自衛艦これシリーズ   作:蒼崎一希

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DDH-184が進水し、『かが』と命名された際に記念として執筆した作品です。
こちらは時系列的には『おがさわら―太平洋の疾風―』の後日譚となる物語ですが、このストーリー自体の主役が護衛艦ひえいということでこちらのシリーズへ編入しています。


糸―「加賀」から「かが」へ―

 あぁ、あなたに逢いたい。

 もう一度逢いたい。

 赤城。

 決して忘れることのない妹の名を、今も誰にも聞かれぬ声で呼び続けます。

 

 あなたと一緒ならば。

 あなたと共に海を往けたならば。

 決して訪れることのない彼女との『たら』『れば』を、凪いだ海を静かに眺めながら、幾度となく描き続けてきました。

 あれから、もうどれだけ時が流れたでしょうか。

 今も私は、この海の上からこの東京湾を見守っています。

 

    ◇

 

「私たちの名前が付いた護衛艦も、いつか生まれるのかしら」

間宮名物の特製あんみつをつつきながら、テーブルを挟んで向かい側に座る赤城先輩がそんなことを口にしました。

 ある日の昼下がり、ここは甘味処『間宮」。艦娘食堂に併設されていて、疲れを甘い力で癒そうとする艦娘が多く集っています。私護衛艦ひえいは、実験高速輸送艦のおがさわらちゃんに誘われ、はるなと共にお店を訪れたのでした。元々は赤城先輩が親睦を図ろうと彼女を間宮に招待したようですが、ひとりでは行きづらいと思ったのか、私たちへ『召集』がかかったようです。

「それはあると思いますよ。私もはるなも先代がいるわけですし」

私は好物のバナナチョコパフェを頬張りながら先輩の問いに返します。

「――あなたで三代目になるのよね、ひえいの名は」

そこに赤城先輩と同じ特製あんみつを食す加賀先輩が入ってきました。

 加賀先輩のおっしゃる通り、『ひえい』という名は私で三代目になります。初代は海軍黎明期の戦艦として、二代目は金剛型戦艦の二番艦として、そして三代目がはるな型DDHの二番艦として。

 

「名を継ぐって、どういう気持ちなのかしら。私の名前は他の誰も使っていないから……」

加賀先輩に聞かれ、私も改めて考えます。名を継ぐとはどういうことかを。

「そうですね……、個人的なイメージとしては歌舞伎役者の襲名、でしょうか」

「襲名、ねぇ……」

私の答えに加賀先輩もあれこれと考え始めました。

「あくまで私自身での考え方ですけどね。私たち護衛艦は今までにいない新しい名前を戴く艦もいますけど、特に期待を持たれている艦は名を残した艦の名前と同じということが多いと思うんです。戦後初の国産護衛艦の名前、『ゆきかぜ』でしたし」

名は体を表す。昔の人はそう言いましたが恐らくそれはその通りで、そういう想いが詰まった名前を、私たちは戴いてこの海へ生まれてきたのではないか、そんな気がするのです。

「歌舞伎役者だって、二代目と三代目が同じことを同じように続けているだけかといったら違うと思うんです。二代目は二代目、三代目は三代目ならではの何かがあると思うんです。だから私も、先代の名前を汚さないように、ヘリコプター搭載護衛艦らしい何かをできるように頑張ろうって、艦艇だったときも艦娘の今も思ってます」

 

「――襲名ね、私の名前はどんな子が継いでくれるのかしら」

相変わらず順調に進むあんみつをすくうスプーンの動きを時折止めながら、赤城先輩からの再びの質問です。

「山の名前ですから……、イージス艦でしょうか、赤城先輩は」

私が答えようとするより僅かに早くはるなが赤城先輩への質問に答えてくれました。

「イージス艦、って……」

「高性能の防空艦ですよ、赤城さん」

思い出せない事柄を加賀先輩がすかさずフォローします。ふたりの連携は公私場を問わず健在です。

「私はどうなるのかしら?」

「加賀先輩だと私たちの後を継ぐヘリコプター搭載護衛艦ですね。『ひゅうが』『いせ』って戦艦の名前ですし、旗艦を任される一番格上の艦ですから」

そう、私たちの名前も戦艦の系譜の中にある名前ではあるけれど、あくまで名乗った名前は巡洋艦の系譜。一方の私たちの後を継いだDDHたちは最上級の格式を持つ旧国名をもらっている。きっと、私たち以上に期待されている、そういうことなのだろう。

 ――そう考えるとちょっとだけ悔しさが湧いてきてしまうところはあるのですが。

 

「もしかしたら、私の名を継いだそのイージス艦が加賀さんの名前を継いだ艦を護衛する、なんてこともあるかもしれないわけね。――そういう形でいいのよね?」

そんな空想を語る赤城先輩の横に座る加賀先輩の顔を良く見ると、少しだけ赤くなっていました。こういう場合に突っ込むと変な反撃に遭うことはこれまでの鎮守府生活で理解しているので、何も見なかったことにしてスル―しておきます。

