十五夜にプロポーズでも   作:ちゃん丸

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 男四人で打ち上げ花火を見る機会がありました。
 「スズカのように綺麗だね」と言いました。
 「気持ち悪い」って言われました。




ふたりの

 

 

 八月の半ばになると、人々は感傷に浸る。

 この世に居ないあの人が、この世界に帰ってくる。たった数日間だけ。でも、その僅かな時間を使って、故人に想いを馳せる。

 後悔、思い出、夢。

 語り足りなかったあのことを、ただただ想いながら人は酒に溺れていく。

 お盆休みを迎えたハルマには、そんな人間は居なかった。だから何も変わらない。行き交う人の数が多くなっただけで、それ以外は何も変わらない。色で例えるなら、グレー。

 自堕落な生活を送って、また堕落した日常生活に戻っていく。そうやってここ数年過ごしてきた彼にとって、そのサイクルはもう慣れたものだ。

 

「花火を、やりませんか」

 

 グレー色の夏の終わり。

 約束をしていたスズカが、コンビニのレジ袋を差し出して、そんなことを言ってきた。いつもの公園。二人以外に誰も居ないお盆の夜に。

 小さめのバケツも持参していて、まさに用意周到の様子。煙草をふかしていた彼も戸惑いの顔を隠せなかった。

 

「どうして急に」

「夏といえば花火です。やってみたら、気が晴れるかもしれません」

「まぁ……」

 

 彼は考えた。記憶を読み返してみても、最後に花火をしたのはいつかすらも覚えていない。どうしてか、懐かしさも感じない。となれば、久々にやってみたいなんて高揚感も生まれない。

 ただ、彼女の厚意を踏みにじるのは気が引けた。せっかくこうして提案してくれたのだから、なんて優しさのつもりで。

 

「そもそもここって花火できたっけ」

「調べてみたら、問題ないみたいですよ」

「そっか。ありがとう」

 

 ジーンズにTシャツというラフな私服姿。スズカが彼の私服を見たのはこれが初めてだった。スーツ姿が印象的だったせいか、それがすごく新鮮味があって良い。

 ただ、ファッションに無頓着だったせいか、決してお洒落とは呼べない格好でもあった。

 

 レジ袋から取り出す際の雑音が消え、姿を見せた花火たち。二人でやるには少し少ない。が、そんな長い時間する理由も無い。彼としては程よい数だ。

 

「あ、火が……」

「ライターあるよ。大丈夫」

 

 マッチやチャッカマンを持ってくるのを忘れた彼女は、申し訳なさそうに眉先を下げる。

 彼は彼で、初めて自身が喫煙者で良かったと思った。煙草が役に立った瞬間でもある。

 バケツに水を汲んで、スズカが持つ手持ち花火にハルマが火を付ける。左手を胸に寄せ、拳を作っている姿が可愛らしくて彼は口角を上げた。

 

「ついた」

 

 赤く燃えていた炎を隠すように、青色の光が夜に浮かび上がった。勢いよく空気を切り裂いていくその様子は、かつてのサイレンススズカを見ているよう。

 煙の匂いが懐かしくて、ハルマは目に沁みるそれを振り払うように右手で擦る。痒さが取れたわけじゃないが、あまり心地は良くない。むしろ痛みが増したような気もするぐらいだ。

 

「はい」

「えっ?」

「火をあげます」

 

 「あぁそういうこと」忘れていたこの感じを思い出すように、言われるがまま彼女と同じ花火をその火の中へ伸ばした。

 勢いよく輝くソレに触発されるが如く、彼が持つ花火もあっという間に緑色に輝いた。

 

「ライターのお返しですよ」

「ははっ。なるほど」

 

 花火が燃えるこの独特の匂い。公園の土、芝、それらと混ざり合って夏の風物詩となる。星空の下で広がる花火は、二人を別世界へ誘う引き金のようで。

 スズカの花火が消え、それからすぐハルマの花火も消える。バケツに殻を捨てると、最後に残った火種が消える音。ジュッ、と命が尽きる。

 これが花火の切なさだとしたら、人はそれから逃げるように次へ次へと手を伸ばす。

 

