トレセン学園におけるチーム名は星から用いられる。
それは、ウマ娘たちが輝ける星とならんチームであれ、という祈りを込めたものだ。しかし、そこには残酷なウマ娘たちの競争の跡が残っている。
トレセン学園の生徒数は2000弱に対し、トレセン学園が公式設定しているチームは21チームで、その21チームでも一番所属数が多いリギルであっても現在は10名体制である。
これでは当然ながら、チームに所属していない生徒を除いたとしても、生徒数に対してチームの数は足りるわけが無い。
しかも、その21チームは全てが機能しているわけではなく、活動が休止しているチームもある。
ここで大事になるのは、トレセン学園公式チーム、という肩書だ。
この公式21チームは全て一等星をチーム名に用いるもので、それを預けられるということはトレーナーにとって名誉と共に一つのプレッシャーであった。
【一等星の輝きを陰らすこと勿れ】
伝統あるチーム名を穢すならば、容赦なくそのチームは一度取り潰される。一等星を背負うということは、成果を求められるという義務と責任が発生する。
新たにチームを任されるトレーナーは現在空位のチームの名前を継承するとのがトレセン学園での代々の習わしであるが、それが預けるに値するトレーナーが少ないのか”潰された”後なのか、それは知ろうとしてはいけないのはトレセン学園に所属するトレーナーの不文律だった。
だからか、そうしたチームとは別にもトレセン学園にはチームは存在する。
言うならば、理事長から任されたチームか、ウマ娘とトレーナーが集まって作ったチームか、の違いだった。
チーム・ミモザ。
セイウンスカイたちのトレーナーが選んだチーム名である。
南十字星を構成する一等星であり、日本の地では最南端である沖縄などで観測が可能になる場合があるという程度には縁の無い星だ。
トレーナーは、ウマ娘の故郷の8~9割を占める北海道から何処までも遠くへ輝きを届けさせたい、という思いからミモザを選んでいた。
ちなみに、ミモザは日本ではオジギソウという名前で有名である。
刺激を与えると葉を畳み、お辞儀をするような仕草に見えることからお辞儀草と言われていた。
そんなミモザの花言葉は
「繊細な感情」
「感じやすい心」
「失望」
である。トレーナーはミモザの花言葉に当てはまらない鈍感であった。
トレセン学園の理事長は、ミモザに掛けたトレーナーの思いとは裏腹に、ミモザを選んだのを見て『こいつアホなんじゃないか?』という目をしていた。彼女は結構前からトレーナーがウマ娘たちに想いを寄せられているのに気づいていた。
ウマ娘がトレーナーに想いを寄せるのは珍しいことではない。
正直、学生時代に【うまぴょい】さえしないなら学園内では目を瞑ろうとすら思っている。見えないとこでやるなら【うまだっち】くらいは許してる。
決して自分の命が惜しいというわけでは無いのだ。
それはさておいて、ウマ娘とトレーナーの関係である。
前置きとして、ウマ娘は本能と言えるものの中に走ることが存在する。そのスピードはウマそれぞれだが、トレセン学園においては【誰よりも速く走る】ということが基本的に備わったウマ娘しか居ないと言っていいだろう。
だからこそ、ウマ娘は自分を速くしてくれた存在に気を引かれる傾向があった。
これには勿論、憧れになるウマ娘に対してや、言い方は悪いが即物的なものに対しても言えることではある。
トレセン学園においてウマ娘を速くするのはトレーナーの仕事。
つまるところ、トレーナーに対して色々と面倒な感情を抱くウマ娘が多いということだ。
それが世間一般に出たのは、意外なこと近年……昨年春のことだった。
トレセン学園は基本的に報道陣を受け入れるが、それは何かしらの行事やレースの時で、ウマ娘たちの私生活は可能な限り守ろうとしている。
思春期という多感な時期に考慮したい学園側の思惑でもあるが、それは逆を言えば彼女たちの私生活は謎が多い、ということだ。
だから、ウマ娘のプライベートを知るにはウマ娘たちが自身で投稿するウマスタグラムや、ウマッター、Utubeといった中から見ることが殆どになる。
学園では、入学した生徒たちにレースの知識の前にSNSの取り扱いを講習するのだ。
