晴れのち曇り、ところどころにわか雨   作:にぼし一番

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青春活劇だよ()


9話:「絶対は」

 

 

 

レースに絶対は無い。

 

ウマ娘も、トレーナーも、観客も、その誰もが理解している当然の理だ。

だが、負けると思ってレースへ挑むウマ娘、レースへ送り出すトレーナー、自分が応援するウマ娘を見る観客は居ない。

誰もが勝ちたい、勝たせたい、勝った姿を見たいと信じ、熱く拳を握ってレースへと臨んでいる。

 

だからこそ―――トウカイテイオーは敗北を知る必要性があった。

 

「ハァー……ハァー……」

「いやはやいやはや、やはり私の脚を生かしきれるのは2000の芝までだねぇ」

「お疲れさま、テイオーにタキオン」

「そうとも、大いに疲れたよトレーナーくん?早く紅茶を淹れておくれよ」

「ああ、分かってるよ…だけど、その前に……テイオー」

「……ボク、負けた…?」

「ああ―――2着のスカイと3バ身差だな」

 

ターフに倒れ、息荒く、茫然とした様子で呟くトウカイテイオーにトレーナーは告げる。

チーム・ミモザ内でのレースを3回に渡って繰り返したその最終日。

3000m、2400m、そして今日の2000m。

菊花賞、日本ダービー、皐月賞の距離を短距離・マイル路線のニシノフラワーを除いた5名で行ったそれはトウカイテイオーに勝利を一つも譲らずに終わりを迎えていた。

想定菊花賞ではマンハッタンカフェ、想定日本ダービーではナリタタイシン、そして想定皐月賞はアグネスタキオンがそれぞれ1着を勝ち取っていた。

 

「はぁ…はぁ……私も勝てなかった、けどね……」

「スカイさんは、3000mで良い走りでしたけど、頭数が少なくコース自由度が高かったので楽に仕掛けれましたから……」

「アタシの場合、加速が2000だと短すぎて3000だと最高速から落ち始める……2200~2500までがアタシの追い込み的には丁度良い」

 

ニシノフラワーが配るドリンクのボトルを受け取りながらセイウンスカイたちがレースの感想を交わす。

トウカイテイオーはボトルを受け取る気力も無いのか、まだ茫然としてトレーナーを見上げている。

そして、搾りだすように出た言葉は、悲観に満ちているものだった。

 

「どうしてこんな酷いことするの…?」

「……」

「ボク分かったよ、4人全員が徹底的にボクをマークしてて、一瞬も気持ちいいレースが出来なかった……前にすら出れなかった!!」

「俺がそう指示したからだ」

「なんで……トレーナー!!ボクはトレーニングでだって、無敵で居たいのに!!!」

「それがこれからお前がクラシック3戦で戦う相手たちだからだ、テイオー」

「っ…!」

 

息を呑む音が聞こえる。

トウカイテイオーはまるで答えを求めるかのようにセイウンスカイを、かつてクラシックを戦ったタキオンらを見回す。

皆、そこに浮かべている表情はトウカイテイオーの疑念を肯定するかのような、真摯な眼差しだった。

 

「全ての競技に言えることだが、如何に相手の嫌な事を反則にならない限りやれるか。勝負はこれに尽きる」

「最後まで気持ちいいレースがしたいなら、私みたく逃げウマになったらいいんじゃない?」

「だけど貴女が今のまま勝つというのであれば、こうして封殺しようとしてくる相手もそれごと退けなければならない」

「今はまだアンタの才能のごり押しが効く相手としかレースしてないってこと」

 

トレーナー、セイウンスカイ、マンハッタンカフェ、ナリタタイシンが口々に続ける。

クラシックは、それこそダービーは、こんなものではない。

一生に一度しか訪れない、全国でクラシックに挑める年齢層のうち18名という狭き門を勝ち取ってきた強者たちが揃う。

『ダービーは最も運の良いウマが勝つ』と、あのシンボリルドルフにすら当て嵌められた言葉。

その通りだろう。

選りすぐりの運の良い数千分の18人のうち、たった一人しか名乗れない”ダービーウマ娘”。

それに成れたのなら死んでもいいというウマ娘や、トレーナーすら居る称号。

 

