みなさんこんにちは。はるなです。
今日は12月24日、クリスマスイブです。鎮守府の外のあちこちを彩るクリスマスのデコレーションやイルミネーションが本来の役目を果たす日になりました。鎮守府の中もクリスマスツリーなどのささやかな装飾が用意されました。
――なぜかもみの木には装飾やイルミネーションに負けない勢いで、駆逐艦のみなさんが中心になって結びつけた短冊が鈴なりになっていますが。
サンタさんは確か天の川からではなくて北欧の国からやってくるはず、ですよね……。
その鈴なりの短冊を眺めていたら駆逐艦のみなさんに執拗に願い事書かないの? と迫られたので、無難に、なおかつ嘘偽りのない願いである「海の平和」と書いておきました。
その周囲にぶら下がる某軽巡S先輩の書かれたに違いない『夜戦!』やら『改二切望!』というものや、『胸部装甲改修』という間違いなくあの軽空母の先輩が書かれたとしか思えないある種ものすごい念が込められている短冊には明らかに負けますが、ここは、負けてもいいような気がしましたのでこれでよしとしておきます。
◇
さて、いつもなら平日は朝から夕方、部隊によっては夜間まで任務のあるこの鎮守府ですが、今夜は一部の部隊を除いて夕方で任務が切り上げになりました。
理由が分からなかったので高雄先輩に訊ねてみたら、司令官主催のクリスマスパーティーが開かれるそうです。
思わず「今日平日ですよ?」と聞き返してしまいましたが、先輩曰く上からの戦力のフル投入の指令や緊急の要請が入らない限りは、護衛任務に従事する艦隊を除いて任務の早期切り上げは各鎮守府の裁量に任されているということでした。
――そのあまりのユルさに驚愕してしまったのはここだけのお話です。
普段基本演習以外の時間は予備役艦として待機していることが多い私とひえいなので、初めてのクリスマスパーティーを楽しみにしていたのですが……。
「貨物船船団、こちら護衛艦『はるな』以下護衛艦隊。これより護衛に就きます」
『こちら船団リーダーの貨物船ロッテルダム船長のアンドレ・バルケネンデだ。よろしく頼む』
「お任せください」
その夕方に、私はひえい、それに駆逐艦娘3人を率いて鎮守府を発ち、近隣の港を出発した欧州へ向かう貨物船団の護衛を任されることになりました。
本来はこの船団の護衛は軽巡の由良先輩が率いる艦隊が護衛をすることになっていたのですが、直前になって通過する航路で敵潜水艦と思しき姿を集団で目撃したという報告が入ったため、上からの指令で対潜戦闘能力のより高い私たちへの出動要請が入ってしまい、クリスマスパーティー参加のため前もって用意していたサンタの帽子を慌てて脱ぎ捨て、ひえい、そして普段由良先輩と行動を共にしている駆逐艦の五月雨・夕立・白露さんたちとともにせきたてられるように岸壁を離れたのは、パーティーが始まる10分ほど前の出来事でした。
あぁ、クリスマスケーキにローストチキン、みんなで食べたかったなぁ……。
貨物船団との合流を無事果たした直後、背後に小さく見える鎮守府のレンガ作りの建物をちらりと振り返りながらそんなことを考えてしまいましたが、そんなことをぼんやりと考えている時間はありません。貨物船の乗組員のみなさんは一刻も早く遠く離れた故郷に帰りたいのですから。
「全艦へ、こちら旗艦はるな。これより護衛任務を始めます。総員水中・水上問わず見張りを厳として任務にあたってください」
『了解!』
「ひえい、哨戒ヘリの飛行は私、ひえいの順で交互に2機ずつ、1時間交代で行きます」
『了解しました!』
「これより私はるなが先導します。バルケネンデ船長、私に続いてください」
『了解した。よろしく頼みますよ、
「――お任せください」
旗艦として伝達すべきことを各艦に伝え、私は船団を率いるオレンジ色の貨物船の前に陣取り、進み始めました。
