目が覚めたら、私はドックのようなところにいました。見たことのない場所です。
――目が覚めた?
ふと視線を下げると、そこには人間の掌がありました。
手をゆっくりと顔のほうへやると、柔らかで滑らかな何かが手に当たりました。これは……、髪の毛でしょうか。
身体をひねってあちこちを見てみると、制服のようなものを身にまとい、その背中のほうからアームを介して見慣れた装備が取り付いているのが見えます。
5インチ速射砲にCIWS、シースパローやアスロックのランチャーなどなど。
気がついたら、人間のような、艦艇のような、不思議な姿になっていました。
ドックの周りでは、小人のような人たちが私を見ています。その誰もが驚いたような顔をしています。一体何が起こっているのでしょうか。
すると、目の前のドックのドアが大きな音を立てて少しずつ開いていきます。私はゆっくりと立ち上がってじっと開いていくドアを見つめます。
ドアが開くにつれて、ドアの外に立っている人の姿が逆光の中見えてきました。よく見ると、ドアの向こうの人達にも艤装のようなものが装着されているようです。私たちの仲間なのでしょうか。
ドアの開閉音がやみ、ドックの周りが妙に静かになりました。外にいるみんなの顔からは驚くような表情が見えます。
――これは、私から自己紹介をするべきでしょうか。
私は恐る恐るドアをくぐり、陽光が燦々と注ぐ外に出ました。よく見ると、ドアの外には私の容姿にそっくりな女の子たちがたくさん集まっていました。
私はふぅ、と呼吸を整えて、しっかりと覚えている自分の名を口にすることにしました。
「みなさん、はじめまして。私は、海上自衛隊はるな型ヘリコプター搭載護衛艦二番艦、ひえいです。右も左もわかりませんけど、よろしくおねがいします」
深々と頭を下げて顔を上げると、目の前のみんなが明らかに混乱しているように見えます。
……一体どうしたものでしょうか。
不思議な自己紹介を済ませた後、私たちは先導する和服、のような服を着た―こんごうさん、と名乗っていましたけど―女の子の後ろについて建物の中へ移動することになりました。
基地の中を歩いていると、周りにはレンガ造りの建物がいくつか見えます。そういえば、呉の地方総監部の建物がこのような雰囲気だった気がします。でも、覚えている限りでは呉にあった建物とは違うような気もします。
建物の中に入り、日の光が差し込む廊下を歩いて『談話室』の表札が入った部屋に入りました。
「それじゃ、そこに座って」
「あ、はい! 失礼します……」
私の後ろからぞろぞろと入ってくる他のみなさんに遠慮しながら、私は示された椅子に座ります。後から入ってきたみなさんは、用意された椅子やそれ以外の場所にあった椅子を持ってきて私の顔が見えるところに座っています。なんだか、緊張します。
全員が椅子に座ったところで、隣に座っていた先ほど「こんごう」と名乗った女の子が話し始めました。
「ハーイ! 改めましてようこそ横須賀鎮守府へ! 私がこの鎮守府の提督秘書官の戦艦金剛デース! よろしくネー♪」
きっと彼女はいつもこの調子なのでしょう。とても明るそうで仲良くなれそうな気がします。
……あれ?
戦艦、金剛……?
どこかで聞いたことがある、とかそういう類のお話ではなくて……。
「あの」
「ハーイ?」
「もしかしてですけど、大日本帝国海軍の金剛さん、でしょうか?」
「もちろんデース! 他に金剛なんて戦艦聞いたことないデース」
瞬間、私は反射的に立ち上がっていました。
「し、失礼いたしました! 私ひえい、このような形でお会いすることが出来て、非常に光栄でございます!」
最敬礼も反射的です。
「う、うれしいけどひとまず落ち着こう、ネ?」
大先輩を困惑させてしまいました。――ごめんなさい。
「……で、ひとりいろいろ聞いてみたいことがあるんだッテ! ネ? 比叡」
「――あなたも『ひえい』なの?」
よくわからないという感情を前面に押し出した金剛に似た女の子が彼女の影から顔を出しました。
私は状況を察しました。
「――はい。私があなたの名前を引き継いだ、『ひえい』です」
この
金剛型戦艦二番艦、比叡なんだ、と。
◇
私はまずみなさんに「あのあと」の話をするところから始まりました。
戦争が終わり、日本が負けて、帝国海軍が解体されて。
日本は敵国だったアメリカと同盟を組み、復興して。
そして、海軍の伝統を引き継ぐ形で私がいた海上自衛隊が作られた、ということを。
「ところで、あのあと日本は、どういう国になったのだ?」
ふと、ひとりの艦娘―あの有名な戦艦長門さんでした―がひとつの疑問点を口にしました。
その質問に、私は思わずハッとなりました。
「――日本は、みなさんが必死に守ろうとしてくださった日本は、今、とても平和な国になりました。そのおかげで、私は生れてから36年間、一度も誰とも砲火を交えることなく、護衛艦としての生涯を全うすることができました」
そう、それは、今目の前にいる私たちの先代のみなさんのおかげ。
そして今こうして出会えたのですから、感謝の気持ちは伝えないといけない。そう思ったのです。
「ひえい」
「はい」
「君がいた日本は、いい国か?」
私は迷わず答えました。
「とても素晴らしい国です」
と。
長門さんが「そうか」と呟きながら何度も静かに頷いていました。
私がここに来たのは、もしかしたらその言葉を彼女たちに伝えさせるためなのではないか、私はそう考えたりしました。
◇
そのあとから、比叡先輩をはじめとした艦娘さんたちの大質問大会が始まりました。
