ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
朝の静寂ながらも賑わいを見せる教室の扉を、壊しかねない音を立てながら入室する。
目的の周りの人だかりを乱暴にかき分けて、到達する。
「きゃっ」「ちょっと!」
非難するような声が上がるが気にしない。いや、気にする余裕など今の俺にはない。
奴をこの目で捉えなければ、聞き出せなければ俺は自身を抑えきれない。
「おやおや。こんな朝から血気盛んにどうしたんだい?レディを突き飛ばして」
「インキュバス……!テメェ……!」
自然と拳に力が入るのが分かる。このままこいつのすまし顔に叩き込んでやりたいという衝動をギリギリのところで抑える。
「ずいぶんと手際のいい……。いや俺が悠長なだけだったか」
「君は愚かしくも穏健だった。それだけだよ」
「……ッ!」
一言一言が俺の神経を逆なでにする。自分の中の何かが溢れそうになるのを必死に殺す。
後悔も反省も今やるべきではない。今やるべきなのはこいつの考えを聞き、交渉をするのか。それだけだ。
それだけなのに。
何かが俺の精神をかき乱す。
この男を殺せと。喉元に剣を付きつけろ。
体を這いまわり耳元で囁く。
「黙っていろ」
口内で転がすように、独白と感情をしまい込む。
それができたら苦労はしないんだよ。
「いい颯太様?すでにインキュバスの術中にはまった子を外部の者が解くことはできないわ」
保健室の主が一番考えたくない可能性を肯定する。
「魔法の基本は『魔力』と『魔法としての難しさ』と『対象への結果』よ。込めた魔法とその難しさで威力は増減するの。威力を上げたいなら一番お手軽なのは魔力をたくさん込めることね。
でもそれでは一流の魔法使いがさらに高みに行くことになる。それゆえ下の者たちが編み出したのが「制約」。一日に一回しか使えないとか、使うたびにお金が減っていくとか自身にデメリットを強いることで魔法を高めることができるの。一種の代償魔法ね。」
「ならば、あくあにかけられた魔法は?」
「……たぶん眠らせるだけの魔法ね。本来は悪夢を見せる攻撃的な魔法の主要である「悪夢」という部分を削って、ただ眠らせることに特化したのだと思うわ」
なるほどな。ただ眠るだけ。
痛みはなく、苦しみはなく、夢の中に浸るだけ。
あるのはただ不変の今と未来だけか。
どこまでもバカにしやがって。
「颯太様。あなたが出来ることは少ないわ。何しろ圧倒的に不利の状態から交渉にのテーブルにつけないといけない」
あくあは人質だ。これを解くには現状二つの方法がある。
一つ目は俺が奴の要求を全面的に飲むことを条件にあくあを解放してもらう。
これは確実にあくあを解放することができる。もし演技で奴にその気がないとしても、例の鎖で縛る契約魔法をちょこ先生にしてもらえばいい。
だがあくまでもこれは打つ手がない場合の最終手段だ。
人質がある場合に最もダメなのは相手の要求にすべて応じることだ。人質を取るというのは、逆説的に言えば人質が無ければ相手は何もできないという事だ。交渉の余地はまだ十分に残されている。
ならば取るべきは二つ目の手段。
俺の行事もあくあも守る二徳両立の一手。
それは────
「インキュバス。俺と決闘をしろ」
こいつぶっとばす。
俺はまたしても魔王軍幹部と戦わなければならない。
「決闘?」
「ああ!あくあをかけて俺と勝負をするんだ。それに負けたら俺は潔く諦めよう。だがもし俺が勝ったらあくあを返してもらう!」
俺の言葉に周囲がざわつき始める。
「湊さんをかけて決闘……?」「イケメンと主人を名乗るドSの恋の三角関係……」「お……俺も星本君に迫られてぇ……!」
色々と誤解が加速しているが俺にはそれを気にする余裕はない。でも最後の奴は後で出てきてくれる?貞操を守るためにさ。
「君は自分の立場を理解しているのかい?こっちには人質が────」
「んなこあぁ分かっている!俺の立場も現状も!その上でお前が交渉のため、あくあにこれ以上手を出すのならば……!」
ありったけの胆力と虚勢を声に込め、自身の弱さを何とか隠す。
「その時は俺のすべてをもってお前を地獄に叩き落としてやる……!」
かすかに喘ぎつつ俺は捲し立てた。
「いいか?お前は俺にお願いする立場だ。それがあくあを手に入れたとことで有利になったんじゃない。対等になったと思え。それでもこれ以上彼女を利用し傷つけるというのならば……」
最悪の事態を夢想する。彼女がこのまま目を覚まさずただ衰弱していくのを見ていることしかできない未来を。
「俺はお前を、今ここで殺すぜ」
腹の底からの本音をぶつけた。
いつのまにか周囲のざわめきは消えていた。しかしその雰囲気を感じてか、静けさとは逆に他クラスの野次馬などが増えている。
「いいだろう」
インキュバスは俺にしか伝わらない声量で認めた。
「君の覚悟。君の気概。甘く見ていたようだね」
「なら……」
「いいとも。すぐにでもやろうじゃないか。今日の午後5時に学校近くの公園でどうかな?」
こいつ……ッ。そういことか。
俺の利点を対策していやがるのか。
どうやってか知らないが俺がデュラハンに勝った方法を知っていやがるのだろう。
つまるところ俺の利点とは準備力。
たとえ勝てない相手だろうと事前に仕込みをしておくことで、
