《セイウンスカイ!セイウンスカイが更なる加速を開始!昨年の2冠ウマ娘が後続を引き剥がす!この天皇賞・春の長距離で何処にそんなスタミナが残っているのか!?》
天皇賞・春、3200m。
その最終直線で更なる加速をするセイウンスカイの口元には笑みが浮かんでいる。
一言で言えば、調子がとても良かった。これに尽きるだろう。
セイウンスカイは、後ろから追いすがるスペシャルウィークをチラリと見て、己とスペシャルウィークの違いを感じていた。
「(スペちゃん……グラスが消えて、スズカさんがアメリカに渡ってから本調子じゃないよね)」
セイウンスカイは苦し気な顔を見せるスペシャルウィークに思わず同情する。
彼女のチームメンバーも、トレーナーも手を尽くしたのだろうがそう簡単に失った事の衝撃は晴れるものではない。
セイウンスカイ自身がそうなのだから、彼女の苦しみは十分に理解できた。
だからと言って、手を抜く理由は存在しない。
それは、全てのウマ娘に申し訳が立たなくなる行いだ。
「(それに、私だって、負けれない理由がある…!!)」
「スカイ―――!!!」
最終直線のゴール板の傍、並んで此方を応援するチーム・ミモザ。
トレーナーが張り上げた声がセイウンスカイの耳に届く。
必死に声を張り上げているその姿に、セイウンスカイは愛おしさが沸き上がる。
トレーナーの胸に飛び込む気持ちでゴールを目指せば、重くなりはじめた足が急に軽くなった気がした。
セイウンスカイには栄誉が、トレーナーに捧げるそれが必要だった。
「(私に才能なんて無い―――開かせたのはトレーナーだ)」
トウカイテイオーという逸材が暴れる事になった今年のクラシック路線。
皐月賞での圧倒的な強者の走りでの勝利はトウカイテイオーへの賛辞を呼び込んでいたが、その陰にはトレーナーに対しての悪態もあった。
『昨年に続いてウマ娘の才能だけでレースを荒らした傭兵雇いのトレーナー』
それが、セイウンスカイのトレーナーの活躍を面白く思わない者たちが流布する話。
実に面白くない言葉だ。
セイウンスカイはそう思っていたが、周囲からすれば”BNW”ナリタタイシン、”漆黒の摩天楼”マンハッタンカフェ、”超高速のプリンセス”アグネスタキオンを引き抜いたように見えるチーム結成だ。
”チーム・ミモザは傭兵集団”というのは、何も知らない者の目線では正しい事実だろう。
だからとて、セイウンスカイはその評価を認める気は無かった。
セイウンスカイのトレーナーが1から育て上げた自身を、才能なんていう一言で否定される謂れは無い。
トウカイテイオーは皐月で魅せた。
ニシノフラワーはジュニアで芽吹いた。
二冠で足らぬのならば、セイウンスカイは春の盾を彼を認めぬ者たちに突き付けてやるしかない。
「(だから、テイオー…私は君を排除する気は無いんだ)」
数日前に見せつけてやったせいか、何処か調子を崩したように此方を見るトウカイテイオーへと視線を投げる。
視線が合ったことに気づいたのか、不安げな顔をしてトレーナーのシャツの背中を摘まむように小さく掴んでいた。
「(君は最強無敵で良い。栄誉を総なめにして、私のトレーナーに誰も文句を言えないように出来る逸材だよ)」
―――ただ、トレーナーの愛バは絶対に譲らない…それは誰に対してもだ。
アグネスタキオンの己の足への諦めを否定し、マンハッタンカフェの周囲を沈黙させるかのような内なる狂気を諫め、ナリタタイシンの全てを刺し貫くような拒絶を解いたトレーナー。
ああそうだ。
きっと己と同じような現象が彼女たちにも起こっているのだろう。
アグネスタキオンはトレーナーのことを茶化す以外ではモルモット扱いにせず、助手としてトレーナーを扱う。
マンハッタンカフェはアグネスタキオンとの繋がりからなのか分からないが、チームでは一番と言えるほど妙にトレーナーに懐いている。
ナリタタイシンはビワハヤヒデやウィニングチケット以外に心を開いている相手はトレーナーだけなのか、何処となく執着が見えた。
その気持ちを分かってしまうからこそ、セイウンスカイは彼女らを否定しない余裕を持つ事が今は出来た。
