晴れのち曇り、ところどころにわか雨   作:にぼし一番

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12・5話:夜会話

 

 

「ぐぉぉぉおお……母さんの奴、割と本気で絞めたなコレ…」

 

トレーナー寮の一室にうめき声が響く。

顔を顰めながら首を抑えるトレーナーは、風呂上りなのかうっとおし気に濡れた髪を払っていた。

今日の昼間、己の母親がトレセン学園へ襲来し、いきなり見合いだと写真を押し付けてきてから既に数時間が過ぎている。

辺りは既に暗く、月は空高くに上がっており、トレーナー寮はその居室の防音性もあってか静かなものだった。

 

「やれやれ……あの人は本当に唐突だなぁ…」

 

冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、そのキャップを開きながら思わず愚痴る。

トレーナーからすれば母、サンデーサイレンスの突拍子の無さは最早慣れたものだった。

己が気絶から目覚めた時には好き放題やって帰った後であり、チームの皆に聞いても押し黙っているだけ。

きっと何時も通り暴走を見せたのだろうと当りをつけ、深くは追及しなかった。

トレーナーのその態度は、慣れというよりも諦めに近いものがある。サンデーサイレンスというウマ娘はそういうものなのだ、という諦めだった。

 

「……そういや、まだお見合い写真見てないんだよな」

 

鞄の中に仕舞われ、取り出されずに眠っている冊子。

そこにはサンデーサイレンスが取り付けたという相手の見合い写真が入っているのだが、今日の気疲れかまだそれを取り出すに至っていなかった。

お見合い、という行為にトレーナー自体は嫌悪感は無い。

相談くらいはして欲しいというのが一般的な感性だろうが、母の願いとあらば断わる理由も無いのがトレーナーの本音だった。

 

「まぁ、必ずしも結婚する訳じゃないからな……」

 

鞄から冊子を取り出す。

そもそも相手が人なのかウマ娘なのかも分からないが、見れば分かることだと思い直す。

冊子を開こうと手を添えた瞬間、か細いノック音が響いていた。続けて、ドアを引っ掻くような小さい音が続く。

その二つが、トレーナーとノックの主の間にしか通じない合図だった。

 

「やぁ、どうしたんだ?カフェ」

「兄さん……上着を着て下さい…」

「ああゴメン、カフェって分かってたからついな」

 

ノックの主、マンハッタンカフェは少し頬を赤くして目を逸らす。

トレーナーは風呂上りのまま、上半身は裸だった。

マンハッタンカフェを招き入れたトレーナーは自然とエスプレッソ・マシーンの前に立つ。

冷蔵庫から牛乳とイタリアン・ローストのコーヒー豆を取り出すとマンハッタンカフェにコーヒーカップを掲げて見せた。

 

「夜だし、カプチーノでいいか?」

「……うん」

 

しんなりとした耳で頷くマンハッタンカフェに、トレーナーは苦笑しながら作業を続ける。

トレーナーはマンハッタンカフェの感情の動きを彼女のウマ耳で判断していた。

干支が一回り近くするほど年離れた兄妹だったためか、まだ幼いマンハッタンカフェの世話を母に押し付けられたもので、もはや知らない癖が無いとまで言えるほどに彼女を熟知していた。

 

「―――母さんが怖いか?」

「ッ!」

 

マンハッタンカフェを見ずにトレーナーはそう切り出した。

スキームミルクを作るスチーム音が部屋に響く中、息を呑む音が背後から聞こえる。

それが何よりの返答だとトレーナーは苦笑しながら、カプチーノを淹れ終えたカップを持ってマンハッタンカフェの隣へと腰かけていた。

 

「熱いぞ」

「……ありがとう」

 

両手でカップを受け取り、ゆっくりと口をつけるマンハッタンカフェを見て、同じようにカップに口をつける。

優しいミルクの甘さとエスプレッソの苦みが程よく混ざり、思わず揃ってため息を吐く。

そこで、ようやくマンハッタンカフェは小さく笑みを浮かべていた。

 

「カフェ」

「うん」

「母さんを嫌いにならないでやってくれな」

 

