自衛艦これシリーズ   作:蒼崎一希

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前回の護衛艦「ひえい」を主人公にしたお話の続編です。ちなみに蒼崎設定としては、この世界は僕らが住む世界とは違う、並行世界的な世界、ということにしています。


護るべきもの

 朝6時、鎮守府の中に起床時間を告げるラッパの音色が響き渡ります。同時に寮のすべての部屋の扉がバタバタと音を立てて開き、起床した艦娘のみなさんが身支度を整えた状態で廊下に顔を見せます。艦娘と兵士の違いはありますが、軍―私、護衛艦ひえいが艦だった時には最後まで縁のない言葉でした―の構成員であることに変わりはありません。時間を伝えるラッパの音色には条件反射で反応してしまいます。

「あら、おはようひえいちゃん、はるなちゃん」

「高雄先輩、愛宕先輩、おはようございます!」

「おはようございます!」

廊下に出てすぐ鉢合わせした隣の部屋の高雄・愛宕両先輩にきっちりと挨拶を済ませ、お二方と一緒にこの寮を出て、全員が集まる食堂へ向かうことにしました。

 

 艦娘という存在が普通に暮らしているこの世界にやってきて十日ほど時間が経過しました。最初は違和感ばかりだった艦娘としての生活にも徐々に慣れてきました。

 長い髪の毛のお手入れは、少しまだ時間がかかってしまっていますが……。

 私がこの鎮守府のドックで目が覚めた数日後には、なんと姉の『はるな』もやってきました。

 艦娘の『建造』システムはかなり『運』の要素が強い、軍隊として考えると非常に摩訶不思議なものになっていると司令官から伺っていたため、はるながやってきたとき正直私はとてもホッとしました。

 鎮守府の先輩の艦娘さんは大方優しい方ばかりで『生まれたて』の私としてはとてもありがたいのですが、やはり進水の日から換算して半世紀以上というあまりに大きすぎる世代差はどうしようもありません。

 個人的には艦娘としての外見年齢が、私の先代である比叡先輩と大差ないように見えることが、事をよりややこしくしている理由のひとつのような気がしています……。

 その点はるなは私にとってひとつ上の姉、そして生まれてしばらくは母港も一緒だった間柄です。傍にいてくれるだけで、とても心が落ち着きます。

 ちなみに、今私たちは二人一部屋を『重巡寮』と呼ばれているこの寮にいただいて生活しています。鎮守府の中にある艦娘の寮は、戦艦・空母・重巡・軽巡・駆逐・潜水艦、と艦種別にそれぞれ分かれていて、普段はそこに暮らしています。

 その暮らす寮が決まるまでにも実はひと悶着がありました。

 実は私が着任したあと、鎮守府内では司令官や司令官付の秘書艦の金剛先輩、各寮の寮長をはじめとした『幹部』のみなさんで会議が始まりました。

会議の内容は「『ひえい』の艦の区分は一体どこに入るのか」

 ヘリコプター搭載護衛艦という帝国海軍時代には存在していなかった艦種の私は、重巡か、それとも軽巡か、はたまた駆逐艦ではないか、などと様々な意見が飛び出したそうで、いつになく会議は紛糾したとか……。

 満載排水量で考えると、私は6,850トン。重巡や軽巡のみなさんはだいたい10,000トンで、駆逐艦が1,300~1,800トンほど。見事にどこにも収まりません。

 会議が進むにつれてアメリカ式の区分ではDDHなのだから駆逐艦ではないかとか、もういっそ艦娘の見た目年齢的には戦艦娘たちに近いしなおかつ最新鋭なんだから戦艦でもいいのではないかなどと頭を悩ませた末に、結局『今部屋が物理的に空いているのが重巡寮くらいしかない』ということで、ひとまず私たちは重巡グループということになったようです。

――正直見た目云々の話を聞いた時には我が耳を疑ってしまいました。実際艦娘の見た目だけで強大な火力を誇る戦艦のみなさんと同じグループにされても困ります。主に火力と威厳的な意味で……。

 こんな一番初めのゴタゴタもあったせいか、最初のうちは少しばかりうち解けにくいこともありましたが、今ではかなり良くなりました。

「今日の朝食の献立は何かな~」

「私は白米と鮭の塩焼き、お漬物にお味噌汁があればそれでいいかなーって」

「ひえいちゃん、意外と渋い好みですわね……」

「私はそれに納豆があれば完璧かしら~」

「愛宕先輩納豆お好きですよね……」

「あら、ひえいちゃん苦手?」

「あの臭いとネバネバが、ちょっと……」

「あら、それがいいんじゃなーい♪ 提督も大好きよー納豆」

「……ダメです、アレだけはどうしてもダメです」

今ではこうして先輩の皆さんとも少し肩の力を抜いたお話ができるようになりました。

 ――愛宕先輩、外国人みたいな見た目の割には純和風な食の好みなんですね……。

 艦娘としての生活、思った以上に楽しいです。

 

