ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート   作:かとしょう

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 難産でした……


月蝕の妖精 7

 靴紐をほどき、また固く結び直す。なんでもないこの動作を繰り返すのは都合5回目。

 これから起こること、成すことを考えれば準備をし過ぎて困ることなんてないとは分かっているのだが、それにしても我ながら落ち着きがなさすぎると自重する。

 

 時間は午前3時30分過ぎ。デュラハンとの決戦まで残り30分も無くなってしまった。

 

 公園の裏手口前のアスファルトでこれから起こる勝負のシミュレーションを何回も行う。

 だが、────

 

 「正攻法じゃやっぱり無理かなぁ」

 

 勝てるビジョンが浮かばない。

 

 昨日垣間見せた実力、魔力と剣技はアイツにとってお遊びだった。そのお遊びでも俺が何年修行に励めばいいのか想像が難しい。

 なにより足と利き手の不調がある。万全の状態でも無理な挑戦をこんな舐めプですることになるとは。俺はゲームでも初心者(うさぎ)相手でも全力で狩りに行くことに定評があるんだがな。

 

 肺に目一杯に酸素を取り込んだ後に、細く長く小さく吐く。

 丑三つ時ということもあってか周囲の住宅からは人の気配を全く感じられない。カーテンの隙間からは闇しかなく、全員が床に就いていることが覗える。

 これならば戦闘が始まってもしばらくは邪魔が入ることはない。

 

 聞こえるのは虫の鳴き声と時折大通りを走る車の走行音だけ。

 この静けさが……日常の象徴が……これからの殺し合い(非日常)の異質さに引っ張られずに自分を保っていられる。

 

 ────できるだろうか?俺に?

 

 今一度問いかける。

 

 これからの絶望とこれまでの後悔を。

 捨てる覚悟はあるのだろうか。

 

 「何をいまさら……」

 

 自嘲気味に笑う。

 そんなこと関係ないだろう。

 

 俺は俺ができることをただやるだけだ。そこには私情も他意もない。

 

 「忘れても覚えてるだろう……?」

 

 「なーに一人で浸っているの?」

 

 「ふぉおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 突如として気配もない背後からの声に驚いて自分でも引くくらい気持ち悪い声が出た。

 

 「ちょ……、やめてくれよ……。横隔膜がドキドキした」

 

 「それしゃっくりじゃん」

 

 こいつなかなかのツッコミ力。

 

 「なーに一人でブツブツ呟いてニヒルに笑っているの」

 

 「この年頃の少年はそういう病気にかかるんだよ!ノートに魔法陣書いたり二次小説投稿サイトで推しの配信者の小説書くんだよ!」

 

 「気持ち悪い」

 

 そんなこと言っていいと思っているのか?ハイティーンのガチ泣きを見せてやろうか?

 泣くぞ!すぐ泣くぞ!絶対泣くぞ!ほ~~ら泣くぞ!?

 

 俺が心無い一言に涙目になっているとビニール袋を渡される。

 

 「はい、それ。頼まれていた物ね」

 

 中身はスポーツ飲料や、個包装された薬だ。

 すぐにペットボトルの蓋を開けて一気に全体の半分を飲み干して一息つく。

 同時に流れ込んでくる侵入者に驚き逆流させようとする胃をなんとかこらえて耐える。

 

 「う、ぐ…………ふぅ…………」

 

 食道が締め付けられるような痛み。何度やっても慣れない。

 

 「体調はどう?」

 

 「なんとか戦えるくらいには戻ってきたよ、ありがとうフレア」

 

 言い終えると同時に薬を口に含み、ペットボトルを傾けて最後まで飲み干し公共のゴミ箱に投げ入れる。

 だが立ち上ると眩暈と頭痛が襲い、地面に手をついて体勢を整える。

 

 「……ねぇ、颯太。やっぱりそんな状態になってまで()()は必要だったの?」

 

 「必要に決まっているだろ。今日までの一連の動きは全てそのためだ」

 

 そう、俺の体調不良にはもちろん理由がある。

 対デュラハンの最終作戦を先ほど終えたばかりだ。その結果、体の不調が顕在化してしまった。

 予想は出来ていたがあの化け物と戦う前に、実際にこの状態で挑まなければいけないと想像とやはり不安がよぎる。まず、間違いなくこの不調は見抜かれてしまうだろう。それで油断を誘えるか、それとも真剣勝負に水を差すと怒るか。副次的効果は二つに一つだが正直分からない。

 

 断言できることはただ一つ。決着は開始の合図と同時だろう。俺は怪我をしておまけに不調をきたしたこの体では奴の攻撃を避けることも受け切ることもできない。同時に奴も俺の攻撃を受け切ることはできない。

 初撃。一撃。先に相手に攻撃を当てたほうの勝ちだ。

 

 なら────

 

 ビー――――!ビー――――!ビー――――!

