『王』は『覇王』に届きうるか   作:からんBit

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契約更新

俺は手にした資料をもう一度見下ろして大きくため息を吐きだした。

 

「ふぅ……」

 

第3回の選抜レースも終わり、窓の外に広がるグランドは祭りの後のような雰囲気であった。レースを終えたばかりのグランドにはスタッフ達がコースの整備に精を出しており、走っているウマ娘は一人もいない。スカウトの為に集まっていたトレーナー達も既に捌けており、今残っているのは軽いストレッチ程度の練習をする為に出てきた幾人のウマ娘だけであった。

 

空は既に夕焼け。

 

夜を表す群青色と朧気で幻想的な茜色が混ざった空。

俺はトレーナー室に向かう廊下を歩きながら、手にしていた資料に目を落とす。

 

それは今日の選抜レースのデータの詳細であった。

今日出走していたウマ娘達の上がり3ハロンのタイムや1000m通過タイムなどが事細かに記載されている。

 

だが、何度確認しようともそこに記された結果は変わらない。

 

俺は既に手汗でクシャクシャになりつつある資料を手の中で丸め、自分の頭をポンとたたいた。

 

「……よし……」

 

今回のレースを見てある程度結論は出た。

後は覚悟を決めるかどうかだが、それに関してはもう少し先延ばしさせてもらうことにしよう。

 

勿論、あの“キングヘイロー”が納得してくれればの話だが。

 

「さてと……」

 

とりあえず、手元の資料を置いてキングに会いに行こう。

この時間なら寮に帰っているかもしれないが、まだ門限までは遠い。

電話で済ませるわけにはいかないので来てもらうしかないが、寮からトレーナー室まではやや距離がある。

こんな時間まで待たせてしまったのだから迎えに行かないと臍を曲げそうな気もするし、さてどうするか。

 

そんなことを考えながら、俺は電気の消えたトレーナー室の扉をガラリと開けた。

 

東向きに窓のあるトレーナー室はこの時間にもなれば薄暗い。

 

そんな室内に人影があった。

 

「…………」

「うわっ、キング!」

 

部屋の中にはキングヘイローが既に待っていた。

彼女はミーティング用のパイプ椅子に腰かけ、どこか項垂れたように座っていた。

 

「どうしたんだキング、電気も付けずに」

「…………」

「それよりもごめんな。待っててくれたんだろ?こんな時間にまでなるとはちょっと予想してなくて。一報入れておくべきだったよ」

「…………」

 

その時になって、俺は始めてキングの様子がおかしいことに気が付いた。

彼女は虚ろな目でこちらを見上げ、生気を感じないような顔をしていた。

 

それは自分の知る“一流ウマ娘 キングヘイロー”とは随分とかけ離れた姿であった。

 

「キング?どうかしたのか?」

 

そう尋ねると、彼女は小さく首を横に振った。

 

「……いえ、なんでもないわ……それより、結論は出たの?」

「あ、ああ」

 

憔悴を重ねたような彼女の姿に面喰いつつも、俺は促されるままに頷いた。

 

「今日の選抜レースを見て、一応の結論は得た。待たせてすまなかった」

 

俺は資料を適当な椅子の上に放り投げ、キングの対面に腰かける。

 

「……それで……私との契約はどうなるの?」

 

俺は大きく息を吸い込み、手を組んでテーブルの上に置いた。

腹の中の空気を7割程吐きだし、止め、俺は口を開いた。

 

 

 

 

「キングヘイロー、君との専属契約は今日で終わりにして欲しい」

 

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

 

キングヘイローと同期のスペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダーの3人は少し遅くなった時間にキングヘイローのトレーナー室へと向かっていた。

 

「いやぁ、スぺちゃんとこもニンジンスイーツの差し入れとは奇遇ですね~」

「うん。でも、セイちゃんところもこんなに沢山。しかも、これとかすっごい高いお店のお菓子だよ」

「それで、今更なんですが、私もご相伴に預からせていただいても良かったんですか?」

「いいのいいの。私とスペちゃんがお菓子担当。グラスが緑茶担当。そんでキングは会場担当ってことで」

「エルちゃんも一緒にパーティできれば良かったのにね」

「それなら、先ほどメッセージがありましたよ。向こうでソフトクリームにデスソースをかけて食べてる写真付きで」

 

グラスワンダーが見せた写真には真っ黒なソフトクリームに真っ赤なソースをぶちまけた地獄のデザートのようなスイーツが映っていた。

これにはセイウンスカイもスペシャルウィークも苦笑いである。

 

「まぁ、本人が美味しいならいいか……おっ、トレーナー室はやっぱり電気ついてるね。流石“一流”。選抜レースの日も鍛錬を怠りませんなぁ~」

「あっ、でもミーティング中ならお邪魔しちゃまずいんじゃ……」

「いいのいいの。ミーティングには甘いものは必須なんだから」

 

そしてセイウンスカイはノックもせずにドアをガラリと開けた。

 

