晴れのち曇り、ところどころにわか雨   作:にぼし一番

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お ま た せ


7話:サイキョームテキ

 

トレーナーはウマ娘の事を第一に考える人間ばかりである。

そう言われれば確かにそうであるし、セイウンスカイのトレーナーもそうでありたいと考えていた。

しかし、かと言ってウマ娘ばかりに気を回して自身をおろそかにするのも推奨されない。

トレーナーとて一人一人にも自身の生活というものがあり、自由というものがある。

セイウンスカイのトレーナーとして過ごしていた3年間は結構な頻度で自由があったが、こうしてチームを組んだことでその機会も少なくなってきていた。

 

ある休みはセイウンスカイと釣りに行き。

ある休みはアグネスタキオンの実験に付き合い。

ある休みはマンハッタンカフェと喫茶店巡りを。

ある休みはナリタタイシンと服屋を冷やかしに。

ある休みはニシノフラワーと花壇の世話をする。

そうなことをしていれば、一か月のスケジュールなどあっという間に過ぎてしまうものだった。

 

「オハナさんみたく、プライベートとウマ娘を分けれる事が出来れば一番楽なんだろうけどな…」

 

思い起こせば、ウマ娘たちに私生活でも付き合うようになった原因は分かる。出会ったばかりのセイウンスカイだろう。

セイウンスカイと出会ってから3年間を過ごした今思う。あの少女は本当に”普通”になった。

当初、少し不在になっただけでぐすぐすと泣いて引っ付き虫になっていたほど、情緒が不安定な時期があった事を思えば成長したと言えた。

来年から高等部への進学に伴い、シニアクラスのレースへと参加する事になる彼女を思えば、その精神の成長は好ましいものだった。

 

「初めての後輩になるフラワーとも仲は良いし、チームとしては恵まれてるよなぁ…」

 

間もなく3月になり、多くのチームトレーナーが警戒する時期がやってくる。

それはトレセン学園を卒業し、トレーナーと離れ離れになるのを嫌がるウマ娘たちの暴走の時期である。

この時期になると学園側も警戒するのか、警備会社から人員が増員される程度には毎年の出来事になっているのだ。

 

例えば、先日の会議で家に押しかけられたトレーナーは、押しかけてきた全員が高等部3年生であるのでご愁傷さまであった。

なんでも、すでに国外逃亡の準備を終えたとかそんな噂がある程度には警戒しているのだろう。

セイウンスカイのトレーナーは「大変だなぁ、ウチの子たちは皆良い子で良かったなぁ」としか思っていない。

ちょっと間違えれば自分もその二の舞だというのに暢気なものであった。

 

「去年の3月は凄かったもんな……まさかルドルフさんの公開逆プロポーズとは」

 

昨年の卒業式の日、皇帝シンボリルドルフのトレセン学園卒業とあってか報道陣が詰め掛けていた中で行われた逆プロポーズ。

彼女の専属トレーナーの前に片膝を付き、見上げるように行われたプロポーズ。

「あんなことされたらメスになる」とはアグネスデジタルの談。

その時、周囲を見渡して不敵に笑ったのは勝利宣言だったのだろう。

何人かのウマ娘たちがうなだれているのをセイウンスカイのトレーナーは気づいていた。

 

それに気づいたのは、そのウマ娘たちを知っているから。

セイウンスカイのトレーナーは、シンボリルドルフの専属トレーナーの元でトレーナーの基礎を学んだ事からリギル、ひいては彼女と関わりのあるウマ娘と顔見知りであった。

 

「あっ、トレーナー!」

 

そう、此方の姿を見てにこにこと駆け寄ってくる少女。

トウカイテイオーもその中の一人だったのだから。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「はちみー、固め濃い目多目で!」

「俺は軟め薄め少な目、レモンジュース追加で」

 

トレセン学園にほど近い公園に来るはちみつドリンクの店でそれぞれの注文を受け取り、なんともなしにベンチに座る。

トウカイテイオーはそれを慣れたように飲み、感嘆の声を漏らしていた。

 

「っはぁ~…やっぱりはちみー美味しー♪」

「ほぼ蜂蜜だろ、それ」

「むぅー、それ言ったらトレーナーだってはちみつレモンじゃん!」

「これはこれで美味い俺なりのカスタムなんだよ」

「へぇー、じゃあ一口ちょうだい♪」

「あっ、コラ!」

 

一吸いで1/3ほどを飲み込むトウカイテイオーを押しのける訳にも行かず、なされるがままにするトレーナー。

ストローから口を離し、ぺろりと、唇を小さく嘗め回したトウカイテイオーはニコニコと笑っていた。

 

「これはこれで美味しいかな!ほい、トレーナー」

「……ん?」

「だってトレーナーの飲んじゃったし、ボクのも一口あげる」

「いやお前……いいよ、気にするなテイオー」

「ダメだって!トレーナーにも固め濃い目多目に目覚めて貰わなきゃいけないんだよ!ほりゃ!!」

「んむっ!」

 

トウカイテイオーの腕が伸び、トレーナーの口元にストローが突っ込まれる。飲まなければ離さない、という顔をしていた。

トウカイテイオーというウマ娘は、強情な面がある。

ならばさっさと飲んでしまうのも手かと、小さく吸い込み、喉を鳴らしたのを見てトウカイテイオーはまた嬉しそうに笑っていた。

 

「どう?どう!!?」

「……蜂蜜かな?」

「もー!!!」

 

そうこうしているうちに飲み終り、なんともない会話が続く。

トウカイテイオーばかりが話しかけ、トレーナーが相槌を打つという流れだが、慣れたものであった。

そうしているうちに、「そうだ」とトウカイテイオーは言葉を区切った。

 

