ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート   作:かとしょう

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 俺だって初投稿してぇよ。


夢の陰り TIPS

 死にたくない。嫌だ死にたくない。どうしてこうなったんだ。

 俺はただ自由なんてなくて、『意思』によって突き動かされていただけでこんなことしたくも、結果を享受する覚悟も無かった。

 体が軋む。汚泥の沼に沈み込むように意識がどこかへ消えていくような感覚。大事なものを失う痛みがそれを邪魔する。

 

 破れかき混ぜられた内臓が機能を停止していく。せりあがる血がコンクリートを濡らしていく。

 非現実的なリアルが俺を冷静とパニックを繰り返させる。

 

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。まだ────になっていない。死にたくないんだ。

 

 誰か助けてください。生き返ることができるのなら何でもします。どうか俺にもう一度チャンスを……自由をください。

 それが叶うのなら……悪魔にだって魂を売るから。

 

 「たす……け……て…………。だれ……か……」

 

 叶うわけがないと知りつつも闇に手を伸ばした。恐怖から逃げるために。

 

 『──間に合ったわね。助けてあげる』

 

 

 

 

 

 

 『続いてのニュースです。先日から続いている政治家、官僚を狙った傷害事件が────』

 

 ニュース原稿を読むキャスターの声にうたた寝から目を覚ましてしまう。

 

 「颯太様?どうかしたの?」

 

 目の前で心配そうに顔を覗き込むちょこ先生をきっかけにだんだんと思い出してきた。

 そうだ。俺はインキュバスを倒した後に、記憶を回収。そしてちょこ先生の家に上がらせてもらった後、あくあが目覚めるのを待つ間記憶を自身の体に戻したんだった。

 どうやらボーッとしながら会話だけはしていたらしい。

 

 「…………」

 

 「颯太様」

 

 どうもちょこ先生の顔をじっと見つめてしまう。さっきの記憶は……そういうことだよな?

 

 「颯太様ったら!」

 

 「あ、あぁ……。ごめんなさい。何の話でしたっけ?」

 

 「もうしっかりして。スワンプマンの話よ」

 

 そうだ。そうだった。

 確か自分からちょこ先生に意見を聞きたくて話題を出したんだった。

 

 「先生はスワンプマンをご存じですか?」

 

 「もちろん。一般教養とは言わないけど職業柄、耳に聞くことが多いわね」

 

 スワンプマン。それは一つの思考実験だ。

 1987年アメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが提唱したこれは当時様々な議論を屹立させた。

 

 内容はこうだ。

 男が沼の附近を散歩中、不運にも雷に打たれて死んでしまう。しかしもう一度落ちた雷が沼に落ちた結果、天文学的現象が重なり死んだ男と全く同じ生物を生み出した。この男は原子レベルで死んだ男と同一で脳の構造も同じであるため記憶も変化ない。

 この新たに生まれた男は家に帰り読みかけの本を読み、職場に出社する。

 さてこの沼男(スワンプマン)は死んだ男と同様の存在と言えるだろうか?

 

 「俺はスワンプマンは同一であると思います」

 

 「あら?意外な回答ね。その心は?」

 

 「スワンプマンは記憶も同じものを持っています。そして死んだ男と全く同じ行動をする。ならばその世界から男が消えたとは言えないのではないでしょうか?」

 

 「でもオリジナルは消えたのよ?」

 

 「はい。それでもその世界中からの視点に対してその男の死が観測されておらず、まったく同じ人間が生まれたのならばそれは同一であるように思えます」

 

 ちょこ先生は沸いたお湯に紅茶の葉を入れるとカップを回して燻らせる。その長い脚を組み替えると俺に問うた。

 

 「颯太様は『自分が何者であるか』とは他人からの観測で決まると思うのね」

 

 「え……」

 

 思いもしない、不意打ちに近い衝撃が俺を襲った。

 それは俺の根幹を一瞥で見抜かれたような不安感が俺の全身を走り毛穴を開かせた。

 

 「颯太様は『世界から男が消えたとは言えない』とか『死が観測』とかまるで自己の存在を他人の視点に求めてるようだわ」

 

 「それは……変ですよね……」

 

 理屈ではなく直感からだが、それがおかしいことであるのは理解できた。

 確かに俺は第三者が自分をどう見るか、どう評価するか。その内容が真の自己であると考えている節があった。

 自己とはあくまで自身だけのものである。自分がどう思うか?から始まるものであるべきなのに、無意識からその自己に他人の視点を求めていた。

 

 「ならばオリジナルの男が死ななかったとしたらどうかしら?」

 

 「それは……。それなら同一ではないと思います。例えその場に原子レベルで同じ人間が二人いたとしても、オリジナルは最初のほうでありコピーは後から生まれたほうですから。何より同じ人間が同じ時にいるのならば後の運命というか……出来事は絶対に代わります」

 

 同じ人間が同じ場に居てはならない。それは同じ人間同士にとって不幸になる材料にしかならない。二人が存在を知りあっていないなら────いやいや、それはさっきと思考が変わっていない。

