十五夜にプロポーズでも   作:ちゃん丸

4 / 12

 評価、お気に入り登録ありがとうございます。

 今回は少し短めです。




あなたよ

 

 

 

 星が見えない夜だった。

 梅雨真っ只中で、空気は重い。鉛のような匂いを醸し出しているような気がして、ハルマは気分が落ち着かない。

 夜空は雲に覆われていて、今にも涙を流してしまいそう。彼自身の心を映し出しているようで、見上げるのを躊躇った。

 

 久しく会っていないサイレンススズカのことを考えながら、煙草をふかす。紙煙草独特の強い匂い。彼女には毒だと知っていても、やめられそうにない。

 口と指に染み込んだソレは、ストレスを上塗りする。でも時間が経てば、すぐに剥がれ落ちてしまう。だから何度も、彼は煙草に手を伸ばすのだ。

 

 生ぬるい風。煙草の煙は天に届くことなく、風に吹かれて消えていく。自分の人生を表しているような光景。彼は鼻で自嘲した。

 携帯用灰皿に押し潰しても、どうせまたすぐ使うことになる。ポケットにしまうことなく、ベンチに投げ置いた。

 

 あんな約束をしてしまったせいか、彼はこの場所に来ることを躊躇うようになった。

 辛くなったら、の前置きが妙に恥ずかしくなったのだ。事実、これまではそうしていた。でもそれは、彼女に伝える必要のないモノ。自分の中だけで完結していたから、スズカの顔色を伺う必要なんて無かった。

 

 でも、これからはきっと違う。

 彼女は彼女なりに、彼の話を聞いてくれるだろう。必死に言葉を投げかけてくれるだろう。ソレは全て、サイレンススズカの優しさ、思いやりなのだ。

 重いわけはない。嬉しいのだ。ハルマ自身、そう思う自分とは裏腹に、どうしても自分を卑下する感情を捨てられなかった。

 

 自分なんかがサイレンススズカの隣にいるなんて。どうせこんな自分なんか。

 普通に大学を卒業して、中小企業に就職したハルマにとって、彼女はあまりにも眩しすぎるのだ。人間とウマ娘の違いを差し置いても、生きてきた世界が違う。

 

 誰よりも速く、誰よりも前へ。

 サイレンススズカは、常に誰も居ない景色を眺めていた。そして、きっと引退した今でも。

 彼の人生は、正反対だ。

 常に誰かの背中を追いかけて、つまずいて、転んで、起き上がって、また転んで。その繰り返し。もう、起き上がる気力すら無くなっていた。

 

「………………辛いなぁ」

 

 つぶやく。この感情を、こんな言葉でしか紡げない自分が情けなかった。

 本当は、もっと言いたいことがある。それは彼自身が一番よく理解している。だからこそ、攻撃的な言葉じゃないコレが出てきたのが分からなくて。

 二十代も終わりかけの彼にとって、一番難しいタイミングでもあった。

 人並みに恋愛もして、人並みに失恋もして。仕事では成功も失敗も経験した。残ったのは、自分という存在だけ。家と職場の往復になってしまった。プライベートの時間なんてのは、ほとんどない。

 

 職場が好きで入社しただけで、職場の人間なんてのはどうでもいい。だがそれで上手くいくほどこの世界は単純でもないのだ。

 人間関係は、人が死ぬまで解決することのできない課題である。人付き合いで体調を崩すほど悩む人だって大勢いる。嫌だからやりたくない、では人間生きていけない。

 

 生まれたくてこの世に生を受けた人間は、まずいないだろう。生まれた瞬間から死に向かって歩みを進めている中で、人は生きる意味を見出していく。でも、見出して死んでいく人はどれだけいるか。まだ若いハルマには見当もつかないのが現実である。

 

 ストレスに被せたケムリの膜が剥がれそうだ。吸ったばかりだというのに、彼は再び煙草に火を付ける。いつもより強く吸ってみると、それだけ気持ちが楽になったような錯覚を受けた。

 

「……………スズカ」

 

 明日は、数少ない休みだ。今日ぐらいはのんびり出来るだろうと、真っ先に浮かんだこの公園。約束のことがあっても、今日だけはここに来ないといけない気がしたのだ。

 案の定、彼女は居なかった。居なくて良かった。そう思ったのは一瞬で、居てほしかったと思うようになった心に、彼は背を向けた。

 

 ただハルマとしては、毎日居る方が気が引ける。しっかりと約束を守っているようで、安心したのも事実である。

 

「……………スズカ……」

 

 ハルマの近くに頼れる人間は居なかった。

 ずっと一人だった。両親とはしばらく会っていない。大学だって新聞奨学生で入学したから、友達と呼べる人間も居ない。

 

