ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート   作:かとしょう

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 初心を忘れず初投稿です。


転校生

 「たのもー!」

 

 あくあの教室に音を立てながら入室する。お昼時というのもあってか生徒はまばらであったが、目的の人物はすぐに見つかった。

 中央列最後方の席に人だかりができていた。主に女子だけで。

 殺意ゲージが上がった。

 

 「ああ!君のほうから来てくれたのか!」

 

 演技じみた所作で立ち上がると、俺の前に立つ。

 身長たっけェなこいつ。俺よりも10cmはありそうだ。何よりもその白い髪と整った顔がこれ以上ないと思えるほど()()()()()。同じ男?として腹が立つ。

 殺意ゲージが上がった。

 

 「俺を呼んでいるっていうのはアンタか?」

 

 「その通りさ。後々ボクのほうから菓子折りをもって正式に伺わせてもらおうと思っていたんだが。まさか君のほうから来てくれるなんて思っていなかったよ。嫌われていると思っていたからね」

 

 人をトラックで跳ね飛ばしたあげく記憶簒奪しておいて嫌われてないかもしれないと思えるならは早く病院行け。俺は血圧が上がりに上がって循環器科に行かないといけなくなりそうだ。

 

 いやダメだ落ち着け俺。冷静に相手の目的を見据えろ。俺はまだ()()()には危害を加えられていない。

 まずやるべきなのは相手が本当に魔王軍幹部なのか?俺の記憶を持っているのか?この二点を見極める。

 そして奴の目的を探る。

 

 それまでは我慢しろ俺。

 

 「急にインキュバス君と割って入ってきてなんなのアイツ」「ほら隣のクラスの……」「湊さんにご主人様プレイを強要しているっていう……」「アイツが……」

 

 我慢しろ俺!

 こんなことで精神をやられていたら記憶を取り戻すなんて夢のまた夢だぞ!

 

 左肩を前に半身で、利き手は腰へ。少しでも変な動きをしたら首元へ抜く。躊躇いなく、冷酷に。

 警戒は最大に、範囲は絞って。

 

 「自己紹介をさせて欲しい。ボクはインキュバス。しがない魔族さ」

 

 手を差し出される。

 そのあまりにも予想外の行動に、目を奪われた自分がいる。

 ここまであからさまに警戒されている相手に手を差し出すその精神性と、意味を測ることができない。

 

 一秒、二秒、三秒。

 俺たちの周りだけが静謐なドーナツ現象ができていた。どう対応するのが正解なのか、この得体のしれなさから見えてこない。

 

 ならば俺は俺の気持ちをぶつけるだけだ。

 

 パン!

 

 握手のために静止している手の甲を払った。

 

 インキュバスは目を丸くしながらも口角を少し吊り上げる。

 

 「いやはや、これは手厳しいね。それも君の心情を考えれば当たり前のことかもしれないが」

 

 振り払われた手をもう片方の手で撫でる

 

 「分かっているなら早く要件を言え。返答は全てNoだがな」

 

 「君の記憶(ココロ)を今ここで返却してもいい」

 

 「そんなことだろうと思ったよ。いるかよそんなも────────。あれ?」

 

 聞き間違いか?今こいつは何て言った?返す?返すって何を?ナニヲ?

 

 「もう一度言おう。今ここで僕が所持している君の記憶(ココロ)をすべて返却してもいい。それどころか()()に返すように交渉するのもいい」

 

 なんって……都合のいい……。

 俺の人生における最大の目的を。こいつは達成の近道を用意するというのだ。

 

 俺の四つに分けられた記憶。これをすべて取り戻す事こそが俺の人生の命題。

 それがゴールのほうから近寄ってきやがった。こんなおいしい話、乗らない理由はない。理由はないが……。

 

 「何が狙いだ?」

 

 こんな話ホイホイと受け入れられるわけがない。裏があると思うのが普通だ。

 

