ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
結局のところ、俺がやりたいことは何だろうか。生きる意味というものが俺には何もない。
記憶が消えた今、自分はどういう人間で何を思い何を成したのかわからない。それをおくびにも出さないが怖くて仕方がなかった。ただ息をして、他者の命をいただき、命を燃やしているのは死にたくないという根源的な恐怖から逃げる惰性の生。
人はなぜ生きるのか?
この究極の問いに答えを示して見せた人は1万年近い人類史の中で誰一人いないのかもしれない。
当然だろう。俺たちが生きるのは「死にたくない」というプログラムに沿っており、それを見ないふりをして何らかの理由を与えようとしているのだから。正解が目の前にあるのに、わざと蓋をして意味を与える。
人が生きるには幸福や、使命や、愛という「ナニカ」に依存しなければ壊れてしまうのかもしれない。なまじ知性をつけ、文明を開いた弊害がこれなのだろう。
……つまり俺が言いたいことは一つなわけだ。
俺は俺が何がしたいのかわからなくなってきたのだ。
夢を見た。子供のころ、自分はこの町で誰かと会っていた。それは楽しく、苦い思い出。
なぜだ?なぜ俺はあの子との思い出を忘れたことに対して胸に穴が開いたような空虚感を感じながらそれに安心感を抱いたのだろうか。
それは自分にとって全く新しい未知で、越えなければならない壁で、確かな繋がりだった。
でも俺はあの子に……黒い感情を持っていた。
手を闇へ伸ばす。これから先にあるのは暗い道だ。自分で見ないふりをしていた自分の汚い部分。
どこまで行っても俺はあの子とは違う、ただの人間に過ぎないんだよ。
ああ、そうだ。人間なんだよどこまで行っても。この手でつかむことができるのは一握りで、歩ける距離はわずかだ。見える世界なんてずっと狭い。
後ろを振り返る。あの日、俺の心根に宿った灯火が揺らめいている。
しかしその火はとても小さい。触れるほど近づいても足元が見える程度。
やっと理解できた。
これは俺の『覚悟』なんだ。醜く、汚く、不快で、煩わしい俺にとって唯一誇れる綺麗なモノ。
この火が照らす範囲にロボ子さんが見える。ちょこ先生が見える。そして白上さんやミオさんが、ぼたんさんがうっすらと外に立っているのが見える。
今の俺にとってこれだけなんだ。星本颯太という入れ物に入る繋がりは。
そして気が付いた。
俺はどこまで行っても伸ばせる手の範囲は小さい。
だから――――
繋がりを誰よりも欲し守る俺は
「ん――」
最初に飛び込んできたのは目に痛いくらい綺麗な白。ただ綺麗な白というだけで清潔感を感じさせる。
続いてゴォォォォォと何かしらの機械で空気を排出している音をうかがわせる。加湿器だろうか?
