ただ反応返すとなると言葉選びですっごく悩んで色々と遅れるのでユルシテユルシテ。
先週のライスシャワーとの懇談会以来、何処かチーム・ミモザの空気が張りつめたものから柔らかいものに変わっているのをトレーナーは感じていた。
ライスシャワーの怪我と予後不良による話を聞き、走ることへの不安を抱く可能性を考えていたトレーナーにとっては良い意味で予想外である。
ただ、ニシノフラワーが貧血で倒れたので話の内容を覚えていなかったらしく、またライスシャワーを呼ぼうという話をすると皆が皆断っていた。
「まだ退院したてなんだからそっとしてあげたまえ」とアグネスタキオン。
そんな気遣い出来たんだな、と思わず言ってしまい、その日、トレーナーはゲーミング・トレーナーになってしまっていた。
そんなトレセン学園の冬は早い。
3日後に控える有マ記念に備えた調整を続けるセイウンスカイとそのトレーナーは師走というものを実に感じ取っていた。
有マはG1レースの中でも取り分けお祭り色の強いレースであるが、その出走ウマ娘は誰もが一流であり、気を抜けないレース展開になる。
そう、気は抜けないのだが―――。
「なんだよ、ここじゃ客に茶ぁすら出ねぇのかよ」
「おうおうおう!てめぇステゴのアネゴに茶ぁすら出さねぇとはどういう了見でぇ!?」
「止めとけゴルシ、レース前に何盛られるかわかりゃせんぜ」
今、チーム・ミモザの部室はチンピラたちに襲撃を受けていた。
言い方が悪すぎるのだが事実である。
窓から部室の外を見れば、マスクを着けて肩に木刀を担いだ栗毛のウマ娘と、それとそっくりな鹿毛で小柄なウマ娘が部室の前に屯っていた。
巻き込まれたくないだろう、部室の前を通る他のウマ娘は全力で目線を逸らしていた。
セイウンスカイのトレーナーも仮に外からその様子を見たら大人しく教職員棟に戻る自信があった。
「……それで、何の用だ?ステイゴールド、ゴールドシップ、ナカヤマフェスタ」
艶やかな黒鹿毛を肩に掛からないほどに短く揃え、襟足を長く伸ばして纏めた、強気な眼差しが特徴的なウマ娘・ステイゴールドは「ハッ」と小さく笑う。
腕を組み、足を組んだその堂々とした佇まいからは彼女の自信が溢れて出ているかのような尊大さがあった。
それを盛り上げるように音頭を取る葦毛の銀髪を靡かせるウマ娘・ゴールドシップと面白がるようにニヤニヤ笑うナカヤマフェスタとの温度差が酷かった。
トレセン学園の問題児グループ、【黄金旅程】の一団である。
「有マが決まったからな、こいつは宣戦布告って奴さ……セイウンスカイ」
「……何かな」
「スペの野郎が有マに出ない以上、スペを2回負かしたテメーは全員から狙われるっていう事だよ、2冠」
宣戦布告。
そう告げる彼女の言葉にセイウンスカイは目を細める。
ウマ娘がレースで勝負を挑まれるという事に悪感情は無い。セイウンスカイは口元を小さく笑わせ、「へぇ」と言った。
「仲間引き連れて宣戦布告なんて、随分と寂しがりなんだ」
「「あっ、アタシらは面白いから着いてきてるだけだから」」
「………そ、そうなんだ」
ダメだった。
空気が弛緩していくのを部室の全員が感じ取っていた。
何故か、ステイゴールドも目に見えて気を削がれており、敵意と戦意が消えているようにも見える。
その時、部室の扉が開く。
見れば、ステイゴールドたちに出すお茶とお茶菓子を買いに行っていたニシノフラワーと何故かアグネスタキオンの姿がそこにはあった。
「お待たせしましたぁ…!中々良いのが見つからなくて、タキオンさんが手伝ってくれて……!」
「お、おいおい…俺は茶ぁ出せとは言ったけどそんな必死に買ってこなくても―――」
「はいどうぞ、タキオンさんお勧めの【阿寒湖まりも茶】と【豆大福】です!」
「「テメェぶっ○すぞゴラァァ!!!?」」
「ぴぃぃぃぃ!?」
◆
「くすん、くすん…」
「悪かったよ……タキオン、テメーは後で厩舎裏だ」
「悪ぃ悪ぃ……タキオン、ゴルシちゃんの特製フルコースだかんな!」
「カフェ、守ってくれたまえ」
「嫌です」
半泣きのニシノフラワーを粗雑ながら困ったようにあやすステイゴールドを横目に、遅れてやってきたマンハッタンカフェが淹れたコーヒーが人数分、配られる。
外に屯っていた2名、オルフェーヴルとドリームジャーニーも中に招いての茶会の様相を呈してきていた。