後は、他の子がどう考えるか…それだけだろう。
《ゴォォォォールッ!!春の栄冠を手にしたのは、セイウンスカイ!セイウンスカイだ!!2着にはスペシャルウィーク、3着は―――》
セイウンスカイがゴール板を駆け抜ける。
歓声が爆発し、トレーナーは歓喜の衝動のまま、ニシノフラワーをライ○ンキ○グのワンシーンのように持ち上げていた。
歓喜と祝福の声が響き渡るその中で――喜びを分かち合うように騒ぐミモザの一団を離れたスタンド中腹から見下ろす影があった。
「―――なるほどねぇ、あれらがあのクソガキの番候補か」
女はウマ娘であった。
身長は低く、艶やかな青鹿毛をセミロングにして、雑に括って横に流している。
何処か幼げな印象を遠目からは感じるが、きっと彼女の瞳を覗けばそれは間違いと知るだろう。
金色が爛々と輝き放つ瞳は彼女が浮かべる狂相と相まって、満月めいた魔を感じさせた。
「貧相な葦毛が一人、肌色悪いのが一人、チビが一人……まともな体格してんのがカフェに今年の皐月ウマくらいか」
値踏みするように目を細め、口元に笑みを浮かべる女。
包装を外したニンジンキャンディーを口に咥え、転がす。
そして思い返したようにくつくつと笑いながら、一人呟いた。
「いや、オレも貧相だ肌色悪いだのなんだの罵倒できる体じゃないか……ただまぁ―――」
音を立てて飴を噛み砕き、棒を吐き捨てる。
最後の言葉は歓声に阻まれ、掻き消える。
女はそこに居た証をまるで残さないように、消えていた。
◆
「はぁぁぁぁああああああああああああああ!?」
天皇賞春の翌日。
チーム・ミモザの部室はとんでもない叫び声が響いていた。
声が混じりすぎて最早誰が叫んだか分からない程度には混乱の渦が今、ミモザへ広がっている。
その騒動を引き起こす報告をしたウマ娘、マンハッタンカフェは全員に詰め寄られており、耳は怯えるように折り畳まれていた。
「本当かいカフェいや君が嘘を言う必要も無いし嘘を付くウマ娘でも無いのは知っているんだがいや待ってくれじゃあプランCはどうすればいいんだカフェ!!?」
「あう、あう、あう、あう…!」
アグネスタキオンがマンハッタンカフェの胸倉を掴み、揺さぶりながらマシンガントークを止めない。
恐らく1番冷静だろう彼女が一番冷静でないという事がミモザ全員の衝撃を物語っていた。
アグネスタキオンはその勢いのまま、声を上げた。
「トレーナー君がお見合いするっていうのは!!?」
「苦し、く…」
「た、タキオンさん!締まってます!締まってますぅ!!?」
顔色が悪くなり始めたマンハッタンカフェを助けるため、ニシノフラワーがアグネスタキオンへと抱き着く。
彼女の悲痛な献身が多少の冷静さを全員に齎したのか、全員が一息ついていた。
「……で、なんでそれをカフェが知ってんの」
ニシノフラワーが淹れたお茶で喉を潤し、ナリタタイシンが代表するようにマンハッタンカフェ尋ねる。
マンハッタンカフェは小さく「それは…」と呟き、目線を逃げるように逸らした。
「何を隠してるんだいカフェ?」
「隠してるわけでは…」
「キミがそうやって視線を逸らすのは何か大きな隠し事がバレそうな時の癖なのだよ」
「それともあれか、自白剤が必要かな?」と言って蛍光色に光る薬液の入った注射器を取り出すアグネスタキオン。
セイウンスカイとナリタタイシンは揃ってマンハッタンカフェの腕を掴む。
暴れるマンハッタンカフェだったが、何気にナリタタイシンの筋力はミモザ随一である。
暫くして諦めたのか、項垂れながらその口を開いていた。
「……なんです」
「なんだって?小さすぎて聞こえないよカフェ」
「―――さんなんです…」
「「「……えっ?」」」
「――――トレーナーさんは、兄さんなんです…」
沈黙。
話を聞いていた全員が全員、首を傾げる。
にいさん、ニイサン、兄さん。
その単語を理解するのにカップラーメンが出来上がる程度の時間をかけた後、トウカイテイオーが口を開いた。
「……トレーナーがお兄ちゃん?ライスシャワーとそのトレーナーみたいな関係じゃなく?」