「ここはだだだだだだだだだ!?」
体を起こすと腕と足から尋常じゃない痛みを感じる。
「あらー?おきたのー?」
周りを仕切るカーテンをどかしながら入ってくる人物が一人、ちょこ先生だ。
とゆうか隣ベッドなんだがこの人寝てたの?養護教諭だろアンタ。
「ちょこ先生体中が痛いんですけど何したんですか!?」
「そこで即私を犯人扱いとはいい度胸ね」
医療過誤しそうな医者ランキング万年一位だろアンタ。おっぱいが無かったら訴えてるぞ。
「ただの筋肉痛よ。若いから明日には治るわ」
「いやこれ尋常じゃない痛みだだだっだだだだだ!?」
筋肉痛なんて経験がほとんどなかったがこんなに痛かったのか?全身の皮膚の下を握りつぶされるようだ。動かすのも厳しい。
「な、治してください!魔法でパパーっと!」
「いやよ面倒くさい」
「医師免許剥奪されろ!」
まさか目の前に患者がいるのに見捨てる医者がいるとは思わなかった。
「今とても忙しいのよ。筋肉痛を直すためにMPを一でも消費したくないのよね」
「うぐぐぐぐ……」
絶対嘘だ。起き抜けで体がだるいとかそういう理由だ。
枕に手をつき、体を反転させながら痛む体を起こす。空はもう赤く、日は地平線へ顔を隠し始めていた。時刻はもう18時過ぎ。あれから6時間も寝ていたことになる。
ベッドわきに几帳面に並べられている靴を履き、カーテンを全開にして保健室全体を見渡す。どうやら客は俺一人のようだ。
ちなみに隣のベッドを触ると全体的に温かった。絶対に寝てたな。
「つつつつ……。これ帰りどうしよう」
「…………。そんなに痛いならここに泊まればいいわ」
数拍置いた後にちょこ先生からまさかの提案をいただいた。保健室に泊まるか、悪くない案に思える。
ホロライブ学園は広く設備が整っている。シャワー室ならどこかの部室にあるかもしれないし、夕食はそう遠くない場所にあるコンビニで済ませればいい。そしてベッドは数個ある。
それに生徒が学園に残るなら監督役の先生もいるだろうし。ちょこ先生と同棲というのは……ふむ、悪くない。
「私は大事な用事があるからすぐ帰るけど」
「つっかえ!」
ちょこ先生がいないなら泊まるメリットが半減、いや皆無じゃないか!先生のシャワー後の姿とかそういうえちちな私生活見れると思ったのに!
仕方ない。学校から自宅まではそう遠くないんだ、我慢して帰ろう。
ベッドに腰を掛け、カバンの中身を整理、確認して帰り支度をしていたら先生に呼び止められた。
「ついでに検診してあげるからこっちにいらっしゃい」
机の前に丸椅子を引っ張ると指を指すちょこ先生。
体中の痛み以外、外傷はないが一応見ておいてもらうか。
椅子に座ると向き合いながら聴診器を掲げる先生と少し雑談に興じることにした。
「そういえば俺はどうしてここにいるんですか?」
「バトルロワイヤルの途中で気絶したのよ。原因はスタミナ切れでしょうね」
「スタミナ切れ、ね……」
どうもおかしい。毎朝愛犬と散歩で走りこんで体力に自信があったのだがここまで体力がなかっただろうか?
「ちなみにあなたをここまで運んだのは褐色のエルフの子よ」
お ま え か 。
人にいきなり強さを試すとかのたまった挙句、鬼にあることないこと吹き込んで戦わせようとするなどという殺人幇助罪を犯したあいつか。何?見張ってたんか?
でもわからないな。なぜ俺をわざわざここまで運んできてくれたんだろう。少なくとも俺に殺意があるわけではなさそうだが。
「あのエルフの子あなたを今にも殺しそうな顔で睨んでいたわよ」
前言撤回。俺きっと記憶がない時に恨まれるようなことしていますわ。親の仇とかですか?
しかし本当にわからない。なぜここまで粘着されるのだろうか。彼女は俺のほうを知っているという感じだったのだが……。
いやそういえば彼女は吸血鬼の噂をもとに来たという感じだった。ならば俺が記憶にない、エルフの森の誰かと……?ダメだ、思い出そうとすると深い霧に覆われるように消え去る。何かここにとても大事な記憶があった、そう確信できるんだが……。
「記憶はやはり回復しなさそうね」
俺の表情から察したのだろうか。ちょこ先生は俺の胸に聴診器を当てながら口を開く。
「ええ、まぁ……」
自分の記憶がないというのは奇妙な感触だ。もっとこう、いろいろと不便で、記憶がないことに気色悪さがあるもんだと思っていたが全くそんなことなかった。
「なんとなくわかるわ。記憶がないということの感触に戸惑いがあるんでしょう?」
「はい……」
俺はどんな人間なのか。わからないということに対して嫌悪感を覚えそうなものなのだが、それとも俺がおかしいのだろうか?
