有マ記念を終えたトレセン学園は短いながらも冬休みへと突入している。
そもそも、この時期にレースに出場する予定の無い生徒は年末年始を実家などで過ごす事が多いので寮に居る生徒は極少数であった。
そんな極少数に位置する生徒であるセイウンスカイは、この時期となると例年の過ごし方というものがある。
それはトレセン学園の裏手にある単身トレーナー向けの教員寮での年末年始を過ごすというものだった。
つまるところ、お泊りである。
本来、トレーナーとウマ娘、言い換えれば教師と生徒という関係でのお泊りなぞ世間が許さないことだろう。
しかし、ここトレセン学園ではメンタル保護の名目で許可される場合もある。
特に大きなレースの直前直後などは許可が下りやすくなっており、トレーナーと過ごすという事がウマ娘のメンタルに直結しているという事の証明でもあった。
「スカイ、炬燵で溶けてないで手伝ってくれよ」
「んぁー……」
年越しそばの用意をしながらセイウンスカイのトレーナーは声を掛ける。
とは言っても、猫舌のセイウンスカイに合わせた冷や盛の蕎麦なのでそう手間ではないと、セイウンスカイは知っていた。
セイウンスカイは(ウマ娘基準で)そこまで食べる方ではなく、例年は精々大人5人分の蕎麦があれば二人で食べるには十分な量であった。
「いやマジで、手伝ってくれスカイ…!」
「えぇ~…?どうして――え?」
「いやマジで10人前は量が思ったより多い…!!」
「えっ」
炬燵で溶けていたセイウンスカイが顔を上げれば、足が生えた蕎麦の山が見えた。
正確には、山盛りの蕎麦が乗ったお盆を抱えるトレーナーの姿である。
その姿に、トレーナーが持ってきている箸の本数的に、実に嫌な予感があった。
そして、それを肯定するかのように、来客を告げるインターホンが鳴り響いたのであった。
セイウンスカイは嫌な予感のままに、インターホンで応答する。
「……はい」
『やあやあやあスカイ君、寒いから早いとこ開けておくれ』
「あ、新聞は間に合ってますー」
『あ、ちょっ』
年末に実にお忙しいことだ。
セイウンスカイは「寒い寒い」と呟きながら炬燵へ戻っていく。
「スカイ、今のはタキオンじゃ」
「新聞の勧誘だったよ」
「いや、もう年末なんだけど」
「この時間は何処の家も在宅してるからそれ狙いだよぉ」
「こんな雪降る中に放置するとかどうしてそんな酷いことをするんだい」
家に入ってきていた。
セイウンスカイは聞こえちゃいけない声の方向を思いっきり睨む。
少し大きめのダッフルコートとマフラーで対寒防御を固めたアグネスタキオンが袖に使用したであろうピッキングツールを隠しつつ立っている。
「犯罪者が居るよトレーナー、110しないと」
「やめなさい」
「ウマ娘たるものピッキング程度は嗜みだよスカイ君」
「そんな訳あるか!!……トレーナー?どうして黙るの?」
「いや、毎年何件かはトレーナー寮に侵入するウマ娘たちが居るから否定出来ないって思って……」
「えぇ…」
結構深刻そうに告げるトレーナーに、セイウンスカイは若干引いて困惑する。
いや、分かるのだ。
ウマ娘は愛が深く、嫉妬深く、そして何より1番になろうとする生き物だ。
それはトレーナーの隣という意味でもそうなのである。
だからこそ、チーム・ミモザもそこまで酷くはないが若干ギスギスしているのだから。
「俺の先輩の話だ……あるウマ娘を導いていた先輩なんだが、気が付けば日常も侵略されていたらしくてな、帰ったら何故か部屋に居て食事が用意されてるなんてザラだったそうだ」
「……それって、勝手に入ってって意味で?」
「そういう意味で」
「……その先輩って人、どうなったの?」
「……元気にしているといいけどなぁ」
北海道で。
その言葉にセイウンスカイとアグネスタキオンは揃って察する。
北海道。
未だにウマ娘の9割近い出身地を誇る、多くの男たちがウマ娘に連れられて人生の終の棲家となる大地の名前であった。
「さて、新しい防犯対策を考えるのは後にして、伸びるから蕎麦を食べてしまおう」
「助手君、私は温かい蕎麦が良いのだが」
「文句言うなら帰ったら?」
「文句はないさ……いや、君の好みに合わせているというところはひじょーに文句があるのだが」
ぶつぶつと呟きながら炬燵に入るアグネスタキオン。
4人しか入れないので良かったと思いつつ、セイウンスカイはトレーナーに訊ねる。
「そういや、フラワーたちは?」
「フラワーとタイシンは実家だが、そういえばカフェは知らないな…タキオン知ってるか?」
「軽く富士山でご来光とか言ってたねぇ」
「軽く」
「富士山」
他愛の無い会話と蕎麦を啜る音が響く一室で迎える新年。
トレーナーは新年開け一発目のトレーナー会議を思いつつ、蕎麦をたぐっていた。
◆
「………」
男は拘束されていた。
対ウマ娘用の拘束衣に全身を包まれ、太く厚い革製ベルトでその全身を固められている。