「テイオー……お前、”無敗”と”三冠”しか見て無いだろう」

「……」

「三冠は結果だ―――お前は”皐月賞””日本ダービー””菊花賞”というレースを”三冠”の一言で流してしまってるんだ」

 

トウカイテイオーが見上げるのは三冠と無敗という、天の頂である。

だがその結果、目の前のレースという足元を見て無いというのが全員の共通認識だった。

 

天に昇るイカロスは、その傲慢故に焼け尽され地に墜ちる。

 

トウカイテイオーは、無敗を志すが故に、イカロスの二の舞となりかねない傲慢さを備えかねなかった。

だからこそ、トレーナーはトウカイテイオーを見る。

 

「テイオー……俺の伝手で呼べる中で最強たちを呼んだ―――暫く挫折して貰うぞ」

 

その視線に、言葉に、何処か怯えたような色を見せるトウカイテイオー。

この行いの結果、彼女に嫌われても構わない。

だがトウカイテイオーを本当の意味で【強者】とするためならば、加減は出来ない。

その時、此方へとやってくるウマ娘とトレーナーの一団が視界に入る。

セイウンスカイらも聞いていなかったのだろう。若干の驚きが混じった、驚愕の視線をトレーナーに向けていた。

 

「トレーナー間の繋がりというのも面白いな。練習とはいえこうして中々対決する機会に恵まれなかった奴と走れるとは……だろう、オグリキャップ」

「ああ……あと、その、ブライアン……後で相談があるんだが……」

「……どうした?そんなモジモジと…」

「その…うまぴょいについてなんだが…

 

「「「ナリタブライアンに、オグリキャップ…!?」」」

 

トウカイテイオーとニシノフラワー、セイウンスカイの驚きの声が上がる。

アグネスタキオンらは「ほう」と、面白げに笑う余裕を見せながらも冷や汗を掻いていた。

名を呼ばれたからだろう。

同時に視線を向けられたトウカイテイオーは噛み殺したような悲鳴を小さく上げていた。

2名の【怪物】はトウカイテイオーを見下ろしている。

 

ナリタブライアンは、己の後に続く三冠バの資格があるか見極めるように。

オグリキャップは、己の叶わなかった舞台に挑むに値する力があるか確認するように。

 

トウカイテイオーは、怯えながらも強い意思で二人の怪物を睨み返していた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「いっけないんだーいけないんだー」

「スカイ」

「テイオーの奴、チーム辞めちゃうんじゃないのー?」

 

トレーナー寮の自室でセイウンスカイはそうトレーナーを揶揄うように笑っていた。

だが、そこにトウカイテイオーに対して蔑むような感情はない。

若干、やりすぎじゃないかという非難めいたものを交えているのは彼女もレースに出るウマ娘としての思い故だろう。

 

ゆらりゆらりと尻尾を揺らすセイウンスカイ。

トレーナーの手にはウマ娘用のブラシが握られており、ゆらりゆらりと揺れるセイウンスカイの尻尾のブラッシングの途中にそうして妨害するのは彼女なりの弄りだった。

 

「それなら、そこまでだったということだろう」

「……冷たいんだ?」

「お前とこの前喧嘩した時から感じてはいた」

 

トウカイテイオーというウマ娘は、レースという舞台に立つには精神性が幼すぎている。

そして、他者の存在を軽んじる気が若干あった。

セイウンスカイと喧嘩に発展したのも、その精神的な幼さがセイウンスカイの逆鱗に触れる程度には暴れ回った結果だった。

 

「あの子は天才だ。だからこそ、弱い自分が理解できない」

 

