ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
陰鬱な黄昏の空の下、俺とインキュバスは向かい合った。
風が木と雲を横なぎに駆け回る。が、舞台となる俺たちの間にはその自然の力をも寄せつけない気と結界が場を静寂に保つ。
ぐりぐりと靴裏を地面にこすり受けて幾何学の模様を作り上げる。足は……問題なさそうだ。これなら全力で走ることも飛ぶことも可能だろう。
以前のデュラハン戦のように今回は初撃必殺は出来ない。10分は奴と鎬を削らなければいけないのだ。体の不調は一片たりとも残されていてはいけない。即、死へとつながる。
「この決闘の立会人を務める癒月ちょこよ」
予定時刻と同時にちょこ先生が取り決め通りに事を始める。今回の決闘の勝敗と取り決めは全てちょこ先生にお願いしており、この旨はすでにインキュバスも了承している。
「私の契約魔法で二人には条件をのんでもらうわ。そしてこの決闘におけるルールは一つ。どちらかが
負けを認めたら負け。頭痛が痛いみたいな言葉だがこれにはちゃんと意味がある。結論から言えば殺さないためだ。通常決闘と言えば相手の降参か死によって決着とする。
しかし今回に限っては相手を死に至らしめた場合、殺した側が負けとなる。
決着の方法はただ一つ、降参のみ。つまり負けを認めることのみだ。つまりどれだけ劣勢だろうと認めなければ負けではないのだ。ちょこ先生へのお願いというのは、この条件を相手に交渉してほしいというものだった。
厳しいかと考えていたがインキュバスはこの条件をのんだ。狙いは俺の命ではなく、俺そのものであるから可能性はあると踏んでいたがやけにあっさりと、まるでこうなると初めから知っているかのように。条件を飲み込んだ。
オカシイ。新たな条件をこっちから提示したにもかかわらずどうしてアクションを起こさない?条件を飲む条件としてこっちに何か無茶を押し付けてくると予想していたのに。
俺に負けを認めさせることは簡単だと言いたいのか?それとももっと別の俺の知らない『ナニカ』があるのか……?俺が生きていることに意味がある……?
やはり考え過ぎだろうか。インキュバスの狙いは俺だ。ならば死なれたら困るそれだけだろう。
……それ以外にないはずだ。
纏わりつく疑念を振り払うように頭を横に振ると、インキュバスが近づてきているのに気が付いた。
「どうした?まだ時間はあるはずだが?」
「そう警戒しないでくれ。ひとつ聞きたいことがあるんだ」
「…………」
今さらここまで来て何を問答することがあるというのか、その真意を測りかねるが敵意は感じられない。
「なぜ見捨てないんだい?」
「は?」
本当に真意が分からない。
「君にはここで決闘なんて煩わしい事をせず、無視を決め込むか逃げる手もあったはずだ。ただ血も繋がっていない、知り合って数週間の同居人のために人生を投げ打とうとしている。意味が分からない」
「意味が分からない?じゃあなぜあくあを人質に取った」
「これが最も有効だとアドバイスを受けてね。半信半疑だったけどまさかここまでうまくいくとは思わなかった。だからこそ意味が分からないんだ」
ここだった。
インキュバスに。この外見がいい男に。初めて恐怖を覚えた。
人質への考えでも、意味がないと知りつつ実行に移すその神経でもない。
俺が怖いと思ったのはそのちぐはぐで、でたらめで、ぐちゃぐちゃな
こいつは人の欲しい言葉を投げる言葉ができる。『場』に適した言葉を選ぶことができる。社会に適応している……ように見える。
空気を読むとも言うがこれは並大抵の努力で可能にできない。
人の性格は環境によって育まれる。
『痛み』を知ったとき。それを優しく受け止める人が近くにいたならその人は『博愛』を得る。それを怒りに転回する人が近くにいるならその人は『復讐』を得る。
性格とはその者の環境であり、人生の記録だ。そして記録の積み重ねが社会性の強弱を産む。
でもこいつは?