私はちらりと後ろに随従する大きな船体を見上げました。ふと、昔のあの日のことが頭を過りそうになりましたが、すぐに頭を振って追い払いました。今回は、私がやるべきことをやりさえすれば、沈まないのだから……。
そう自分に言い聞かせて気持ちを任務モードに切り替えます。
茜色に染まる海を滑る、護衛任務の始まりです。
――ところで、先ほど船長が使った「マヒート」とは、どういう意味なのでしょうか。
◇
「ひえい、ソナーに反応は?」
『それらしき反応はなし。いたって平和な海だよ』
ひえいからの返答に変な気負いはありません。実は、私もひえいもこれが俗にいう『遠征』の初仕事です。普通なら何度かは経験してもいいはずなのですが、思いの外私たちの力を必要とするような任務が来ず、いつも岸壁から見送っている側にいたのです。
――にしてもこのタイミングはちょっと酷な気もしますけど。
初遠征に加えて貨物船相手の護衛任務ということで妙に緊張していたのはどうやら私だけのようです。もちろん遠征任務を由良先輩たちと何度もこなしている駆逐艦娘の皆さんはいつも通りの様子です。旗艦として、もうちょっとしっかりしないといけません。
「――それにしても、もうちょっと緊張してもいい気もするけどな、ひえいは」
思わずそんなことを呟いてしまいました。もちろん無線の送話スイッチは入れていませんからそのひとりごとは周囲を満たす波の音に消えていきます。
ふと空を見上げてみました。夕日が沈んでしまった空は雲ひとつ見えないほど澄み切っていて、いくつもの冬の星座や、半分になった月が広がっていました。
「きれい……」
その美しさに、ほんの一瞬任務の事を忘れ、ひとりの人として美しい空を眺めてしまいそうになります、が……。
『はるな~、着艦しま~す♪』
私が有する艦載ヘリのSH‐60J―もちろんサイズは艦娘に合わせた小さいものです―を操る妖精からの通信がその誘惑を見事に消してくれました。
ヘリを甲板艤装に収容し格納庫にしまい、私は再び船団の先導役としてレーダー、ソナーを働かせながら先へ進みます。
もうすぐ次の護衛担当の艦隊と合流する時間です。最後まで、気を引き締めなければいけません。
◇
「――やっぱり、女の子なのですね」
同じころ、貨物船団の先頭を行く貨物船『ロッテルダム』のブリッジの中で双眼鏡を手に周囲を警戒する一等航海士のカレル・バンホーベンは、ふとそんな言葉を口にしていた。
「どうした、急にそんなことを」
船長の席に陣取るアンドレが、その何気ない呟きを拾っていた。
「彼女たちの護衛を受けることなんて、いつものことじゃないか」
「いえ、今一瞬、夜空に目を向けているのが双眼鏡で見えましてね……。その横顔、どこにでもいる少女の横顔そのものでしたから……」
カレルはこの船の少し前を滑って行く少女を見つめながらそう言った。
「そうだな。強力な武器を身につけ、海を滑る我らが海の守り神も、見た目はどう見てもごく普通の少女だからな……」
アンドレは船長の席からゆっくりと立ち上がり、ブリッジ右側の窓に寄った。
「あそこで護衛している娘を見てみろ、どう見たってまだ小学生にしか見えない。そんな年端もいかないような見た目の娘たちが、我々人類の海上における唯一の切り札だなんて、なんと皮肉な世の中だことだ」
船長はそう漏らした。恐らく、この世界の全ての海で生きる者共通の思いであろう。そう思いたい。
「今日はクリスマスイブだ。本当なら、あのくらいの年頃なら今ごろ家族たちと自宅でパーティーの場ではしゃいでいるのがあるべき姿なのだろうが……」
その言葉を聞きながら、アンドレは彼女たちの姿へ、無意識のうちにオランダにいる自分の娘の姿を重ね合わせていた。今ごろ、かわいい我が娘は夜のパーティーを待ち遠しくしているのだろうか。
彼女たちにも、クリスマスパーティーはあるのだろうか。せめてクリスマスくらいは、無邪気な乙女の姿でいられたら――。