自分は強い。

そう信じるのは良いことだが、過剰過ぎてもいけない。

今のまま、自分の全てを出してなお捻り潰されるような強者と自身の夢が繋ったレースで戦い、負けたとしたら、彼女は容易く折れる。

 

「俺は憎まれてもいいが、あの子をそのまま成長させたくはないんだ……俺は、何時までも楽しそうに走るトウカイテイオーが見たい」

「……なに、惚れたの?」

 

セイウンスカイの尻尾が揺れるのが止まる。

それを好機とばかりにブラッシングを再開するトレーナーは「かもな」と続けた。

 

「あの子の走りは多くを魅了するだろう……だからこそ、輝かせたいって思うのは惚れてるって言えるのかもな」

「へぇ」

「言ってしまえば、輝いてくれるなら俺がトレーナーじゃなくてもいいんだよ」

「無責任だね、自分がスカウトしたのに」

「だろうな……だが、俺はウマ娘本人が一番幸せになる道を進んで欲しいと何時も思っているよ」

 

そこで、セイウンスカイの尻尾がトレーナーの手から離れる。

セイウンスカイがソファーから立ち上がったからだ。

そして、トレーナーの肩を掴むと、ウマ娘の筋力で以てトレーナーの肩を押していた。

ソファが鈍く軋む音が静かな部屋に響き渡る。

 

「ス、カイ……?」

「ねぇトレーナー、聞いていいかな」

 

押し倒されたトレーナーの上にウマ乗りになり、セイウンスカイは小さく口を開く。

セイウンスカイの表情は俯いていて伺えない。

トレーナーの胸を掻き毟るかのように、トレーナーの着るシャツを握りしめていくその握力の強さが増していく。

セイウンスカイは小さく、問いかけた。

 

 

「―――君の愛バは、まだ私だよね?」

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

「ああああああああああああああああ―――!!!」

 

芝2000m右回り。

その第四コーナーを回ってトウカイテイオーは叫び声を上げるように力を振り絞っている。

既に何度叩き潰されたか、トウカイテイオーは分からなかった。

ナリタブライアンに、オグリキャップに、アグネスタキオンに、ナリタタイシンに、マンハッタンカフェに、セイウンスカイに。

既に己の中に三冠という言葉なぞ残っていない。レースのトレーニングという前提は消えている。

あるのは”勝ちたい”という餓えにも近い感情だった。

 

「絶対は…!」

 

息が切れる。

心臓はもうしっかりと鼓動しているか分からないほど鼓動している。

足は棒になって、一歩が、ゴールが遠く感じるほど重い。

もうすぐ皐月賞だというのにこんなに苦しい思いをして走っている事に、きっと誰かはバカにするだろう。

泥と汗に塗れ、トウカイテイオーというウマ娘が理想と感じる無敵のウマ娘という言葉の爽やかさの欠片も無い……それでも。

 

「絶対は!!」

 

オグリキャップに、ナリタブライアンに追いすがる。

後ろからマンハッタンカフェが、ナリタタイシンが追い上がってきている。

アグネスタキオンを躱し、さらに加速するトウカイテイオーが鼻先をオグリキャップとナリタブライアンの間にねじ込ませ、弾き返す。

振り返ってトウカイテイオーを確認した途端、引き攣ったような表情を浮かべる、先頭を行くセイウンスカイをトウカイテイオーが捉えた。

 

「絶対はぁっ!!!」

 

セイウンスカイと並ぶ。

セイウンスカイの表情は、何処か絶望感があった。

だが、トウカイテイオーはそれを気にする余裕なぞなく。

 

「待っ―――」

「ボクだぁぁあぁああああああああああ!!!!!」

 

そんな、縋るような声を聴いたような気がして、トウカイテイオーはゴール板を最初に駆け抜けていった。

後に、泣きそうなセイウンスカイを残して、トウカイテイオーは”完成”した。

 

 

 




究極テイオーステップLV1→絶対は、ボクだLV5
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