ここはトレセン学園におけるトレーナー専用の会議室の一室。
そして、拘束されている男はトレセン学園のトレーナーであった。
―――どれほどの時間が過ぎただろうか。
人の騒がしい気配と共に会議室のドアが開く音が響く。
拘束された男には誰が来たか分からない。目隠しをされ、口には轡が嵌められている。
しかし、そんな拘束された男を見て上がる声は男の耳に届いていた。
「こいつは……そうか、やりやがったか…」
「分からんでもないが……いや、分かったらダメだったな」
「そんなこと言えるなんてお前、ウマ娘との付き合い上手いな……ウチはもう皆の目が怖いよ」
「お前のとこってそんなに不味いのか」
「………正月に俺の実家に全員”走って”押し掛けてきた」
「「「oh…」」」
「母さんが、『どの子が私の娘になるのかしら』って言って、帰りの車が無言で、怖くて……!」
「……奢るよ、一杯やろうぜ」
「ああ、死にゆく友のために」
「ふざけんなよ!!?」
ざわざわと、新年の挨拶と雑談が混じる中で男は考える。
どうしてこうなったのだろう、と。
俺と奴らの違いは、そうは無かったはずだ。
だが、結果として男はこうして拘束され、その男を周囲は憐みと蔑みの目線で見ていた。
「立春ッ!明けましておめでとう諸君!」
「「「おめでとうございます、理事長」」」
その時、分かりやすい来訪者と共に雑談が止まる。
理事長、と呼ばれる小さな少女が訪れたことでこの会議が進むのだろう。
「目隠しと口枷を」という声と共に男の隣に足音が止まり、先ず目隠しが外される。
一斉に合う視線に、男から思わずくぐもった呻きが漏れ出ていた。
「ではこれよりッ!被告人Aの【#年末温泉#あったかポカポカ#カレンチャン】査問会を開始するッ!!被告人!先ず何か申し開きは!!」
「違うんです、違うんです理事長!!それでも俺はやってない!!!」
「皆そう言うのだッ!たづな!」
「はい。では皆さま、お手元の資料をご覧下さい」
トレーナーたちの目の前に置かれたコピー用紙の冊子を学園長秘書である駿川たづなが見るように促す。
それはSNSのスクリーンショットを数枚ほど写したもので、よく知るウマ娘のアカウントのものだった。
「これは被告人Aの担当ウマ娘さんであるカレンチャンの個人アカウントの投稿です」
カレンチャン。
フォロワー総数300万を誇る”カワイイ”の伝道師であり、トレセン学園が色々と気を付けなければいけない存在である。
彼女は所謂炎上も態と利用し、またアンチすらも利用していくSNS巧者だった。
そんなカレンチャンの投稿を見ると、皆がまたどう判断すべきか悩むような顔をしていた。
【今日から年明けまでご褒美温泉!ここの女将さんがウマ娘さんでとっても親切で、写真を撮るのを許可くれたり撮ってくれたり、サービス最高!】(ウマ娘の旅館女将と2ショット)
【枕を二つ並べて寝転がって写真撮影!女将さんありがとう!カレンも将来、旦那様とこんな思い出作れるかも!?】(大きな布団に枕が2つ、そこに寝転がるカレンチャン)
【ご来光まで起きてちゃった!温泉入ってこれからぐっすり!】(何処か汗ばんだ風にも見える浴衣姿のカレンとご来光の自撮り)
「判定はッ!?」
「「「うーん、死刑」」」
「ちょっとぉ!?」
8割ほどのトレーナーが死刑を告げていた。
ちなみにセイウンスカイのトレーナーは目元を押さえたままである。
「いやお前、これは言い逃れ無理だろ」
「朝までコースじゃん」
「実際一緒に行ってるんだろ温泉」
「行ったけどさぁ!?」
「「「理事長、こいつヤってますわ。確実にうまぴょいですわ」」」
なお、うまぴょい(意味深)は本来の意図を込めた言葉をウマ娘たちの聴力で聞かれたら困るための代理用語である。
なんとなく意味は通じるので代理にする意味は正直無かった。
「うむ」と、何が「うむ」なのか分からないが理事長は立ち上がる。
「通報ッ!…としたいところだが、実際は本当か分からないのも事実である。故に、今回は反省文の提出で済ませる」
「ただ、生徒…それも中等部の子と一緒に温泉旅行は褒められた行為でないのは理解してくださいね?」
「はい…反省してます……でも寮に連れ込んでるトレーナーも結構居るのでは―――」
「では、解散ッ!」
拘束された男が何かを言おうとしたが黙殺され、運ばれていく。
理事長的に、トレセン学園内で起こることはどうにでもなるが校外でSNSとかに載せられるのはどうにも出来ないのでその差がこの結果であった。
だからこそ―――。
「たづな」
「はい理事長」
「苦労をかけることになる」
「慣れておりますよ、理事長」
―――有マから10日が過ぎた今日、ライスシャワーの元トレーナーとグラスワンダーが発見されたという事態の起こす問題を、どう収めるか。
準備運動は終わり、ここからが二人の本当の戦いであった。
トレーナーさん、今度は【二人で】会いに来ますね?