ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート 作:かとしょう
浮遊感が全身を包むこの気持ち悪さはどうも慣れない。
上か下かも右も左もわからなくて、自分がこの世界で一人ぼっちになったかのような気分になる。
体の中心、その奥の奥から湧き出る吐き気が気色悪い。
ああ。それにしても体が痛い。
痛い?
あれ……?
なんで生きているんだ……俺……?
デュラハンのすべてを込めた技を食らって、死を覚悟して……それから……。
それから………………?
防ぐ手立ても躱す策も無かったのになぜ俺は生きているんだ?
最後に黒い波動が迫る中やけに視界が白かったのだけは覚ええいるのだが、そこから先の記憶が全くない。
俺は何をしたんだ……?どうやって生き残った?
この疑問の答えはデュラハンとインキュバスに大きなアドバンテージになる気がする。
右手。動く。
左手。動く。
両足も問題ないみたいだ。
五体満足どころか、怪我も衝撃に飛ばされてきたであろう小石で額を打った程度で済んでいる。血は止まらないが、これでも奇跡なんて言葉では足りない。
原因があるはずなんだ。奇跡を超えた不思議で忘れるわけにはいかない。解明しなければ。
シャツを脱ぎ、額に巻き付けて止血をする。これならばしばらく血が垂れて邪魔することはないだろう。
土煙を掻き分けて、抉れた地面の方向とは逆らって進む。
『隠形』を発動して気配を殺し痕跡をできる限り消しながら、なめくじのごときゆっくりと着実に進む。
もし夢の世界が夢の主の死亡で消えるのならば、いつまでも健在なこの世界に疑問を持つに違いない。
どれだけ気絶していたのかも分からない。タイムリミットは俺が想像しているよりも短いと思ったほうがいいだろうな。
息すらも気取られないように殺していたせいだろうか。それともただ土煙で視界が悪かったせいだろうか。
一瞬見逃しかけた……、それほど自然に
普段は白い砂で覆われてた公園の表面がいつもより2mは陥没し、黒く炭化している。ところどころ熱は残っているようで赤くチカチカ光っている。
さながらミサイルの爆撃現場。殺戮のみを目的とした悪意は数十mは続いていた。
でもだ。
でも俺の立っていたと思われる場所から縦1m、横2mの空間から放射状に無傷の空間が広がっていた。
「なんっだよ……これ……」
俺がやったのか……?
いや否。断じて否だ。
俺はこんな技知らない。正確には出来ない。大質量もしくは破壊力そのものを逸らしたり避ける技は知っているが、こんなものは……。
そもそもデュラハンの一撃はヒト族も合わせた歴史の中でも10本指に入るであろう物だ。それを技で受け、あまつさえ無傷圏を作り出すなんて……。それはもはや技とは言えない、もっと別のナニカ────。
『────本当に星本颯太は生きているのか?インキュバス?』
『────世界の崩壊が始まらない。無事とは言わずとも一命をとりとめている可能性は高いよ』
……!!デュラハンとインキュバスの声!!
やはり俺が生きている可能性を感じ取りトドメを刺しに来やがった!
まずい!結局ここまで来て俺が分かったのは「何が起きたのかわからない」という事。奴らに対抗できるカードは見つからなかった。それはデュラハンを倒す方法がないという事。
それなのに見つかったら今度こそ詰みだ。突破口を見つけるためにも時間を稼がなければ!
しかし周りはデュラハンのせいで一面見渡しやすい荒野に代わった。走りだせば気配でバレる。隠れるしかないが土煙はすぐにでも晴れるだろう!
「ここしか……!」
俺はデュラハンの一撃から逃れた無傷圏内の街路樹下の草むらに身を投げた。
────何をやっているんだ俺は!?
インキュバスたちはすぐにでも無傷圏も、そしてその真後ろの草むらにも気が付くだろう。ならば真っ先に調べる!不自然!不調和!異物の塊!この草むらにたどり着く!
その時俺には逃げ場がない!場所を変えるか!?しかし土煙に黒い影が見えるくらいには近づいてきている!草むらから出る音に反応して斬られるかもしれない!
采配をミスった!
「うっ……!血が!」
シャツで止血するのも限界のようだ。手で触れると生暖かい布が気持ち悪い。血の目薬をで視界が赤く染まっているが、それでもこの手に着いた血の量は────。
終わりか……!?
