晴れのち曇り、ところどころにわか雨   作:にぼし一番

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11話:夢である様に

 

 

『キミ!良い脚持ってるじゃないか!進路は決めているのかい?』

 

これは呪いだ。

 

『僕はトレセン学園でトレーナーをしている―――といってね、こうしてスカウト中って訳さ』

 

本物の”甘い毒”を知る前の彼女にとって、こんなことでも甘い毒に感じる言葉だったのだ。

 

『キミがトレセン学園に来るなら、僕がスカウトするよ―――約束だ』

 

ああ、そういえば―――

 

 

『なんと、キング家の令嬢が!?素晴らしい血筋じゃないか…!』

『バ体も良い、同期では彼女が最高の素体だ…!』

『僕に相応しいのは、彼女だ……絶対にスカウトしてみせる!!』

 

 

―――アイツは、私の名前を聞かなかったな。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「―――どうしたのかな、君は…新入生だよね」

 

―――雨が降っていた。

夕方を過ぎたトレセン学園の校門前には、男と雨に濡れた少女を除いて既に人は居ない。

男は己が差していた傘を少女の上に翳す。

体が資本のウマ娘を濡らし続けるのはトレーナーとして、己の職業に誇れない事態であった。

 

「……私は、期待しちゃいけないんだろうね」

 

少女が口を開き、先ずその言葉を紡ぎだしていた。

雨によって、本来はふわりと柔らかそうな前髪が彼女の目元を隠すように降りている。

彼女の顔を伝う水気は、雨なのかそれ以外なのかは判断できなかった。

 

「知ってたのに……諦めてしまえば全て楽になるって分かってたのに、”期待”してトレセン学園なんかに来ちゃったんだ」

 

男は少女の話す意味が分からない。

それは彼女しか知らない彼女の独白であり、過去の回想であり、彼女の物語だ。

その物語が告げているのが、今こうして濡れ鼠となった彼女だとしたら、とんだ悲劇だった。

男は、彼女の声色に薄ら寒いものが混じっているのに気づいていた。

放っておけば、このまま消えてしまうような、そんな暗さがある。

ゆらりと、彼女の瞳が髪の間から覗き、男を捉えた。

 

「……君は、トレーナー?」

「……今年から一人前、とは言えないかもしれないけど、独立したトレーナーだ」

「へぇー……」

 

その瞬間だった。

傘が跳ね落ち、地面を転がる。

少女が、男の胸倉を掴んで顔を引き寄せていた。

男が尻餅を突くように地面へと腰を落とし、少女はそれに覆いかぶさるような体勢になる。

ウマ娘としてのパワーを加減できていないのだろう、男の首がシャツで絞まるように括られていた。

少女の目に正気は無く、衝動のままに動き出す獣のような色がある。

額と額がぶつかり、鈍い音が互いの脳裏にまで響く。

 

「トレーナー、トレーナートレーナートレーナぁ?!何がトレーナーだよ、夢見せるだけ見せて終わらせるような奴ばっかりの癖に!!!」

「ぐっ、が…ぁ…!」

「ウマ娘が、レースで勝てないまま消えてく割合は知ってるだろ!?7割以上が、夢見るだけ見て消えてくんだ!お前らトレーナーに見せられて!!」

 

少女が男に対して行う暴力は、正しく八つ当たりだ。

少女は夢を見ることを諦め切れず、トレーナーと名乗った名前すら知らない男の言葉を信じ学園へ進学した。

 

そして、その声掛けてきたトレーナーは終ぞ少女の前へ現れなかった。

今では、雨によってずぶ濡れになるまで待ち惚けた己を心配し、声をかけた男の首を衝動のまま、こうして絞めている。

少女は自嘲するように笑うしかなかった。

 

「トレーナーなんでしょお前……こうして八つ当たりされて、理不尽にさらされて、言いたいことあるでしょ?」

 

少女は言葉を待つように少しだけ力を抜く。

さぁ何が出る。罵倒か?それとも批難か、命の危機を知らせる叫びか。

少女は己の今後がどうなろうと、どうでもよかった。

もう待つのも、期待するのも、追いかけるのも嫌なのだから、ここでまともな人生が終わっても―――。

 

「―――ごめんな、大人の勝手に振り回されて」

「――――――。」

 

―――終わっても、いいのに。

そう思っていた少女の瞳から流れる涙を男が指で拭い、謝罪の言葉を出していた。

 

少女は子供だ。

誰かに必要とされたいと待ちかね、夢を見たいと諦めれない子供。

そんな繊細な少女を、こうして追い込んでいったこれまでの全てが、男のそんな謝罪で軽くなるのを少女は感じていた。

何故だ、と少女は思う。

そんな一言で何故、こうして心が少し救われたと思ってしまうんだろうと、少女は答えを求めるように男を見る。

 

「ごめん、ごめんな……色々と辛かったんだな」

 