こうしたSNSは生徒たちにとってファンに己の存在を身近に感じさせるツールであるが、当然怖い一面もあるからこそ、学園も徹底していた。
そんなSNSを利用する生徒たちには様々な利用方法をする者が居る。
例えば、ウマスタグラムを基本として活動する300万フォロワーを誇るカレンチャンは「可愛い」を追求した投稿。
Utubeで活動するゴールドシップはその破天荒な行動と突拍子もないゲストを呼び込む「読めなさ」で人気を博している。(炎上もする、物理的にも)
そして、件の問題はある一人の生徒が更新するウマッターからであった。
オグリキャップ。
笠松に存在する地方トレセン学園からスカウトという形でトゥインクルシリーズへとやってきたウマ娘だ。
彼女が中央に転入し、タマモクロスやイナリワン、スーパークリークらと競り合った中学3年Cクラスのあのシーズンはまさしく日本中が熱狂の渦と言って良かった。
特にタマモクロスとの、【葦毛のウマ娘は走らない】を覆すそのレースは、未だにトレセン学園でも畏敬を以て語られている。
そんなオグリキャップはウマッターだけをやっており、基本的には食べ物の投稿ばかりをするのがファンでは知られている。
ファンが返信するトレセン学園周辺の”ウマ娘盛り”をやっているお店の情報を見てオグリキャップが「それは…美味しそうだな…」と返信するのがテンプレートだった。
彼女は食べ放題店は出禁であった。
そんな投稿ばかりだからこそ、それ以外が目立ったのだろう。
オグリキャップの投稿にたまに出るトレーナーという単語は、カサマツから彼女の元トレーナーがお土産を持ってきたりしたなど、何かしらの関与があった時に出る単語だ。
そんな彼女の出すトレーナーという言葉が何も関係の無いタイミングで出されたのは中等部3年の有マを終えた後だった。
言葉にすれば「会いたい」ということだけなのだが、彼女の元トレーナーは昨年の夏から多忙を理由にオグリキャップと会うことが無かった。
そんな投稿をすればファンは勘繰る。
『あのオグリキャップが逢いたいと思うなんて一体どういう関係なんだ』
この直後、続けて「お土産のカサマツ・オグリ饅頭が美味しいんだ」と投稿がされてそれの疑問は流されることにはなったが、ファンにはしこりが残った一連の流れだった。
ちなみに、この言葉を続けて投稿したのはオグリキャップの友人であるベルノライトである。
彼女はオグリキャップの人気を理解しているからこそのファインプレーだった。この時までは。
そうしている内に年は明け、季節は春を迎える。
桜花賞や天皇賞(春)といったレースも一大イベントだが、それらに先んじて行われるのはトレセン学園の入学式と始業式である。
入学式は、未来のスターの初々しい顔を残す、というのにも必要で、それに合わせて報道陣も入る。
そして、併せて始業式を行うのは前述の通り、この時期は春のレースで日程が詰め詰めという事情があった。
この年はオグリキャップらの世代が高等部へと進級する年として、また昨年の有マ優勝者であるオグリキャップが新入生歓迎の言葉を贈るということもあってか何時もより多く報道陣が入っている中で式典は行われた。
ベルノライトとタマモクロスが手伝いながら仕上げた新入生への歓迎の祝辞を終え、壇上から自分の席へと戻ろうと歩くオグリキャップ。
式は司会の手で進行され、「新年度に伴い新たに着任されたトレーナーのご紹介を致します」と続き、檀上の裏から複数のトレーナーたちが歩いてくる。
その中の一人をオグリキャップが認識した時、目は見開かれ、足は固まったように歩みを止めていた。
トレードマークのハンチング帽は外され、無精髭が剃られ、似合わないスーツを着て緊張した様子を隠せていない男。
司会の挨拶を促す声に、マイクを取り、口を開いたその瞬間だった。
「えー、ご紹介頂きました、新人トレーナーの北hオブッ!?」
「キタハラッ!!!」
涙を流しながら新人トレーナーに飛びつくオグリキャップ。
こんな、とてもオイシイ展開を報道陣の前でやるものだから世間に一気にこの話題は広がるのは避けれなかった。
このシーンの最高視聴率22.6%という数字がその広がり方の規模を示していた。
オグリキャップのウマッターはこの騒動に対して大炎上もかくやの大騒ぎ。