 

 携帯のアラームがセットしておいた勝負の、運命の5分前を告げる。

 

 始まる。命すらも天秤にかけた死の決闘が。

 時間が一秒、また一秒と過去へ流れるのと同時にこめかみに鈍痛が走るが、そのおかげで眠気は一切入り込む隙間はない。

 

 「行くの?」

 

 「ああ。次会うときはノエルも一緒だ」

 

 装備を整えて数百m先にいるはずであろうデュラハンを睨め付け、大きく息を吐く。

 ……感じる。春の暖かく生命の息吹を割るように、突き抜けた悲喜と憎悪が交差する存在感が遠く離れたこの場所でも感じ取れる。間違いなく俺への牽制と威圧だ。

 

 「クソッ……」

 

 あいつはただ遊んでいるだけだ。番外戦術のつもりなんて毛頭なく、猫がじゃれるように戯れで俺をいじって戦力差を分からせようとしているだけだ。深い理由なんて微塵もない。

 だが、踏み出すはずの一歩が遠く、重く、固まった。

 

 負けるな。動け。まだ土俵に立ってすらいない。このままじゃ犬死だ。動け。動け。動け。動け。 

 純粋な恐怖に脳髄が焼き切れてしまいそうだ。

 

 俺の胸の内の狂騒、慟哭とは反対にふわり、と肩に優しい慈愛と信頼が触れた。

 

 「全身ガチガチだよ。そんなんじゃ勝てるものも勝てなくなる」

 

 「…………フレア」

 

 「私はここまで来たからにはもう何も言わないよ。でもあんたは違うでしょ?これから自分の命を懸けて、自分のすべてを投げうって偉業ともいうべきことを成そうとしている。ならさ、しゃんとしなくちゃ。みんなで帰るんでしょ?ね?」

 

 …………心が少し晴れた。

 

 なにを馬鹿正直に一人で考え込んでいたのだろうか。俺にはフレアがいてくれている。戦場ではノエルが見ていてくれる。

 そうだ。俺は今の俺になってから決して一人ではなかった。

 ちょこ先生がいてくれて、ロボ子さんがいてくれて、あくあがいてくれて俺を一人にしなかった。少し煩わしくも楽しいその『日常』は絶望と闇の淵にいた俺にとってはあまりにも眩しすぎて、気持ちよかった。

 

 だからこそ、守りたいんだ。

 

 少しだけわかった気がする。

 俺がなぜ逃げずにデュラハンに挑もうとしたのが。

 

 人の強さを示したいと思った。

 あの経年劣化した金属の様にボロボロで傷だらけの記憶の中で確かに聞いた祝福の言葉。

 

 置き忘れていなかったとしてもあの言葉の意味をきっと理解できていなかったのかもしれない。

 でも頭ではなく心で理解できた。 

 

 ずっと繋がりを求めていたんだ。

 行きどころのないやるせなさと記憶の無い外に対する恐怖が彼女たちといることで消えた────というよりも癒されていた。

 

 あぁ、そうか。だから俺たち人間は立ち上がることができるんだ。

 恐怖と焦燥と弱さがいつも付きまとっている。だからこそ繋がりを得れたときに立ち向かう力が湧いてくるんだ。

 

 だから俺はあの時ノエルを失いたくなかった(逃げなかった)繋がりを確認したかった(人の強さを示したかった)

 

 心根から血管を通り、筋肉を渡り爪の先を超えて全身から「勇気」としか形容ができないものが湧いてくる。

 自然と震えていた足は止まり、踏みしかれて圧力のかかっていた地面が靴の痕を残す。

 

 「行ってくる」

 

 ただ一言、名残もなく清算に別れを告げて地獄への第一歩を出した。

 

 

 

 

 辿り着いたそこは処刑場。

 

 重い。奴を中心に重力が発生しているようで、空気が否応なく沈んでいるのが肌感覚で感じられる。

 いや、実際に俺の足取りが重いだけかもしれない。

 

 デュラハンは昨日俺が指定した場所にそっくりそのまま立っていてくれている。いつからそうして立っていたのだろうか、その存在感に負けたのか近くの木々が力なく枯れ始めていた。

 

 その十分距離が取れた後方にノエルを視認できた。どうやら傷は癒えており、新しいモノもなさそうだ。

 だがその手首には毒々しく光る赤い鎖が巻き付いている。何よりも瞳に力が無く、風が吹けば今にも折れてしまいそうなくらい弱々しく見える。

 

 芝生を踏みしめて相対する。

 

 「勝負の2分前になってようやく表れるとはずいぶんと余裕ではないか。人間界では重役出勤というのだったか?」

 

 直剣を地面に刺して手を添えて直立するデュラハンはそれだけで様になる。嫌味も少し弾んでいるように思える。

 

 「さぁ、どうだかな。少なくともお前よりも俺のほうが格上という意味では合っているかもな」

 