 「もちろんタダでとはいかない。ボク個人としては一向に構わないのだが世間体というものがあってね」

 

 そらきた。

 

 「条件は二つ。いや一つともいえる。ボクたちと共に働いてほしい」

 

 「……なに?」

 

 「敵対をするのを止めよう。一緒に我らが王の復活に尽力をしよう。共にこの間違い狂った世界を是正しよう。端的に言えばボクは君が欲しい」

 

 「……正気か?」

 

 「大真面目だとも。そも君はなぜボク達と敵対の立場をとっている?」

 

 「あん?そんなのお前らが人々の安寧を────」

 

 「違うな。君にはそんな大層な思想も行動理念も無い。君は目の前のことしか見えていないし見ようとしていない短絡的な人間だ」

 

 「え、なにこいつ急に喧嘩売ってくんじゃん」

 

 もう少しで手が出るところだったよ。

 

 「気分を悪くしたのなら謝罪をするよ。しかし図星ではないかい?君はたとえ周りの人間が不幸になろうとも何も感じないだろう?正確には周りの人間に気を遣える程余裕がないんだ」

 

 「…………」

 

 「ならばその焦燥と人生の鎖を解こうではないか。断言しよう、君はボクたちと共に来るべきなんだ。そして王の復活を契機にこの世界の不幸を取り除こう。」

 

 怒涛の展開について行けていない俺がいる。

 目を瞑り思考の海に潜る。

 

 奴の言葉は恐らく全てが本当というわけではない。

 あえてぼかしているところや言葉足らずの部分があるはず。それを踏まえて奴の思考をトレースする。

 

 まず、今わざわざ俺に接触してきた理由は単純だ。

 誓約騎士デュラハンを撃破したことに違いない。

 スカウトしたい理由はデュラハンを倒した有望株を身内に引き入れたいからか、そのレベルのものにしかできない仕事を引き継がせたいからかもしれない。

 

 敵討ちという線も考えたがどうも奴等はそんなことをいちいちするような奴等には思えない。

 

 もしくはデュラハンが奴らにとって何かしら重要なものを握っており、それを探しているという可能性。

 あの場にいた俺、ノエル、フレアから引き出したいものでもあるのか?

 

 そして俺の記憶を返してよいという提案。

 そもそも俺の記憶なんて奴らが持っていても仕方がないはずなのになぜ未だに所持している?

 

 確かに今こうして交渉の材料として使われているが、それは俺がデュラハンを倒したからだ。吸血鬼どもを倒し、デュラハンを倒したことで俺はこいつらの明確な敵になった。だからこその交渉材料。しかし吸血鬼どもを倒しただけ程度の俺の記憶なんて所持していても意味ない……はず……。

 それとも記憶という資源にこそ奴らの目的の鍵なのか?

 

 それはつまり奴らは最終目標へ至る資源を手放してでも俺を引き込みたいということ。

 

 意図的ではないにせよ計画を散々邪魔してきた俺にさせたいこととは何だ?そもそもこれは奴らの組織の総意なのか?

 

 罠なのか。善意なのか。

 

 乗るべきか乗らないべきか。

 

 ……深く考えずとも答えは最初から決まっていたのかもしれない。

 

 「そっちの提案は理解した。俺にとっては垂涎物の取引だな」

 

 「では────」

 

 「しかし却下させて貰う」

 

 きっぱりと突き放す。心根からあふれ出る本心を伝える。

 

 「……理由を聞かせてもらっても?」

 

 「一つ。俺は俺の記憶を取り戻すことに一分一秒でも早く、と急いでいるわけではない。そもそもが長期スパンを想定した戦いだ。

  二つ。お前らの組織が一枚岩でないとしても、お前らは俺の友達のノエルを傷つけ、フレアを泣かした。そんな奴らを信用することなどできない。

  三つ。お前らの王とやらの目的もその結果も見えてこない。最低でもインキュバス、お前の復活にかける理由を明確にしてクリーンさを出してからにしろ。

  最後にこれは個人的なものだが。同じ男として顔がよすぎて気に食わない。以上。」

 

