トレーナーになれない新人トレーナー 作:おぶなむ
三女神像の前で、一人の胡乱なトレーナーが黄昏れている。
彼は新人トレーナー。
本来なら紹介されるはずのペアがおらず、ならばと自分で売り込みをかけた結果、かえってウマ娘から敬遠された男である。
今は、そのことで、理事長秘書こと駿川たづなにきっちりと説教を食らい、しばらく大人しくしているように、と事実上の謹慎処分を食らった帰りであった。
流石に『基本無料! まずはペア登録を!』という謳い文句が良くなかったか、と彼はズレた反省をしている。
「しかし、三女神ねぇ」
ふん、と鼻を鳴らすと、トレーナーは肩をぐるりと回した。
「言葉が通じるなんざ、先生方が泣いて喜ぶだろうよ。鞍上の心配もないと来た」
ストレッチのつもりなのか、妙な体勢のままで宙を仰ぐ。
ごきり、と鈍い音が腰の辺りから発せられる。慣れない正座での説教は、それなりに負担だったようだ。
「……いやぁ、案外呆れるかもな」
「なんだ、こんなところにいたのか君。いつもの渡り廊下にいないから、ついにクビになったかと思ったよ」
ダブついた白衣を揺らしながら、栗毛のウマ娘がトレーナーに歩み寄ってきた。
「アグネスタキオンか。何か用だったか?」
「何って決まってるだろう? いつものお薬の時間さ」
「お前の薬なんざ一度も飲んだことないぞ」
やれやれ、と肩をすくめるタキオンに、男はげんなりとした顔をする。
彼の心中を代弁すると、こうだ。
ゴールドシップといいコイツといい、自分が必要ないウマしか寄ってこない。
「そういえば彼女……ゴルシ君は今日はいないのかい?」
「あいつはチーム何とかの所属だろう。知らん」
「ふぅン」
対するアグネスタキオンは、その瞳に好奇の光を灯したままだ。
単なる事実として、現在はフリーである彼女のトレーナーになりたがる人間は数多い。
仮にチームを組んでいたとしても、大なり小なりオファーはあっただろう。
トレーナーにとって、優秀なウマ娘はそれだけの手間を取る価値があるのだ。
それはゴールドシップでも変わらない。
破天荒な彼女を御せるかどうかは別としても、あの才能を前に無視できるトレーナーはまずいない。
目の前のこの男が、例外なのだ。
「彼女、君の前だと大人しいらしいじゃないか」
「意味がないからだろ」
彼にしてみれば、ゴールドシップのソレは確信犯だ。
素で頭が宇宙なわけではなく、彼女の極めて高い知性に裏付けられた、ロジカルなカオス。
彼女はそれで周囲を撹拌し、新たな何かが生じることを楽しんでいる。
裏を返せば、『その甲斐がなければ』、彼女は何もしない。
「あいつにとっちゃ、俺はその程度ってことだ」
「まぁ、好きに考えたまえよ」
タキオンは、その考えに半分だけ同意している。
ゴールドシップは、本当に興味のない人間には近づきもしない。
だからこそ、『近づいてなお大人しい』というのであれば、彼女はそれが最適解だと判断したと見るべきだ、と。
「前も聞いたが、私は誰をトレーナーにすればいいと思う?」
「長浜先生かカワチ」
「……ふぅン」
以前と同じ回答を聞き、彼女はむしろ愉快そうに口元を歪めた。
単なる妄想ではない。
この新人トレーナーは、
いや、というよりも、
「トレーナー君、君、私を通して何を見てるんだい?」
「……禅問答に付き合う暇はない。さっさと帰って、あー、実験でもしてろ」
「質問を変えよう。仮に、だ。私がトゥインクルシリーズに出るとして、どこまで行けると思う?」
その問に、男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
答えを言っているようなものだ。タキオンは心中で薄く笑う。
「答えられない、というより、言いたくない、という顔だね」
「……チッ」
あからさまに舌打ちをしてみせると、トレーナーはふてくされたようにガシガシと頭をかいた。
「俺がトレーナーになる意味がないんだ、お前たちは」
「興味深い見解だね。たち、とはゴルシ君も含めてかな?」
「才能があって、能力も既に備わってる。トレーニングなんて段階は卒業してるんだ。後は……走るだけなんだよ」
それきり、トレーナーはそっぽを向いた。
子供のようなだんまりの態度に、タキオンはくつくつと喉で笑う。
意図的に何かを隠しているのはわかっていたし、それが彼なりの気遣いだろうことも見当がついていた。
それこそ、バレバレのサプライズを必死に隠す子供を見るようで、彼女にしては珍しく、それを好意的に受け取った。
「私より年上だろうに、随分と子供っぽいことだ」
「うるせえ」
「いいさ。君の言う通り、実験も再開したいからね。そろそろ退散するとしよう」
無言でしっしっと手を振るトレーナーに、タキオンはもう一度くつくつと笑う。
そのまま踵を返して校舎へと戻る道すがら、彼女は思い出したように足を止めた。
「そうそう。私の脚なら心配無用だ。夏には目処がつきそうでね」
それだけを言うと、今度こそアグネスタキオンは立ち去る。
「……マジで不要じゃねえか」
深い溜め息をつき、男は恨めしげに三女神像を見上げた。
この世界には、新人トレーナー君曰く元ネタありのウマ娘となしのウマ娘がいます。