『博愛』の意義を語りながら俺の気持ちを理解していない。
『復讐』の無意味さを知りながら俺がここにいる訳を理解していない。
こいつの社交性は記録の重みが無い。どのような人生を送ってきたのか測れない。
ここまで空虚で充実している存在なんてありえない。
ここまで過去が見えない人間なんているのか?
ブブ────!
携帯のアラーム機能が、現実の時刻を伝える。
そうだ。これ以上考えると飲み込まれてしまう。これ以上は余計なノイズにしかならない。
一人の少女と一人の少年の運命を賭けた戦いが始まる。極限まで無駄を省かなければ足元を取られる。
「もうすぐ始まってしまうね。答えを聴けなくて残念だよ」
やれやれと大げさな動作で心底残念だとアピールする姿が、もう薄っぺらく見えてしまう。
「颯太君。死力を尽くしあおう」
やはりというべきか意外というべきか、インキュバスは俺に手を差し出してきた。
罠以外の何物でない。むしろこの行為の裏に何かしらの仕込みを疑うべきだ。
この相手に握手を求める行為はこいつにとってある種のルーティンなのかもしれない。相手を自身の手の内置くため、もしくはただの決められた「動き」以外の何物でもないのかもしれない。
とにかくそれに触れてはいけないことだけは確かだ。
「いと
だからこそ触れた。差し出されたその手を両の手で強く包み込んだ。
この心に宿る覚悟を
誰もが目を見張った。ちょこ先生もインキュバスさえもが。
分かっているさ。自分で自分の首に縄をかけていることくらい。
「命をも燃やしてでも勝つか。それは君のこれからを予言でもしているのかい颯太君?」
「…………」
俺の心境を教える必要なんてない。無視だ無視。
俺は背を向けてスタート位置へと戻る。
「颯太様……、まさか……」
「ちょこ先生。立会人は中立にお願いします」
「ええ。でもあなた……」
「分かっていますし大丈夫です。本当に命を失う気はありません」
「なら、いいのだけど……」
いつになく今日は歯切れが悪いな?というよりも心ここにあらずという感じだ。
頻繁にチラチラと公園の出入り口に目線を向けている。……というよりも出入り口付近の草むらを見ている……のか……?
目を凝らすが特に変わった様子はない。
「颯太様。もしかしたらあなたは一人じゃないかもしれないわ」
「……?そりゃちょこ先生がいますからね」
ちょこ先生に別れを告げ指定の位置に着く。
手のひらを振る。足首の関節だけで軽く飛ぶ。
体に不調はない。普段通りに動けるだろう。
いや。嘘だ。
本当はいつも以上に調子が良い。体が闘志に燃えている。
なぜだろうか、力が湧きでるマグマの様に力強く溢れてくる。自分にとって大切なものを賭けているからだろうか?自分がここまで熱い人間だとは知らなかった。
もしかしたら────、
カチカチカチカチ、ビ────!