 

 こいつの提案に乗らない理由は一言でいえば『信用できない』、それに尽きる。

 

 確かにどれだけの犠牲を払おうとも記憶を取り戻すという気概はある。だがそれは俺が払うべきものだ。

 あいつはまだ友好的かつ社交的な態度を崩していないがそれは内なる邪悪を抑えているだけかも知れない。

 

 もう二度と────

 

 赤く染まった空。倒れ伏す金髪のエルフと銀髪の騎士の姿がフラッシュバックする。

 

 もう二度と俺のせいで誰かを巻き添えにしてたまるものか。

 

 「そうか、残念だ。ぜひとも君は欲しかったが……。ボクはしばらくここに在籍している。気が変わったらいつでも来てくれ」

 

 「お前こそ少し顔がいいからってあんまり調子乗っていると俺たちの百鬼あやめさんが黙っちゃいねぇからな?」

 

 それぞれ捨て台詞を吐きながら別れる。

 わざわざ姿を現してきたんだ。あいつがこのままで終わるはずがない。何かしら仕掛けてくるだろう。もちろん俺もこのまま何もせず日々を過ごすはずがない。

 

 これはどちらが先に仕掛けるかのレースが始まったのかと同義だ。

 

 

 

 

 「せんせー!魔族だけを殺す揮発性の高い化学兵器くーださい!」

 

 「登場と同時に殺人宣言とはこの国も終わりね」

 

 保健室に爆速到着と同時に暗殺用の医薬品を強請ることの何が悪いというのか。こちとら社会のゴミを証拠の残らない方法で世間様に不安を与えずに処理をしようとしているというのに。

 

 「ちょっと消したい魔族がいるんですよ。どうせ魔族って悪いことしかしていないし大丈夫!」

 

 「颯太様?あなたの目の前にいる人物の種族名言ってみなさい?」

 

 サキュバスでしょ?

 

 

 放課後。生徒が思い思いの時間を過ごす中俺は保健室にいた。

 ちょこ先生に知恵を出して貰おうと考えてだ。

 

 「それにしてもインキュバスねぇ……。あのものぐさが出て来て勧誘だなんて、そういうことよねぇ……?」

 

 顎に手を当てながら一人で納得しているちょこ先生。どうも俺を見る目が憐憫に染まっているような見えるのは気のせいだろうか?

 

 「とにかくサクッと殺れませんかねぇ。転校生は健康診断を受けなければならないとか言って暗殺してくれませんか?」

 

 「規則見るなり別の先生に聞かれるなりされたら一発アウトじゃない」

 

 それなー。さすがに警戒するよなぁ。

 

 「とりあえずなにがあったか話しなさい。知恵くらい貸すわ」

 

 「そうですね。あれは拙僧が呪術全盛の時代を渡り歩いていたころ────」

 

 昼休みのことを全て事細かに話した。

 

 話し終えるとちょこ先生は急に険しい顔をした。

 

 「あくあ様を使って伝言?あっさりと引いた?」

 

 眉間にしわを寄せてうんうん唸る。

 

 「どうも私の知っているインキュバスと行動が若干合わないのよね。引くには早すぎるというか、計画がどうも読みにくいというか」

 

 といわれても俺は分からないが。

 

 先生のデスクからお菓子を一つ拝借して食べながら考える。

 マジでインキュバスの狙いが分からない。なぜあいつらの押し進める計画の邪魔者でしかない俺をスカウトした?目障りなら消すのが手っ取り早いのに。そりゃ厄介な敵を引き込むことに成功すれば、頼れる味方だが……。

 どうも視点が違うような……?。

 

 「そういえばインキュバスの握手には応じなかったのね?」

 

 「え……?はい、そうですけど」

 

