怒りだ。
少女、セイウンスカイを動かしているのは貯め込まれ、爆発しかけた怒りでしかなかった。
菊花賞の後にクリーニングに出した勝負服が入った袋を力いっぱい握り締めながら肩で風を切って歩く彼女に周囲は何だなんだとうろたえる。
ともすれば、その袋の中から何かしらの凶器を出しかねない凄味が今の彼女にはある。実際、彼女の気分的にはカチコミに近い。
今、こうして勝負服を持って目的地であるトレーナー室へ向かうその行為そのものが彼女にとって納得の行かない不条理に近かった。
『記念ッ!新チーム結成を祝し、チームの写真を撮影するッ!……な、なぜそんなに睨む!?セイウンスカイ君!?』
今も、チーム設立について学園長に聞き出してきた帰りで、もう他のチームメイトは集まるようになっている、と聞けばまさに火に油である。
昨日のトレーナーの呟き、チームを任されたという意味。それが意味するのはあの部屋に居るウマ娘が増えるということ。
そして、自分を見てくれる時間が確実に減るという、確定した未来を引き寄せる事実だった。
セイウンスカイは、己が独占欲が強いことを理解している。それは、過去の経験が生んだ、一種の心的外傷の後遺症とも言える。
小学校低学年での経験以来、セイウンスカイは走ることに意識を向け始めていた。
体の状態が成長と共に改善されつつあったというのもあったが、単純に行き場のないエネルギーを走ることに向けたのだ。
セイウンスカイは自分が暮らす街や市、自治体が開くレースによく参加した。
これらはまだレースのいろはどころか何も知らない子供のウマ娘向けに開かれるもので、元トゥインクルシリーズの選手などが子供たちへアドバイスをしてくれる、貴重な経験の場だった。
そして、そういったレースには必ず居る存在がある。トゥインクルシリーズ関係者、つまるとこスカウトだ。
ウマ娘にはメジロ家やサクラ家などの名家と言われる家もあるが、中には突然変異のようにとんでもない怪物が一般家庭に生まれてくるのも珍しいことではない。
セイウンスカイの2学年上、高等部2年生のオグリキャップなどはその類であった。
トゥインクルシリーズは、決して華やかな舞台というだけではない。
トレセン学園は2000名を超えるウマ娘たちが生活をする場であり、そして競い合う場でもある。
学生でありながらトゥインクルシリーズに所属するプロのスポーツ選手のようなものであるウマ娘たちは、勝利を掴めず、体を壊し、人々から求められず学園から去る者の方が絶対的に多い。
勿論、興行の一面もあるのでセイウンスカイの友人であるハルウララのように、レースに勝てずとも人気だけでこの学園に居る資格を得ているウマ娘も居るが極少数に過ぎない。
何を言いたいのかと言えば、原石は幾ら居ても困ることはない、ということだ。
それが玉にならず、割れ、砕けることになっても、100の石から1の玉が生まれればそれでいいのだ。
勿論だが、スカウトとて見込みが無い者はスカウトしない。トゥインクルシリーズの表に出ない過酷さが、原石を砕き続けているというだけだった。
そして、そんな原石である自分たちを玉に磨いてくれる存在を求めるのは、ウマ娘にとっての本能と言っても過言ではない。
己をスカウトし、この舞台へ誘い―――己を捨てたトレーナー……いや、トレーナーにすらならなかった男。
セイウンスカイを2冠に導いてくれたトレーナーと出会う縁を作ったというだけに成り下がった男だが、当時のセイウンスカイは相当なショックを受けたものだった。
トゥインクルシリーズという夢の舞台に夢を見ていたからこそ、いきなり横っ面を殴打され、夢から目を覚まされた事になったセイウンスカイの心の傷は、”見放される”ということに心の奥底で恐怖を抱く。
だからこそ、”諦めた”己を作り、心を守ってきたのだが―――トレーナーに、全てを奪われたと言っていい。
自分を支え、励まし、共に並んでくれる、決して見捨てることはなかった、セイウンスカイの人生で初めてになった男。
これが父性への飢えなのか、偏執なのか、愛なのかはどうでもいいことだ。
トレーナーの愛バは私、それをこれから来る奴らに示さねばならない。
勢いとしては扉を蹴り破る気持ちで、セイウンスカイは雑談の声が小さく外に漏れ出ている己とトレーナーの部屋に踏み込んでいく。
そこで見えたのは、3人のウマ娘だった。
「……何をやってるんですか…?」
「んぅ?何だい、気になるのかいカフェ!これは私の長年の研究による成果さ!紅茶1杯に溶解可能な糖類の限界を超える方法を導きだしてね、まさしくこれは究極のエネルギー補給飲料と化した紅茶なのさ。君も1杯どうだい?」
「底に、溶けきれてない砂糖が残っていますが……」