始まった。
「さぁ。楽しもうか颯────」
「絶影」
インキュバスが何かを言う直前、俺の最速の技が奴の首を軌道に捉えて抉りに行く。初手必殺。
しかしスピード、威力、不意性は十分であったが首の動きだけで避けられた。
「いきなりだね!迷いはないようだ!」
「当り前だ。早く終えられるならそれにこしたことはないからな」
追撃を掛ける。着地した足を軸に突っ込みのスピードをのせて蹴りを放つ。風を切り死角からインキュバスの延髄に叩き込まれた……ように見えた。
が、俺の蹴りは「空」をきった。
「
「
「!?」
困惑と混乱。万有引力の法則に従い体が地球の中心に吸い込まれる。
「やべぇ!」
とっさに体を大きく捻り腰から「針」を取り出し10数m下の木に二本突き刺す。と、同時に針に付けていた「
「イッ!」
素早く反応してリカバリーをしたがそれでも数mは落ちて加速してしまった。手に食い込んだ鉄糸が肉を裂いて血に濡れる。
鉄糸を滑りながら木にたどり着き、なんとかよじ降りる。
「おやおや。まさかあんな曲芸を見せてもらえるとは思いもしなかった。サーカスにでもなればいいのではないかい?」
「俺よりもお前のほうがお似合いだろう。ピエロとしてな」
インキュバスは決闘が始まってから場所を動いていなさそうだ。
俺はインキュバスの動きを見逃さないよう瞬きも抑えて視界にとらえ続けていた。だが奴は魔法を使ったようにも見えなかった。つまり俺がひとりでに一瞬で空中に移動したことになる。
それはつまり
「俺はもうすでに夢の中にいるのか」
「正解!」
開け透けた顔でよくもまぁ……。
「俺に術を掛けたのは始まる直線の握手の時だな?決闘が始まる前の攻撃は契約違反じゃないのか?」
「いやいや。これは準備だよ。君がデュラハンと戦う時に落とし穴を使ったように事前の準備がハマっただけさ」
「物は言いようだな」
こうなることは事前に予想はしていた。ここまであからさまだとは思わなかったが。
「『夢幻心操』か。いつ使われたのか全く分からなかったよ」
「夢が現実かの区別もつかないうちに誘う。手前みそだがこれを知覚することはできないよ」
『夢幻心操』。インキュバスの必殺の攻撃。相手を相手の夢の世界に閉じ込める魔法。
厄介なのは夢の主は魔法の対象であるのに、その夢の世界を自由に改変する力をインキュバスが有していること。
つまりインキュバスはこの世界の神にも等しい。
「降参するんだ。颯太君」
その言葉は10数年生きた俺の人生で最も悪意のない侮辱だった。
「この世界でボクが負けることなどありえない。勝負はもう決まったんだ」
「あ?まだ始まってすらいないだろう」
「聡い君ならば分かるはずだ。ぼくは君を傷つけるためにここにいるんじゃない。引き込みたいからいるんだ」
「なんだ?お前は夢の世界ですら傷つけることにためらいがあると?」
「そうじゃない。たとえ夢の世界での出来事でも現実に影響が出るんだ」
「────!なるほど」
少し不思議だった。
夢の世界に閉じ込めるという能力における攻撃性に。確かに夢に閉じ込めれば一対一ならば決まれば必殺となる。相手を夢の中に閉じ込めた後に現実の抜け殻となった肉体にとどめを刺すだけだから。
だが多対一ならばそこにメリットを感じなかった。ただ夢の世界に閉じこめるだけなら人数有利の前には意味が無いから。
しかし夢が現実に侵食する事が出来るならば話はまた違ってくる。
「熱した鉄に触れたと
正直に言えば予想していないわけではなかった。
『時間』まで捕らわれた夢の中で痛めつけられるだけで済むとは思っていなかった。しかし────。
「分からないな。なぜそこまでして俺にこだわるのか。ただの人間である俺にどうしてそこまで執着する」
「君は呼び水だ」
「呼び……水……?」
「ボクの光であり神であり絶対をこの世にもう一度繋ぎとめるには君ほどの適任はいない」
その語り草は熱心な教祖に心酔するような盲目性を感じずにはいられなかった。それだけ奴にとって特別という事だろう。
「ますますわからない。それほどの特別を呼ぶのになぜ俺のような人間が必要なんだ」
もし俺を生贄に「ナニカ」を召喚したのならば、たぶんそこそこの者を呼び出せるだろう。一人の人間を素材にしている分、強力な召喚魔法をできるかもしれない。