 この質問は3度目だ。仕切り握手を求められたことと、手を握らなかったことを確認してくる。

 

 「インキュバスの能力を教えていなかったわね。あいつの能力は『夢幻心操』といって人を眠らせ、自由に操れる夢の中に閉じ込めるのよ」

 

 明晰夢見放題じゃん楽しそう。

 

 「そのトリガーとなるのは相手に手の平で触れることなの」

 

 「ッ!なーるほど!」

 

 だから握手をしようとしてきたのか。その社交性と顔から当然の仕草と思い込んでいたな。

 つまりあいつはすでに俺に攻撃を仕掛けてきていたのか。すました顔してとんでもないことしていたな。

 

 「一対一(タイマン)なら決まれば勝ち確の厄介な魔法ね。二対一だとその限りでもないのだけどね」

 

 「というと?」

 

 「夢を操るというのは一つの世界を形成し運用するのと同じレベルの力が必要なの。つまり夢を操っている間は現実世界の本体は無防備なのよ。夢の世界に閉じ込め続けることは簡単らしいけど」

 

 ということは夢の世界にいるときに本体を攻撃すればいいのか。となるともしインキュバスと相対するなら必ず二対一以上が基本か。

 魔法耐性が強く弱点をつけるノエルか、眠るという概念の存在しないロボ子さんか。どちらか一人は欲しい。

 

 「ちょこ先生。俺はこれからどうすればいいのでしょう?」

 

 「インキュバス側の狙いが判明していない限り無理に動いて隙をさらすことはないでしょう。だからと言って後手に回ることも無い。あなたは事情を知っている人に片っ端から声をかけて協力を募りなさい」

 

 ……現状打つ手なしの俺が今できる最善手はそれだけか。

 いや、協力者を集めるのも立派な対策か。俺は所詮『人間』だからな。

 

 その日はそのまま下校した。

 自身の力の無さとできることの少なさを噛みしめながら。

 

 でも────

 

 そもそもが間違っていた。

 

 いつものように終わりまた始まると思っていた。明日から頑張ろうなんて無能で取り損ねる者の思考をしていた。

 失って始めて大事さに気が付くというが、俺は失っていることにさえ気が付いていなかった。

 

 戦いはもうすでに始まっているというのに、攻撃はすでに受けていたというのに。

 無意識に可能性を切除していた。

 

 一つ一つの行動に必ず意味は存在するのに……。

 

 インキュバス転校騒動から一日。

 いつものように散歩に行き、食事をして着替える。いつも通りの一日の始まり。

 いつものようにあくあを起こし、出発する。何年も繰り返してきたような気さえするいつもの行動。

 

 そのはずだったのに────

 

 「おーい。あくあ起きろ!」

 

 登校前の最後のルーティンである寝坊助の目覚まし。

 肩をたたいて起こそうとするが今日はいつもより目覚めが悪い。

 

 「ほーら!起きろって!遅刻するぞ!」

 

 このメイドは朝起きられないのだけでも直してほしい。朝の忙しい時間もこれさえなければもっと楽なのに。

 というかメイド名乗るなら朝の支度はお前がしろ。まじで捨てるぞ。

 

 いつになく目覚めが悪いメイドの布団を引っぺがし頬っぺたを引っ張る。

 

 「……おい?」

 

 ここまでしてようやく違和感を感じ始めた俺は本当にどうしようもない。思考を止めるなとか言って常に最悪を想定していない。自分が傷つくことはすぐに思い浮かべても、周りの人物にはその限りではない。

 

 「あく……あ……?」

 

 もし俺が悪い所を一つ上げるとするならば、相手の初手を見誤ったこと。交渉が決裂してから動き出すと甘い見積もりをしていた。

 

 だが違った。

 あくあを、俺にとって一番身近な人物をメッセンジャーにしてきたことから察しなければならなかった。

 

 「おい。起きろよ……」

 

 湊あくあは夢の檻に閉じ込められた。

 

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