「はい、スズカ」

「ありがとう、ございます」

 

 同じタイプの花火を、今度は彼が彼女に差し出す。ライターで火をつけ、赤色の火花が散る。その赤色がスズカの持つ花火に伸びる。そして輝く黄色。

 二人、何も話すことはない。ただ揺れる炎を眺めながら、それぞれの思考に浸かる。程よく、互いの存在を把握できるぐらいの意識で。

 肩までじっくり浸かってしまうと、戻ってこれない気がしたから。

 

 それからしばらく、二人は手持ち花火を消化した。置き型の小さな花火もやってみた。夜空に必死に伸びようとする火花を眺めながら、何も話さず、互いの呼吸を感じつつ。

 夏の夜に、花火というのはよく合った。湿った空気を振り払うような熱。正反対のようで、溶け込んでいる。

 

「線香花火でおしまいです」

「うん」

 

 手持ち花火の音は意外と大きかったのだと、二人は実感した。立った状態で楽しんでいたが、残りは線香花火四本。ベンチに座って楽しむことに。

 途端に、空気がひび割れる音が聞こえる気がした。

 風が無いから、よく輝いてくれた。線香花火も、きっと長めに頑張ってくれるだろう。出来上がった火の玉を見つめながら、ただ二人は夏の味を感じる。

 

「……儚いですよね」

「花火が?」

「はい。消えてしまったら、捨てられておしまいなんて」

「まぁ……」

 

 そういうモノだと言ってしまえば、それまでだ。だが彼女の言う言葉の意味を、ハルマは理解しようとした。

 役目を終えて、そのまま捨てられてしまう。花火だから人は躊躇いもなく捨てるが、花火じゃなかったらどうなるか。

 レースに出なくなったウマ娘であれば、人々はどうするだろうか。自分で言っておきながら、スズカは後悔する。まるで本心が無意識に言葉になったみたいで、すぐに線香花火を見つめる。

 

「こういう捉え方もできるんじゃない?」

「えっ……?」

「役目を全うして、終わりを迎えたって」

 

 ポトリと落ちる火の玉。

 まさに、彼女も目から鱗であった。

 彼の言う言葉の意味が、よく理解できたからである。自身がどうかは置いておいて、花火の役目は美しく燃えること。それを全うしたから、命は終わるのだ。終わることは決してマイナスではない。むしろ望まれた結果ではないか。

 

「落ちちゃった。風無いのに早めだなぁ」

 

 苦笑いする彼に、スズカは見惚れていた。

 よく分からない。どうして今自分が彼のことを見つめていたのか、彼女自身。ただ、線香花火をすごく悲しそうな瞳で眺めていたのが、すごく気になって。それだけ。

 

「あ……火、つけます」

 

 スズカが彼のライターに手を伸ばすと、ハルマは慌ててそれを制止した。

 

「だめだよ。火傷するかもだし」

「そんな……子どもじゃないんですよ」

「俺がつけるから。ね?」

 

 火傷してほしくない、というのは本心だ。だが、彼がそう言った理由はそれだけじゃない。

 純粋に、スズカにライターなんて似合わない。彼女にはこんなモノを使って欲しくなかった。ハルマに出会わなければ、きっと使うことも、見ることも無かったであろうモノ。

 汚れてほしくない。今さらではあるが、彼なりに思うこともあるのだ。それを優しさと受け取るか、余計な世話と捉えるかは、彼女次第であるが。

 

「お盆はお一人なんですか?」

「そうだね。スズカは?」

「私も……そうです」

 

