ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート   作:かとしょう

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 曇らせが好きなので初投稿です。


目覚め

 ピッピッと規則正しく鳴る機械音が開きかけた瞼を優しく下げる。だがこのまま夢の世界に行くことはできないだろう。目の前には真っ白で清潔感を感じさせる天井、顔を左横に向けると仰々しい身の丈の2倍はあろうかという機械と自分がたくさんのコードでつながっている。

 自分が病院にいることが理解できた。でもなぜこうなったのかが理解できない。体を動かそうとするがうまくいかなかった。必死に記憶を探る。

 

 そうだ俺は家に帰る途中に突然歩道に突っ込んできたトラックに轢かれたんだ。我ながらよく生きていたなと思う。悪運が強かったのかそれともここの医者の腕がよっぽどよかったのか。たぶん後者だろうな。

 轢かれた時のことをよく覚えているが骨が曲がったのも、内臓がぐしゃぐしゃになった感触もよく覚えている。右足なんて夜の闇に消えていった。

 

 ……?なんだ?この違和感は?骨を曲げられたときのことも内臓が自分の体から飛び出ていたのも鮮明に思い出せる。

 なのになぜ俺はその前のことを――いやそもそも――そんな感触を覚えて何も――

 

 

 

 バリバリバリ!カリカリカリ。

 

 生温い粘液が体を覆うがごとく気持ち悪さと混乱はおよそ病室では聞くことがない音によってすぐに消えていった。

 

 どうも俺が目覚める前からいたらしい。

 右には簡素な丸椅子と組み立て式の机が置かれており、それに腰を掛け、肘をつきながら散乱したお菓子を幸せそうな顔で食べる女性がいた。身長は160cmから170cmだろうか。ヒールとすらりと長い脚が余計に高く見せる。

 

 「あら―?起きちゃったの?」

 

 見た目とは裏腹に少し舌足らずな発音で白衣を着た金髪の女性はこちらに言葉をかける。

 細長い棒状のクッキーにチョコレートをかけた有名なお菓子を口にくわえながら手をウェットティッシュで吹く。

 

 椅子から立ち上がり機械と紙を交互に目をやり何らかを書き込んでいく。

 

 「気分が悪いとかはないわよね?発熱と心拍は通常範囲内と。吐き気やどこか体が痛むとかはないわよね?ないってことにしとくかぁ」

 

 「ちょっと」

 

 問診表に本人の意見を書かないヤブがそこにいた。ピタリとペンの動きを止めると紙を机に置きまたお菓子を食べ始める。どんだけ食べるんだこの人。主食は糖分か?

 

 瞼の上から目を数回手で揉む。だいぶん慣れてきた。さっきまでうっすらとしか認識できなかったはずのものが見える。病室は8畳ほどであり窓から眺めると地上10mほどはありそうだった。

 

 そしてヤブのお姉さんは……、……!!?

 

 そこには俺が想像することさえできない光景だった。いや信じられることができないという表現のほうがいいかもしれない。なぜこれほどの人が俺の担当を?

 

 「その表情からすると目も問題ないかしらね。そう、この角と尻尾から分かる通り私はあ――

 『お姉さんいいおっぱいしていますね!服からこぼれそうですが私目(わたくしめ)が支えましょうか!?』

 

 ――くまのって、えぇ……?」

 

 どこまでも目先の欲に弱いバカがそこにいた。

 

 

 

 

 ベッドから体を起こし、ふちに腰を掛ける。あんなのありか?目の前に銃を突きつけられて「手を上げろ」と言われても垂直に伸ばして触りに行く自信があるぞ。向き合うと分かるけど凄いなぁ。

 

 「凄いなぁ」

 

 声に出ていた。

 

 

 「あなたはトラックに轢かれてね、すごかったわよ。10m以上は空中を舞っていたんじゃないかしら」

 

 「凄いなぁ」

 

 「たまたまあたしがその現場に居合わせてたおかげで一命を取り留めたのよ?もう大変だったんだから。心臓とか潰れていたし腸がでろーんって道路に図形描いていたのよ」

 

 「凄いなぁ」

 

 「なんとか、手持ちの薬と魔法で臓器の修復をしてあげたのよ」

 

 「凄いなぁ」

 

 「……めったに食べられない魚は?」

 

 「酢鯉なぁ」

 

 「ふん!」

 

 「あふん!?」

 

 思いっきりカルテで頭叩かれた。角で。

 

 「医者が病人に暴力振っていいのですか!?」

 

 「話を聞きなさい!大事な話なのよ!そもそも死にかけてなんでそんな飄々としているの!腕の関節とか向いちゃいけない方向にぐりぃん!ってなっていたんだから!」

 

 「あ、それはいつものことなのでお気になさらず」

 

 「どういう生活送っているの!?」

 

 壁に向かって超スピードでスライディングするだけですが。思いのほか簡単にできる。

 

 

 カーテンを広げると曇天だった。ここから眺める空は美しいだろうと思っていただけに残念だ。しかし構わない。俺はそれ以上に美しいものを見た。

 どんな宝石よりも輝いていて、アルプス山脈よりも雄大な双丘は俺の目に焼き付いて離れなかった。人類はなぜ争うのだろうか?見よあのおっぱいを。我々を上から、しかし慈愛の表情で圧死させようとその存在を肥大化させる天より舞い降りし祝福の光。あれに触れれば、いや見るだけで全世界から争いは消え人々は手を取り合うだろうに。

 

 「新しい宗教立ち上げませんか?先生が教祖で名前はおっぱい教。俺、世界から争いをなくしたいんです」

 