「キング~お邪魔しま~……」

 

「もうあなたなんか知らないわ!!新人ウマ娘でも誰でも好きにスカウトに行ったらいいじゃない!!」

「待て!待ってくれキング!!まずは話を聞いてくれ!」

「もう話すことなんてないわ!放っておいてよ!このへっぽこ!!」

「いや、だから違うんだって!!」

 

トレーナー室の中心でキングと四谷トレーナーがもみ合っていた。

四谷トレーナーを押しのけようとするキングヘイロー。四谷トレーナーはそんな彼女の肩を掴んで引き寄せようとしている。見ようによってはあらぬ誤解を招きそうな状況だった。

 

そんな時、四谷トレーナーが来訪者に気が付いた。

 

「あっ、皆!いいところに来てくれた」

 

助けを求めるようなトレーナー

それを前にしてグラスワンダーは「あらあら」と口元に手を当て、スペシャルウィークは「修羅場だ」と目を丸くしていた。

 

そして、彼女らの一番前にいたセイウンスカイは自分で開けた扉にもう一度手をかけた。

 

「お邪魔しました~」

「待ってくれ!!!」

 

撤退しようとするセイウンスカイをトレーナーが必死に引き留める。

 

「待ってくれ、ちょっと待ってくれ!俺だけじゃもう抑えきれなくて!!」

 

元々、ウマ娘と一般人では膂力の桁が違う。

当然、本気でキングが暴れていたらトレーナーなどひとたまりもないので、手加減はされているはずである。ただ、それが意図的に力を抑えているのか、動揺して手足に力が入らなくなっているのかは定かではない。

 

いつ感情に任せて力を振るうかもわからないキングになんの躊躇いもなく近寄っているトレーナーの胆力も並々ならぬものではあるのだが、そのことに関しては“一流トレーナー”を名乗ったエピソードからすれば今更である。

 

だが、こういう時に乞われるがままに助太刀してくれないのが彼女ら黄金世代であった。

 

「いや~でも、これって見ようによってはトレーナーさんが無理矢理ことに及んでるようにも見えますよね~?」

「そうですね。私たちとしても状況がわからなければ、干渉していいのかもわかりませんし」

「あのあの。とりあえず、スイーツ食べましょう」

 

そして、四谷トレーナーの意識がわずかに逸れた隙にキングは彼の手を振りほどくことに成功した。

 

「もういいでしょ、さよなら!」

 

鞄を掴んで立ち去ろうとするキング。

 

だが、こういう時にそんな状態のキングを素通りさせないのもまた彼女ら黄金世代なのであった。

 

「まぁまぁ、キング。ちょっと落ち着いてよ。ちょうど私たちお茶しに来たんだから」

「えっ、何を言って、今は私はそんな気分じゃ……」

「ダメですよ、キング。今日は一緒にスイーツを食べるまでは帰させませんからね」

「グラスさんまで……」

「あのあの、とりあえず、スイーツ食べましょう」

 

なんとかキングを引き留めてくれた黄金世代。

彼女らに感謝しつつ、四谷トレーナーは大きく胸を撫でおろしたのだった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

トレーナー室に備え付けの緑茶でお茶を入れ、ニンジンスイーツを皿に並べて席につく。

キングの両隣はセイウンスカイとグラスワンダーが固め、スペシャルウィークは出口に一番近い席を陣取っていた。

 

そして、俺はというとそんな彼女らの前にほとんど強引に座らせられていた。

そんな俺に刺さってくる視線はどう解釈しても好意的なものではなかった。

 

スペシャルウィークはスイーツに手を出すことなく、俺の顔を凝視している。

セイウンスカイは口元にはいつもの微笑を浮かべているが、目が全く笑っていない。

グラスワンダーに至っては言及するまでもなく怖い。

 

その中心でキングが涙目でこちらを睨んでくるのだから、針の筵の方がまだ生ぬるいような気までしてくる。

 

構図としては完全に4対1の構成である。

 

そんな中、緑茶を一口飲み、話を切り出したのはグラスワンダーであった。

 

「さて、それじゃあお聞きしましょうか。どうして揉み合いになっていたんですか?」

 

グラスワンダーはとても柔らかな声音でそう言ってるが、細められた目元から覗く眼光はこちらを射抜かんばかりだ。

仮に自分の言葉に嘘の一つでも混ぜようものなら一刀両断されそうな凄みがある。

もちろん、嘘などつくつもりはないのだが背筋に冷たい汗が流れるのは止めようがなかった。

 

彼女らの脚力で本気で蹴り飛ばされたりしたら文字通り吹き飛ばされる。

以前、ウマ娘にセクハラ紛いのことした友人のトレーナーが木の葉のように宙を舞ったのは今だに記憶に焼き付いている。

 

俺は言葉を慎重に選びながら口を開いた。

 

「それは、その、契約更新のことで行き違いがあってだな」

 

俺がそう言うとキングが鼻を啜りながら言葉を足した。

 

