晴れのち曇り、ところどころにわか雨   作:にぼし一番

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3話:若さってなんだよ!

 

 

『何か私、悪いことしたかな』

 

 

何処か遠くを見つめるような目線をした少女、ニシノフラワーは窓の外に見える青空へと心の中で問いかけた。

振り返れば、ウマ耳を裏返し、3人のウマ娘を睨むセイウンスカイの姿がある。

ニシノフラワーがその対象になっていないのが分かる程度には敵意が3人、ナリタタイシン、アグネスタキオン、マンハッタンカフェへと向けられている。

そんな、殺意にも近しい感情を向けられても3人の顔はなんとも涼し気であった。

 

「……で、さっきから何?いい加減、視線がウザったいんだけど」

 

数分ほど過ぎた頃、ナリタタイシンが口を開く。

スマートフォンから顔を上げ、視線をセイウンスカイへ向ける。気だるげな瞳は、言外に不機嫌さを表している。

親の仇と言わんばかりに睨まれればそうもなるだろう。

そのナリタタイシンの言葉に続くように、愉悦を含んだ笑い声がアグネスタキオンから響いた。

 

「はっはっは、そう邪見にしてあげないものだよタイシン君。私たちとて〝あの頃“は似たようなものだったろうに」

「うるさいタキオン」

「それに我々は彼女、んー、スカイ君と呼んでも?…あ、ダメかい?セイウンスカイ君に感謝せねばならないのだから」

「……感謝?」

 

何を、とセイウンスカイは続けようと言葉を口の中に転がす。

この手のタイプは語りたがりだ。黙れば面白がるように言葉を続け、情報を吐き出す。

レースで発揮されるセイウンスカイの冷徹さが沈黙を選んだのだが、それも読んだようにアグネスタキオンは面白げに言葉を続けた。

 

「君が今年の2冠ウマ娘となった事で、我々はこうして助手君のチームに入れたのだからね」

 

猫がネズミを嬲るかのような、そんな声色だった。

間違いなく、このアグネスタキオンというウマ娘はセイウンスカイの様子を楽しんでいる。

しかし、アグネスタキオンの言葉はセイウンスカイとて理解していることだった。

己が勝てば己を育てたトレーナーは評価される。評価されれば、任されるウマ娘の子たちは増えるに決まっていた。

セイウンスカイは、結果的に自ら首を絞めたと言えた。

だが、だがだ。

 

「―――私は、私を育ててくれた、見捨てないでくれたトレーナーに恩を返したかっただけだよ」

 

クラシック三冠。

恩を返すには最高の舞台で、事実、2冠は十分な偉業だ。

だが、トレーナーへ本当に上げたかった日本ダービーの優勝杯を逃したことで、セイウンスカイにとって2冠なぞどうでもいいことになっていた。

 

「……あの人を、ダービートレーナーに、したかった……!」

「分かるさ」

 

優し気な声だった。

日本ダービーでスペシャルウィークに差され、その日に泣きじゃくった弱い己を思い出す。

そうすることで自然と俯いていたセイウンスカイの耳に、アグネスタキオンの声が沁みるように響く。

 

「私も、カフェも、タイシンも、当時は彼のウマ娘ではなかったからねぇ……受けた恩に対して我々は何も返せていない」

 

アグネスタキオンと視線が交わる。

何処か、山の頂きのようなものを見る目をセイウンスカイに向けていた。

見れば、マンハッタンカフェも、ナリタタイシンも同じような目をセイウンスカイに向けている。

それは羨望という感情のもので、何処か背中に薄ら寒く感じるのは嫉妬が混じったが故のものだろうか。

 

「……我々は、君のようにダービー杯を獲れず、泣いて悔しがるどころか、彼のために走る事も許されなかったのだよ」

「(ああ、そっか…)」

 

セイウンスカイは納得する。3人がこうもセイウンスカイを見てくる理由を。

 

彼に勝利を捧げたのは、己が初めてなのだ。

 

彼女たち3人はトレーナーと昔からの知り合いだろう。だが、彼のウマ娘では無かった。

トレーナーに助けられ、勝利したレースもあるだろう。だが、彼の功績には成らない。

 

「だから、ありがとう」

 

トレーナーにチームが出来た、これで彼に勝利を捧げれる。

言葉にはしない。だが、3人はセイウンスカイにそう告げていた。

結局のところ、彼女たちは皆、トレーナーを誇らしくしたいのだ。

 

『どうだ、彼はこんなにも凄いウマ娘を育てたんだぞ』

『そうだ、トレーナーは私をこんなに速くしてくれたんだ!』

 

そういう、子供染みた自己主張とも言えた。

 

「だから……ふふっ」

「ひゃん…!?」

 

セイウンスカイが思考の渦に溺れていると、アグネスタキオンの悦を含んだ声とニシノフラワーの小さい悲鳴が聞こえる。

視線を向ければ、アグネスタキオンがニシノフラワーを後ろから抱きしめ、つつ、と指を頬から首筋へと流している。

何処か怪しげな手つきに、ニシノフラワーの顔色が赤く火照っていた。

 

「す、スカイさぁん…!」

「……フラワーから離れなよ」

「ふふふっ…これからメイクデビューを控えるフラワー君は、彼のチーム創設としての試金石になるからねぇ―――データを取らなければ、ね?」

「タキオン、アンタこの前も中等部のスカーレットに『データ収集のため』とかそんなこと言って抱き着いてなかった?」

「……タキオンさんは、この前の私の黒髪をずっと指で梳かしてました……」

「フラワーから離れろ変態ッ!?」

「勘違いしないでくれたまえ、私は(ウマ娘の性能を見るための)体にしか興味ないのだよ」

 

