トレーナーになれない新人トレーナー 作:おぶなむ
バックアップは忘れないようにしようね!
「――それで、スカーレット君にたっぷりと説教をされていたわけだ」
「ああ……」
疲れた表情で机に突っ伏す新人トレーナーを眺め、アグネスタキオンがくつくつと笑っている。
「まぁ、自分から謝ろうとした点は評価しよう。で、彼女のトレーナーに?」
「そこまで恥知らずじゃない。自分が相応しいと思ってないのは事実だしな。……ダイワスカーレットには、もっと真っ直ぐな奴が合ってるよ」
「ふぅン……」
組んだ両手の甲に顎を乗せながら、栗毛のウマ娘は目を細めた。
トレーナーがゴールドシップに蹴り飛ばされた、と風の噂に聞いてから多少の時間が経っている。
アグネスタキオンは当初、遂に彼が愛想を尽かされたかとも思ったが、そこからトレーナーらしい仕事をする彼を見かけるようになった。
と言って他のトレーナーのサポート要員ではあるが、何らかの変化が起こったことに違いはないだろう。
それが何であるかはともかく、自分の目で確かめてみるのも一興。そう考えてタキオンがこの部屋を訪れると、ダイワスカーレットに正座させられている彼の姿があった。
タキオンの姿を認めたスカーレットは慌ててその場を去ってしまったので、残った彼から事情聴取を行ったというわけだ。
それによれば、理事長やら秘書の駿川たづなに始まり、迷惑を掛けたと思っている皆に謝罪行脚をしていたという。
「理事長は、『僥倖!』なんて笑ってくれたけどな。今にして思えば、最初から俺の本心が分かってたのかもしれん」
「本心……ね。で、それが変わったとでも?」
「どうかな……。折り合いは多少付いたつもりだが、そう簡単に変わるもんじゃないだろ」
実際のところ、アレだけウジウジしていたのだと自覚させられた実績があるわけで、その上で『おれはしょうきにもどった!』ができるほど彼は図太くなかった。
一方で、『彼女らは馬ではなくウマ娘なのだ』とようやく飲み込めたことも事実だ。
そのきっかけが年下のウマ娘に蹴られたことだ、というのはまぁ、情けない話ではあるが……。
そんな内心を見透かしたわけでもないだろうが、アグネスタキオンは悪戯っぽく目を光らせた。
「ところで、私に合うトレーナーは誰だと思う?」
「……繊細な奴は無理だろう。桐生院さんみたいな優等生でもまぁ、厳しいだろうな。そもそも、お前は一人で完成しすぎなんだ」
「ふぅン。三度目の正直、としておこうか」
仏の顔で良かったね。
そう笑うタキオンに、トレーナーはバツが悪そうに顔を背ける。
と、彼女がコツコツと机を慣らした。
「なんだ?」
「おいおい君、客人に対してお茶も出さないのかい?」
「……お前らは本当に大物だよ」
大げさにため息をついて立ち上がると、彼は戸棚へと向かう。
お茶と言ってもティーバッグ程度だが、用意しながら不意にトレーナーは口を開いた。
「タキオン、お前脚は大丈夫なんだな」
「くくっ、今日は随分と直截に聞くじゃないか。まぁ、前に言ったとおりさ。夏には目処が付く予定だよ。……メイクデビューは、ま、年内には、というところだろうがね」
「別に、U18なら来年でも大丈夫なんだろう?」
トゥインクルシリーズは、全国のウマ娘の憧れの舞台というのは知っての通りで、そこにはいくつかのクラスが存在する。
U15、U18、U20……というように、メイクデビュー時の年齢で参加資格が分けられたものだ。各クラスで殿堂入りしたウマ娘が出場できるレジェンドクラス、というのもあったりするのだが、それは今は関係ないだろう。
学園には12歳から入学できるので、U15なら12歳から15歳のウマ娘が出場し、U18なら16から18……と、基本的にはその範囲内の年齢での争いとなるが、一応、下の年齢で上位クラスに挑むことは禁止されていない。
そういった、いわゆる格上挑戦は珍しくはあるものの、これまでに事例はいくつかある。
最たる例はシンボリルドルフで、本来ならU15クラスだった彼女はU20クラスにエントリーし、そこで無敗三冠を成し遂げた。『皇帝』の所以だ。
さておき、トレーナーが言いたいのは無理をする必要はないんじゃないか、ということで、要は怪我の心配である。
「シリーズ制覇だけを目指すなら、そうだろうね」
言外の心配を受け取りつつも、タキオンはそう答える。
「……まぁ、いいさ。
「気が早いね。クラシックにしてもまずは皐月だろう?」
「そこは心配しちゃいない。怪我さえしなけりゃ、だが。ただ、今の世代にはカフェがいるからな……何でかジャンポケはいないが、正念場は菊花賞と有馬だろう」
カフェ――マンハッタンカフェの名を聞き、タキオンの表情が若干変わったが、トレーナーは見逃している。
「距離の問題もあるし、菊花賞じゃなく秋天でもいいかもしれないが……ま、その辺は俺が口出しすることじゃないな」
話題を打ち切るように、トレーナーはタキオンの前にマグカップとはちみつを置いた。
対するタキオンは、トレーナーの顔を見たまま口をつけようとはしない。
「ティーバッグが嫌なら、お生憎だがそれしか無いぞ」
「……やれやれ。君、デリカシーは相変わらず底辺だね」
「何で罵倒されてんだ……?」
肩をすくめながら、彼女は見せつけるようにマグカップにはちみつを注ぐ。
「覚えておきたまえよ。これが私の分量だ」
「俺は召使いじゃないっての」
その言葉は無視して、タキオンは甘ったるい香りを放つそれを口元に運んだ。
しばらく、マグカップの立てる小さな音のみが響く。
「さて、そろそろ私も実験に戻るとしよう。これでメイクデビューに間に合いませんでした、では格好もつかない」
「マジで気をつけてくれよ」
「そう思うなら、模擬レースの一つでも見に来たらどうだい? 来週末だがね」
「……考えとく」
「おや、思ったより前向きな返答じゃないか。では、
愉快そうに口元を緩め、アグネスタキオンは去っていく。
その背中を見送ると、トレーナーは降参したように手を挙げた。
「……本当に年下かよ、あいつ」
理事長は全てを知っていた……?
これは本当の話なんですが、コメディのつもりで書き始めたんです。
信じてください! 何でもシマウマ!
U15とかは思いつきなんですが、まぁそれっぽい設定なんじゃないかと(自賛)。
トレーナー君が誰かのトレーナーになるとして、そうなったら一旦このシリーズは完結かなと思ってます。
タイトル詐欺になっちゃうからね。しょうがないね。