ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート   作:かとしょう

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 新生活が始まったり、キーボードを変えたりとして執筆速度が下がったので初投稿です。


さようなら初恋

 メイドの朝は早い。主人よりも早く起きてやらなければならないことがたくさんある。

 洗濯機を回した後には、朝ごはんの支度を作る。私のご主人は朝からしっかりと食べるタイプなのでしっかり仕込みを行わなければならない。

 完成間際の材料を置いて、洗濯物を玄関に干す。

 

 「おあよー」

 

 そうこうしているとご主人が目をこすりながら起床する。それを横目にキッチンで火を灯す。

 ご主人が朝の支度をしている間材料に火を通して朝ごはんを作る。今日はフワフワの具なしオムレツにサラダ。

 

 食卓に着いたご主人と朝のニュースを見ながら談笑する。これが私、湊あくあの朝のルーティンだ。

 まだ寝惚け眼のご主人の背中をたたきながら登校する。

 

 我ながら完璧なメイドっぷり。主人を正し、決して前を歩かず陰ながら支えるその姿はもはやカップ────

 

 

 

 

 

 「────きろ。────きろって!」

 

 何か聞こえる。無重力のふわふわした心地いい気分からストンと落とされる。ここ数日何回も味わっているこれはいまだに慣れない。

 

 いやだな。知りたくないな。ここがどこで私が誰なのか知りたくない。

 でも私を引っ張り上げるいじわるな声は無遠慮に現実を押し付ける。

 

 「起きろって!()()()!」

 

 張り付こうとする二つの瞼をこすりながら見上げると、見知った顔が一つ。

 

 「俺はもう行くからな。早く準備しないと遅刻するぞ」

 

 そういって私のご主人は愛犬を一撫ですると玄関に向かっていった。

 

 

 

 ……知っていた。

 

 自分にしてはちょっとだけ……ほんの少しだけ、ミジンコ一匹分だけくらいできているなとは思っていた。

 

 「夢かぁ」

 

 今日も(あてぃし)は遅刻ギリギリ。現実と理想はギャップがありすぎる。

 

 

 

 「まったくもう……!ご主人ももっと早く起こしてくれてもいいというか!せっかく一緒に住んでいるんだから並んで登下校してくれてもいいというか!」

 

 学校へいつものように早歩きで向かいながら一人愚痴る。

 

 私がご主人の家に雇われてからはや一カ月が過ぎようとしている。

 最初は本当に成り行きだった。気分が落ち込んでいたのと、初めて出会ったのに驚くほど波長が合うその人にいつの間にか口に出ていた。

 

 「(あてぃし)を雇って!」

 

 なんであんなことを口走ったのか今でもわからない。どうして見ず知らずの会って1時間も経っていない同年代の男の子にあんなこと言ったのだろう。

 

 男性というのがなんとなく苦手だった。

 小さいころからママに厳しく指導される時間が大半で男性との付き合いがあまりなかったのが一つ。

 同様にママから男は狼で怖いと言い聞かせられていたのが一つ。(男に仕えるときのために自衛の訓練もさせられた)

 

 だからだと思うが男の子は苦手だ。

 

 ……そのはずだったんだけどなぁ。

 

 スマホのロックを外して待ち受けを表す。そこにはご主人の寝顔のアップが映されている。

 ママが我が家に来てから経過報告として送った写真の一つだ。ちょっと意地悪で皮肉屋で、なにかとても大きなものを抱え込んでいる彼が普段見せないだらしがない顔。

 

 私の最近できた宝物。

 

 これを見るたびに心がふわふわ軽くなる。

 自然と笑顔があふれてくる。

 

 自分でも仕様がないと思うが、どうもそうらしい。

 

 彼がいる生活。彼とすぐに話せる距離にいる生活。彼と笑える生活。

 それがとても気持ちいい。

 

 いや。いやいや。

 

 自分の独白に恥ずかしがっていてもしょうがない。

 

 …………。そうだ。始まりはきっと最初から。私、湊あくあは星本颯太が好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……………………たぶんね?

 

 

 

 ご主人は何か抱え込んでいる、というのが同棲一カ月を費やした私の見解だ。

 家の中を探られるのを嫌がるとか、極端に言葉を濁すとかそういう分かりやすい反応があったのではない。

 

 でも過去の話を全然してくれない。

 普通この距離間の同年代がいたら、過去の体験談から来る話の一つや二つくらいあるものだ。しかしご主人にはそれが全くない。

 過去を語らないし、自分の感情を見せない。

 

 まるでこの世界に生まれたばかりのよう。

 

 薄くて、軽くて……。吹けば夢だったかのようにパッ、と消えてしまうんじゃないかと不安になる。

 もしかしたらいつもこうやって寝坊ギリギリなのも、朝起きたらご主人がいないのかもしれないと怖いからなのかもしれない。

 

