「死ね、る、か……こんな、とこ、で……」
―――そこは地獄のような光景だった。
1台の黄色のスクールバスが畦道に突っ込むように横転している。
タイヤのホイールが空転する音が響く中で、言葉として聞こえる音はただ一人の声だけだった。
運転手だろう男は、胸を押さえたような姿で運転席から放り出されるように事切れている。
そしてその周囲には折り重なるように、幼いウマ娘たちが血塗れで、まるで子供が分解したレゴ・ブロックの人形のように息絶え、転がっていた。
「死ねるか……死ねる、かぁ……!」
己が流した血か、事切れたウマ娘たちの血か、それすらも判別できぬほど赤に濡れたウマ娘の少女が這いずっている。
少女はただ一人、助かっていた。だが、今まさに命の灯が消えかねないサマを晒している。
それを拒むように、うわ言のように少女は「死ねるか」と言い続けていた。
「アタシは……”オレ”はッ!まだ何も―――!!」
少女の脳裏には、走マ燈のように短い己の人生がフラッシュバックしている。
身体つきが悪く醜いと蔑まれ、死んだ後に花束が似合うと嗤われ、病気で死にかけた際には医者が「どうせ助からないのに長時間の治療?いい加減にしろ、俺は腹が減ったんだ」と治療を放棄された人生。
クソのような人生と誰もが笑うソレが、少女の全てなのだと見せつけられる。
仮にそれを少女の運命とでも言うのならば―――少女は運命にすら噛みついてやるのだろう。
「生きて…生き残って……見返してやる……」
少女の中にあるのは怒りだけだ。
この国への、周囲への、レースへの、弱い己への怒り。
誰にも求められぬ少女は怒りのまま、その日、運命へと反逆していた。
「世界に、サンデーサイレンスを見せつけてやる―――!!!」
◆
チーム・ミモザはまさに日曜日の教会で行われるミサの如く沈黙していた。
原因はただ一つ、乱雑に気を失ったトレーナーをソファーに放り投げ、その横に腰を深く落として座り込んだウマ娘の存在だった。
サンデーサイレンス。
アメリカにおけるウマ娘レース競技においてG1を6勝、その競技人生において14戦9勝、連帯率100%という結果を残した、まさしく生ける伝説。
レースから引退後、日本へと渡ったという情報を残して表に出てこなかったその存在が今、ミモザの部室に沈黙をもたらしていた。
「どうしたどうした、ジジイの葬式みたいなツラをして」
「お、お母さん、どうしてここに?」
恐る恐ると、マンハッタンカフェはまるで爆弾を解除するかのような慎重さで問いかける。
母娘の会話の仕方ではないと、多くが感じながら見守っているとサンデーサイレンスは「ああ」と返事を返した。
「どうしたもこうしたも、このアホに見合い持ってきてやったら抵抗しやがってな」
「だからこうさ」と、トレーナーを見ながらそう言い、鶏を〆るかのような手の動きを見せる。
マンハッタンカフェの瞳孔が細まり、攻撃的なものへと一瞬変わったが、直ぐにそれは収まる。
それを面白そうに見ながらサンデーサイレンスは周囲を見渡した。
『………ッ』
アグネスタキオンも、ナリタタイシンも、トウカイテイオーも、そしてセイウンスカイも。
まるで怨敵を見るかのような目でサンデーサイレンスを見ている。
その”懐かしさ”に思わず笑みが深くなる。
現役時代、罵倒と批難、侮蔑と共に育ち、駆け上がった時に向けられた目。
サンデーサイレンスは、己の所業を知ってなお、こうして睨みつけれる度胸があるのならば一先ずは”合格”だと思いながら茶を啜り、口を開いた。
「……この茶美味いな!ニシノちゃん、ウチの息子の嫁にならねぇか?!」
「ぴぇ!?」
「「「「「ちょっと待て!!!」」」」」
コソコソと給仕に徹していたニシノフラワーを軽く持ち上げてそう問いかけるサンデーサイレンス。
顔だちはマンハッタンカフェとほぼほぼ同じなのだが、首元から覗く刺青とエアシャカールも可愛く思える目つきによって恐怖度が何倍にも膨れ上がってるためかニシノフラワーは涙目だった。むしろ彼女の年齢を思えば泣き出さないだけ芯が強いのかも知れない。
しかし、そんな会話をされて黙っているミモザの面々ではない。
(何故か実妹のマンハッタンカフェ含め)全員で声を張り上げると、サンデーサイレンスは面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。
「なんだ、カフェまで」
「なんだじゃないです母さん!!」
「フラワーはまだ年齢的には小学生だぞ!!?」
