ウマソウル
競争バとしてレース場を駆け抜けるウマ娘を競争バたらしめる、スピリチュアルな存在。
古代エジプトから発掘された壁画に残されたウマ娘の一つにウマ娘と同じ耳と尻尾を持つ、鹿のような、痩せたウシのような謎の生物がウマ娘に宿るような描写が残されている。
それこそがウマソウル、ウマ娘における”魂の名前”と称される、もう一つの名前を宿す大元では無いかと学者の間で囁かれる概念のようなものだ。
生涯をそのウマソウルネーム、とでもいうのだろうか?戸籍に記載された、両親の苗字に合わせた名前とは別の、所謂リングネームのようなもの。
ウマソウルに目覚めるのは自我と会話が成立するまで成長が進んだ幼少期が多く、そこで知った己のウマソウルネームを自分の名前として長年、もしくは一生名乗ることが多い。
肉親類にウマ娘が居ないヒトが知らないことは多いが、ちゃんとした”ヒトとしての名前”もウマ娘たちは持っているのだ。ただ、競争バとしての本能がソウルネームを名乗らせるだけのこと。
例えば、かの皇帝シンボリルドルフの本名は”ルナ”であった。
……ウマソウルの影響は、個人差がある。
ウマソウルの影響をほぼ受けず、レースにも興味も示さず、父と母から与えられた名前しか名乗らず社会に出るウマ娘も居る。
だが逆に、ウマソウルに多大なる影響を受けるウマ娘も存在していた……それこそ、そのウマの巡った”運命”すら己に引き寄せるほどの、影響を。
「………――――」
その少女は、何処か達観したような、全てを見透かしたような、そんな目線を教室の外へと向けていた。
少女を知る同級生たちはそのアンニュイとした雰囲気に、定期的に零れ出る溜息に視線を奪われている。
少女の顔立ちはウマ娘全体に言えることだが、非常に整っている。だが、少女には中性的な魅力が加味されていた。
年齢が若い、少女であっても”可愛らしい”というよりも”美しい”という言葉を当て嵌めたくなる、そんな蠱惑的な、魔性めいたものがあった。
「はぁ……」
漏れ出るような溜息。
何人かの同級生たちは思わず顔を赤くして目線を逸らす色気あるソレは、少女の普段からすれば想像できないものである。
普段の、騒がしく、自己称賛を欠かさず、そして自信過剰という言葉も生温い自己愛主義者、究極のナルシスト。
一人で舞台の主演のような、ともすればただの狂人とも取られない言動が隠していただけに過ぎない。
少女、テイエムオペラオーはまた一つ、溜息を吐いていた。
「オペラオーさん、どうしたんでしょうかぁ……」
「確かに、毎日騒がしいアイツにしては珍しいわ……もう一か月よ」
テイエムオペラオーと仲の良い(片方は否定するだろうが)二人、メイショウドトウとアドマイヤベガがコソコソと小声で耳打ち合う。
テイエイムオペラオーの雰囲気が変わって一か月。それはまさしく、トレセン学園中等部2年C組生にとっての大事件であった。
「最初からおかしな奴だけど、ここ最近は特に……いや、去年、リギルのテスト受けて合格して―――」
「何か躊躇って、断った時からですよね……様子がおかしい日が増えたのは……」
アドマイヤベガの言葉を引き継ぐようにメイショウドトウが言葉を続ける。
年4回の選抜レースでテイエムオペラオーは優秀な成績を収めており、スカウトも数多であったがどのスカウトにも応じなかった。
その才能を惜しんだチームリギルのトレーナー、東条ハナがリギルの選抜レースに誘い、それを突破してもなおトレーナーを持たない。
見方によっては何様のつもりだと取られかねないが、今のテイエムオペラオーを見ればそんなことは言えないであろう。
誰が見ても彼女は悩んでいると判断できる……東条トレーナーも、その悩みを見抜いてたからこそ、気分転換に選抜に誘ったのだろう。
かのリギルのスカウトを断った際、彼女は「そう…悩みが相談できる内容なら、また来なさい」と優し気にテイエムオペラオーに対して微笑みかけていた。
「……人生は夢」
「へ?」
「去年…というか、アイツに妙に気に入られてた時にアイツが言った言葉……それから、”覇王”になるってアイツの目的が”世紀末覇王”に変わった」
「せ、世紀末…ですかぁ…?なんでなんでしょう…?」
困惑するメイショウドトウに「さぁ…」とだけ返すアドマイヤベガ。
その二人の声をしっかりと捉えていたテイエムオペラオーは『よく覚えているね』という感心をアドマイヤベガに向けた。
テイエムオペラオー独白のように、言葉を口内で転がした。
「(人生は夢―――ペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカによる戯曲)」
これの本質は宗教的な、人の尊厳、理性を以て悪を律し、来世の栄光を賜るという話だ。
囚われの身と化した王子は不便を余儀なくされ鬱屈し、その歪んだ精神性故に王によって眠らされ、夢と現実の境を無くし、それによって深い思慮と思いやりを得た。
