『王』は『覇王』に届きうるか   作:からんBit

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プロローグ

『ウマ娘』

 

異世界からの魂を受け継ぐ少女達。

時速70㎞を繰り出す足でターフを駆ける彼女達を人々は『ウマ娘』と呼んだ。

そんな彼女らの国内最高峰の教育施設『トレセン学園』の専属トレーナーとして赴任したのも遠い昔のようだった。

 

 

――――――そして俺こそが“一流トレーナー”だ!――――――

 

 

新人トレーナーの身でありながらそんな宣言を大勢のベテラントレーナー達の眼前でぶちまけてから、随分と長い時間が過ぎた。

思い返すたびに腹の底からこそばゆいような、むず痒いような恥ずかしさが沸き上がってくる。

 

ただ、それもまた、今となっては良い思い出であった。

 

俺はふと手を休めてコーヒーを注いだ手元のマグカップの中身を覗き込んだ。

 

最初のクラシック級では結果が残せなかった。

 

皐月賞ではセイウンスカイに敗れ。

日本ダービーではスペシャルウィークに突き離され。

菊花賞では惨敗の泥を舐めた。

 

『……おばか……本当にあなたってへっぽこだわ!こういう時ぐらい……ちゃんと諦めなさいよ』

『……そうだな……』

『そのくせに頑固でしつこくて、融通もきかなくて、不器用で……諦めが悪すぎる……』

『……ああ……そうだな』

『……なによ……本当に……全然……かっこつかないんだから……っ』

『……うん……うん……』

『……本当に……なんで、こんなにへっぽこなのかしら……っ!私達はぁ……っ!』

 

涙に沈んだ日もあった。

出口の見えないトンネルの中でのたうち回った時期もあった。

 

それでも……

 

『キングヘイローがまとめて撫で切った!!恐ろしい末脚!!ついにG1に手が届きましたぁ!!』

『しゃぁああああああああああああ!!やったぞぉおおおお!!よくやったぞぉぉ!キング!!』

『ちょ、ちょっと、喜びすぎよ。あなたは私のトレーナーなのよ。もっと毅然としてなさい』

 

『キングヘイロー!!差しきってゴール!!痛烈な電撃戦を制したのはキングヘイロー!!2大スプリントを制しました!!』

『やったな、キング。さすが“一流”だ』

『当然よ。私にとっては想定の範囲内だわ』

 

光を見出し、突き進んでいった先に、彼女は一帖の盾を手に入れるまでに至った。

 

俺はトレーナー室に一際派手に飾られた『秋の盾』をぼんやりと眺めた。

 

その年の有馬記念では6着と流石に距離適性の前に敗れたものの、黄金世代がそろい踏んでのウィニングライブは伝説の1つとして語り継がれていくだろう。

 

そして、そのキングヘイローも今となっては第1回URAの短距離覇者だ。

 

もう彼女が“一流ウマ娘”を名乗っても誰も笑わない。

 

それに対して、俺はというと“一流トレーナー”という名前にようやく中身が追いついてきたと苦笑いされる今日この頃であった。

なにせ、本物の“一流トレーナー”とは、長い時間をかけて数多くの優駿を輩出した実績のあるベテランにこそ与えられる称号だ。まだ1人の担当しかしていない自分には過ぎたる称号であることには変わりがなかった。

 

とはいえ、『最初の3年間』というウマ娘にとって最も大事な時機を駆け抜けたことは事実だ。

 

俺達はあれからもいくつかの重賞で結果を残し、今は少しばかり長めの休養をとっていた。

特に年末からURAを含めてかなりキツいローテになっていたので無理がたたる前に休みを入れたのだった。

 

そのキングは母親に呼ばれて久々に実家に顔を出すとのことで今ここにはいない。

 

キングは出発直前まで『あの人は勝手だ』だの、『今更母親面しないで欲しいわ』だの、ぶつくさと文句を言っていた。だが『嫌ならやめるか?』と聞くと、顔を真っ赤にして『そんなことは誰も言ってないでしょ!』と言い返して、プリプリしながら搭乗ゲートをくぐっていった。

 

本当に頑固で融通がきかなくて、不器用なお嬢様だった。

 

そんなことを思い出しながら、コーヒーを一口飲んで気分転換をして溜息を吐く。

 