「ねぇトレーナー、チーム組んだんだよね?」

「ん?ああ、組んだぞ……あれ、知らなかったのか?」

「ううん、知ってたよ?」

「……うん?」

「……なんで察しないかなぁ?ほら、ここにトレーナーの夢を叶えれる無敵のテイオー様が居るんだよ?」

「あー……」

 

そういうことか、とトレーナーは納得する。

彼女、トウカイテイオーは未だトレーナーを得ていないことでトレーナー間では有名な少女だった。

超一線級の素質、1のアドバイスで10を学ぶ、同世代における絶望。

彼女を評して誰かが言った。

 

『天才は居る。悔しいが』

 

トウカイテイオーのデビューを避けて己の指導するウマ娘をデビューさせようとするトレーナーが居る程度には、彼女は有望視されている。

だがしかし、だ。

 

「君のことだ、リギルからもスカウトが来てるだろう?」

 

彼女の夢、無敵の三冠ウマ娘。

トウカイテイオーがトレーナーを付けていないのは、彼女が望まないという点もあるが、スカウトされないという事もある。

彼女は逸材だ。

それこそ、シンボリルドルフにも勝るとまで言われるほどの素質を秘めているほどに。

それゆえに、彼女を輝かせることが出来なければ、己のトレーナーとしての未来は終わるに等しかった。

だがリギルは、彼女を確実に輝かせれる環境が整っている。それにだ。

 

「ルドルフさんのトレーナーだったオカさんだって居るしな」

「あの人嫌い!!!」

 

その名を出した途端に、トウカイテイオーは癇癪を起したように叫んだ。

だが、直ぐに冷静さを取り戻したのだろう。

ばつが悪そうに「ごめん」とトレーナーに謝っていた。

 

「……何かあったか?」

「……カイチョーと話してても、あの人が来るとカイチョーは”そこに居ない”んだ」

「それは……」

「カイチョーは、カイチョーのトレーナーの事しか見て無い―――ボクと話してても、眼中に無かった」

 

話すにつれ、トウカイテイオーの声が震えていた。

―――己の憧れの人と話していて、その人が自分を見て無いと分かった時の恐怖は、どれほどのものだろうか。

思わずセイウンスカイのトレーナーはトウカイテイオーの肩に手を添えていた。

その手をトウカイテイオーは握り返していた。

 

「それに、トレーナーが言ったからボクはまだデビューしてないんだよ」

「俺が?」

「トレーナーが、”君の脚のバネは最強の武器だが最強の盾じゃない”って言ってたでしょ?」

「それは―――」

 

思い返す。

今から1年ほど前、トウカイテイオーがまだ中等部1年生の頃の話だ。

シンボリルドルフ世代の卒業を控えたある日、俺は彼女に呼ばれていた。

 

「君も既に立派なトレーナーであるというのに、呼びつけてすまないな」

「いえ……でもルドルフさん、俺に用事とは」

「うむ……テイオーの事なんだが、あの子は来年メイクデビューをするつもりらしくてな」

「……ルドルフさんが三冠を達成した中等部2年に合わせて、ですね……スカイとぶつかり合うのか…」

「―――この際はっきり言おう。私はそれをやらせたくない」

「は?」

「何も、私の記録に並ばれたくないなんて幼稚な理由じゃないさ……この診断書を見てくれ」

 

そういってシンボリルドルフが見せてきたのはトウカイテイオーの健康診断の結果だった。

内容を要約すれば、【非常に健康、しかし下腿部に若干の歪みあり】という内容である。

見るものが見れば、その歪みは彼女の脚力に彼女自身が耐えれていないものによるものと分かる、そういう診断書だった。

 

「君はテイオーとも知り合いであり、アグネスタキオン君とも交流が深いと聞いている」

「そういうことですか……分かりました、掛け合いましょう」

「すまないな……あの子に私たちから言うと、きっと意固地になるだけだろう」

 

―――頼んだぞ、トレーナー君。

 

 

「―――言ったな、確かに」

「ボク、約束守ったんだよ……だから、責任取ってよ」

 

あの時のトウカイテイオーを説得するため、トレーナーは結構な骨を折ったのを覚えている。

駄々っ子状態だったトウカイテイオーだったか、交流を密にしていくと漸く此方の言葉に耳を傾けてくれた。

その結果がデビュー見送りであり、トウカイテイオーの言うシンボリルドルフと同じ年での三冠を逃した責任なのだろう。

口を横一文字に結んでこっちを見上げるトウカイテイーに、トレーナーは困ったように頭を掻く。

答えは、そんな彼女の頭を撫で返すことだった。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「ええ……分かりました。グラスワンダーはアメリカ大使館ですか……はい……難しいでしょうね」

 

薄暗い寝室の一室。

シーツを体に纏わせただけの姿で電話を受ける女の姿があった。

ゆらりゆらりと尻尾を揺らせ、落ち着いた様子で電話を続ける。

 

「……テイオーにトレーナーが?それは何よりの報告ですね……ええ、ええ……はい?夫があの子のトレーナーにですか?」

 

電話相手の言葉にキョトンとした後、女は続ける。

面白そうに、面白くなさそうに。

 

「ダメですよ理事長―――テイオーは私とそっくりなんです……己を速くしてくれた人を想ってしまう」

『―――』

「そうです、理事長。あの子はそうなってしまえば私相手だろうと引かないでしょう。だから彼とは引き合わせないようにしたのですから」

 

 

 

「――――私が、他の女が寄り付かぬよう、彼へと己を染みつけてるのと同じように、あの子も相当独占欲が強い」

 

 

 

女は笑う。

楽しそうに、愉しそうに。

そこに、皇帝と呼ばれた一人のウマ娘の姿はない。

あるのは、嫉妬に狂う、一人の女だった。

 

 

 




勝利者がやばくないと誰が言った
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