王子は、今起こっていることが夢なのか現実なのか分からぬまま、目が覚めるまで幸福の夢を見る。
テイエムオペラオーは王子セヒスムンドのように現実のような、幻のような夢を幼少より見ていた。
―――数多の嘶き。
―――風の壁を突き破るかのような加速。
―――巻き上がる土と草。
―――己に似たウマ耳と尻尾と、毛色を持った生物に成った自分に跨り、優し気に首筋を撫でてくれるゴツゴツとした手。
―――「オペ」と優しく声かけてくる男。
まさしく夢の世界だ。
テイエムオペラオーの意識が謎の生物にあり、ウマ娘のようにターフを駆け抜ける。
全ての栄誉をその男と享受し、”世紀末覇王”として君臨したその景色。
そんな、非現実めいた夢……だが、テイエムオペラオーの魂は、その男こそが己の覇道に不可欠の翼と叫んでいる。
そうでなければ、テイエムオペラオーは己の気持ちは説明が出来なかった。
「(なぁ、君は今、何処にいるんだい?―――リュージ)」
冬の寒さが残る春の空にテイエムオペラオーは問いかける。
校内放送が流れ、新学期を始める始業式会場への移動を全員が開始するウマ娘の流れに身を委ねながら。
テイエムオペラオーは、己の願う夢を夢想した。
―――この30分後、新任トレーナーのある青年の紹介にテイエムオペラオーが乱入することとなる。
それが、覇王の覇道の始まりであった。
「はーはっはっはー!!さぁ行くよリュージ!」
◆
トレセン学園とは魔境である。
世界でも選りすぐりの上澄み中の上澄みであるウマ娘たちが、その若い身空をレースという舞台に自ら置く、一種の戦国。
彼女たちは同級生であり、友人であり、同じ釜の飯を食す仲間であり、そして互いを潰し合うライバルである。
それは、競技者全てが持つ根本的な問題だった。
その実、トレセン学園におけるチーム制度というものの大本を辿れば、第二次世界大戦後まもなく、レースという名の殺し合いを少しでも緩和するための仲間意識の向上のためであるという。
だが、チーム制度というものはウマ娘たちの和を作り出す効果もあれば、また新たな火種を生み出す効果も発揮していた。
「―――それで?温泉は楽しかったのか?あ?」
「イヤアノ…」
「声小せぇんだよ」
「スンマセン……あの、オルフェ…?マスク外してないのになんでそんな荒いの…?」
とあるトレーナー室の一室。
冬の寒さが染みついた床に正座するのは一人のトレーナー。
そして、その前には3人のウマ娘たちが見下すような冷たい視線をトレーナーに向けていた。
黄色と黒を主体とし、赤いワンポイントが入った耳飾りをした、何故か西洋の剣を何処ぞの騎士王よろしく床に突き立てた栗毛の少女”デュランダル”
身長が140cm半ばほどだろう赤い×字の髪留めに黄色と黒のリボンを結んだ、ヤ○ザも逃げ出す目つきをした鹿毛の少女”ドリームジャーニー”
素顔の半分がマスクで隠れていても鹿毛の少女ととても似通った顔をしていると分かる、大きなヘッドセットをした栗毛の少女”オルフェーヴル”
そのそれぞれが正座した”イケ”と呼ばれる彼女たちのトレーナーを絞った耳をして威圧している。
グラスワンダーが制した有マ記念が終わり、年内のレースを終えたトレセン学園。短いながらも充実したであろう正月休み明けのチーム【デネブ】のミーティングはちょっとした戦場と化していた。
その原因は彼女たちのトレーナーであるイケ、そして今現在は不在のカレンチャンによる年末年始温泉旅行であった。
「で、何処までヤったんだ」
「何を!?」
「ナニだよ、白々しいぞイケ」
「ナニもしてないんだが!?」
「信じられるか?」「ワケねぇだろ」とドリームジャーニー、オルフェーヴル姉妹。
カツンと、持っている西洋剣の切っ先を地面で鳴らし、デュランダルは「実に残念です」と続けた。
「貴方の行いは我々への酷い裏切りだ……何処が良かったんです?胸?胸ですか??」
「ちょっと待って?」
「た、確かにカレンはEカップもありますし、可愛らしいですし、甘え方も愛嬌に満ちてます……ですがイケさん、彼女はまだ中学生ですよ!……わ、私なら法律的にはセーh」
「「おいコラ!!!」」
「えっ、カレンEあるの?」
「「「……」」」
イケのその一言で3人の前掻きでトレーナー室の床にヒビが入り、思わず出てしまった一言に顔を青くして口元を抑えるイケ。
そのタイミングを見計らったかのようにマットを抱えた鹿毛のウマ娘がトレーナー室を訪れていた。
「姐さん!マット持ってきました!」
「おうロック、イケにブレーンバスター決めてやれ」
ウッス!と少女、ロックディスタウンが準備運動を始めた。
チームデネブ―――気性難の駆け込み寺とまで呼ばれるこのチームは今日も騒がしかった。
オルフェ「ちなみにホントに何処まで?」
カレンチャン「……内緒」
ロックディスタウン「やっぱ○す練習しようぜ」