「忘れてないかしら?あなたは記憶に注目しているけど感情も持っていかれたのよ?」
「あ……」
完全に忘れていた。大きすぎる命題に目を奪われていたが俺は感情も一部消えていたのだ。
そこで思い出すのは初めてちょこ先生と出会ったあの日。俺はあの時記憶がないことを教えられて、それで気持ち悪くないのに気持ち悪い――
「不快感?」
「たぶんそうでしょうね」
俺が持っていかれた感情の一つ。何かに気持ち悪い、嫌悪感を抱くこと。俺が吸血鬼を倒したときに負った弊害。
「そんな――そんなひどい――あれ?……別にいらなくないそれ?」
生きていく中でいらないように感じられるんだが。むしろ邪魔だ。
「そんなことないわよ。人間が生きていく中で無駄なものなんてないの。
そんなもんなのだろうか?人間にとっては生きていく中で邪魔なものは多いように思えるが……。
それよりも気になることができた。それはちょこ先生の事情について。
「ちょこ先生。教えてください、俺の記憶のありかについて……
突如ちょこ先生の動きが止まる。
「お願いします、教えてください。俺は先生と結んだ魔法のせいで自らの意思で動くことができません。だからせめて――」
「だめよ」
ピシャリと言い放つ。そこには巨石の様に動かせない確固たる意志のもとにある一つ。俺が覚悟決めているようにちょこ先生も一つの覚悟があるのかもしれない。
そして理解している。それが俺のためだということも。けれども――
「先生!お願いします!せめて俺の奪われたものがどうなっているのかだけでも教えてください!」
「…………」
「俺に力が無いことは十分理解しています。だから自分から探そうともしないし、魔法による縛りがある!ただ俺は俺の大事なものがどうなっているのか知りたいだけなんです!」
「…………」
「ちょこ先生!」
俺は弱い。それは今回のバトルロワイヤルで充分にわかった。世界は広く強く、奴らはそれ以上に残忍だということも。でもそれだからと言って我慢できるほど利口な存在じゃない。一つだけ、俺の記憶や感情がどうなっているのかだけでも教えて欲しい。
しばしの沈黙の後、先生は口を開いた。
「あなたの記憶と感情は四つに分けられてそれぞれが保管しているわ。『誓約の騎士』『斉一の悪魔』『魔導皇帝』『不退転の軍師』こいつらは脱獄した旧魔王軍の幹部よ」
「4人……」
「こいつらはそれぞれがそれぞれの方法でエネルギー集めをしているでしょうね。まだこの町からは遠い場所にいるけどいずれここにきてもおかしくはないわ」
4人。俺がいずれか倒さなければならない相手。時間が過ぎればこいつらは俺の記憶をエネルギー源として使うのだろう。それを阻止するためには出来るだけ早く討伐しなければならない。でもまだ実力が追い付いていない。
早くしなければ。他人任せなんてしていられない。俺が――俺がこの手で殺――
「落ち着きなさい。らしくない顔をしているわよ」
先生に両手で顔を挟まれる。
……どうも思考が良くない方向へ向かっていったみたいだ。
何を慌てているんだ。記憶のために死にに行ってどうする。俺がやるべきことは特攻じゃないだろう。
「すみません。慌ててしまいました」
俺がやるべきことを見失うな。
そうだ。慌てる必要はない。一歩一歩前へ進むことしかできないんだ。
計画は図らずも俺が潰している。ならその時は当分先になっているだろう。
ピローン。
携帯からメッセージの着信音が鳴る。ロボ子さんからだ。
……?俺連絡先教えたっけ?……怖。
中身を確認すると一言だけの短い文章だった。それだけだったが――
「あら?なにニヤニヤしているの?」
「いえ、別に」
ただ嬉しかっただけさ。文の内容と、他人の幸福を嬉しく思える感情が残っていたことに。
『はろーぼー!バトロワ一位とったぜ (*^ ^)v 』