ごめんあくあ。助けるなんて息巻いていたけど、俺ができるのはここまでのようだ。自分の力量も相手の力量も見誤った。デュラハンを一度倒したことで勘違いしちまったらしい。ヒロイズムに酔ってセンチになってバカした。
ごめんちょこ先生。あんなに良くしてもらったけどここまでのようです。悪魔の寿命より人間の寿命のほうが短い。眠り続けるあくあの世話お願いします。
ふにふにと妙に柔らかく幸せな手の感触を楽しみながら別れを告げる。
死ぬ間際で脳が快楽物質を作り出しているのだろうか?本当に幸せな感触が……。
「ん?」
何だこの感触は?
腐葉土とも違う柔らかくも確かな弾力と硬さがあり、この世の男性全ての夢を詰め込んだようなかくも崇高と神秘が────。
「うにゃ……?口元がおいしい……?」
しゃべった。腐葉土もとい物体Aがしゃべった。
ゆっくりと上半身を起こし大きなあくびと共に起き上がったそれは────。
「お!人間様!おはなきりー!」
物体
「な、百鬼あやめ……様」
どういうことだ?何故この夢の世界に異物が紛れているんだ?インキュバスが俺の記憶を元に新たに創ったのか?俺を殺すための先兵、詰めの一手としての夢の住人なのか?
「……?」
しかし、あやめさんは見つめられている理由が分からないようだ。俺を殺そうという殺気もその動きも見られない。
ぽやぽやした雰囲気は作られたものとは到底思えず、むしろ現実でよく見られたもので……。
「あのー。あやめ様はなぜこんなところにいるのですか?」
「余か?余はなぁ羅刹と阿修羅を探して疲れて昼寝していたんだ」
羅刹と阿修羅は確かあやめさんがいつも持ち歩いている刀だったか。この前も探していたのだがあんなものどうやったら無くせるんだ?座るとき邪魔でいちいち外しているのか?
「ところで人間様?余の口元が幸せでいっぱいなんだけど何これ?」
土煙で視界が悪いから気づくのが遅れた。あやめさんの口元は赤い液体が多量に含まれていた。
とゆうか俺の血だった。
「それはジャムですね!実はいちごジャムを落としてしまったようで!あやめさんにかけてしまったようですね!?誠に申し訳ありません!」
俺は嘘をついた。なぜだかすごい嫌な予感がしたのだ。
「そっかぁジャムかぁ!だからこんなに甘いのか!」
俺の血って甘いんだ……。
これからは魔族、とりわけ鬼の前では出血しないようにしよう。そう固く誓った。
「なんだこれは?何故異物が紛れ込んでいる?」
「ッ!?」
殺気!
低く金属で反響したようなくぐもった声に血が凍った。
あまりにも場違いな世界を見てここが戦場だという事を忘れていた。
後ろに死神がいる。大剣を俺の頭蓋を勝ち割ろうと振り上げているのが分かってしまう。間に合わない。
死────
ザキュッ!
感じたのは頭から体が二つに分かれる感覚では無く、『横』への強烈なGだった。
内臓がごちゃまぜになりそうなほどの横への重力に、意識を失いかけながら状況把握に努める。
目を凝らすと大剣を振り下ろす、デュラハンの姿と爆弾でも落ちたかのように抉れた地面。
そして俺を抱えて地面に焦げ跡を残しながらその超スピードを落とすあやめさん。
「うぉ……。二人ともすげぇ」
冷えた肝に血が流れていくのを物理的に分かる。
やはり魔族同士が本気で動くととんでもない。不意打ちとはいえいつ担がれたのか分からなかった。
「こらぁ!どこのだれかわからないけどいきなり斬りかかるとは何事だ余!」
いまいち状況を把握できていないのだろうか、間延びした声が響く。
そりゃ(いきなり斬りかかれたら)そう(まず怒る)だけど。
「おいインキュバスあれはどういうことだ?あの鬼は一体なんだ?お前が呼んだのか?」
「……分からない。ボクは彼女をこの世界に呼んでいない。つまり颯太君と彼女の夢がつながってしまったという事かもしれない。だが……」
そう、俺もわからない。この百鬼あやめは本物だ。それならばどうして俺の夢の世界の中にいるんだ?