どうにかしようとしたオグリキャップが取った手段は、慣れないながらの事の経歴…彼女とキタハラのカサマツ時代を語るということだった。
これを要約すれば
・オグリキャップの才能を最初に見出し
・彼女に速い走り方を教え
・そのためには自腹を切ってまで必要な道具を揃え(なんでも自腹だった、とオグリキャップが言うのだから彼女の食費も払っていると多くは勘違いしていた)
・オグリキャップがトゥインクルシリーズにスカウトされた時には自分の夢であった東海ダービーを捨てて彼女の背中を押し
・「オグリキャップに相応しいトレーナーになる」という宣言通りに地方から中央へとやってきた。
というなんとも熱い男となっていたのだった。
しかも、オグリキャップもオグリキャップで「東海ダービーがダメだったから日本ダービーのトロフィーをキタハラにプレゼントしたい」と言ってしまうのが決定打だった。
ウマ娘が、自分を追いかけてきてくれたトレーナーのために、ダービーを獲りたい。
もう邪推とかそんなことを言ってる場合じゃないレベルだった。
翌日の朝刊は【オグリキャップ熱愛!?】である。
理事長は胃痛で血を吐き、ついでにキタハラもオグリキャップの脚力で食らったタックル込みで血を吐いた。
一年と半分、電話はあれど姿は見せなかったのは中央トレーナー試験への専念のため。
合格し、トレセン学園に来ることが決まっても連絡しなかったのはサプライズのため。
悪意なんて一片も無いが故に起きた喜劇だった。
そんな、通称『ジョー、なんとかしろ事件』。
あの時は不純異性交遊だとか、トレセン学園の懐をもっと見せろだとか、本当に揉めた。
あまりに揉めるからオグリキャップが「キタハラ、カサマツに帰ろう」とか言い出して理事会が本気で止める事態になるレベルだった。
URAにとって、ある意味人気という点ではシンボリルドルフ以上、グッズ売り上げ歴代一位を誇り、今なお更新しているオグリキャップは失い難い人材である。
であるならば、トレーナーとウマ娘の仲を取りもつことで生まれる話題性を取るのを選ぶのは仕方のないことだろう。
なお、キタハラとオグリキャップの間に盟友のような感情はあっても恋愛のような感情は無いのはこの際置いておく。
それはさておき。
チーム・ミモザを率いることになったトレーナーであるが、理事長が危惧するのは彼のチームに入ったウマ娘たちの存在だった。
セイウンスカイ、ナリタタイシン、マンハッタンカフェ、アグネスタキオン、ニシノフラワー。
短距離路線を進むことを決めているニシノフラワーは問題ではない。彼女はまだ幼く、そういった情緒は完成し切っていないからだ。
問題は、他4名は実に面倒な感情をトレーナーに持っているということだ。
話題性として利用できない程度には問題になるという確信が理事長にはあった。
鬱屈した精神と持て余した衝動を受け止めてくれたトレーナーに絆されたセイウンスカイ。
ウマ娘としての自身を否定され続けたが故に最初から己を肯定してくれたトレーナーを特別に見るナリタタイシン。
自らの研究成果しか信じず、誰も信じようとしないまま己の脚を諦めようとした所を支えられ、復活したアグネスタキオン。
繊細かつ儚げな風貌は偽りでしかない、己が認めたトレーナーにしか従わぬ狂犬のマンハッタンカフェ。
あの4名が持つトレーナーに向ける感情は、方向性は違えど大きさは似たり寄ったりだ。
しかし、それがしょうがない事だと分かる自分が居るのも事実だ。
理事長は、被っている帽子の中に隠した己の"ウマ耳″をピクピクと震えさせる。
ああ、もしだ。
あの、ウマ娘の心の隙間に入り、埋めることが上手すぎるトレーナーが、己のトレーナーだったらどうなっただろう。
こうして、若い身空で学園を指導する立場になったらきっと、トレーナーとしてでなく彼は秘書として己を支えてくれると思うと、セイウンスカイらの感情を否定出来なかった。
理事長、と普段は慕われる少女は夢想する。
自身は既に置き去った、ウマとしての名前。
その名前を呼び、愛バと言ってくれる存在が居るということ。
それは、〝ノーザンテースト゛という魂の名が、セイウンスカイらの否定を許さなかった。
一体何川や○いなんだ…