     ◇

 

 朝食が終わり、司令官からの訓示を受けた後は、それぞれに与えられた課業をこなしていきます。

出撃任務がある人は作戦会議へ。演習予定のある人は事前の打ち合わせへ。遠征任務に就くメンバーは指示を受け次第出発していきます。

 私たち二人はまだ着任して日が経っていないため、しばらくの間は鎮守府内の講堂で艦娘として必要な基本的知識の講義を受けています。受講しているのは多くが駆逐艦の皆さんのため、背丈が違う私たちは非常に目立ちます……。

 講義で午前中が丸々つぶれ、昼食を採った後は私たちは……、非番になりました。なんでも、最近新入りの駆逐艦の皆さんがたくさんいらっしゃるそうで、そちらのほうに演習予定が割かれているそうです。

「訓練が詰まっているのもあるけど……」

「きっと私たちをどう運用していいのか考えているのでしょうね……」

私とはるなは、岸壁の縁に腰掛けて、陽光でゆらゆらと輝く水面をぼんやりと眺めて過ごしていました。やっぱり、艦としては海が見える場所が落ち着きます。

「――私も混ぜてもらっていいかしら?」

ふと気がつけば、傍に高雄先輩が立っていました。反射的に立ち上がろうとした私たちを笑顔で制して私のそばに腰掛けました。

「ふたりとも、間宮さんの特製最中、食べますか?」

紙袋から取り出して手渡してくださった最中、もちろんありがたくいただきます。

「幸せです~♪」

三人で揃って頂いていると、隣ではるなが心の底から幸せそうな声を挙げています。私としてもこういう楽しみがあるというだけでも艦娘に生まれてよかったと思っていたりします。

 最中をおいしく頂いて、少しばかり先輩のお話を聞いていると、一つ先の岸壁から海へ出ていく艦娘たちが見えました。天龍先輩を旗艦とした水雷艦隊のようです。

「これから遠征でしょうか……」

「きっとあのタンカーの護衛任務じゃないかしら。ほら、タンカーから手旗信号が出てるわ」

よく見れば、ゴマ粒未満の大きさですが、タンカーの船員が水雷艦隊へ向けて手旗で信号を送っているようです。大きさは五万トンは優に下らないであろうそれなりの大きさのある船による船団のようです。

「あんな大きな船を護衛するのですね……」

はるなも少し離れた沖を走るタンカーを見つめながらそう呟きました。

「最近はこの近辺ではめったに深海棲艦が出没することはなくなったけれど、それでも油断はできませんから」

お陰で水雷艦隊はなかなか休めないから大変よね、と高雄先輩はほんの少し申し訳なさそうにそう返していました。

「――タンカー、かぁ」

はるなが、何かを思い出したといった風情の声色で一言そう呟きました。その視線は、水雷艦隊と合流し外洋へ向けて少しずつ姿を小さくしていくタンカー船団に向けられたままです。

「はるなちゃん、タンカーに何か思い出でもあるのかしら?」

高雄先輩もその声色が気になったようです。

「よかったら……、聞かせてもらえないかしら?」

先輩が、優しく彼女に促していました。

 はるなはコクリと頷くと身体を私と先輩のほうへ向けて、ゆっくりと口を開きました。

「私……、以前タンカーに……、砲を向けたことがあるんです」

「タンカーに、砲を……!」

先輩もさすがにこのような展開は予想していなかったのか明らかに驚きの表情を見せていました。

私は当然このことはよく知っているので、静かにお話を聞いています。

「忘れもしません。昭和49年の11月26日、東京湾を抜けた辺りの洲ノ崎沖でした。その二週間ほど前に、東京湾で事故が起こっていたんです。たくさんのLPGや石油などを載せたタンカーの第十雄洋丸と貨物船のパシフィック・アレス号が衝突して、第十雄洋丸の積み荷の燃料に引火して大火災になったんです。燃料は海にも漏れて辺りは文字通り『火の海』になって、さらには漂流し始めてしまって、消火にはかなり時間がかかったそうですけど、必死の作業のお陰で一旦は火の勢いが収まったそうです。その後、残っている燃料を燃やしつくしたりするために沖合に曳航することになったのですけど、その途中でまた大爆発を起こしてしまって、これ以上曳航しているとタグボートまで巻き込まれるということで曳索を離してしまって、再び漂流し始めたんです。それで非常に危険ということで、私たちが砲撃して燃料を燃やしつくして撃沈処分することになったんです」