アグネスタキオンがコーヒーを見て顔をしかめ、角砂糖のポットを取ろうとしたところをマンハッタンカフェが万力の如し握力で阻止していた。
「痛い痛い痛い痛いっ!折れる、折れるよカフェ!!?」
「大丈夫です。ウマ娘は頑丈ですから、ポキオンさん」
「私の骨がそこまで丈夫じゃないって知ってて言ってるだろう!?なんだポキオンとは!!」
どうやらブラック、無糖が彼女なりのアグネスタキオンへの報復らしかった。
それを横目に、ステイゴールドは角砂糖2つとミルクをたっぷりと入れている。意外と甘党な彼女である。
「それで、これと同じことをリギルにもやったのか?」
超猫舌のセイウンスカイためにコーヒーを冷ましてやりながらトレーナーは呆れたようにそう告げた。
有マに出走予定のリギル所属のグラスワンダーにもこれをやっているとなると、あのリギルの面々からすれば問題が大事になるのは分かり切っている。
分かり切っているのだが、ステイゴールドは「おう」と、男らしすぎる返答をトレーナーに返していた。
ステイゴールドは問題児だが、トレセン学園でも顔は色々と広く、こうして傍若無人でいても何故か嫌いになれない愛嬌があるウマ娘であった。
「バッチリと宣戦布告してきてやったぜ」
「謝る要員でジャスタウェイ縛って置いてきたから大丈夫だって」
「悪魔かお前ら」
この愚連隊どもに毎度巻き込まれる鹿毛の少女の姿を思い浮かべる。
ゴールドシップに迫られて断り切れない姿が思い浮かぶあたり、もはや定番の組み合わせと言えるのが悲しい現実であった。
思わずトレーナーが頭を抱えるが、余計に突っ込んでも此方が被害を受けるだけと思い直し、小さく胸で十字を切るだけで終わらせる。
見れば、セイウンスカイも「ナムナム」と手を合わせていた。
「それと……ああ、そうだそうだ、グラスワンダーの事だけどよ」
「ッ!」
話が雑談に入りかけたその時だ。
ステイゴールドが口を開き出したグラスワンダーの名前にセイウンスカイのウマ耳が跳ね上がっていた。
見れば、アグネスタキオンとマンハッタンカフェもウマ耳をステイゴールドへと向けている。
トレーナーは深い事情を知らぬが故に「グラスワンダーがどうしたんだ?」と、他を代表するようにステイゴールドへと尋ねていた。
「いんや、挨拶行っても上の空でよ…同級生なんだろ?なんか知ってるかと思って」
「スカイ、何か知ってるか?」
「……知らないかなぁ」
そうなった理由は想像できる。だが、説明は出来ない。
そんな表情をセイウンスカイが浮かべているのにステイゴールドとトレーナーが揃って頭上に「?」を浮かべていた。
「んまーいいか、ごっそさん」とステイゴールドがコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
そしてもう一度、セイウンスカイをステイゴールドは見やる。
視線が交わると二人揃ってにやりと笑い、ステイゴールドたちは嵐のように去っていった。
「……ああも粗暴ながら爽やかに宣戦布告してくれると高揚するものだねぇ」
「(我々と違って)後ろ暗いものが無いからああなんでは?」
ぼそぼそと、アグネスタキオンとマンハッタンカフェが内緒話をしながらセイウンスカイを見る。
セイウンスカイの瞳には何処か活力が張り、コンディションが上がったかのように見える。
ある意味それは敵に塩を送る行為だろう。ステイゴールドはこれから競う相手たちに発破を掛けにこうして練り歩いているのだから。
ただそれは、彼女の美学とも言えた。
最強の敵に全力で挑む事こそが、彼女のウマ娘としての本能であった。
だからこそ、まるで他者に興味など無い。
そう言わんばかりに、追いすがるセイウンスカイを、ステイゴールドを、他のウマ娘たちを切って捨てるように有マの先頭を駆け抜けた彼女の姿にステイゴールドは叫ぶ。
「畜、生…チクショウッ!!テメェ……何処を見てやがる!!?」
グラスワンダーはレースに興味など無さ気に、何処か遠くを見ていた。
その瞳に共にレースを走るウマ娘たちは映っていない。
彼女の視線の先には、車椅子を押す、一人の男の姿しか映っていなかった。
グラスワンダーがレースから引退を表明したのは、それから間もなくの事であった。
やべーぞ逆ぴょいだ!