叫び声のような、姦しい喧噪の声がチームの部室に響き渡る。

内実はどうあれ、その騒がしさだけは、10代の少女達らしい若々しさに満ちていた。

 

 

 

       ◆

 

 

 

「では、チーム・ミモザのこれからを祝して―――乾杯ッ!」

「「「乾杯!」」」

 

トレセン学園からほど近い居酒屋の個室に複数人の男女の姿があり、その中にセイウンスカイのトレーナーの姿があった。

彼、彼女らは同じくトレセン学園で働くトレーナーたちで、セイウンスカイのトレーナーと親交が深い面々が集まっている。

レースという性質上、トレーナー同士はウマ娘を介したライバル関係である。

しかし、その前にトレーナーはウマ娘たちのために存在する、という大前提があり、また同じ仕事で苦労を共有する仲でもあった。

こうして、出世とも言えるチームトレーナーとなった事を祝うのは、助け合いの一環とも言えた。

 

「しかし、実質トレーナー歴3年でチームってのは……才能の差ってのを感じるなぁ…」

「いえ、俺もっと勉強しないといけませんよ、ジョーさん」

「それは俺も、だなぁ……俺も六平さんから卒業しねーと行けないしな」

 

酒と料理が暫く進んだ後、食べるよりも飲みつつ雑談、という状況になった中で、トレーナーのコップにビールを注いだ男、キタハラが呟く。

キタハラは昨年の事件からは彼の叔父であり、同じく中央トレーナーである六平 銀次郎の元でサブトレーナーをしつつ、オグリキャップの専属トレーナーとしてトレセン学園に居た。

こうしてキタハラとトレーナーが交友があるのは、中央の若手のトレーナーの懇親会などで気があった、というのが始まりだ。

今、ここに集まっているのも中央への所属歴4~5年の、まだまだ若手と言える者たちばかりであった。

 

「それに、幾ら出世したとか言われてもまだまだ、もっと彼女たちのために出来ることがあるって思う毎日ですよ」

 

ちびりと、ビールで唇を湿らせる。

トレーナーは、彼女たちをレースで、ウィニングライブで輝かせるために努力は惜しまない。

若さ故に暴走した時もあったが、今はこうしてビールの苦みを楽しめる程度には成長した、と彼は思いたかった。

 

「……で、なんでタケくんはあんなに痛飲してるんです?」

「あー……」

 

ちらりと、トレーナー仲間であり、つい先日行われた天皇賞(秋)で見事にレースを制したサイレンススズカのトレーナーであるタケという青年を見やる。

見れば、彼はデキャンタのワインを既に2杯平らげており、うわ言のように「どうしよう」と繰り返していた。

キタハラは事情を知っているのか、ちょっと困ったように言葉を濁していたが、意を決したように口を開く。

 

「スーパークリークとサイレンススズカが…」

「あ、もう良いです巻き込まれたくないので」

 

その2名の名前を聞いたトレーナーは全力で聞かないことにした。

スーパークリークとサイレンススズカ。

この2名の仲の良さと悪さは有名であった。なお、矛盾ではない。

 

スーパークリーク。

当時、新人も新人だったタケくんを新入生であった彼女が逆指名という形でコンビになったウマ娘だ。

あの手この手で甘えさせようとしてくるので成人男性・女性の尊厳破壊魔とまで言われているが、その強さはオグリキャップらと競う、トレセン学園でも最上位に位置する強者だ。

彼女の【魔王】という渾名がそれを示している。

 

そして、彼の2人目のウマ娘であるサイレンススズカ。

元々はリギルに居たが育成方針と噛みあわず、苦悩していたところをタケくんに助けられ開花。

【異次元の逃亡者】とまで称えられる逃げ脚で魅せるウマ娘である。

タケくんが彼女に掛かりっきりで母性が暴走したスーパークリークが起こした【タマモクロス幼児化事件】は未だ記憶に新しい。

 

トレーナーが、なぜ話を切り上げたかと言えば、この3名の関係が非常にややこしいからであった。

スーパークリークとはファンの間からも「バカップル」とか言われ、サイレンススズカとは「スズカの足をお前の隣で止めた罪は重いぞ」と野次られる。

URAが打ち出したトレーナーとウマ娘の関係のモデルケースとしてよく知られることもあってか、関わると碌な目に合わないのである。

セイウンスカイのトレーナーは、他人の恋愛模様にはとても敏感であった。

 

「助けてやろうとは…」

「ウマに蹴られたいと?」

「……オグリに蹴られたら死ぬな…」

 

大方、来年にサイレンススズカがアメリカへと渡航することで何かしら一悶着あったのだろう。

取りあえず縋られる前に酔い潰してしまおうと、空いたグラスにまたワインを注いでやるトレーナーたちは皆良い顔をしていた。

面白がっている酔っ払いの集団であった。

 

 

 

 

 

店の入り口が開く音と共に、ガラガラの賑やかな音が彼らの酔いを覚ますまで、あと3分―――。

 

 

 




「可塑性物質(プラスチック)のガラガラを持ったウマ娘と出会ったら味方と思うな。だが敵にも回すな。そのガラガラは主人の尊厳を堕とす玩具。奴は、蒼いガラガラと共にやってくる!」
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