「ふぅ……」

 

書類仕事がひと段落つき、大きく伸びをする。首を左右に捻ると凝り固まった筋がバキバキと音を立てた。

 

トレセン学園はこの国の最高峰のウマ娘の養育施設。

そこの専属トレーナーを続けていくには色々と講習を受けたり、論文を提出したりなどやることが多い。

昔からこの手の作業が苦手なので、随分と手間取ってしまったが、それもようやく終わりが見えてきた。

 

俺はそういった仕事書類を片付けてファイルに閉じ、引き出しから別の書類を引っ張り出した。

 

そんな時だった。

 

「こんちわ~四谷さんいます~?」

 

ノックもせずにトレーナー室の扉がガラリと開き、間延びした声が転がりこんできた。

ちなみに四谷 忠文というのが俺の本名だ。

 

「ん?セイウンスカイか」

「どもども~」

 

入ってきたのはキングと同じ黄金世代の1人であるセイウンスカイであった。やや小柄な体格と葦毛の髪色をした中性的な見た目の彼女。空を流れる雲のように飄々とした態度とは裏腹に勝利への執念はしっかりと熱いものを持っている。

 

彼女の逃げ脚にはクラシックの間に何度も泣かされたものだった。

 

彼女はキングのライバルだが、それ以上に黄金世代の5人の仲は良好だ。彼女等を交えてのクリスマスパーティーの記憶はまだ新しい。

それなりに気心も知れている彼女等は時折こうして俺のトレーナー室に遊びに来るのだった。

 

「キングなら今はいないぞ」

「それは知ってるよ。今日はそこに用があってね~」

 

そう言ってスカイが指さしたのはトレーナー室に備え付けのソファであった。

 

「ちょっとお昼寝させてよ。今日はあちこちで芝刈りしててさ。お昼寝ポイントが全部潰されちゃった」

「なんだ?またサボりか?」

「にゃははは、そんなとこ~」

 

スカイはヘラヘラと笑いながら、ゴロリとソファに転がった。

 

「あっ、窓開けていい?今日は風が気持ちいよ~」

「……え?……って、答えを聞く前に開けてるじゃないか」

「まぁまぁ」

 

フニャっと蕩けた大福のように笑うスカイ。

そんな彼女に苦笑いしながら俺は空調を切る。

 

そして、そうやって俺の両手がテーブルを離れたのを見計らったかのように窓から強い風が吹き込んだ。

机の上の書類が飛ばされて散らばり、教室の中に紙吹雪を巻き起こした。

 

「あっ……」

「ありゃ~~これは私の失態かなぁ~」

「だから、先に一声かけてくれと……」

 

スカイは流石に悪いと思ったのかソファから「よっこっしょ」と立ち上がり、書類を集めるのを手伝ってくれた。

 

「はい、これで全部だね」

「ありがと」

「いえいえ~……って、あれ?これって『選抜レース』の出走表?」

 

『選抜レース』とはデビュー前のウマ娘達のレースであり、トレーナーが担当するウマ娘をスカウトする場でもある。ここでしっかりと結果を残せばデビューへの道が開けるというわけだ。

 

「そっか、3回目のレースが始まるのか。もうそんな時期になったんだねぇ」

「そうだな。しかしまぁ、今年はスカウトの視線はほとんど決まっているからな」

「あぁ、テイエムオペラオーとメイショウドトウの2人でしょ」

「チェックしてたのか」

「まぁね~」

 

この2人の話は既に学園内でもかなりの噂になっている。

この2人だけ、デビュー前の模擬レースでも記録が頭一つ抜きんでている。今すぐデビューしてもトゥインクルシリーズで十分に戦えるタイムだ。正直言って、この世代で競っていく奴らはとんでもなく苦労するだろう。

 

スカイは俺に書類を渡して、再びソファにゴロリと横になった。

 

俺は彼女に「風邪引くなよ」とだけ告げて、再びテーブルの前に腰かけた。

 

コーヒーを時折口に運びながら、出走表と計測タイムを照らし合わせてメモ書きを重ねていく。

 

しばらくすると風の音の中にスカイの寝息が混ざり、穏やかな時間が過ぎていく。

 