そう言うと、マンハッタンカフェの顔には困惑の色が浮かんでいた。

だが、それも一時のものだったのだろう。

すぐさま怒りに近い感情を浮かべたのか、声が一段低くなっていた。

 

「幾ら兄さんの頼みでも、今日という今日は無理です…!」

「……」

「あの人は、イカれてます……普通じゃない…!!」

 

マンハッタンカフェは吐き捨てるように言い捨て、俯く。

己の身を抱くようにマンハッタンカフェは昼間のサンデーサイレンスの言動を思い返していた。

 

『カフェにもそのうち、”良い縁”を探してやるさ』

 

そう言い放つサンデーサイレンスの、澱んだ瞳。

その瞳でねめつけられ、告げられた言葉はマンハッタンカフェの生理的嫌悪感を最大限にまで引き上げる効果を発揮していた。

己に、あの女の血が半分流れていると思う事すら正気を失いそうになるほどの嫌悪感。

だが、確実に血の繋がりを理解させられる、マンハッタンカフェの内なる狂気がその嫌悪感を諦めに変える。

此方に優しい視線を向ける、兄とお揃いの―――母のものと同じ金の瞳が、今は直視したくないほどに狂気的に見えていた。

 

「結局、あの人は自分だけが良ければそれで全てが良いんです!じゃなきゃ、私たちをあんな風に扱ったりしない!」

「カフェ」

「私は、あんな女から産まれたく無―――」

「カフェ!」

「―――ッ!?」

 

珍しく張り上げたトレーナーの声に、マンハッタンカフェは思わず口を手で押さえ、黙る。

悲しそうな、そんな顔をしてマンハッタンカフェを見るトレーナーにマンハッタンカフェは涙が出そうになっていた。

そんな顔をさせたくなかった―――ゆっくりとトレーナーの顔に手を伸ばすマンハッタンカフェの手をトレーナーは優しく握る。

トレーナーはマンハッタンカフェと目を合わせると、落ち着かせるように口を開いた。

 

「確かに、母さんは一般的な親からすれば大分ズレてるよ、カフェ……でもな、母さんは母さんで、あの自分に苦しんでいるんだ」

「あの人、が…?」

 

信じられない、と言いたげに目を見開くマンハッタンカフェ。

トレーナーは、そんなマンハッタンカフェに笑みを返すだけだった。

 

トレーナーは幼少の頃、夜に部屋のドアから覗き見た、母サンデーサイレンスの姿を覚えていた。

多量の精神安定剤と、アルコールに溺れたその弱弱しい姿。

泣きながら父に甘えるその姿は、トレーナーの記憶から消えたことは無い。

 

『ごめんねぇゼっちゃん……ごめん、”アタシ”がこんなで、ごめんねぇ……』

 

そう、ゼっちゃんこと父に泣きついたまま眠りに落ちたサンデーサイレンスを慈しむような瞳で撫でる父の姿。

トレーナーがウマ娘たちに対する行動の根底にあるのは、あの時の父の愛情に溢れた優しさだった。

 

「母さんを理解しろ、なんて言わないさ……でもな、カフェ」

「……」

「少なくとも、カフェが産まれる時―――母さんは自分が死んでも産むってくらいには、カフェを大切にしていたよ」

「………お母さん」

 

マンハッタンカフェは昼間のサンデーサイレンスの発言を思い返す。

母親としては2人が限界。

その言葉の意味するものと、今のトレーナーの言葉。

それが合わさった事の意味を、理解しないほど子供では無い。

まだ許せそうにはない―――だが、少しの理解をする努力は必要なのだろう。

その困惑を見て取ったのか、トレーナーは兄として、妹を甘やかす事にしていた。

 

「カフェ、今日は外泊許可を取れるか?」

「え、っと……たぶん……」

「なら、久しぶりに兄妹として過ごさないか」

「絶対取ります」

 

とんでもない勢いで鬼電するマンハッタンカフェ。

その姿を苦笑と共に見てやり、もう一組の布団を出すために立ち上がるトレーナーであった。

 

 

 

忘れ去られた、お見合い写真。

そこに映る”葦毛のウマ娘”の少女を知るまで、もう少しの時間が必要だった。

 

 




パクパクですわ!
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