 ずっと、ずっと一人だった。

 それで良かった。それが普通だったから。そんな人生でも、ウマ娘のレースを見ては励まされるし、涙することだってある。

 ウマ娘のおかげで、しっかり感情があるんだと実感することが出来ていた。

 

 そんな彼に、大きな変化が訪れた。

 

 一つは、サイレンススズカの引退。

 一つは、サイレンススズカが友達。

 

 ぶっちぎってレースを制す彼女が、純粋に好きだった。あの爽快感というのは、何物にも変え難い快感。当の本人もそうだが、最初から最後まで逃げ切ることができる彼女のスピードが、とにかく好きだった。

 

 そんな彼女と、友達になってしまった。

 スズカの引退はとにかくショックで、気力を失いかけていた彼にとって、また一つの衝撃。

 ただ、嬉しさよりも戸惑いの方が大きい。あまりにも衝撃的すぎて、正しい感情が理解できないのが彼の本音だ。

 

 でも、存在を知ってしまった。

 その重要性を。誰かに弱音をぶつけることで、こんなにも胸が軽くなるものなのかと。

 今、彼女が隣に居たら。何を言ってくれるだろうか。勝手に考えたところで、出てくるのは納得できないことばかり。

 

「……………連絡先」

 

 交換しておいて良かった、とは続かず。

 いつのまにか傷だらけになっていたスマートフォン。日常に溶け込みすぎて気づくことが無かった事実。買い換えないとなぁ、なんて笑ってみる。力なき。

 連絡先には確かにサイレンススズカの名前。でもそれをタップして、電話を掛ける気にはなれない。メッセージを送ることすらも躊躇う。

 もうこんな時間だ。彼女だってきっと眠っているに違いない。単純に迷惑な話でしかないのだから。

 

 根元まで吸いすぎた煙草を灰皿に押し付ける。せっかく買った缶ビールだったが、不思議と飲む気にはなれなかった。

 星も見えない。月も鉛のような雲に隠されてその輝きを失くしている。哀れで寂しい空。気分は晴れない。この公園に来て、はじめての感情だった。

 

 サイレンススズカ

 彼はスマートフォンのブラウザに名前を打ち込む。なんとなく、彼女のことをもっと知りたくなったらしく。

 出てくるのは輝かしい功績たち。簡単なプロフィールはもちろん、過去に受けたインタビュー記事だって出てきた。

 

 そもそも、どうして?

 どうして、彼女は走ることを止めたのだろう。

 考えもしなかった思考。酒を飲んでなくて良かったと実感した感情。スズカが引退した理由を、彼は知らなかった。

 大手マスコミのインタビュー記事を読み返す。引退後の生活に触れているだけで、引退を決意した明確な理由には触れていない。

 彼女のスピードに、脚が限界を迎えたとしたら、ハルマにも想像がつく。なおかつ、彼が一番納得できる理由でもある。

 ただ、引退レースの快走を見る限りだと、まだまだ出来そうにも見えたのだ。

 

 あぁ、よく分からない。考えれば考えるほどに。思考力が低下しているようで、ハルマのストレスが高まる。

 もう一度、もう一度。煙草に手を伸ばすが、そんな彼を嘲笑うように、クシャッとした音だけが夜に響いた。さっきので最後だったようで、ハルマは分かりやすくため息。盛大な。

 

(……帰るか)

 

 コンビニで煙草を買って、帰ろう。彼は立ち上がって、思い切り背伸びをする。

 来た時と比べて、辛さというのは変わらないまま。むしろ気が重くなったような感覚すらあった。

 一つ息を吐いて、俯きながら振り返る。一歩二歩、歩いたところで顔を上げた。

 

「あ………」

 

 時が止まった。ピタリと風が止んで、彼と彼女の二人だけの世界に迷い込んだよう。

 サイレンススズカは、帰ろうとする彼を見て驚いた顔をしている。何というタイミングだろうか。久々に見た彼女は、いつもより綺麗になっていた。

 

「スズカ……さん」

 

 たまらず、ハルマは声をかけた。完全に油断していたせいか、声に覇気はない。探り探り。もっといい言葉があっただろうに、なんて自嘲する余裕はあった。

 

「よかった」

 

 スズカは、泣きそうな顔で笑った。

 この夜にはもったいないぐらい綺麗で、儚い微笑み。寂しさを隠すような、嘘。

 

 あまりにもそれは、疲れ切った彼には似合わない。

 

 





 新たに評価してくださった皆様(敬称略)
・bb-mutsu・Hey,sorry・izu・カプチェンコ・Mak

 ありがとうございました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。