 「……なんてね!」

 

 寝坊の言い訳をどれだけしても事実は変わらない。

 私にできることは足を進めることだけ。

 

 本腰を入れて走ろうかと思ったその時。

 

 「すみません」

 

 声をかけられた。

 

 振り返ると一人の人がいた。

 いや正確には人ではない。目の色と頭から生える二本の角。そして魔法に詳しくない私でも感じる濃い魔力。

 

 魔族。それもとびっきり高位の。

 

 「あ、えっと……。何でしょうか」

 

 人見知りをするタイプであるのだが、今回ばかりは全員この反応になってしまう気がする。

 

 威圧感というか、緊張感というか。目元は二重にクリっと整っていて、鼻筋はすらりときれい。口に浮かべた微笑は最後のパーツとしてこれ以上ないくらいマッチしている。

 自分の語彙では表しきれないが、とてもイケメンだった。周りの別の学校の制服をきた女の子が目を離せずにいたのか、電柱にぶつかっていた。

 

 「これはいけない!」

 

 ハスキーな声で風のように動くと、バランスを崩した女の子の方を後ろから抱きかかえるように支える。

 どうもその動作が慣れている気がする。きっと何十回とあんなことを繰り返しているんだろうな。

 

 女の子は一言二言話すと顔を真っ赤にしながら走り去っていった。

 

 「ふぅ。女の子に大事が無くて良かった」

 

 わざとらしく額を拭うとこちらに向きなおす男。

 

 「あの……、それでご用件は?」

 

 「おっと、そうだった。天使のようにかわいらしいお嬢さんを待たせるなんて僕はなんて気が利かないんだろうか」

 

 なんだろう。すごくいらいらしてしまう。

 なぜかはわからないけど、私はこの人が嫌いだ。

 

 「つかぬことをお聞きするのですが、ホロライブ学園の場所を知っていませんか?」

 

 それは私が通っている学校の名前だ。もちろん知っている。なんなら現在進行形で向かっている最中だ。

 目の前に困っている人がいる。しかも自分ならば簡単に助けることができる。それも自分の用事のついでで。

 

 でも────。

 

 「知りません」

 

 きっぱりと清々しいほどに嘘をついた。

 制服を見て私がホロライブ学園の人間だと判断したのかもしれない。だけどそんなばつの悪さと気まずさなんかどうでもよかった。

 

 「それでは」

 

 小走りで振り返りもせず学校へ急ぐ。あの空間から早く抜け出したかった。

 

 

 

 予鈴と同時に教室に滑り込む。

 

 「間に合ったぁ!」

 

 なんとかホームルームまでには着くことができた。

 

 あの魔族の人に呼び止められたせいで全力疾走することになった。机の上で突っ伏しながら息を整える。

 

 「お~あくあ!おはよぉ!」

 

 息を整えていると呑気な間延びした声が聞こえてくる。この明るい声は間違いない。

 

 「お、はよ……。あやめちゃん」

 

 同クラスの百鬼あやめちゃんだ。

 

 「今日はいつにも増して遅かったな!」

 

 何がうれしいのか分からないけど、そのよく通る声で遅刻しそうだったことを言葉にするのをやめて欲しい。先生がいたらどうしてくれるのだ。

 

 「ご主人がいつも通り起こしてくれなくてね」

 

 「まだその設定引っ張っているの?」

 

 「うっせぇ!」

 

 この友人はいまだに私に主人ができたことを信じない。自分に主人ができないあまり妄想で心をを慰めている可哀そうなやつ扱いしてくるのだ。

 

 「いますー。ちゃんといますー。ママ公認の素敵なご主人がいるんですー」

 

 現実だから。ちゃんと現実だから。

 だからその可哀そうなものを見る目を止めて欲しい。

 

 「そ……それよりも!あやめちゃんは今日はどうしたの?服に枝とか葉っぱがたくさんついているけど」

 

 「大太刀と妖刀羅刹を探している間に寝落ちしちゃってさ。朝起きたら公園の茂みにいたアッハッハ!」

 

 やっぱり鬼の感性はわからないなぁ。

 

 心の中で溜息をついてると、クラスがざわついているのに気が付いた。今日は何かイベントがあっただろうか?その旨をアヤメちゃんに聞いてみる。

 

 「そうそう知っているか!?今日は何でも転校生が来るらしいぞ!?」

 

 何が楽しくて仕方がないのか、あやめちゃんはハイテンションだ。

 

 「転校生かぁ。こんな時期にとは珍しいね」

 

 「余はもうビンビンに感じているぞ。この気配は間違いなく強者の魔族だ」

 

 そこはどうでもいい。個人的にはグイグイ来る陽キャタイプは苦手だ。生来の陰キャの私としては初対面で詰められると困る。

 それこそ今朝のようなあの魔族の人とか。自分顔とコミュ力の高さを自覚している人は嫌だ。

 

 …………ん?この時期にわざわざ転校するという見慣れない人物。あやめちゃんが感じるレベルの強さを持っているという魔族。

 

 何だろう。嫌な予感がしてきた。

 

 盛り上がるクラスとは反転、一人冷や汗をかいていた。

 

 「はーい!私のかわいい生徒達~。席に着きなさい」

 

 クラス担任の癒月ちょこ先生が入ってきた。ところでこの人は養護教諭なのになんで担任を受け持っているんだろう?