「……血の繋がった兄妹です…」
その瞬間、悲鳴のような混乱の声が立ち上がっていた。
何事かと確認するかのように、隣のチーム部室であるカノープス所属のツインターボとマチカネタンホイザがこっそりと覗き込んでいるが、それに払う注意力も無い。
今度はセイウンスカイがマンハッタンカフェに掴みかかり、上下左右に揺さぶる。
収拾がつかないと感じたのだろう、恐らく一番冷静だろうニシノフラワーが恐る恐ると手を上げていた。
「えっと、そのカフェさんとトレーナーさんってそんなに兄妹感を出していませんというか……」
「げほっげほ……に、兄さんは父さん似で、私は母さん似で分かれてます……それと、隠してたのは、兄妹となれば……ね?」
「ああ、なるほど。身内のコネだなんだのつまらない噂が立つからね……」
忌々しそうにナリタタイシンが吐き捨てた。
ただでさえ妙に目をつけられているミモザは、ちょっとしたことで批判が集まりかねない脆さがある。
ともあれ、一先ずの混乱が過ぎ去ったチーム・ミモザの部室内。
冷めてしまったお茶を新しく淹れに行ったニシノフラワーを残った5名が見送り、なんともなしにアグネスタキオンが口を開いていた。
「ウマ娘はウマ娘からしか産まれないというが、かなり確率の低いウマ娘がヒトを産む事例が目の前にあったとは……」
「タキオンさんがこうだから言わなかったんです…」
話は終わりです、と言わんばかりにそっぽを向くマンハッタンカフェ。
アグネスタキオンは「えー!」と声を上げると、猫撫で声でマンハッタンカフェにしな垂れかかっていた。
「頼むよカフェ~やっぱりキミの詳細なデータを取らせてくれたまえ!トレーナー君のデータはもう取っているんだが取った時はただの成人男性のものと思っていたんだよー!同一母体のヒトとウマ娘の違いなんて世界でも類を見ないんだよぉ~!」
「だから、それが嫌だと……!」
「で、では君のご両親の許可が出たらどうなんだい!?それでもダメか!?」
「え゛っ」
「……ん?」
ひっつき虫のようになっていたアグネスタキオンの言葉を聞いてマンハッタンカフェが凄い声を出していた。
それに疑問を感じたのか、はたまた聞いたことない声色に興味をそそられたのか、アグネスタキオンは興味のままに顔を寄せる。
「どうしたんだいカフェ、そんな目をしてぇ?」
「いえ…あの…その……」
「まさか私がキミとトレーナー君のご両親に仇名すとでも思っているのかな?流石の私でもその心配は無用だよ」
「い、いえ、心配してるのはどちらかと言えば貴女の事で……」
「………ん?」
どういうことだと言わんばかりに目をぱちくりとさせるアグネスタキオン。
マンハッタンカフェは先ほどの比ではないほど目を逸らしており、また顔は汗を掻いていた。
その尋常ではない様子にセイウンスカイらも二人に思わず注視していた。
「カフェ、私が心配ってどういうことかな?……そういえば、君のご両親の話は聞いたことが無いねぇ」
「……知りたいですか?」
「トレーナー君の両親でもあるなら、この部室に居る子はまぁ全員知りたいと思うがねぇ」
そういって視線を周囲に向ければ、妙に距離が近いナリタタイシン、トウカイテイオー、セイウンスカイの3名。
あわあわとしているが興味はあるのか、耳はピンと立っているニシノフラワーの姿を見てマンハッタンカフェは諦めたのか、一つ前置きを置いた。
「引かないで下さいね」と。
その瞬間だった。
「よーう、クソジャリどもぉ!元気にしてっかー?」
荒々しくドアが開き、そんな粗暴な挨拶と共に一人のウマ娘が入ってくる。
トレセン学園所属のウマ娘には見えぬそのウマ娘は小脇にトレーナーを抱えており、思わずセイウンスカイが飛び掛かろうとしたが、そのウマ娘の顔を見て止まっていた。
それは、マンハッタンカフェを除く全員がそうだろう。
「……ん?なんだなんだ、このスーパースター”サンデーサイレンス”様の顔を知らねえってかぁー?」
サンデーサイレンスと名乗ったウマ娘は、マンハッタンカフェと瓜二つだったのだから。