トレーナーになれない新人トレーナー   作:おぶなむ

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 初投稿です。


トレーナーとゴールドシップ

「安いよー! トレーナー料金が今なら一日300円だよー!」

 トレセン学園の一画、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下で一人の胡乱なトレーナーが声を張り上げている。

 彼は新人トレーナー。

 本来なら着任と同時に、学園からペアとなるべきウマ娘を紹介されてさぁ目指せトゥインクルレース! となるところ。

 この男は何の因果か、そのペアを学園から紹介されないまま、既に世間は連休の時期に差し掛かろうとしている。

 実際のところ、トレーナーに対してウマ娘の数は多く、トレーナーと組めないウマ娘は珍しくなくとも、ウマ娘と組めないトレーナーは長いトレセン学園史上においても彼が初である。

 その不名誉を返上すべく、彼は今日も自らを道行くウマ娘に売り込んでいるというわけだ。

「そこ行く素敵なウマのお嬢さん! 今なら活きの良いトレーナーが入ってるよ! 一日300円……わかった200円でいいから! 100円! 10円!」

 悲鳴にも似た口上が報われないまま、今日も日が中天から傾き出している。

 座学の時間が終わり、本格的なトレーニングがそこかしこで始まりつつあった。

「……んあ?」

 彼の隣に仕立てられた簡易ブースと思しきダンボールの仕切り、その中から不意に声が上がった。

 寝こけていたと思しきその声の主は、ぐぅ、と唸るような吐息とともに伸びをすると立ち上がる。

「おー、今日も売れ残ったかぁ?」

「うるせぇぞゴールドシップ。起きたならさっさと練習行け」

 まだ若干眠そうな目をこすりながら、ゴールドシップと呼ばれた銀髪のウマ娘は愉快そうに口元を歪めた。

「今日もあたしの勝ちだな。んー?」

「わかんねぇ……何でお前の持ってきた謎の木の実が100円で売れて、俺は10円でも売れねえんだ……」

 新人のトレーナーで、なぜか学園からペアを紹介されなかった男。

 普通に考えれば地雷もいいところだろう。

 破天荒なゴールドシップにも、その程度の事実を直接告げないだけの良識はある。

「そりゃ見るからに地雷トレーナーじゃーん。学園からペアを紹介されないって何だよ」

 なかった。

「うるせぇ! なら何で合格にしたんだって話じゃねえか!」

 トレーナーの脳裏に、初日にいきなり『謝罪!』と泣きはらしていた理事長の顔が浮かんだ。

 これでも、狭き門のトレセン学園である。

 その選考を潜り抜けた人材が早々に地雷であるはずもないのだが、火のないところに煙は立たないのも事実。

 ウマ娘にしても、トレセン学園に入るのは狭き門オブ狭き門だ。せっかく手に入れたチャンスに、自ら人柱になるような者もいない。

「最初の一週間くらいは大人しく待ってたが、待てど暮らせど連絡は来なかった。なら自分でやるしかないだろ!」

 恐らく、もう一週間待っていれば連絡はあったかもしれない。

 少なくとも、こういう売り込みを始めなければまだ挽回の目はあっただろう。

 ニヤニヤと笑いながら、ゴールドシップはトレーナーを観察している。

「まぁいい。お前はさっさと須貝先生のとこ行って練習してこい」

「前から言ってっけどさ、須貝なんてトレーナーはいねぇぞ」

「……そうかよ」

 不意に冷えた目をしたゴールドシップに、トレーナーは心中で舌打ちをした。

 対するゴールドシップは、目の前の男に改めて好奇と疑念の混じった視線を向ける。

 この男は、自分を通して、自分ではない自分を見ている。以前から、そんな感覚があった。

 試してみるか。

 つぶやき、ゴールドシップは男の目の前に立つ。

「あんたが地雷じゃないってんなら、証明すりゃあいい」

「何だ、藪から棒に」

「ゴルシ様のお言葉は拝聴しなァ。武器だ。あたしの武器を言ってみなよ」

 訝しげに眉をひそめたトレーナーに対して、ゴールドシップは悠然と腕を組んで見せる。

 身長は若干彼女の方が低いが、トレーナーはその姿を見上げるような錯覚をした。

 思わず背けかけた目を意地で押し留め、彼は口を開く。

「……お前の武器は、その全身のバネだ。靭やかで弾む筋肉と、それを支える柔らかな関節。そこから生み出される大きなストライドを持続させる耐久力。それは類稀なトップスピードを生む。だが……」

 へぇ、とゴールドシップは片眉を上げた。

「柔らかすぎる。つまり、瞬発力に欠ける。トップスピードに至るまでの時間が、他のウマと比べると一枚も二枚も落ちる。だから、凡百のウマが相手ならともかく、一線級のウマを相手にした場合、最低でも1800。理想は2400以上の距離がほしいところだ」

「キモっ」

「言い方ァ!」

 トレーナーは地団駄を踏んだ。

 まんまと載せられた挙句の仕打ちである。もう辞めようか。そんな考えが頭を過ぎった。

 だが、ここを辞めたらお金がなくなるのである。

 つまり死ぬ。

 この世界では競馬は賭け事ではない以上、それ以外の何かで飯を食う必要があるのだ。

 まぁ、元々競馬で食えていたわけでも無いけどな。益体もない独り言を、男は心中でごちた。

「合格発表!」

 唐突にゴールドシップが口でドラムロールを始める。

「結果はぁ~……?」

 雰囲気に流され、トレーナーはゴクリとつばを飲み込んだ。

「番組の途中ですが、ここでナイターの結果をお送りします」

「言えや!」

「……なんとこれは予想外の結果でしたねぇ! ではまた明日~」

「二度と見ねえよこんな番組」

 呵々と笑いながらスキップでその場を後にするゴールドシップ。

 残ったトレーナーが、その場の机やダンボールやらを片付け始めると、不意に彼女は立ち止まり、肩越しに彼を振り返った。

「なぁ、あたしのトレーナーやってくれって言ったらどうする?」

「やんねぇ。お前は真面目に走ればそれで勝つ。トレーナーの意味がねぇ」

 即答。

「そっか」

「須貝先生に迷惑掛けんなよ。ああ、ノリには掛けてもいいぞ」

「誰だよ」

 ふん、と鼻を鳴らしてゴールドシップは今度こそ去っていく。

 その背を見送りながら、トレーナーは後片付けを再開すると、机の上に置かれた3個の木の実に気づいた。

 何とはなしにそれをポケットにしまい、男は天を仰ぐ。

「……いつまで経っても慣れねぇもんだ。あれがゴルシだってさ」

 




 このゴルシはゴルシではない?
 ゴルシは皆の心の数だけ存在しているんだよ。
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