空模様は気持ちの良い程の快晴であり、窓から差し込む太陽の温もりがこちらにまで眠気を運んでくる。カフェインの力で目は冴えているものの、昼寝の誘惑が緩んだ心に入り込んでくるのだけは避けられない。いつもなら耐えられるはずの『サボり』の甘い毒。隣で気持ちよさそうにゴロ寝するスカイがその気持ちを余計に煽ってくる。

 

「……緩んでるなぁ……」

 

いつもであればキングの目があることもあってか、気持ちは常に引き締まっているのに、彼女がいなくなった途端にこれだ。

 

やっぱり自分に“一流トレーナー”の名はまだまだ重いようだった。

 

俺は『シャキッとしなさい!』という竹を割ったような喝の声を思い出し、肩を回して気持ちを切り替えた。

 

俺はデータの整理を一通り終えて、資料映像を再生していく。

見ているのはデビュー前のウマ娘達の模擬レースの映像だった。

 

俺は遠くから聞こえるウマ娘達のトレーニングに励む声をBGMにいくつかのレースを重点的に研究していった。

 

そして、太陽が少し傾き始めた頃になって、ようやくスカイがソファの上で大きく伸びをした。

 

「ふあぁ~………」

「ようやくお目覚めか?」

「トレーナー……今何時?」

 

スカイは伸ばした手を頭の上で組み、肩の体操をするように上下させる。

 

「4時半だ……トレーニングに行かなくていいのか?」

「うーん…………はぁ……」

 

スカイはまだ眠そうな声で唸り、ため息のように息を吐きだした。

 

「四谷トレーナー……もうちょっとここで寝てていい?」

「……それは……構わないけど……いいのか?」

「よくはないんだけどね~……こう、なんていうかさ……こういう時につくづく思うんだよね。私の脚質って本当に『逃げ』が合ってるんだなぁ~……って」

「え……」

 

その時だった。

 

スカイのポケットからスマホのバイブレーションが鳴り響いた。

 

「あっ……これは……もしもし~……はいはい……あぁ、やっぱりね……OKだよ、今から行く」

 

スカイはそう言って再び「よっこいしょ」とソファから立ち上がった。

 

「ん?」

 

ふと、そんな彼女の身体の動かし方に違和感を覚えた。

 

そういえば、さっき散った書類を拾ってもらった時も随分と重そうに腰を上げたな。

 

「スカイ……少し……」

 

だが、そんな俺の言葉を遮るようにスカイは速足で出口へと向かった。

 

「ちょっと用事ができちゃった。それじゃ、またね“一流トレーナー”さん」

「あ、ああ、あんまり(たいら)トレーナーに迷惑かけるなよ」

「善処しま~す。それじゃあ~またね~」

 

そして、スカイはヘラヘラと手を振りながら扉を閉じて出ていった。

 

「気のせい……か?」

 

立ち去り際の彼女の足運びにはおかしなところは何一つなかった。

俺は少し思案していたが、結局推測の域を出ることはなく、眉間に皺を寄せるまでしかできない。

 

「しかし……ほんと、浮雲みたいな奴だよな……」

 

ああいった肩の力の抜き方はキングにも見習って欲しいところであった。

 

「いや、それは俺も見習うべきか……」

 

俺は疲れてきた目元をもみほぐし、ペンをテーブルの上に転がした。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

トレーナー室を後にしたセイウンスカイはゆっくりと廊下を歩いていく。

足取りは重く、目元は細められ、頭の上の耳は不機嫌そうにダラリと重力に従って垂れていた。

 

「……あぁあ……なんだかな……」

 

ボソリと呟くセイウンスカイ。

 

彼女の気分は最悪だった。

 

穏やかさと気楽さを信条とする彼女であったが、それにも限度はあり、嫌なこともある。そして、それが『2つ』も続けば、流石に表情が曇るというものだった。

 

だが、いつまでもそんな顔をしている訳にはいかなかった。

 

スカイは自分の頭を小突き、ポーカーフェイスを保つためにもヘラヘラと笑って見せた。

 

窓の外には練習用のターフを駆ける多くのウマ娘の姿がある。

そこから目線を上げて空へと視線を移せば、真っ青な空の中にポツンと一つだけ雲が漂っていた。

 

「……私も……あんな雲になれたな……」

 

セイウンスカイはそう呟いて廊下を1人歩いていった。

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