だが指定は今日。時間にして7時間も無い。
これではデュラハンのように大掛かりな仕掛けをしている余裕なんてない。
自身の実力だけで勝たなければならない。自身の積み上げた結果を、10数年程度の成果を数百年生きてきた化け物にぶつけなければならない。
まったく。うんざりする。
けれども絶望はどこにもない。
「いいぜ。今日、お前をぶっ飛ばす」
俺はまた化け物と戦う。
「ちょこ先生。ご迷惑をおかけします」
「いいのよ。私と颯太様の中じゃない」
あくあはちょこ先生の家に避難してもらうことにした。本当ならばちょこ先生もついて診ていて欲しいけれども、今回の決闘の立会人をお願いした。
第三者で公平で契約魔法を使える知り合いはちょこ先生しか知らない。
本当に頭が上がらない。いつかすべてが片付いたなら、一番にお礼をしなきゃいけないな。
あくあは相も変わらず変化はない。新品のメトロノームの様に、一定のリズムで呼吸を繰り返している。その機械的な姿に本当に元に戻るのか不安になる。
「確認するわよ。私が立会人として契約魔法を二人にかける。内容は颯太様には『負けた時、仲間として働くこと』。インキュバスには『負けた時、あくあ様の魔法を解くこと』『二度と人間界に足を踏み入れないこと』。それでいいのね?」
「はい。本当ならそれに加えて『魔王軍幹部と連絡を取らないこと』という縛りをつけたかったのですが、抜け道はいくらでもあるので意味ないでしょう」
それに比べて俺の要求の二つは抜け道がなく、これからのことを考えた最大級の投資だ。たぶんこれが奴が飲む条件のギリギリの分水嶺だろう。
精一杯の虚勢とはったりでここまで来たのはいいが、依然不利な状況に変わりない。魔王軍幹部にまで上り詰めた魔族との一騎打ち。
クソ……。クソクソクソクソ!
考えても思いつかいない。今までの俺の行動を思い返しても奴に勝つ方法が思いつかない。そもそも奴のデータが無い。どのような魔法使うのか、どれほどの身体能力なのか。すべてが無いに等しい。
分かることは一つだけで。インキュバスの手の平に触れてはいけない。
もし触れてしまならそこでゲームセット。俺も夢の中に閉じ込められてそこで勝負は終わりだ。
だけど俺にできることはこの短刀を振り回す事だけ。
必殺の一撃を持っている相手に接近戦をしなければならないとか、これがオワタ式って奴か。
なにかしらあいつの能力の弱点を突いたり、リスクをつけられれば……。
弱点とまではいわない。奴の能力をこちらに転用したい出来ないものだろうか。それとも触れることそのものが必殺のカウンターになるような絶大な一撃を……。
「…………?」
絶大な一撃……?
なんだろう。つい最近見たような気がする。お手軽かつ簡単に相手を絶望の淵に叩き落とす、いともたやすく行われるえげつない行為を。
どこでだったか。何かインキュバスみたいにな気取って外見が整っている程効果覿面な魔法があった気がするのだが、どんなものだったかもどこで見たのかも思い出せない。
「颯太様。ベッドを貸してあげるからあなたも少し横になりなさい。体を出来るだけ休めて整えてから始めるのが一番いいわ」
「ありがとうござい────」
体を休めて整える。
体の調子を整える。
体の不調を取る。
「あ────!」
天啓。体に電流が走るような衝撃。
思い出した。ある。たった一つだけ奴に勝つ方法が一つだけある。
成功すれば、いや100%成功する作戦が……必勝の策が一つだけある。
問題はいつも通りというか時間。この作戦の第一段階は必ず成功する。しかしこれは劇薬ながらも効果が表れるまで一定の時間がいる遅効性の毒。
なによりもこれは自身の首を絞める諸刃の剣。地雷原たっぷりの死地に飛び込むような自殺行為。
リターンは絶大だがリスクがそれ以上に大きすぎる。つり合いなんてとても取れていない。
「でもなぁ。これしかないよなぁ」
刻一刻と進む時計の針を見ながらぼやく。この時間が無い中出来る準備は少ない。
やはりこれしかないだろう。
「ちょこ先生、ちょっとお願いが一つあるのですが」
俺は一つちょこ先生に打診するのであった。
陽が陰り始めた。
運命が近づいてくる。
あくあのベッドの前に立つ。今回のことで俺は深く反省した。俺は誰かと親しくするべきではないのだ。
星本颯太は過去を振り返ってはいけない。俺は星本颯太という体を使っている別人なんだ。だから過去の『俺』の知り合いを悲しませる。
星本颯太は現在を歩んではいけない。俺のせいで周りの人が傷ついてしまう。だから現在の俺の大切な人が涙を流す。
あの最後の日から『俺』は死に、俺が生まれた。でも本来ならのうのうと日常を謳歌していい存在ではない。すべてを犠牲にしてでも、すべてを絶ってでも記憶を取り戻し、この体を本来の星本颯太に返すべきだった。
あくあの髪を人差し指でかきあげて顔を確認する。
これは俺の罪だ。やるべきことから逃げて陽向のように明るい生活に浸っていた。ご主人ご主人と響くこの声が好きだった。
「なぁあくあ。認めるよ。俺はお前と一緒の生活が好きだったよ」
だからこそ決別しよう。死力を尽くして死へ向かおう。俺にとって大事なもののためにすべてを投げだしてでも貫き通す。
「たとえ相打ちに持ち込んででも、お前を助けるよ」
その後はさよならだ。
俺は太陽に向かって走り出した。