トレーナーになれない新人トレーナー 作:おぶなむ
ありがとうございます。
トレーナー君ウジウジしすぎィ! はワイもそう思います。
というわけで初投稿です。
「遊びの時間だ! コラァ!」
「なっ……!」
新人トレーナー(ペアなし)に、過分にも割り当てられたチーム部屋の扉が蹴り開かれる。
思わず身構えた男の視界に映ったのは特徴的な帽子と銀髪。
「よーう、ゴールドシップ様が面会に来てやったぜ」
「アホか! ウマが自分の脚をぞんざいに扱ってんじゃねえ!」
「あん? お、おい」
珍しく血相を変えて駆け寄ってくる男に、これまた珍しくゴールドシップは気圧された。
有無を言わさず蹴り足の足首を掴まれ、痛みや違和感の有無を問われて素直に答える彼女の姿を見たら、メジロマックイーン辺りは味わい深い表情をしたに違いない。
「……熱を持ってる感じも無いな。ったく、脚はウマの命だろうが」
「って、いつまで触ってんだよ」
思い出したように、ゴールドシップは男の手を振り払った。
そのまま大げさなため息をつくと、彼女は手近な椅子にどっかと腰を下ろす。
「なーんか調子狂うよな。怪我の心配なんざ久々にされたよ」
「お前に関しちゃ杞憂だろうが、競馬に絶対はねえんだ。どんなウマだろうが、これまで怪我をしなかったから、これからも怪我をしない、なんて保証はどこにもない」
「こいつ、怪我の話題の時だけマジだよな」
「お前らが軽く見過ぎなんだよ」
男はガシガシと頭をかいた。
彼の知る限り、怪我の恐ろしさを曲がりなりにも理解しているのは、アグネスタキオンくらいだ。
もっとも、それは彼と同じ理由からではないのだが……。
だが、それも仕方ないことかもしれない、と最近の彼は考えている。
走ることのみを目的として進化させられたサラブレッドは、生物としては歪だったろう。
『速さ』を支える最も重要な器官である『脚』をも、ギリギリまで研ぎ澄ませた芸術品。
結果として脚の怪我、特に骨折などは、競争生命は元より、生物としての生命さえ奪いかねないものとなった。
単なる凹みに躓いて転ぶ。そんな些細なことが致命傷となったし、実際にそれで何頭もの馬が天に帰った。
そんな怪我の恐怖を振り払って走ったとしても、勝利できなかった競走馬は子孫を残すことさえ許されない。
あまつさえ、桜になることも日常だった世界に比べれば……この世界は、ウマに優しい。
彼女らが恵まれている、などと言うつもりはない。
どちらかと言えば、男はそんな世界に安堵していた。
『悲劇の名馬』なんてものは、記憶の中のままで良いのだ、と。
だからこそ、男は怪我に関して人一倍大げさだった。
「そのせいで鬱陶しがられてんじゃねえのぉ?」
ゴールドシップの茶化しは、事実の一つではあるだろう。
最初の一ヶ月で、彼の怪我の扱いにドン引きしたウマ娘は少なくない。
「まぁいいや。で、お前いつまで隔離されてんの?」
「俺が知りてえわ」
「そのうち学園の七不思議になったりしてな。怪奇! ペアなしトレーナーの部屋! そこでゴルシちゃんが見たものとは!」
憮然とした顔の男に、けらけらと笑うゴールドシップ。
そんな彼女が、不意に真顔になった。
「で、誰ならいいんだって? 選べる立場かよ、ええ?」
「……わかってんだよ、そんなこと」
何となれば、トレセン学園の他にもトレーナーの引き合いはある。
それこそ、オグリキャップが転校してくる以前の笠松を始め、地方にも相応の学園があるし……生きていくだけなら、トレーナーにこだわる必要さえない。
『名馬』のトレーナーにはなりたくないと言いつつ、『名馬』の多い……多くなってしまったトレセン学園にしがみついているのは、未練と断じられても仕方のないことだろう。
だが、形を変えたとしても、かつての『名馬』の活躍を間近で見られる環境というのは、彼にとって抗いがたい誘惑でもあった。
「何で今なんだ……」
絞り出すように男はつぶやくと、右手で両目を覆った。
黄金世代。
なぜ、自分はあと5年早く生まれなかったのか。いや、せめて、せめて一人でもウマを手掛けた後だったならば……。
「おい」
ぐるぐると回りだした男の思考を、ゴールドシップの声が遮り――トレーナーは派手に吹っ飛んだ。
「がっ……!?」
思わず呻いて立ち上がろうとするも、動けない。
混乱する頭を必死で振って目を開けると、そこには倒れた自分を脚で押さえ込んでいるゴールドシップの姿が見えた。
「ゴルシ様のドロップキックだよー! なんだその目。光栄だろ?」
「何を……っ」
「貝だか海苔だか毛ガニだか知らないけどな、おめーの海産物頭にもわかるように言ってやる。ゴールドシップは、私だ。で、お前が見てるのは私じゃない」
「……」
「トレーナーがウマ娘見なくてどうすんだよ、アホ」
お互いの視線が、しばらくの間交差する。
どれくらい経ったか、力が抜けたようにトレーナーが息を吐いた。
「……アホにアホと言われちゃ、おしまいだな」
「蹴りが足りなかったかぁ?」
「凶器をちらつかせてんじゃねえ!」
どけどけ、と体を揺さぶってゴールドシップの脚をどけると、ようやく男は身を起こす。
「少しは気合が入ったかよ」
「まぁ、な」
「叩けば直る。ンッン~、名言だなこれは」
ニヤリと笑い、ゴールドシップは肩から前に垂れ下がっていた銀髪を背中へと払う。
ふわりと舞った白銀に、一瞬だけ芦毛の名馬の面影を垣間見て――男は首を振った。
ようやく、何かが心の中で落ち着いたような気分だった。
(ま、どうせまた思い出すんだろうが……)
その時はその時だ。
自分でも驚くほど切り替わった思考に、男は少しだけ苦笑する。
間違いなくそのきっかけは、
「うし、気は済んだし戻るか。そろそろマックイーンが消えたプリンに気づく頃だ」
当の本人は、知らぬ顔で退散を始めている。
その破天荒の影で、どれだけの人々の背中を押してきたのか、彼には知る由もなかったが……。
「なぁ、ゴールドシップ」
「あん?」
思わず声をかけたはいいが、気の利いたセリフは出てこなかった。
わざとらしく咳払いをしてから出てきたのは、月並みなソレだ。
「あー……まぁ、何だ。……ありがとよ」
「蹴られてお礼とか、お前……」
「さっさと出てけ!」
笑い声が遠ざかっていく。
それが聞こえなくなった頃、彼は改めて蹴られた扉を見やった。
そこにはくっきりと靴跡が残っており、あまり見栄えがよろしくない状態と言える。
「……まずは駿川さんに謝罪だな」
げんなりとしつつも、先程よりは随分と明るい表情で、新人トレーナーは修繕申請書を書き始めた。
デウスエクスゴルシ。
新人トレーナー君の心情としては、わかりやすく言うと、
「ウイニングポストで現代スタートの自家生産馬で天下取ったるで! ステータス閲覧ツールで選別もバッチリや!」
と思っていたら、なぜか史実馬がセリとかで沢山出てきて、「えぇ……」みたいになってたという感じです。
わかりやすくなくない?