そう考えるが、現実は残酷である。海を行く人間は、彼女たちの力なくしては安全を確保できない。相手は、クリスマスだろうとなんだろうとお構いなしなのだから……。
『こちらはるな。まもなく、護衛交代ポイントに到達します』
そこへ、先導するはるなから無線が入った。
「こちらロッテルダム。了解した。もうしばらく護衛を頼む」
『お任せください』
無線から流れる凛とした彼女の声。その声は海の男たちにとってとても頼もしいものであるが、今夜ばかりは、少しばかり寂しさを彼らに感じさせる声色だった。
◇
『こちら第2水雷戦隊旗艦、軽巡洋艦神通です。これより神通以下第8駆逐隊の総勢5隻で船団に合流します』
私の耳に、護衛を引き継ぐ別の鎮守府の水雷戦隊の旗艦から連絡が入りました。もうすぐ護衛任務も終わりです。この後船団は通過する航路を担当する各鎮守府や泊地などの水雷戦隊の護衛を受けながら、はるか遠い欧州までの長旅を続けていきます。
「了解しました。こちら船団は予定通り6隻。現在問題なく航行中」
『了解、あと3分ほどで合流します』
「了解」
それからきっかり3分後、神通と彼女が率いる第8駆逐隊の面々と合流しました。私は旗艦として彼女に必要な事項をしっかりと伝えます。もちろん、その間も警戒は怠りません。
「お疲れ様でした。この後は私たちが責任を持って護衛します。どうか、お気をつけて鎮守府まで」
神通さんのやわらかい声色にホッとするものを感じながら、互いに敬礼します。これで引き継ぎは完了。あとは鎮守府の艦隊司令部に任務完了の報告を行って、何もなければそのまま帰投するだけです。
『護衛艦はるな、こちらロッテルダム船長』
そこへ、船団のリーダーのロッテルダムの船長から無線が入りました。
「こちら護衛艦はるな、どうぞ」
『出発からの護衛ご苦労だった。おかげで危惧していた襲撃に遭うこともなく無事にここまで来ることができた。船団を代表して、礼を述べたい』
「お褒めいただきありがとうございます。ただ……」
『ただ?』
「海の安全の確保は、私たちにとっての当然の責務ですから」
私は、その返答にクリスマスツリーに吊るした『海の安全』という自身の短冊の願いを思い出しながら、声の主がいるであろうブリッジを見上げました。そこには、年齢を重ねたベテランの海の男、という表現が実にしっくりくるひとりの男性が、こちらを見下ろしていました。
『日本のネイバル・レディは実に頼もしいものだ』
それは、私たち日本の艦娘にとって最大級の賛辞であると、私は感じました。
『それと、今日はクリスマスイブだ。イブはもう残りわずかだが、あなた方に、素晴らしいクリスマスが待っていることを願うよ』
その言葉で、私は今日が何の日かを思い出しました。頭の中を、とたんにクリスマスケーキやローストチキンが巡ります。
『メリークリスマス、ミス・ハルナ』
そういうと、船長と思しき人は私たちに向けてきれいな敬礼を見せました。
「メリークリスマス、ミスター・バルケネンデ」
その敬礼に私もきっちりと答礼します。そして私たちはゆっくりと航路を離れていきます。少しずつ船団が離れていくその姿に、私は思わず、
「ボン・ヴォヤージュ!」
と叫んでいました。
その声は無線を通して聞こえていたようです。返答の長笛一声が海に響き渡ります。
私たちはひと時足を止めて、遠ざかっていく船団を静かに見送っていました。
◇
「鎮守府艦隊司令部、こちら護衛艦はるな、どうぞ」
船団を見送ったところで、私は鎮守府へ護衛任務完了の連絡を入れます。
『こちら艦隊司令部。護衛任務状況知らせ、どうぞ』
「護衛任務、1945を以って完了。船団を後任艦隊へ引き継ぎました」
『了解した。はるな以下全艦速やかに鎮守府へ帰投せよ』
「は、了解いたしました」
『あ、それと追伸よ~』
突然、無線から流れる声色が別の声に変わりました。これは……、愛宕先輩?