「……ぐすっ……トレーナーが一方的に契約を終了したいと言ってきたの」

 

その瞬間、一気に周囲の雰囲気が殺気立った。

 

ウマ娘はトレーナーが付いていないとレースに出られない。

そのため、トレーナーと契約を切られるというのはそのまま選手生命の危機に直結する。一方的に契約破棄となれば、実質の死刑宣告みたいなものであり、トレーナーの暴挙であることは間違いない。

 

命の危険を感じた俺はすぐさま言葉を足す。

 

「違う!そうじゃない!俺は契約の変更を申し入れたかったんだ!」

「でも、あなた!今日で、私との専属契約は終わりにしたいって!」

「言った。確かにそう言った。だけど、キングとの契約を終わらせるつもりはないんだ!」

 

俺が必死に声を張ると、キングは頭の上の耳を抑え、首を横に振った。

 

「もういい!もう聞きたくないわ!なんでこんな、何度も辛い言葉を聞かされなきゃいけないの!?もう、終わりにして!」

「だから、そうじゃないんだって」

「まぁまぁ」

 

話が堂々巡りになりそうになったところで、セイウンスカイが割り込んだ。

 

「キング、ちょっと耳から手をどけて。うんうん、それでいいよ。さて、それで四谷トレーナーは今後どうするつもりなの?ちなみに私はトレーナーが今日の選抜レースを見にいってたってことはちゃんと把握してるからね」

 

セイウンスカイはそう言って、小首を傾げた。

嘘をついてもすぐバレるというわけだ。

そもそも嘘をつくつもりは全くないのだが

 

というか、なんで俺はこんな追い詰められ方をされているのだろうか。

 

実は俺はその辺りの事情がまるで理解できていなかった。

 

なんでキングはこう話を飛躍させたがるのだろうか?

なんで俺はキングに泣かれているのだろうか?

 

なんで皆『契約終了』という方向に話を向けたがるのだろうか?

 

「ちょっと大事な書類を持ってくる」

 

俺は頭をポリポリとかきながら、席を立ち、引き出しに入れていた書類を持ち出してきた。

 

「キング、俺は君との契約をこちらから終了させるつもりはない。ただ、契約の変更をお願いしたいんだ」

「……ひっく……変更?」

「そう。俺が変更して欲しいのは『専属』の部分なんだ」

 

そして、俺はキングの前に一枚の書類を差し出した。

その書類を黄金世代の面々が覗き込む。

 

「これって……」

「チーム結成の為の申告書類ですね」

「えぇっ!四谷トレーナー!チーム作るんですか!?」

 

目を見開いて立ち上がったスペシャルウィークに俺は苦笑いを返した。

 

「いや、今すぐに結成するつもりはない。ただ、今後そうしたいと思っているからこそ、キングとの『専属』の契約を変更したいと考えているんだ」

 

俺はそう言って鼻の頭を指先で擦る。

 

「キング、どうだろうか?」

「……チーム……貴方が作るの?」

 

俺は大きく頷いた。

 

驚かれるのも当然であった。普通、チームを率いるトレーナーは別のチームでサブトレーナーなどをして経験を積んでから独り立ちするのが普通だ。たった1人のウマ娘を担当しただけの新人が挑むのは間違いなく無謀であった。

 

キングは差し出された書類をマジマジと見つめていた。

 

彼女に渡した書類には既に自分の記入欄は書き終えており、後はメンバーとなるウマ娘の名前が1名以上有れば仮チームとして認められる。

そこから一定期間の間に4人以上のメンバーを集めることができれば、チームとして本格的に活動ができるようになる。

 

書類を前に固まるキングに代わり、セイウンスカイがこちらに顔を向けた。

 

「ふぅん、なるほどね〜それで四谷トレーナーは可能性のあるウマ娘を求めて選抜レースを見に行ってたんだね〜」

「可能性……いや、まぁ、間違いじゃないけど」

「それで?トレーナーのお眼鏡に叶うウマ娘はいたんですか〜?」

 

茶化すようにそう問いかけてくるセイウンスカイ。

 

「お眼鏡というか、俺は最初から決めてた2人しか見てないんだけどな」

 

俺がそう言うと、キングは書類を下ろして赤く腫らした目を向けてきた。

 

「2人?誰よ……誰と誰を見に行ってたの?最近噂のテイエムオペラオー?それとも、メイショウドトウ?ちょっと待って2人ってことはその両方を」

「いや、違う……というか、キングは……聞いてないのか?」

「え?聞く?何を?」

 

俺は机から一緒に持ってきていた書類を2組テーブルの上に並べた。

その書類を一目見たキングの尻尾が跳ね上がる。

 

「俺が見てたのは……“ナリタボブスレー”と“トップキャット”」

 

そこに貼られている顔写真はここにいる誰もが見知った顔。

特にキングヘイローにとっては非常に馴染みのある顔であった。

 

「キングの“取り巻き(かわいい後輩)”達のレースだよ」

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