そこで、気づいた。

男は、少女を見ていた。

視覚的な意味でではなく、ちゃんと少女の心の内側を汲み取るように向き合っているのだと、少女が気づく。

ウマ娘は、ヒトを心で感じる事がある。

それは、ウマという、ウマ娘に力を継承している大元がそうなのか、未だに真実か分かっていない事だが、少女には今、正しく真実であった。

 

目の前の男は、今まで誰にも求められなかった少女を、心から思いやっていた。

 

その事実を認識した途端、少女はゾクゾクとした衝動に全身を貫かれる。

少女の母親ですら消せなかった少女の孤独感を、飢えを、満たしてくれる存在が目の前に居るという事実に少女は叫び声を漏れ出さぬよう耐える。

少女は、いや”女”は決して悟らせぬようその衝動を耐え、男を見た。

 

「大丈夫だ、君はこの学園できっと幸せになれる。友達に恵まれて、夢を持てて、叶えるための努力を楽しめる、そんな生活が出来るはずだ」

 

決して、特別顔立ちが良いというわけではない。

ただ、慈しみを感じる優し気な風貌は、誰もが安心感を覚える柔らかさがあり、一言で言えば、”無害そうな男”。

 

―――何が無害だ、猛毒じゃないか。

 

少女は己の内でそう評した己を哂っていた。

 

「……ねぇ、そんな事言うんなら責任感はあるんだよね?私が幸せになれるって、思っているんだったら」

 

少女は男に問いかける。

雨は止み、薄く光が差し込み始めている。

だが、そんな空とは違い、少女の心は未だに荒れ狂う衝動に満たされたままで。

 

「――――私を君の愛バにしてよ」

 

己と男を結ぶ、呪いを口に出していた。

それが少女、セイウンスカイとそのトレーナーの出会いであった。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「……ッ」

 

目が醒める。

懐かしい夢を見たと、セイウンスカイは荒れた髪をくしゃりと握り、体を起こす。

張り付いたような倦怠感が全身に広がっていた。

 

「……アハッ」

 

その倦怠感を抱きしめるように、セイウンスカイは己の肩を抱き、目を瞑る。

許されないことをしてしまった罪悪感と、幸福が競り合う感覚。

それをまた味わいたいがために、セイウンスカイは隣に眠るトレーナーの頭を抱くようにまたベッドに転がっていた。

 

「あぁ、痣になっちゃってる…」

 

トレーナーの首元に昨夜、セイウンスカイが噛みついてしまった痕がチラリと見える。

たかだか尻尾をブラッシングしただけなのだが、少し気分がノってしまった己の過ちだ。

まぁ最も、此方をこっそりと尾行していたトウカイテイオーに見せつけるため、向かい合って抱きつきながらのブラッシングだったのだから仕方がないことだ。

そう己を納得させ、だがしかしと、セイウンスカイはトレーナーを見た。

 

「君は、本当に私たちを大事にしてくれるんだね?」

 

セイウンスカイは言ってはなんだが、手を出されても仕方がない程度にははしたないことをしていたのは理解していた。

セイウンスカイはもう16歳になっており、法律上は結婚することも可能な年齢だった。

そんな年頃の娘が、若さ溢れる男に抱き着き、一晩を泊まって過ごすなんて普通はあり得ないだろう。

まさか”ソッチ”の趣味なのか、とも疑った事が過去にはあるが、セイウンスカイは抱き着いたりしているとトレーナーの焦りを肌で感じていたから違うと判断している。

 

「私はそんなに肉付きは良くはないけど…」

 

ふにりと、セイウンスカイは指に柔らかく吸い付く己の肌を撫でる。

セイウンスカイは未だ眠るトレーナーの手を掴み、ゆっくりと己の着るシャツの下、自身の腹部を撫でさせた。

セイウンスカイたちのトレーニング器具の用意やメニューなどを考える為に酷使される指はザラついている。

セイウンスカイはトレーナーの手を己の胸へと添え、胸の鼓動を伝えるように抱きしめた。

 

「私の獲るレースのタイトルも、栄誉も、この体だって、全部あげる……他のオンナに目移りしたっていいから……」

 

早打つ心臓の熱を伝えるように。

セイウンスカイはそのまま、至近距離にあるトレーナーの顔を見る。

”セイウンスカイを依存させた男”と言うと身勝手すぎるが、それくらいは許してほしいと思いながら。

 

「だから、キミの愛バの称号だけは、取らないで……ね、トレーナー……」

 

首元に顔を埋める。

昨日の噛み後に浅く唇を落とし、その幸せのまま微睡に身を委ねる。

夢から覚めなければいいのにと、夢の中で二人っきりだったその時間をセイウンスカイは思いながら。

セイウンスカイは、起きたまま夢を見る時間を未来に望んで、また二人っきりの夢を見た。

 

 

 




誓ってうまぴょいはやっておりません!by黒岩トレーナー
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