しかしそれで打ち止めだ。
ただの人間である俺を使っても呼び出せるのは「そこそこ強力」程度なのだ。
当たり前だ。犠牲に求められるのは希少性。ならば街にでも行けばそんな材料は腐るほどあるのだ。
俺を犠牲にするくらいならば街や都市そのものを狙ったほうがよっぽど効率はいい。少なくともこんな回りくどいことをしなくてもいい。
「人間……。人間か……」
いやに含みがある言い方だった。インキュバスの琴線に触れたらしい。
くつくつと、呆れ、困惑、喜怒が混じった笑いに言いようのない気持ちがこみあげてくる。
「颯太君。君は未だに自分が人間であると信じているのかい?」
「!?どういう意味だ?」
「人はいつまでたっても人かい?人という種族は不変か?それは違う」
「何を……何を言ってるんだ……?」
俺の両親は純人であり、その家系も人との間に子を成している。だから人以外の血は入っておらず、先祖返りを行い別の種族になるなんてありえない。
生まれてからも、種族が変わるなんてことはない。
無い────はずなんだ。
「ッうお!?」
突如俺の四方八方から遊具である鉄棒がバラバラに分かれ襲い掛かってくる。それをはじき、いなしすり抜ける。
「驚いたな。隙しかなかったから今ので終わると思っていたんだが」
「武士道もくそも無いな」
「ボクはただの夢魔さ。力も魔力も無い非力な個でしかない」
「非力?人の首を握力だけでネジきれるだろうお前なら」
なによりも無敵の力を持っている。この世界の神に等しい全能を手の中に持っている。それだけに解せない。
「なぜ一撃で決めない?なぜ殺さない?」
夢の世界では相手は全ての空想を具現化できる。ならば俺を死のギリギリまで追い詰める方法は無限にある。それこそ何でもできるのなら俺を殺して生き返らせてもいい。
「殺すだなんて物騒なことをボクができるはずないじゃないか。それに生き返らせるなんて、ボクは悠久を生きる魔神じゃないんだから」
違う。お前はしないんじゃなくてできないんだ。
何でもできるのに、できないことが多い。そしてできないことを把握していない。
できないことはとても多い。でも何ができないかを把握していない。俺の数十倍生きていながらも、自身の力をまだ把握していない。それが矛盾していないとすると……。
『
そうか!
「分かったぞインキュバス。お前の『夢幻心操』の弱点は
「正解!さすがにわかってしまうかな?」
「考えてみれば簡単なことだった。夢の内容とは現実で体験したことしか出てこない。ケーキを知らない人はケーキを食べる夢を見ることができないように、お前はその人の体験に基づいた『記憶』がないと具現化できないんだ」
「正確にはその人の
「ならば、お前は天敵を相手にしているようなものだな」
例えば『夢幻心操』を生まれたばかりの赤ちゃんに使えばどうなるだろうか?答えは何もできない。
経験も体験もない赤ちゃんには想像力は皆無である。ケーキを見ても外見からそれが甘いという事すら想像できない。
同様に俺は大部分の記憶が欠如している。
火に飛び込めば焼け死ぬ。高い所から落ちればひしゃげて死ぬ。これら自然現象は生きていけば学ぶ常識として俺の中にある。
しかしそれ以外の突飛な殺し方、追い詰め方は俺の中から抜け落ちている。想像できるものは精々平均的な中学生くらいの力だ。
ならばインキュバスができる力の行使も限られてくる。インキュバスが思いつくであろう力の行使は恐らく全て対処できる。
いける。『夢幻心操』はもう怖く────
「君の言う通り…………」
インキュバスは目を瞑り片腕を水平に持ち上げる。
「颯太君。君の言う通り『夢幻心操』は相手に依存するため絶対ではない」
手は黒く濁り地面は紫に光る。
「だが最も大切なことを忘れていないかい?君はこの世界で唯一、絶望と戦ったという事を」
紫の光は地面に紋様として広がりその大きさを増す。
「まさか
それはまるで何かを召喚するようで……。
輝きが収まり目を開けるとそこには絶対の絶望が立っていた。
その大剣は天を割り、その甲冑は地を繋ぐ。
どれだけ考えてもまともな攻略法を思いつかなかった。俺がこうして立っていられるのは数々の奇跡のおかげなのに。もう会うことはないと思っていたのに。
「久しいな」
「………………デュラハン」
絶望が
立っていた。