遠い過去をひとつずつ思い出しながら、はるなはひとつひとつ言葉を選んで続きを話していきます。

「私は護衛艦艦隊の旗艦として、『たかつき』『もちづき』『ゆきかぜ』を引き連れて現場に向かいました。他にも潜水艦の『なるしお』や対潜哨戒機も出動していました。現場で燃え盛る船影を見たときには、正直恐怖感を感じました。砲撃が始まって、私たちは主砲で、潜水艦からは魚雷で、哨戒機からはロケット弾と爆弾でそれぞれ攻撃して、まずは残っている燃料を燃やしつくして、……そのあとさらなる砲撃で、沈めました」

船を実際の任務として沈めるために自らの武装を用いたのは、あれが最初で最後でした。

 はるなはもうすでに水平線のかなたへ消えてしまったタンカーたちの向かった方角へ視線を向け、そう最後の言葉を絞り出していました。

 

「――そんなことがあったのですか」

先輩はほんの少し表情を曇らせながらそう一言だけ言いました。

「もちろん分かってはいるんです。あの時私たちが彼女を沈めなければ、積み荷で海が汚染されてしまうし、何より他の船たちを危険な目に遭わせてしまうってことは……。でも、本来ならこの身体を張ってでも護らなければいけない相手、それも同じ日本の船、それもタンカーに主砲を向けるのは……、何ともいえない気持ちになりました。それ以来、タンカーを見かけるとあの時のことを思い出してしまって……」

普段通りに話そうとするはるなでしたが、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいるのを私は見逃しませんでした。

「確かに、同じ国の船に向かって主砲の照準を向けるのは、気が引けるわね。でも、私が燃え盛って漂流する彼女の側だったら、これ以上の被害が出ないように沈めてくれたあなたを恨んだりはしないわ、間違いなく」

「高雄先輩……」

「もしそのまま漂流するに任せて、海を汚し続けて、あまつさえ他の船に危害が及ぶようなことになるなんて、考えただけで恐ろしいもの。それを食い止められるのは、たぶんあなた以外にはいなかったと思うわ。はるなちゃん、あなたは護衛艦として、立派に日本の安全を護った。それだけは間違いないと思うわ」

先輩が頷きながらそう言ってくれていました。

 私も、ひえいはとてもよくがんばったと思っています。

 たくさんの人の安全のためには、これしか方法がなかった。その唯一の方策を一身に引き受け、それを成し遂げた、と。

 この話、もちろん今まで一度もしっかりと聞いたことはありませんでした。艦娘になって日が浅いから当然といえば当然です。

「私も、はるなの口からその話聞けて、よかったかな」

「ひえい……」

「あの時、必死に戦っていたんだね、おねえちゃんは」

私は、初めて意識的にはるなのことを『おねえちゃん』と呼んでみました。

 普段は生まれ年もひとつしか違わないのでお互い呼び捨てで呼んでいるのですけど、今回ばかりは、こう呼んだほうがいいな、そう思ったのです。

 このはるなが出動した『事件』は、災害派遣という扱いだったと思います。でも、どういう扱いだったかなど関係なく、はるなはあの時必死に『戦って』いたんだと思います。

「今の私はたぶんその時の気持ちとか理解できないよ。だって私、戦ったことないもの」

私は苦笑いするしかありません。

「ひえいちゃんも、合同演習に参加したりインド洋で支援の任務に就いたりしているのでしょう? 確かに砲火は交えていないけど、そういう任務も立派な『戦い』よ。多くの国の軍のみんなが見ている前で存在感を示すことも、艦艇のお仕事よ」

本当なら、それだけで終わるのが一番幸せだと思うけれどね……。

 高雄先輩の呟くような声が、やけに耳に残りました。

「それに、いずれふたりとも出撃することになるわよ? 今度は対峙すれば間違いなく攻撃してくる『敵』よ。あなたたちの力、期待しているわね」

――先輩の言うとおりです。今私たちは自衛隊とは違う組織の一員で、明確な『敵』というものが見えなかったあの時とは違って、今は深海棲艦という明確な『敵』と戦っている最中なのですから。

「高雄先輩」

「何かしら?」

「未熟者ですが、なにとぞよろしくお願いします」

「お願いします」

今はまだこうして平和に過ごしていられるけれど、いつの日かは先輩たちと一緒に赴かなければならないのです。そう、戦場へ。

「それじゃあ、明日以降の訓練、手加減しないで行くから覚悟しておきなさいね」

「はいっ!」

今日は、この鎮守府の艦娘として、ちょっとだけ気が引き締まったような気がします。

 艦だった時とはちょっと違う世界だけど、やっぱりここは日本。

 その日本を絶対に護ってみせる。

 そう気持ちを新たにした午後の昼下がりでした。

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