 

 「じゃあそのスワンプマンが記憶を失ったとしたら?」

 

 「ッ!?」

 

 今度こそ衝撃を受けた。ガツンとハンマーで頭蓋を殴られたようなひどい痛みが脳内をかける。

 

 スワンプマンがもし記憶を失っていたら。それは自分が恣意的に避けていた話題のような気がする。今の『星本颯太』と重なるような気がして、どうにも思考から外していた。

 

 「スワンプマンの記憶が無かったら……。それはやはり同一ではない、……と思います」

 

 「その心は?」

 

 「記憶は……。そう記憶は自己の形成に大きく起因する最上級の物です。その記憶が無くなったのならばスワンプマンは家に帰ることも、読みかけの本を読むことも、会社に出社することもできない。友人が訪ねてきても話せない。……自身のルーツを知ることもできない」

 

 スワンプマンに記憶が無かったらどう思うのだろうか?

 悲しむのだろうか?それとも驚くのだろうか?どちらにしろ経験のある俺は理解できてしまう。世界のすべてを憎みたくなるほど最悪の気分だろうな。

 

 記憶をなくすのは生きてきた歴史をなくすことに等しい。生とは経験の積み重ねだ。

 嬉しい、悲しい、楽しい、恥ずかしい。感情と言葉のキャッチボールを重ねて自己を形成していく。記憶とは魂であり、もう一つの自分なのだ。

 

 グッと瞼に力を入れてあの時のことを思い出す。

 そうだ。俺は今他者から見ても、自己を分析しようとも歴史の無いこの時代に突如生まれた異物のような存在なのだ。一刻も早く記憶を戻さなければ。

 

 「颯太様。これはあくまで思考ゲーム。難しく考える必要はないのよ」

 

 俺の雰囲気を見かねたのかちょこ先生が優しく諭す。

 一口紅茶を飲むとちょこ先生はクッキーをかじりながら言った。

 

 「ちなみに提唱者であるドナルド・デイヴィッドソンは否定派だったわ。心的な出来事は物理的な原因を持つと立場だったんだけど、ある物理的な出来事が常に同じ心的出来事であるとは限らないと主張したのよ」

 

 「???」

 

 何を言っているんだこの幼女悪魔は?

 

 「つまり100%同じ細胞をもっていても、同じ心とは限らないってこと。颯太様の言っていた運命と違うけど似ているかしらね」

 

 なるほど。細胞も、記憶もすべてが同一であろうとも心という不確定要素はまた違ったものになるかもしれない。別のものが生まれるという事か。

 

 そこで気が付いた。

 例え記憶を持っていても違う心を持った別人、個が生まれるのならば記憶を失っていても同じことであると。それは一人の確立された人間なのだ。

 だから俺が偽物であり早く記憶を取り戻し『星本颯太』に戻る必要はない。

 ちょこ先生はそれを遠回しに伝えようとしてくれているのだろう。

 

 

 

 「そういえばあくあ、まだ起きませんね」

 

 インキュバスとの決闘を終えてからもう1時間は立つというのに、あくあは一向に起きる気配が見られなかった。表情のなかった魔法による睡眠とは違い、血色は戻り少し弛緩した顔になっているが流石におかしい。

 もしやインキュバスが最後っ屁に何かあくあにしたのだろうか?脱糞を覚悟で魔法を……?

 いやあいつは使命と自身の体裁を第一に考える奴だった。最後にあくあに仕返しをする理由はないし、あの状況で漏らす覚悟で魔法を使う勇気もなかっただろう。

 

 「ちょこ先生。ちょっと起きるのが遅くないですか?」

 

 「そうね?どうしたのかしら?」

 

 ちょこ先生は立ち上がりあくあの眠るベッドに近づくと問診を始めた。額を触ったり、首元をさすったり、服をめくったり……。

 

 「ちょ!何しているんですか!?」

 

 「服が邪魔でいろいろ測れないのよ」

 

 「誰が3サイズ測れって言った。熱を測れ熱を!」

 

 「いやだ3サイズだなんて。颯太様のエッチ」

 

 キレそう。

 

 妙にスケベな手つきであくあをまさぐるちょこ先生は一瞬首をかしげると、『あ、そういえばこの人って悪魔だったな』と思わせる邪悪な笑みをした。

 

 「な、なんてことなの」

 

 「どうしたんですか?」

 

 「インキュバスの奴とんでもない置き土産をしたものだわ」

 

 「ど、どんなことを……?」

 

 「あくあ様を目覚めさせるには異性からのキスが必要みたいね」

 

 「な、なんだってー!?」

 

 「それもたっぷり10秒間」

 

 「な、なんだってー!?」

 

 「それもエッチなやつを」

 

 「な、なんだってー!?」

 

 畜生なんてことだ。インキュバスの奴とんでもない解呪方法を思いつきやがって!まさか自分で解呪するつもりだったのかこのスケベめ!死ね!