 彼女は、基本的には自由の身だ。特に何をするか決めていないため、その充電期間と彼女自身は捉えている。だがこのままだと、ただ時間だけが過ぎていくのは明らかだった。

 かつてのウマ娘友達には、会いづらかった。未だ現役で走り続けている彼女たち。純粋に会いに行くだけでも気を遣う。

 だから、ハルマとの出会いは彼女にとって一つの光でもあった。たった一人で悩んでいたあの頃より、気が軽くなったのも事実なのだから。

 

「お盆は、死者が帰ってくるって言うよね」

「亡くなった人のことを思う時間ですね」

「……それって、すごく切ない」

 

 相変わらず風が吹かないから、彼の声がよく聞こえる。パチパチと弾ける線香花火とともに。

 

「いずれ終わるんです。どんなに生きたくても」

「うん。そうだね」

「生きたくなくても、生きるしかないことだって……あると思うんです」

「あはは……耳が痛いよ」

 

 彼に向けた言葉だと、互いに理解した。

 こうして笑っている彼が、明日にも居なくなりそうで。あまりにも突発的に、自ら命を投げ捨ててしまいそうで。

 

 スズカは、彼に生きていて欲しいのだ。

 ハルマが居たら、自身のやりたいこと、目的を見つけることが出来るはずだと。確信に満ちたその思考に促されるまま、彼の瞳を見つめて見せた。

 

「す、スズカ……?」

「あなたが死んでしまったら、私は」

 

 二人同時に、線香花火が終わる。役目を終えたというのに、互いの手は離そうとしなかった。

 互いの鼓動が聞こえてきそうなほど、静かな夜だ。風はない。虫も鳴かない。木々だって静かに眠っている。あるのは、自身のことをまっすぐ見つめるウマ娘だけ。

 

「私は―――想いません」

「えっ……?」

「お盆になっても、いつでも。あなたことを忘れてしまいますから」

 

 言葉は震えている。本心だが、これを言ってしまえば関係が終わってしまう気がした。だからこれまで言えなかった。

 でも一度空気を震わせれば、あとは流れに身を任せるだけ。その言葉を聞いて彼が何を思ったのか、自身から目を逸らした彼の返答を待った。

 

「―――参ったな」

「……」

「それは、悲しいや」

 

 自身を突き放すような発言だったのに、ハルマの胸中は不思議な感情に覆われた。

 人というのは、どうしてこうも勝手な生き物なのだろう。死んでしまってもなお、誰かに思われたいなんて。

 それは「死にたい」感情じゃない。「生きたい」からこその感情なのだ。

 一人がいいなんていうのは、建前にもならない。一人の不安を誤魔化すために、誰かに自身のことを見つめていて欲しい。たったそれだけの事実から、彼はひたすら目を背けてきた。

 そして、友達であるサイレンススズカからそんなことを言われてしまえば。本音が漏れるはずである。

 

「ハルマ君との時間は、すごく落ち着きます。この場所も、この空も。体に染み渡るほど」

 

 花火の残り香が鼻を刺激する。

 焦げているようで、香ばしさの残る匂い。少しだけ煙草を吸ったような気分になって、スズカは苦笑いする。

 

 彼と会うのは、いつも夜だ。しかも、この公園で夜空を見上げているだけ。その時間がわずかな幸せを生んでいるのも事実だが、彼女の中に別の想いが生まれていた。

 

「スズカ」

 

 夜空も見飽きたよ。そう言わんばかりの力ある声。彼女がそう思っていたのなら、彼だってそうだ。

 先に名前を呼ばれると思っていなかったせいで、スズカの肩がビクンと跳ねた。それが少し可愛くて、ハルマは笑う。

 一人で居るのが怖くなったから。寂しくなったから。その場限りの感情だけど。だけど、良いじゃないか。今こうして、生きているのだから。

 

 開き直りとともに、彼の本心が言葉となる。

 

「俺と、デートしようよ」

 

 こんなにも心臓の鼓動が聞こえるモノかと。スズカは揺れる瞳で返事をしてみせた。

 「分からないよ」なんて、彼に言われた。

 

 

 





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・北原楓希・秋冬番茶・愛日・紅華

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