 「悪魔が教祖ってどうなの?」

 

 乗り気ではないみたいだ。

 おかしいな。俺の予想では素晴らしいと考えに共感し、信者第一号としてその胸で真理を見せてくれると思っていたんだが。

 しょうがない。俺ほどの熱心な信者はこれ以降現れないだろうに惜しいことをしたな、と目を細めやれやれと首を振る。

 

 ピキ。

 先生に青筋が立った。

 これ以上はやめておこう。でもこの想いを詩にして残したい。

 

 「この胸がいいねと俺が言ったから今日は巨乳記念日」

 

 「それを記念日とする国家があるならさっさと滅べばいいわ」

 

 はぁ、と小さく溜息をつくと先生は丸椅子に座りなおし、白衣に付いていたバッジを外して目の前に突き付けた。

 

 「ここの非常勤の医者、癒月ちょこよ」

 

 このおっぱいさんはちょこ先生というらしい。かわいらしい見た目とは裏腹になんて危険なものを持っているんだ。病院に入るとき注意されないのだろうか?

 

 「あ、これはご丁寧にどうも。俺は――」

 

 「待って」

 

 急に声を低くしながら針のようにとげとげしく俺に制止をかけた。さっきまでのお菓子を食べていた幼女のような顔はどこえやら、一人の大人としての立ち振る舞いを感じる。

 急に足元をごそごそと探り始める。っていうか床お菓子のゴミだらけじゃねぇかきったねぇ!どんだけ食ってたんだよこの人。

 

 「はい」

 

 ちょこ先生が手渡していたのは青色のバケツだった。プラスチック製でどこにでもありそうな大きめのバケツだ。

 

 そして窓を全開にしてまた椅子に座る。

 何か嫌な予感がする。窓を開けた時、まだ3月だというのに生暖かい不穏で気持ち悪い風が吹き、場を一変させた。

 

 「さて。これから残酷な事実を突きつけないといけないわ。知りたくないとしてもいずれ自分ですぐに気づくこと。なら今覚悟を決めて少しでも受けるショックを和らげなさい」

 

 ちょこ先生は早口に言い終えると俺の手を握った。

 

 「何があっても私は手を離さないわ。だから取り乱さないで。この手の温かさを忘れないで」

 

 何だろう、嫌な感じだ。これから先のことを聞きたくない。知りたくない。

 しかし無情にも、いや先生の優しさからか。俺は知ることになる。

 大きく息を吸うとちょこ先生は質問を始めた。

 

 「まず聞いておくわ。一番最近の記憶は?」

 

 「……トラックに轢かれた時」

 

 口の中の水分が消えていた。思わず咳き込みそうなほど喉が痛い。

 

 「もっと詳細に。轢かれてからどこまで?」

 

 「……内臓が飛び出して、足が闇夜に消えるまで」

 

 「……」

 

 そこで一つ目の違和感に気が付く。

 

 「……何なんですか、これはおかしい」

 自分の体に起こっているこれはいったいなんだというのだ。手の開閉を繰り返し自分が夢の中にいるのか、現実を自覚できているのかを確かめる。足を曲げて膝を自分にピタリとくっつける。自分が()()感触を確かめなければいけない気がした。

 夢じゃない。夢じゃないならなんで?迫りくる恐怖を払うように俺は声を荒げる。

 

 「内臓がつぶれる感覚も!眼球がまぶたから離れる喪失感も!足が胴体から別れる虚脱感も!血だまりに浸かる気持ち悪さも全部ついさっきのことのように思い出せる!!勝手に思い出してしまうんです!!

 なのになんで――――――――何も感じないんだ……?」

 

 「……」

 

 あの時の痛み、死への恐怖が付きまとってくる。なのに俺は何も感じない。何も感じないから気持ち悪いはずなのに何も感じない。だからそれが気持ち悪くてでも何にも俺は感じなくて――。

 

 もしや――と自分の考えがまとまる前にちょこ先生は質問を続ける。

 

 「あなたの家はどこにあるの?」

 

 「事故にあった通りの角を曲がってすぐのところに」

 

 「ペットは飼っている?」

 

 「飼っています。ゴールデンレトリバーを一匹」

 

 「散歩に行くときどこへ?」

 

 「神社です。たぶん」

 

 「その神社で誰かと話した記憶は?」

 

 「誰かと話した記憶があります。……でも、思い出せません。誰だったか」

 

 ちょこ先生は眉を上げる。理解したようだった。この違和感の正体に。

 

 

 「……あなたは事故にあう前にどこにいたの?」

 

 「エルフの森……だった、はず、です……?」

 

 「誰とどんな話をしたの?」

 

 「それは……!…………え?」

 …………分からない?……なんでだ?確かとても大切で忘れられない出来事があったはず。担いでくれて、雲を超えて、空に飛び出してそれ、か、ら……は……?

 

 オレハダレトナニヲハナシタ?

 

 これから先忘れないだろうと思っていたことは思い出せる。でも何を忘れないと思ったのか忘れた。

 

 もうわかった。自分の身に何が起きているのか。だからもうやめてくれ、お願いだから。知りたくない、言葉にしないでくれ。確かめないでくれ。確証を得ようと質問をするのをやめてくれ。現実を直視したくない。このまま布団に潜りすべてを投げ出したい。眠りこけて夢の世界へ逃亡したい。

 

 それを許さないというなら――――

 

 「あなたのご両親の名前は?」

 

 「…………」

 

 ――――どうか――――

 

 

 「あなたの名前は?」

 

 

 

 「――――――――――――――――わかりません」

 

 

 

 ――――殺してくれ。

 

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