ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
陽が地平線の向こうに隠れてから少し。ただでさえ沈むのが速い太陽に草木と覆われたこの地はもはや闇しか存在しない。
どうも神秘的な場所はマイナスイオンが出ているとか、パワースポットだから力をもらえるなんて嘯く輩が多いが、あれは全部嘘っぱちだと思う。本当の神域というのはいるだけでザワザワするというか、いるだけで落ち着かない。
ここがいい例だ。
ただの木造の一軒家だというのに、あたりに溢れるナニカが座りを悪くする。足の置き方を迷うなんて初めてのことだ。
どうも視線が落ち着かないから家の物色をしてみる。
床、壁は一面黒く漆のような美麗な反射をする木で統一されている。北欧風とも和風とも取れるチグハグなデザインは妙に場にマッチしている。
「いやぁーー!お待たせお待たせ!やっとできたよぉ!」
聞くものすべてを落ち着かせるような間延びした声が通る。キッチンから土鍋をもって小走りで駆けよってくる。
颯太をここに呼びつけた張本人。人の気も知れず呑気に料理を楽しんでいるその男はテーブルに着くと食器を分けて準備を整える。
「数日意識の無かった男を次の日に病院から無理やりここに連れてきますかね普通?────エルフのおっさん」
「久しぶりの再会なんだから喜びを分かち合いたいんだよ、颯太君」
エルフのおっさん。未だに名前も知らないし知ろうとも思わせない不思議な雰囲気をまとった男。胡散臭く、きな臭く、それでいて訳知り顔で場をかき乱すこれ以上なく迷惑なおっさん。
一応俺の命……というかなんというか、とりあえず恩人であることは確かだ。認めたくはないんだが。
先日の大きな戦いの後、昏睡状態から目覚めた俺の最初の景色はこのおっさんの顔だった。
第一声に「やぁ!颯太君!数日お腹に何も入れてなくてつらいだろう!?ごはん行こう!」と言うと俺の返事も待たずここに連れてこられた。あまりにも非現実すぎて一瞬俺死んだのかと勘違いした。
それと遠くからちょこ先生がブチギレているような叫びが聞こえてきたが何をやったのだろうか。戻りたくないんだが。
そんなわけでおっさん宅で行われる食事会。そこまではいい。だけど……
「どうだい?上手にできたと自負しているんだけど」
「なんで八月に鍋なんだよ!」
まだまだ猛暑が続くこの季節に鍋を突かなきゃいけない理由 is 何?
しかもよりにもよってチゲ鍋だわ!昏睡明けの人間に食わせるモノじゃねぇだろもう一回寝込むぞ。
「人間界の、特に日本人は鍋を一緒に食べることで親睦を深めるのだろう?一度やってみたかったんだ。さぁ同じ釜の飯を食べた仲になろう!」
「それ微妙に意味あっているようで間違っていますから」
文句を垂れながらも箸を鍋に突っ込む。数日点滴だけの生活だったしお腹は空いているしな。本当は病院食とか食べたほうがいいのだろうが、昏睡から目覚めるのもこれで4回か5回目。体もいい加減なれただろう。ダメだったらちょこ先生に何とかしてもらおう。
「ボクはね。ずっと聞きたいと思っていたんだ。君と別れてから、君自身が紡いだ物語を」
「紡いだ物語って……。ただ無意味に毎日を過ごしていただけですよ」
それが俺にとっての──なのだが。
「それで学校に入学したのだろう?楽しいかい?」
「それなりに、ですかね」
騒乱とトラブルと命の危機で人生に酔いそうになる位濃かった。思い返せば
ちょこ先生に絶望の淵の中叱責されたり、学校行事としてバトルロワイヤルしたり、騎士団長様と戦ったり。
「しかし娘から聞いたとき爆笑したものだよ。まさかあのデュラハンを地面にめり込ませるだなんてね」
「実行犯なんだが改めて聞いても意味が分からないな」
あれは本当にたまたまだった。
デュラハンがポインターの上に立っていたこと。照明代わりになるものが周りに一つもなかったこと。束縛の魔法の裏を見つけたこと。そしてデュラハンの自信と油断。一つでも欠けていたら勝ちの目は0だった。
なによりもフレアの存在がとても大きい。ただ神社の祭りで勝ってくれたことだけじゃない。傍にいてくれただけで俺は震える足を前へ進めることができたのだから。
「そうだ……!」
手をパン!と合わせて鳴らす。おっさんに対して聞きたいことがあったんだ。
「おっさん。あんたなら知っているんだろ?」
「何をだい?」
「決まっている。デュラハンの正体だ」