 

 しかしこれは困ったぞ。異性からのキスだなんて。誰でもいいならちょこ先生との百合を見られたのに!

 あくあに確認もせず異性が唇を奪うわけにもいかないだろう。そこまで外道にはなれない。だけどしないとあくあは永遠に……。

 

 クソ!八方塞がりだ。

 

 「仕方がないわね!颯太様!ぶちゅっと行きなさい!」

 

 「えぇ!お、俺!?」

 

 「大丈夫大丈夫。同棲までしている同年代にキスされてもなんとも思わないから」

 

 「えーいやでもぉ……」

 

 「キスなんて外国じゃ普通だから!」

 

 「だってぇ……」

 

 「でも?だって?聞き飽きたわ」

 

 だれが音MAD素材だ。

 

 「しかしですね?寝ているあくあに確認もせず唇を奪うなんてそんなひどいことはできませんよ。最悪恨まれるか────」

 

 「バカ!」

 

 「はんぶるべろくげてれるからやめれ!?」

 

 ちょこ先生からのビンタに食器棚を倒しながら吹っ飛んだ。今魔族の力で殴ったろ。

 

 「颯太様!あなたは何のためにインキュバスに命を懸けて戦ってきたの!?あくあ様に感謝されるため!?違うでしょ!あくあ様を目覚めさせまた元気な姿になってもらいたいからでしょ!?それならあくあ様のために恨まれる覚悟もしなくてどうするの!?」

 

 ハッとした。

 そうだ何を弱気になっているんだ俺は。甘ったれるな。

 そもそもあくあがこうなったのは俺のせいだ。それを目覚めさせ嫌われても、怒られても、殴られてもいいと思って戦ったんだ。それなのに今更恨まれるかも?

 

 バカか。

 

 例え恨まれてでも目覚めさせるんだよ。その誓いを忘れたのかよ?

 

 「ごめんなさい先生。俺キスします」

 

 覚悟を決めた。

 まさか初キスがこんな御伽噺のようなシチュエーションそれも────

 

 「う……」

 

 一瞬ひるんでしまった。

 

 ────こんな美少女とすることになるとは。

 

 そういえばこいつ美少女なんだよな。普段の生活がアレ過ぎて忘れていたがこいつはアイドル顔負けの女の子だ。そんなことキスするなんて思いもしなかった。

 心臓の音が耳鳴りの様に煩い。柄にもなく緊張してしまってるらしい。

 

 でもやらなきゃ。俺がやらなきゃ。()()()()()()()()()()()いっそ俺が……!

 

 唇と唇が触れ合う瞬間俺は────

 

 俺は────

 

 

 ガッチリあくあと()()()()()()

 

 「………………へ?」

 

 間抜けな呟きをする俺。

 

 「ご、ご!ご主人のばかぁ!」

 

 「えくぞでぃあ!?」

 

 そしてあくあのちょこ先生もかくやなビンタを受けてドアと一緒に部屋に出た。

 

 「ご主人の最低!寝ている女の子の唇を奪おうとするとかそれでも男なの!?」

 

 「いや……!違!お前を目覚めさせるために……!」

 

 「はぁ!?意味わかんない!最低!最低最低最低!」

 

 「おわわ!」

 

 手の届く範囲の物を所かまわず投げつけるの姿に言い訳は火に油だと悟り、俺は先生の家を飛び出した。

 

 とりあえずちょこ先生には後で腹痛の魔法かけよう。

 

 

 

 

 

 「はぁ!はぁ!はあぁぁ!」

 

 主人の姿が消えると同時に大きく息を吸い込むあくあ。どうも寝起きの体にこの興奮はつらかったようで枕に顔をうずめていた。

 

 「あくあ様ったらせっかくお膳立てしたのに」

 

 この騒動の原因である癒月ちょこをキッと睨む。

 

 「ちょこ先生。気が付いていたんでしょ!あてぃしがとっくに起きていること!」

 

 「そりゃぁねぇ?」

 

 そう。あくあはインキュバスが討伐され、颯太がちょこ宅に来ていた時にはもう目覚めていた。

 

 「いつまでも狸寝入りしているからからかったのよ。颯太様だって心配しているんだからさっさと起きなさい」

 

 「だってぇ。無理だよ」

 

 あくあは弱弱しく呟く。

 

 「ご主人にあんなこと言われたら」

 

 それは夢うつつながらも現実をぼんやり覚えている、魔法にかかったばかりの時。星本颯太はあくあに向かって誓ったのだ。

 

 『あくあ。お前が眠り姫ならば俺は王子様になる。例えどんな手を使おうともお前を救って見せるから』

 

 それは月並みな臭いセリフだったが────

 

 「あんな……かっこいいこと言われたら……」

 

 あくあには刺さったらしい。

 

 「ほんとにもう……。ご主人てばあてぃしのこと好きすぎ……」

 

 小さく。小さく。口元をほころばせながらそうお姫様は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『速報です。また官僚が襲われたとの情報が入りました。先ほど未明────』

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