 「…………クク、面白い」

 

 ──残り一分。

 

 一応、性格上無いとは信じているが、一つ問いておかなければならないことがある。

 

 「デュラハン。ノエルを縛っているその赤い鎖の魔法は俺でも簡単に解けるのか?まさかとは思うが────」

 

 「無粋な発言は気をつけろ。我は違えん。それがどれだけ実現が不可能に近しい事柄であろうともな」

 

 そうかよ。ならいいさ。

 

 研磨された針のような空気間の中、時間まで神経を張り詰めようと目を閉じたところで、ひときわ鋭く攻めるような声が届いた。

 

 「……なんで?……なんでここに来ちゃったの!?殺されちゃうのにどうして戦いに来たの!?」

 

 声の主はノエルだった。

 目元に涙を溜めて慟哭する姿はどうも胸を締め付けられて見てはいられなかった。

 

 「ここに来なくてもよかった…………。呪いで体を虫食まれているとしてもここに来るべきじゃなかったのに…………。どうして……来てしまったの……?」

 

 ついには俯いて声にならない嗚咽を漏らすノエル。

 

 ……どうも俺は彼女の感情について何も考えていなかったようだ。

 解決しようとしていたことを失敗し、挙句の果てに友人を巻き込んでしまったこと。その友人が自分の失敗のせいで死地に赴くことになってしまったこと。

 優しくて正義感の強い彼女からしたら心が軋むほどつらいのだろう。心情は察するに余りある。

 

 「そう泣くなよ。俺は俺がしたいからここにいるんだよ。使命感でも正義感でもない。ただ俺はノエルを助けたいというエゴでここにいる」

 

 硬く絡まった糸を一つ一つ優しくほぐすように語り掛ける。本心と見栄が混ざり合った言葉だが、今の俺にはこれしか言えない。

 

 そうだ。今は言葉でしか伝えることしかできやしない。だからここから生きて帰ってちゃんと伝えなければならない。

 人は言葉と態度がそろってようやく伝えることができるのだから。彼女の傷を癒すためにも、これ以上傷を広げないためにも生きて帰る。

 

 「それに、ノエルを助けなかったら結局のところフレアに殺されるよ。ならここで命を張らなきゃな」

 

 あっけからんと安心させるためにおちゃける。

 

 「そうやって……ら私を……も…………………」

 

 ノエルの声はかすれてもう俺の耳には届くことも無くなってしまった。

 

 ──残り30秒。

 

 デュラハンが地面から剣を抜き、両手で中段に構えながら戦闘の体勢に入る。

 俺が腰から短刀を抜いて姿勢を落として、すべてに備える。

 

 始まる。命をも賭けた勝ちの目の薄い戦い(ギャンブル)が。

 

 「────ああ、そうだ」

 

 存在するだけで絶息してしまいそうな空気、空間の中────日常の一コマを切り抜いたように────今思い出したかのようにデュラハンはぽつりと呟く。

 

 「貴様が提示した条件の中の一つ。我を()()────今まさに立つ()()を決闘の始まりに、したかったようだが────」

 

 それは俺を勝負前に動揺させたかったのか、絶望を与えたかったのか────それともただの余興としてか?

 ただ俺にとってどうしようもなく致命的で決定的な、動揺以上に恐怖を植え付けたのは間違いない。

 

 「────白髪の獅子の獣人の雌の落とし穴をどう活用するつもりなのだ?」

 

 「────ッ!?」

 

 あれほどめまぐるしく止まることを知らない思考がまるで時が止まったかのように霧散した。

 代わりに泡の様にポツポツと、しかし大きく表れたのは疑問と恐怖。

 

 なんで!?どうして!?何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故────知っている────?

 

 俺のトラップの一つ。作戦の要を気づいている?

 いやそもそも、それを俺が要したものではなく、俺の級友とも呼ぶべきあのいたずら好きで負けず嫌いの────獅白ぼたんの作成と知っているんだ────!?

 俺が彼女にここで落とし穴に嵌められているのを見ていた?ありえない!あいつは昨日俺を始めてみたという雰囲気だった。演技でもない!

 

 どうして知っている?どうやって知った?まさか俺の作戦もバレているのか?

 やばいやばいやばいやばい!

 

 ()()を知られているのであればまずい!

 

 ビ────────!!ビ────────!!

 

 唸るように長く尾を引く機械音が場を響かせた。俺が携帯に設定していた午前4時の合図、決闘の始まりを告げる。

 

 デュラハンが中段から大上段に剣を構える。それはあの時、ここの公園の公衆トイレを破壊したあの見えない斬撃と同じに見える。

 

 「クッ────、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 一瞬の戸惑いの後、ただ自暴自棄のように、喉が張り裂けるほどに叫び、我武者羅に遮二無二に走りだした。

 

 そして────

 

 ドォォォォン!!!

 

 轟音と共に決着がついた。

 

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