ただの魔王軍幹部ならばここまで興味を持つことなんてない。しかし一つ気になることがある。
フレアだ。デュラハンの正体を語るときフレアは心の底から怯え切っていた。デュラハンがどのような存在か伝承以上に知っていたように思える。
しかしエルフ族に伝承として伝わっているというわけではなかった。となると考えられる可能性は絞れてくる。おっさんが教えたという事。
おっさんは手を口元に当て数舜した後、口を開いた。
「死を告げる暗黒騎士……って知っているかい……?」
聞いたことが無い。
「かつてこの世界の天地が創造されたとき、神は様々な種族を作った。人間、獣人、魔族、エルフなど多くの種族がこの世界を生きている。それぞれの種は自由意志をもって『今』を生きているが、明らかに役割というべきものが存在する」
人は文明を起こし、獣人は生物をの増減を管理し、エルフは自然を育む。そして魔族は魔をもって世界を整える。
どこかの都市伝説かなんかでそんなぶっとんだ論があるのを聞いたことがある。地球は平らなコロニーとか、世界を裏から動かす秘密結社とかそんなレベルの眉唾真モノだが。
「そんな中ある役割をもった妖精がいた。死を予知し、死を告げて、死を下してきた存在が。ただあまりにも『死』を理解したの、それとも悪意ある何かがそそのかしたのかわからないが────
ある日堕ちて、反転した」
堕ちて、反転。
狂って、落ちて、堕ちて、墜ちた。
「死を慈しみ悲しむ姿は消え去った。そこにあるのは死を誰よりも忌み嫌い義憤する傲慢さだけが残っていた。美しかった鎧は黒く濁り、魂だけがその伽藍洞の虚無にとどまり続けた」
「死を憎むか……」
その気持ちが俺は理解できる。理解してしまった。
俺も小さいころに
それを役割としてずっと見て味わうとは、どれほどの絶望が付きまとってきたのだろうか。
ジュウッ……。
俺の右頬に何か押し当てられた感覚が現れる。
「あっちゃぁ!?」
とゆうか熱々のお玉だった。
「何してくれてんだアンタぁ!?」
俺の肩頬だけを真っ赤にアンパンマンみたいにしてくれやがった相手に詰問する。
「悩まなくていいんだよ。どんな境遇、どんな業があったとしても罪は罪だ。どれだけ清廉潔白であったとしても堕ちてたならば罰を与えなくてはならない」
「まぁ、はい」
本当にこの人は……うまいというか……心情を理解している。落ち込んでいるときに欲しい言葉を的確にくれる。
「君が勇気を出し討伐してくれたおかげで娘たちは助かり、未来で奪われるはずの命が助かった。それでいいじゃないか」
あぁ────そうか────。だからか。
おっさん。あんたがそんな顔をしているのは誰よりも、きっと俺よりも理解できるからなんですね。
おっさんは死は悲しむべきものであるが決して忌むべきものではないと考えている。死があるからこそ、終わりが約束されているからこそ生は光り目を瞑りたくなるほど輝かしい。
別れを惜しむとしても、それに嫌悪感を抱くのは死を告げるデュラハンが最もやってはいけないこと。もし死を醜いと考えたならそれは生物として向いていない。死に意味を与えることができるのは今を生きる人だけであり、死を告げるものならなおさらそれを自覚しなければならなかった。
似ているんだ二人は。スタート地点も立ち位置も。ただ正反対の道へ進んだだけで。
コインの表と裏のように二人が同じ場に立っていたのかもしれない。正へも負へも。
「死を悲しむことも、それを与えることになるとしても。どちらにせよそこにあるのは虚無だ。それはどちらも経験した君ならわかるね?」
「えぇ……。そうですね……」
全てが終わったからこそ腑に落ちることが多い。なぜ最後にデュラハンは命乞いをしたのか。死への恐怖と怒り、そしてなにより魔王が掲げていた目的が奴の目指す先と一致していたからだろう。
いや、気にすることではない。それこそすべてが終わった今こそ意味などないのだから。
デュラハン
「誓いの騎士」それは今まで死を見てきた恐怖と、死を与えてきたものとしての怒りから生まれたもの。死にたくない、絶対に生き残るという生への執着。今まで死を与えてきたものとしてそれらを無駄にしないという執着。死が近づくにつれ強くなるのは魂だけの存在であるデュラハンの怨念こそが全ての源だから。
しかし、自覚できず死が身近にあるからこその潔癖症というまでになった精神性は颯太の格好の獲物だった。肉体面では圧勝だったが精神面では颯太は天敵。