「ところで、おがさわらちゃんの名前はどういう由来なのかしら?」

私たちの話題に一区切りがついたところで、ふと赤城先輩が話題の舳先をおがさわらちゃんに向けました。考えてみれば、元々ここは一航戦のふたりと同じ空母寮に暮らす彼女との親睦を図るための場だったはず。そんな場で主役を置いてけぼりにして話しこんでしまったことに若干の申し訳なさを覚え、同時にいくら鎮守府最強を誇るふたりと同席とはいえ、こんなフランクなプライベートの場でもなかなか話し出せずにいる彼女が少々心配になるなど、私の心模様はなかなかに複雑です。

 

「わ、私の名前は小笠原諸島が由来で、小笠原諸島が世界遺産に選ばれたので、名所や旧跡に関連する場所で文明などに関連するという理由で選ばれて――」

明らかに緊張していることが見え見えな状態で自分の名の由来を語る彼女を横目に眺めながら、同時に先ほどの赤城先輩が話していた空想を思い出していました。

『あかぎ』の名がイージス艦に付けられるかどうかは分からないけれど、もしかしたら『かが』の名前がDDHに採用されるということは……。

 と考えながらも、周囲にあれこれと配慮した結果、私の次に生まれた艦には『しらね』という今までになかった名前が選ばれたという経緯があったので、決して間違いないとは言い切れないけれど……、などとつい先ほどまでの考えを否定するようなことを考えながら、いずれ生まれてくるであろう私の妹分の『しらね』と『くらま』の後を継ぐ艦がどんな艦になるのか、ということを考えていたのでした。

 その考えがどの程度正解なのかは、いずれ分かることでしょう。

 お昼の甘いひと時が、こうしてゆっくりと流れていきます。

 

    ◇

 

 あぁ、あなたにも逢いたい。

 もう一度、是非とも遭いたい。

 加賀――。

 姉としての役目を果たせなかった私の代わりに、彼女の傍らにいてくれた彼女の名。

 国際社会の波に呑まれ、戦艦としてでなく、標的艦として生涯を終えるはずだった彼女は、突如首都を襲った恐ろしい揺れによって奪われた私の『運命』を代わりに引き継ぎ、妹と共に海原へと旅立ち、そして消えていきました。

 私は是非とも聞いてみたい。呉の海を旅立ち、鍛錬を重ね、最強と呼ばれるまでに成長し、最後まで戦い続けたという私の妹は、どんな子だったのだろうか、と。

 私の代わりとして見続けてきた彼女の言葉で、聞いてみたいのです。

 そして私からも話してみたい。あなたたちが逝ったあと、戦いに敗れ、それでも立ち直ったこの国の事を。今も変わらないこの海から生まれていったたくさんの『後輩』たちのことを。

 そんな話を、できれば今、してみたい。

 昔、巡洋戦艦『天城』と呼ばれ、今はただの浮き桟橋としてこの磯子の地で生き続ける私のそばにいる『彼女』のことを、特に。

 いずも型ヘリコプター搭載護衛艦二番艦、DDH‐184。

 その名も、『かが』。

 つい先日この海に生まれ出たばかりの彼女は今、私にその身を預け、この海で生きていくための準備を整えています。先に私の許を巣立ち、今まさに私の運命を大きく変えたあの出来事を教訓とした訓練に参加している彼女の姉・いずもと共に並んで、この海で生きていくために。

『あなた』とほぼ変わらない大きさの身体を預かりながら、私は今、何か私とあなたの間を結ぶ、決して目には見えない糸があるのではないか、そんな空想を描いています。

 

 なぜ巡り合うのかを、私たちは知りません。

 いつ巡り合うのかも、私たちはまた知りません。

 でも、私と、そしてあなたから続く糸が、何かの『縁』で紡がれて、こうして今、『かが』がいる。そんな気がしてならないのです。そんな空想を、是非ともあなたに、そしてあの子も一緒に、聞いてもらいたいのです。

 この『糸』は、この子にも繋がっているのでしょうか。ぜひとも繋がっていてほしい、そう思います。そしていつか彼女がその生涯を終えるとき、その糸がまた誰かに繋がっていてほしい。それが私の心からの願いです。

 その糸がまだ見ぬ誰かに繋がっていくとき、私がここにいるかどうか、それは誰にも分からないこと。ただ、今こうして繋がっていった時のことは、いつか彼女たちとどこかで出会えた時に、絶対に話しておこうと思います。そして役目を終えるその時まで、この海から見守っていよう。そう思います。

 あと最後に、こうも伝えておきます。あなたの名を継いだあの子は、きっと立派になるわよ、と。

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