「ところで、『ヘリコプター搭載護衛艦』ってどういう艦なの?」
「そもそもヘリコプターって何なんだ?」
「護衛艦ってことは戦艦じゃないの?」
比叡先輩をはじめとしていろいろな先輩方―中には私より見た目が幼く見える先輩もいますけど―から質問が飛んできます。
ヘリコプターが本格的に軍事利用されるようになったのは終戦直前だそうですから知らないのも当然です。護衛艦という言葉も海軍とは違う使い方をしていますし……。
現代―先代のみなさんからすれば未来に相当しますが―の艦船についてかいつまんでお話をしながら、私は自分が経験してきたことを話すことにしました。
長いこと艦隊の旗艦を任されていたこと。
合同軍事演習『リムパック』に海上自衛隊の艦として初めて参加することになって、あの真珠湾まで遠征したこと。
リムパックは三回も参加して、さまざまな国の艦と交友を深めたこと。
太平洋だけでなくインド洋にまで任務で派遣されたこと。
近代化改修を受けて後輩たちに負けない装備にしてもらったこと。
映画の撮影に協力して、俳優さんが艦に乗ったりしたこと。
気がつけば、海上自衛隊の中で最も長い間活躍した艦になったこと――。
思いつくままに、いろいろなことを話しました。
「映画の撮影協力ですか……、未来ではそのようなこともするのですね」
妙高先輩が感心してように聞いていました。
「確か妙高先輩の名前を継いだ艦も、映画に出演したことがあったような……」
「それはちょっと、その子がうらやましいですわね」
妙高先輩がなぜかほんの少し顔を赤らめていました。
「ちなみにひえいさんはどんな役をされたのですか?」
今度は榛名先輩からの質問です。
「怪獣映画で怪獣と闘ったりとか、戦艦大和を題材にした映画の大和の航跡を描いたりとか……」
「比叡って名前と大和って何か因縁があるのかしら……」
私は初めて知りましたが、比叡先輩は大和型のテスト艦の役割を果たしていたそうです。
そう聞くと、何か不思議な縁のようなものを感じる気もします。
「ところでその未来の『みょうこう』はどんな子なのかしら?」
「イージス艦という防空能力が高い艦です。宇宙を飛ぶミサイルを撃ち落とすことだってできますよ。ちなみに、こんごう型の三番艦なので金剛さんの妹、になりますね」
「――未来では私と金剛お姉さまは姉妹ではないのですか……」
比叡先輩がなぜかひどく落ち込んでいました。
「ただ、ひとつ心残りなことがあるんです」
「心残り?」
「実は、私が正式に退役する数日前に、東北でとても大きな地震が起きて……。行けるのなら、私も東北のほうに行きたかったのですけど、もうその時は退役の準備をしていて動けなくて……」
災害の時、私に搭載できるヘリコプターは非常に役に立ちます。だから、私もできるなら任務に就きたかったのですが……。
「でも、私よりもっとうまくヘリコプターを運用できる後輩の『ひゅうが』も生まれましたから、きっと、ひゅうがたちも自衛官のみなさんも東北のために頑張ってくれたと思います。アメリカもたくさん助けてくださったみたいですし……」
出来る限り気丈に振る舞うように心がけながら、私は三陸沖で何機ものヘリコプターを運用しながら頑張るひゅうがの姿を想像していました。
「アメリカが助けてくれる……、まさに、昨日の敵は今日の友、か」
私の後輩である『ひゅうが』の先代、戦艦日向先輩の一言が、非常に耳に残りました。
「私も関東大震災で瓦礫の平原になってしまった東京を見たことがある。しかし東京は復興した。あの戦争でまた焼け野原になってしまったが、ひえいの話を聞く限りではさらに大都会になって蘇ったというではないか。大丈夫さ、東北もきっと復興する。そう信じよう」
「……そうですね、きっとそうですよね。そう信じてみます」
長門先輩の言葉を聞いて、私はそう信じてみることにしました。その後どうなったのかは……、いつかひゅうがが『こちら』に来たときに聞いてみたいと思います。
◇
「いろいろ話を聞かせてくれてありがとう、ひえい」
「こちらこそ長いお話を聞いてくださってありがとうございました、比叡先輩」
「……名前の読みが同じだと、なんだか変な気分ね」
「少し、ややこしいですね」
これからここでお世話になるわけだけど、呼び方は工夫したほうがよさそうです。
「でも」
比叡先輩が少し間を置いた後こう言葉を継ぎました。
「私うれしいよ、あなたのようなが私の名前を継いでくれて。そして、あなたにこうやって出会えて」
「――え?」
それは、私にとって意外な言葉でした。
「いろいろな大役を任されて、それをちゃんとこなして、そして何より、最後に旗、ちゃんと返せたんでしょう?」
「あ……」
「――私は最後はソロモンの海に沈んじゃったから、ちゃんと返せなかったのよね」
軍艦旗、私たちの言い方なら自衛艦旗。その返還。そのたったひとつの出来事。それすら出来ないままに生涯を終える艦が多かった時代を、先代たちは生きていたわけで――。
比叡先輩の言葉で、私は艦艇として非常に幸運だったと改めて感じることができました。
「はい。旗は、ちゃんとお返ししました」
「それなら、私よりずっと立派よ」
そういうと比叡先輩が私をそっと抱きしめてきました。
先輩はしばらくの間目を閉じ、静かに私をギュッと抱きしめた後、私の耳元で囁くようにこう言ってくれました。
「あなたは、私の誇りよ」
それは、私にとって何物にも代えがたい、最高のひとことでした。
私、護衛艦ひえい。
先代に比べればまだまだ未熟な