「まだお赤飯来てないんだからね?!」
「というかトレーナー君は幼児性愛好家じゃないだろう!?」
「勝手にトレーナーのお嫁さん決めないでよー!!」
マンハッタンカフェ、セイウンスカイ、ナリタタイシン、アグネスタキオン、トウカイテイオーの順に声を張り上げる。
色々とバラされたり言われたりしているニシノフラワーはサンデーサイレンスの膝に上に乗せられるとぐりぐりと撫でられつつ、顔を赤くして俯いていた。
サンデーサイレンスは小さくため息を吐くと、笑った。
「なんで”アレ”の事情を考慮しなきゃなんねぇんだ?」
さも当然のように、トレーナーを親指で示し、そう言う。
その、余りにも当然という態度に絶句するミモザの面々はサンデーサイレンスの言葉を待つしかなかった。
サンデーサイレンスは独白のように、一人口を開いていた。
「オレは生まれつき足が曲がっててな、現役中は鍛え抜いてカバーしたがぶっ壊れた結果、骨盤にも歪みが出てる―――母親としての体は2人が限界だった」
笑うサンデーサイレンスは己の足を撫でる。
そしてそのまま、未だに気を失ったままのトレーナーの頬を愛おし気に撫でるとまた笑った。
「一人目の子供が―――コイツが男と知った時、神は居ると思ったもんだ……オレの血を分けた男なんて、”使う”に限るだろ?」
「アンタ、何を言って…!?」
「―――ウマ娘に名門という言葉があるように、優駿の一族は代々受け継いだ”血”を持っている」
ナリタタイシンの困惑の声を遮り続けるサンデーサイレンス。
その一言で既に察したのだろう、アグネスタキオンは狂人を見る目と、若干の知的好奇心を隠し切れない目を合わせてサンデーサイレンスを見ていた。
「ならよ……米国G1勝利数6勝の血を半分引いた男と、それらの名門たる血を合わせりゃ―――すげぇのが産まれると思わねぇか?」
サンデーサイレンスに抱き抱えられているニシノフラワーは、その言葉を聞いた瞬間に目に見えるほど震えだしていた。
サンデーサイレンスの目に映るのはウマ娘という個人ではない。
己を繁殖のための母体として見ていると、幼いながら理解し、その悍ましさに理解を拒んだ拒否反応のようなものが起こした震えだった。
「だから」と、サンデーサイレンスはマンハッタンカフェをゆっくりと指さす。
マンハッタンカフェは目に見えて怯えており、ナリタタイシンが彼女を庇うように前へと出て、その背をアグネスタキオンが支えていた。
「カフェにもそのうち、”良い縁”を探してやるさ」
「い、や…嫌……!」
「何が嫌だ―――実の兄を想うよかよっぽど健全だろ?」
「――――ッ!」
サンデーサイレンスはニシノフラワーを離し、立ち上がる。
一歩一歩、マンハッタンカフェへと歩を詰めるとナリタタイシンは呻るように喉を鳴らし、低く構えた。
ナリタタイシンの行動を見たサンデーサイレンスは「へぇ」と、また面白そうに笑った。
「どうしたどうした、カフェを守ろうってか?せっかくライバルが減るんだぞ?」
「ふっざけんな!自分の子供を駒みたいに扱うようなアンタがトレーナーとカフェの母親なんて誰が信じる!?」
「オイオイオイ……家庭の問題に口出せるほどトレセン学園の生徒ってのは偉いのか?」
「家庭の事情なんか知るか!……アタシたちは、どんなに競いあっても”チーム”っていうのを忘れたことは無い!仲間を守れなきゃトレーナーに胸を張れないんだよ!!」
そう叫ぶナリタタイシンに苛立つように、サンデーサイレンスは大きくため息を吐いた。
その瞬間、サンデーサイレンスから放たれ、膨れ上がる殺気は彼女たちが理解できる範疇になく、気づけば足は生まれた小鹿のように震えている。
セイウンスカイは、気を失うことも許されないニシノフラワーを守るように抱きしめ、トウカイテイオーはその二人を庇うように身構える。
アグネスタキオンは袖に隠した鎮静剤を打ち出す吹き矢を抜けるように身構えており、怯えていたマンハッタンカフェはそれに後押しされるかのようにサンデーサイレンスを睨み返していた。
それを見たサンデーサイレンスは口元を大きく歪め―――腹を抱えて笑い出していた。
「ぷっ…クッ……あ、もうダメ……あっはははははははははははは!!!?」
地面を転がり、笑い転げるサンデーサイレンス。
その様子に困惑の表情を浮かべ、ミモザの面々は顔を見合わす。
サンデーサイレンスは数分ほど笑い転げた後、ようやく満足したのか地面に胡坐を掻きながら目元に浮かんだ涙を拭っていた。