「当たり前じゃないか、これは最後にスプーンで食べるのだから。君の好むコーヒー、それもイタリアで好まれるエスプレッソから思いついてね!あんな普通のコーヒーとは比べ物にもならない泥水を飲むなんて一生イタリアには住めないと思っていたがいやはや、知識とは専門外でも身に着けるに限るということだね」
「最近は食べやすいブドウ糖のタブレットがあるので、そっちでも水に溶いて静脈注射すればいいんじゃないですか」
「なんで君はそんな人をゴミを見る目で見るんだいカフェ?」
湯沸しポットのあるテーブルの前で肩を並べるダボダボの白衣を改造した勝負服を着る目の中に狂気と悦楽を含ませる栗毛の少女。
そして所々に金の装飾を盛り込んだ漆黒のチェスターコートを着こみ、夜の闇を溶かし込んだような青鹿毛の長髪を靡かせる少女。
アグネスタキオンにマンハッタンカフェ。
セイウンスカイの1つ上、高等部1年の様々な意味で有名な二人がその場でそれぞれビーカーに紅茶、黒猫のマグカップにコーヒーを淹れながら小気味よく会話を続けている。
「……ん?アンタ……ああそうだ、セイウンスカイか……入口に突っ立ってないで、入ったら?」
ソファーに座り、スマートフォンを弄りながら顔を一瞬上げる一際小柄で大きなウマ耳を持つ鹿毛のウマ娘。
パンク的な、何処か若者の持つ攻撃的な雰囲気を印象として受ける勝負服を纏い、傍らには飲みかけのエナジードリンク。
ナリタタイシン。
これもまたセイウンスカイの先輩である高等部2年の生徒であり、恐らくこの中では話題性が高いウマ娘だ。
BNW。
ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウィニングチケット。
そのそれぞれが圧倒的な強さを誇り、世代が違えばそれぞれが複数の冠を獲ったであろうと誰もが噂をし、夢想する存在。
「これ、どういうメンツ……?」
セイウンスカイから思わずそんな疑問が漏れ出た。
この3名に言えることは、そのそれぞれが日本ダービーを除いた3冠のG1を制した事のあるウマ娘であるということだ。
そしてバランスも分かる。
長距離を得意とし、王道的な先行好位の差し型脚質を持つマンハッタンカフェ。
中距離から長距離を追い込みの脚質で状況に合わせバランスよく走ることの可能なナリタタイシン。
中距離を基本とした先行、差しを持ち、加速が始まれば手に負えないと彼女の同期たちが称するアグネスタキオン。
そこに中~長距離の逃げ脚質のセイウンスカイとなれば、バランスで言うならば並みのチームには真似できない構成だろう。
出来るとすれば、リギルかスピカか…最近ではカノープスもその名を上げてきているが、今の時点で追い越している。
この3人がこうしてチームになるという共通点をセイウンスカイは直ぐには見いだせなかった。
私生活でならあるだろう。
アグネスタキオンとマンハッタンカフェは友人と言える仲であり、またナリタタイシンとアグネスタキオンは何かしらの契約で繋がりがあると聞いたことがある。
セイウンスカイが深い思考の渦に入ろうとした時だった。
「スカイ?入口で立ち止まってどうしたんだ?」
「ッ!トレー―――」
「「「トレーナー(さん)(くん)」」」
振り返りながら『ナー!』と、セイウンスカイの続く声は後ろの3人の唱和によって掻き消された。
3人の方を見れば、それぞれがセイウンスカイのトレーナーを見て表情を変えていた。
アグネスタキオンは興味を隠すことなく。
マンハッタンカフェは金色の瞳を爛々と輝かせ。
ナリタタイシンは素直じゃなさそうに。
セイウンスカイはそこで思い出す。己のトレーナーの経歴を。
確かに、”トレーナーとして初めてのウマ娘”は己だ。
しかしその前、2年間。セイウンスカイが学園に来る前。新米のサブトレーナーとして、トレセン学園に存在していたことを。
「トレーナー?」
「す、スカイ?どうした、そんな怖い顔で」
セイウンスカイはゆっくりと、詰め寄れるだけ詰めよる。
トレーナーは、ただ困惑するだけだ。なんで怒っているのか分かっていないようだ。
そんな2人を見て、後ろで3人が小さい溜め息を吐いていた。3名には既に通り過ぎた段階というのが受け取れて、またセイウンスカイに火が入っていったのであった。
「あ、あのぉ…私も居るのですけど……?」
そして、チーム5人目のメンバーであるニシノフラワーはセイウンスカイたちの勢いに押され、存在感が消えかけて少し泣きそうであった。
自分の知らないセイウンスカイの一面をまじまじと見せられたのも原因だった。
※このSSは基本的に馬の経歴を人に当てはめて経験したらまぁ捻くれるし拗れるだろうな、という妄想の元書かれております。