「あやめさん。ここで何していたんですか?」
「余?余は羅刹と阿修羅を探していたらなんだかすごく眠たくなって、そこの草むらで一休みしていたんだけど」
草むらで昼寝って……。
つまり……公園の敷地内で寝ているあやめさんに気が付かず、インキュバスが夢幻心操の範囲に入れてしまった?
いやいやそれはいくらなんでも間抜けすぎるというか……、そんな失敗を魔王軍の幹部ともあろうものがするか?
どこか引っ掛かる。何か作為的なものを感じる。
「インキュバス。あの女は一体?」
「颯太君と同じ学校に通う子で、今代の妖刀と鬼神刀の相伝者だった……」
「なるほど、道理で素早い」
奴らもあやめさんというノイズに戸惑っているようだ。これはまたとないチャンスだ!
俺の欲しかった状況をかき乱すイレギュラーの登場。ここであやめさんを仲間に引き入れることができれば勝つことは無理でも時間を稼げるかもしれない。
「あやめさん!聞いてください!」
「人間様を傷つける輩は許せん!突撃ぃ!」
「あやめ様ァ!?」
なんで俺を抱えたまま突撃するんですかあやめ様ァ!
あほらデュラハン剣構えているこのままじゃ切られて死ぬ死ぬ死ぬせめてこの短剣を使って────
ゴォ!
黒い魔力の風を凝縮させた圧倒的暴力。その刀身に嵐がまとっていると錯覚するほどの一撃に飛び込んだあやめさんは、
「あら余っと」
ギャン!
腕で受け止めた。
「「「…………はぁ?」」」
思いかけず3人の声が重なるのも仕方ないことだろう。あのデュラハンの剣を小手も付けていない生身の腕で受け止めたのだから、その驚きは天が崩れるよりも大きいというものだ。
「人間様をいじめる悪い奴は!」
そのまま受け止めた剣を大きくはじき、返す腕でデュラハンの顎を捉える。
「おしおきだぁ!」
パン!という音を置き去りにした音を残し、あやめさんの渾身の右フックはデュラハンに刺さり、そのまま頭の部分をぶっ飛ばした。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ…………!?」
ドップラー効果を残しながらデュラハンの兜は遥か彼方に飛んでいった。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。強い強いとは思っていたがここまでとは思わなかった。こんなの存在がバグだろ。
「ちょ、ちょ!キミは一体!?」
インキュバスも先ほどまでの落ち着きは彼方、手を振りながら慌てふためいているのが少し哀れだ。
「余がせっかく仲よくしているのに魔族が人間様をいじめたらまた怖がらせちゃうでしょうがぁ!」
そんな周囲の戸惑いは本人にはどこ吹く風、なぜかキレているあやめさんは止まらない。デュラハンの鎧を拳でぶん殴る。
すると金属がひしゃげる音を立てながら鎧に穴が開いた。
「ぎゃあああああああああああああ!?」
どこからか悲鳴が聞こえてきた。たぶんデュラハンの兜が出す悲鳴だろう。
もう頼もしいとかそういう思考はなかった。この抱えられている体がに少しでも力加減を間違えらえるとひしゃげて死ぬという恐怖が身を包む。
「ヒッ!」
インキュバスが思わず後ずさり、空中に浮く。どうやら夢のなかなら飛ぶことすら自在らしい。
しかし。
「ばいーん!」
あやめさんは助走の無いジャンプで追いついた。
「なんか今日は体の調子がいい余!」
そのまま上から両の足でインキュバスの顔をスタンプする。
「ぶべら!」
それは今の俺には知る由もないことだが。
夢幻心操は
だからこの世界は重力が上に働くという常識を持っていれば、夢の世界は重力は逆転する。あくまで夢の世界のルールは被術者の認識に帰属する。
だから星本颯太はデュラハンが相手でも死んでいない。本来なら天と地の差がある実力を直感でしか測れていないため、完全なデュラハンをインキュバスは召喚できなかった。
そう、あくまで夢の世界の人物は星本颯太の認識にそった実力で顕現する。
ならば、化け物と勘違いし、根も葉もない噂を信じている星本颯太の百鬼あやめ像はたとえ全人類が挑んでも勝てない存在にした。百鬼あやめはこの夢の世界に限り魔王をもしのぐ『最強』なのだ。
「「ぎゃあああああああああ!!???」」
魔王軍幹部の情けない悲鳴が空に響き渡るというSSRな光景を見ている。
もはや鬼という言葉では百鬼あやめさんは言い表せない。なんなんだろうねアレ?