「あー、笑った笑った……!……さてと」
「……ッ」
面白そうに、何処か嬉しそうに。
ミモザの面々を見渡してはサンデーサイレンスは何かを納得するように頷く。
それが何を意味するのかが分からぬセイウンスカイたちは警戒を解くことなく、その行動を見守るに徹していた。
「うーん……合格、合格、合格、合格、合格だけど法律上ダメ、もうちょっと大きくなってから」
セイウンスカイ、ナリタタイシン、アグネスタキオン、トウカイテイオー、マンハッタンカフェ、ニシノフラワーの順に指さしてそう告げる。
その唐突な言葉に意味が分からないと言わんばかりに顔を見合わせる。
だが一部は察したのか、少しだけ困惑したようにサンデーサイレンスを見ていた。
「いいじゃないか……息子も娘も、愛されてるようで何よりだ」
「お、母さん…?」
マンハッタンカフェは困惑する。
マンハッタンカフェの知る母という存在は、何処か底が見えない、というのが本音だった。
父にだけは素を見せているらしいが、そんな可愛げのあるところなんて見た事はない。
そんな母がいま、自分が手に出来なかったものを見るような、何処か羨まし気な目でマンハッタンカフェを見ている。
その困惑が解けぬまま、サンデーサイレンスは最後に未だに気を失ったままのトレーナーの頬を撫でると、立ち上がっていた。
「うっし、んじゃ帰るわ」
「え、えっと……?」
「いやぁ、試すような事して悪かったな!……アホ息子とカフェに好意を向けてくれる奴らと、自分の居場所があるって分かれば今は十分だ」
「邪魔したぜぇ」と、一言言い残してサンデーサイレンスは出ていく。
残ったミモザの面々は互いに顔を見合わせ、合わせたようにため息を吐き―――。
「あ、忘れてた。見合いはホントだから襲うなら今のうちだぞ☆」
そう、まるで「ちょっとコンビニ行ってくる」のノリでウィンク一つ。
笑いながら去っていったのだった。
真顔のミモザ(ニシノフラワー除く)をその場に残して、嵐は去っていった。
◆
「何処までが本気なんです?」
サンデーサイレンスの背に向けて声を掛ける女はそう問いかける。
サンデーサイレンスの顔にミモザに向けて浮かべていた笑顔は既に無い。
声を掛けてきた、緑の服を纏うウマ娘へと向き直って獰猛に笑い掛けていた。
「よぉミノルちゃん……本心さ、アホ息子とカフェに対しては、な」
「ミモザの皆さんに語った以外にも含みがある、と認めたようなものですよ、それは」
緑の女、トキノミノルは小さくため息を吐く。
今期のアメリカ遠征のためのオブザーバーとしてサンデーサイレンスを呼び出すと理事長から言われ、そして消えたかと思えばミモザの部室に居ると来た。
少女たちにトラウマを植え付けかねない行いと思いながらも見守っていたが、トキノミノルはサンデーサイレンスという女をよく知っている。
―――この女に正気はなく、あるのは怒りと狂気だけ。
そんな存在が行う行為に何も裏がないとは思えない。
それが、トキノミノルの考えだった。
そして、それは正しいのだろう。
サンデーサイレンスは笑っていた。まるで、全ての悪戯が上手くいった子供のような笑顔で。
「―――ウチの息子はウマ誑しだろう?」
「……ええ、生徒たちからも良い噂は良く聞きますね」
「そりゃそうさ……アイツはな、ウマ娘のためだけに生きれるように育てた――――”ウマ娘が望むままの存在”にな」
「―――まさか」
「アイツはウマ娘の思いを拒まないのさ――――何でもな」
きっと、襲われても優しく受け入れるぜ―――笑いながらサンデーサイレンスはそう告げる。
それを聞いたトキノミノルは思わず背筋が凍る。
まるで、それは―――
「洗脳、って言いたげだな?―――――そうさ、教え込むには無垢なガキの頃からが一番だろ?ほら、ジェ○イだって赤ん坊の頃から洗脳してたし」
「貴女はッ、自分の息子をそんな風に!?」
「―――それだけ、オレの恨みは深いんだぜ」
暗い瞳で、トキノミノルを見てやるサンデーサイレンス。
クツクツと、ケタケタと。
壊れたブリキ人形のように笑いながら両の手を広げ、まるで舞台の主演俳優のように大仰に声を上げていた。
「オレの血がURAを席巻し、アメリカを、世界のレースを支配する――――オレを認めなかった全てへの最高の復讐だ」
サンデーサイレンスは笑う。
あの日、己の運命を呪った日のように。
サンデーサイレンスの狂気は、未だあの血濡れたバスの車内で停止していた。
本SSクソやべー奴ランキング殿堂入り枠です