 

 「はいはい。騒がないの。もう知っているかもしれないけどこのクラスに転校生がやってきました。入ってきて」

 

 スライド式の扉を潜ってやってきたのは180cmは優に超える長身細身の男。上履きからどうやっているのかコツコツと音を立てているその姿だけでも絵になる。

 

 間違いない。アレは……

 

 「お初にお目にかかります。本日より皆様と共に勉学に励ませていただたきます。インキュバスです」

 

 今朝のアイツだ。

 

 

 

 

 昼休み。学校の中を散策していた。

 というのも今日はクラスの中で食べるのは嫌だった。クラスの女の子たちがあの転校生人に群がっているのを見ているのが嫌だった。

 

 「どこからきたの」とか「年齢は」とか「彼女はいるのか」とか見ていられない。あやめちゃんだって群がって…………いや、あれは違う意味で転校生に興味があるんだろうな。

 

 

 そんなわけでボッチ飯をしようと最適な陰キャスポットを探している訳なのだが。ぶらぶらと当てもなく歩いていると、ご主人のクラスについてしまった。

 用がない時には来るなと言いつけられているが仕方がない。ご主人の様子を廊下から隠れて覗く。

 

 いた。

 一人で机にお弁当箱を広げている。その姿に親近感を覚えた私はご主人に突撃した。

 

 「ごしゅじ~ん!」

 

 「弁当なら分けてやらないぞ」

 

 開口一番これである。

 

 「かわいい従者が一緒にご飯を食べようと来たのにその態度は何さ!」

 

 「用が無いなら来るなと言ったぞ。お前が来るたびに俺の評価が『同年代の女の子にご主人様プレイを強いている鬼畜』に近づくんだよ」

 

 頬を膨らませている私に目も向けずに食事を続けるご主人。ちょっと悲しい。

 しかたないから隣の机を拝借して私も食事を始める。

 

 チラリとご主人の様子を見るとのそのそと箸を口に運んでいた。

 

 私は内心『やっぱり』と思う。ご主人のご飯を食べる速度がいつもより遅い。

 今まで病院で眠っていたせいか、体の調子が整っていないのかもしれない。

 

 こんなこと、普段ご主人を見ていないと分からないと思うけど。

 

 普段ご主人を見てないと分からないと思うけど!!

 

 

 やっぱり言ってくれないんだ。

 ご主人は今まで弱みを見せてくれたことが無い。いつも何も感じていないように振舞う。

 

 もしかしたらご主人はとても強くて、何があっても動じない、感じないのかもしれないと最近まで思っていた。

 でも昨日は────

 

 

 『ひぃっ……ひぃぃぃぃぃぃぃ……ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』

 

 体を痙攣させながら、絞り出したようなかすれ声。私に救いを求めるように強く抱きしめてきた冷たい体。

 何があったのかわからないけど、とても怖い目にあったのかもしれない。

 

 ご主人だって怖いと思うし、つらいと感じる。そこら辺の男の子と変わらないんだ。

 

 なら────

 

 ならもしかしたらご主人を縛り付けているのは私のほうかもしれない。

 

 人前で泣かないよう、自分で心を抑え込んでいるご主人。唯一弱くいられるプライベートな場所に私がいることで、ご主人は己を抑圧しているのかもしれない。

 

 ねぇご主人。ご主人はこんなこと言ったらどんな反応するのかな。

 その通りだと肯定するのかな。それともいつもみたいにあきれたような顔で否定してくれるのかな?

 

 私には分からない。それに聞く勇気も無い。聞いてご主人を苦しませたくない。きっと私が苦しんでいることを知るとご主人も苦しむから。

 人の苦しみに共感できてしまう人だから。

 

 チラリ。垂れた前髪の隙間から隣の初恋を覗き込む。

 

 あぁ、好きだな。どうしようもないくらい一緒にいたいなと思う。

 

 でも────だからこそ────

 

 

 お別れをしなくちゃ。

 

 

 何よりも大切なものを守るために。私の心の中の宝物がこれ以上傷つくのは見たくないから。

 

 明日ご主人とお別れしよう。

 

 それで。私の初恋は終わり。

 

 バイバイ。

 

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