あやめさんは逃げ惑うデュラハンの胴体に、某格ゲーの龍が昇るがごときジャンピングアッパーを食らわせる。
「しょーりゅーけん!」
言っちゃったよ。
角の生えた女性が昇〇拳打ってたって噂は本当だったんだな。
「インキュバス!インキュバァァァス!!何とかしろ!」
「無理だあんなのこの世界のバグに等しい!止める方法が思いつかない!」
若干キレ気味の二人が怒鳴りあっているのを、敵ながら共感できてしまうのはなぜだろう。
しみじみと感じ入っているとデュラハンが驚きの言葉を発した。
「ならばこの世界を消せ!」
「!?」
驚いた。それはこの有利な状況を無くすことについてではなくデュラハンの覚悟についてだ。
デュラハンはもうこの世界にいない。死んでいる身だ。それを夢幻心操の力で仮初とはいえ生き返ったのだ。だがその命を失ってもいいという。
この状況を打開するため。俺を殺すため。彼の中の忠のため。
自身の命は捨てられるというのだ。
これはこちら側にはとんでもなく痛い判断だ。このままあやめさんがあいつらを倒してくれるならば確実だが、この世界を消されたとき現実で戦いを続けないといけない。そこにはデュラハンという最大の障壁は消えるが、百鬼あやめというジョーカーを失ってしまう。
「あやめさん────!」
俺はあやめさんに一刻も早い止めを願おうとするが、相手の決断が速かった。
「デュラハン!我が志を共にした友よ!すべてを超えた先で会おう!」
ジェットコースターで猛スピードの後の登りに入ったようなふわっとした気持ち悪さ。全身が無重力なのに引っ張られる痛みが全身を走る。そのすべてに意識を失いかけるが根性で耐える。するとそこはさっきと同じ場所だった。
いや厳密には違う。百鬼さんに抱えられていた体は地面に横たわっているし、デュラハンの大技で抉れた地面はなだらかになっている。
間違いない。現実に帰ってきたんだ。
「あら。これは……」
場違いなかわいらしい声に振り向くとちょこ先生もいた。やはり現実に帰ってきたらしい。時計を見ると決闘から9分過ぎていた。
「してやられたよ。まさかあんなバグが潜んでいたなんて」
遊具の隙間からインキュバスが現れた。左腕は歪に曲がっており、足も走ることは難しそうだ。
しかし俺も夢の世界で負った傷で動くのもかったるい。
お互いに重症。ならば、
「お互い次の一手で終わらせよう。颯太君」
その提案はこちらとしてもありがたかった。もう
インキュバスは大きく腰を落とし重心を前に傾ける。魔族の身体能力を使って全力で詰めて、もう一度夢幻心操を狙う腹積もりだろう。
ならば────
ドン!という踏み込みの音が最後の合図だった。インキュバスはその力をフルに使って俺を触りに来た。
決闘の初めとは違う殺意に満ちた目。なにがアイツをそこまで掻き立てるのか知らないが距離を詰めるという行為は『短刀』使いにとってプラスでしかない。俺の領域に入り込んでくれるのだから。
短刀の得意技である受け流し技を使って時間を稼げばいい。それで俺の勝ちだ。
でも……。
俺の瞼の裏には綺麗な顔で眠るあくあの姿が映る。
『ご主人!』
うるさいくらい元気で、見ているだけで楽しくなるようなあの笑顔は能面の様に表情が消えた。あの時の気持ちを思い返す。
こいつらは自分の計画のために他人を、俺の大切な人を巻き込んだ。
ならば、やり返さなきゃ気が済まねえ!
一か八か!
脱力。そして殺意。
「──疾く流る星月夜、
陽
雨袖の露かな」
「インキュバス。お前は今、天へと攻め入ろうとしているようだが太陽に近すぎたものがどうなるか知っているか?」
「キミは────!?」
「颯太様!?それは────!」
「短刀『秋』の奥義」
それは天に攻め入る不届き物を堕とす御業。
「────天津神」