食料の奪い合いに殺し合い人類の半数が散った。
「人も亜人もほとんど死に絶えたわ。今では大陸の中心に寄せ合い
世界は統一され一人の王によって動かされている。液体がこの世に生まれる前に生まれた王はその強権を振るい世界を平らにした。
「だからこそ人は死に、人類は生きている。皮肉というより喜劇ね」
一人で言葉を転がしながら思い耽る。未来に繋がるはずだった、過去らしきものを。
「結局、あいつの理論が今になって証明されたわね。人類は追い詰められてようやく――」
苛立たしげに椅子から立ち上がる。奴の満足げな顔が浮かんできて吐き気がしてきた。
ちょこは星本に向き合う。
「あいつを打倒し、これを終わらせるのはあなただと思っていたけど……」
鉄格子を上から下へなぞると目元を拭う。長い時間を費やしてきた自分の夢はここで終わるのだろうか。それともこれこそが望んだ結末なのだろうか?
感覚というものがあるのかも疑わしいが、それでも残りかすのような張り付いた残滓が星本を一時人へ戻す。
「チョこせ――い、なゼナイテいるのデすカ?」
目の前の存在からの問いに意味などない。答えなくともすぐに意識は落ちる。答えたところで次に会う時にはもう忘れている。だが――
「あなたが何千年も待たせるからよ」
その問いにあることを悟ったちょこは目元を覆いながら言った。
西暦30××年の2月、ちょこと星本の出会いの日からちょうど1000年目の出来事だ。
星本颯太が立ち上がることができず全てをあきらめた世界。
この世界では■■■■■が■■■■することにより世界そのものが終わる。その装置になったのが星本颯太。
ちょこ先生は最期まで信じ続けたがあの一言で悟り、その後に颯太の膝の上で息を引き取る。
一番不幸なEND。