『はるなちゃんとひえいちゃんは、帰投して報告を済ませたらすぐに重巡寮の談話室にいらっしゃい』
「談話室……、ですか」
『あなたたちクリスマスパーティーの料理食べてないでしょう? あなたたちの分はちゃんととっておいてあるから、少し遅めのクリスマスパーティー、やるわよぉ~♪』
いつも陽気でぽわぽわとした雰囲気の愛宕先輩のテンションがいつも以上に上がっているのが無線越しでも感じられます。もしかしたらすでにパーティーでシャンパンあたりでも飲んでいるのでしょうか……。
「あの、今から帰投しても就寝時間ギリギリなのですが……」
『そこは……、て・い・と・く? いいですよねぇ~?』
『――今日だけ特別だぞ?』
『というわけで提督の許可ももらったから、すぐにいらっしゃいね。重巡のみんながお待ちかねだから。あ、駆逐艦のみんなは駆逐艦寮でやるって言っていたからそっちね~』
駆逐艦娘は飲酒禁止だからね~、という愛宕先輩のいつも以上にゆったりとした声が無線から響き続けます。
ちなみに、艦娘には『艦娘生活ノ規範』というルールブックのようなものがあって、私たちはこの中に記されたルールに従わなければいけないことになっています。その中には、『駆逐艦娘並ビニ軽巡洋艦娘ノ飲酒又ハ喫煙ハ、コレヲ禁ズル』と書かれています。
なんでもこれは、世間的には小学生、よくて中学生程度にしか見えない彼女たちの飲酒・喫煙を許可した場合、鎮守府外に出たとき嗜んでいる姿を見た目が同じ世代の子供に見られるのは教育観念上よろしくないから、というのが理由らしいとか……。
ちなみに私たちは重巡寮に暮らすためか重巡と同じ規範が適用されるとのことなので、飲酒・喫煙は大丈夫だったりします。
……つい最近まで新入りの駆逐艦娘と机を並べて座学受けていましたけど、私たち。
閑話休題。
「――ということのようです」
ひえいをはじめ全員に先ほどの愛宕先輩からの言伝を伝えると、みなさん飛び跳ねながら喜んでいました。個人的には私も念願のクリスマスケーキとローストチキンが待っているので飛び跳ねて喜びたいのですが、まだ旗艦としてのお仕事が残っているので自重しておきます。
「そういえば、はるなさんって短冊に『海の安全』って書いていましたよね?」
突然そんな質問が五月雨さんから飛んできました。彼女は私に短冊を書かせたひとりです。
「えぇ、それが私の願いですから」
特にこれといって胸を張るようなところでもないので普通に答えましたが、
「じゃあそのお願いもう叶ったっぽい?」
という夕立さんの一言に、思わずハッとしてしまいました。
――クリスマスツリーに短冊、案外効果あるのかもしれません……。
「―――ちなみにひえいは何か書いたの?」
少し気になったので聞いてみることにしました。
「私? えーっと、『長生きできますように』って」
この子はこの世界でも長生きをするつもりのようです。
でも、悪い願い事でも浅ましい願い事でもないので、是非とも叶ってほしいと思います。
「それでは帰投します!」
『はーい!』
とにかく皆さんが私たちの帰りを待っています。周囲に気をつけながら、少し急ぎ気味に鎮守府へ戻る航路を進みます。初めての遠征任務は慣れなくて非常に疲れるのかと思っていましたが、思いの外身体も心も軽いです。
そして、『あの事』が変に頭をよぎることもなくなってきました。
ふと気になって夜空を見上げると、
「あ、流れ星」
黒々とした空を一筋の光が流れて行きました。私はその流星に向かって―ちょっと遅いですけど―、念のためにもう一度願い事をしておくことにしました。
――第十雄洋丸さん、私はこれからもあなたの仲間の安全を全力で護っていきます。だから、どうか私たちのことを、見守っていてください。
「なになに? はるなさんお願い事? でももう流れ星消えちゃったよ?」
白露さんがぴょこぴょこと跳ねるように私のそばにきてそんなことを言っています。もちろん、わかっていますよ。
「ちょっと、ね」
そういってほほ笑んでおくことにしました。なになに気になるよー、と言われても、願い事、というか伝えたことは言わないでおこうと思います。それがいいような気がしますし。
今は、とにかく無事に帰投して、今か今かと帰りを待っている愛宕先輩たちが開いてくれるパーティーのことだけを考えることにします。
軽い足取りで進む私たちの眼に、イルミネーションのように輝く鎮守府や街の明かりが見えてくるのは、それからしばらく後のことでした。