【完結】兄弟賛歌   作:ryure

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トゥルーエンド・エゴイスト(終)

これはただの言い訳だ。

 

あの日、「兄」にあの禍々しい杖を向けた時。

まさか本当に呪文が通じるとは思ってもいなかったのだ。

あれは被術者の記憶を封印し、術者だけを慕うように思考を誘導する古の隷属呪文とでもいうべき代物だった。

ただ、現代の呪文とは異なっていて、詠唱ひとつとっても込められた意味さえ読み解けない不可解なもの。

言うなれば遙か古代の術式、怪しげな異教の祈り。

いかにも闇に通じている不審なものを「兄」に向けるなと言う批判は甘んじて受け入れる。

私は冷静ではなく、そしてあの瞬間だけは。

 

盛大に馬鹿にでもしろ。

あの時はきっと、下の子に嫉妬するただの「ルチェ」だった。

思考が一瞬、幼少期に戻ったように衝動に任せた瞬間、すべてすべて終わりだった。

瞬間的に杖に支配されたのか、無自覚の欲望が露見したのか、文字通り魔が差したのか。

今となっては分からないが。

我に返った時にはどこで知ったか思い出せない外法は放たれたあと。

皮肉と共に、すべて凪いでしまった空っぽの器に癇癪をぶつけた。

あの騒がしい人は、苛立たせることを言わなくなった。

ただ穏やかに微笑んだあの人は自身に襲い掛かった異変を静かに受け入れたが、それまで二言目には口にした「別の弟」の話をしなかったものだから。

 

プリーモ派の聖堂騎士たちを表向きには黙らせ、そして卿本人を絶対的な味方につける。

法皇になるにあたって最高の状況だったため、その時は受け入れたが。

 

……決して、私は傀儡の「兄」を望んだ訳ではなかったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

「……なんの、つもりだ」

「さてな」

「……その手を離せ」

「離さないさ。虫ケラみたいに嫌っていた弟に情けをかけられて生かされろよ。散々好き勝手してそのまま死のうなんて許さない」

 

伸ばされた手、掴まれた手、必死の形相の憎むべき男。

酷く痛む身体はこれまでの全ての罰だろう。

そしてよりにもよって最も憎んだ「弟」が私の命を救おうとしている皮肉。

因果はどこで巡っているのやら。

 

私を生かすも殺すもククール次第。

驚くべきことに散々な目に遭わせてきた兄を捨ておく気はないらしいが。

気に食わない。

 

仕方なく見上げれば視線が交差した。

 

「その手を少し離すだけで、憎い男を簡単に処分できるが、どうかね?」

「憎い、か。この十年以上散々だったな。だからこそ死なせない」

「おい、この私に生き恥を晒せと?」

「そうだよ。あんたはずっと俺に冷たかったが……身寄りのなくなった俺が修道院に来た日。初めの時だけあんたは優しかった」

 

振りほどこうとした手をしっかと掴み直され、そのまま引き上げられる。

 

「それでも、あの言葉を忘れた日はなかったよ」

「助けたことを、いつか後悔するぞ」

「好きにすればいいさ。何度だって止めてやる」

 

睨みつけたが、受け流された。

修道院にいた時のようにどこか傷ついたような顔でこちらを見返してくることはもうないらしい。

 

痛む身体に鞭打って立ち上がったその時、はたと思い当たる。

「崩落」の瞬間、邪悪な支配から開放されたものの言うことを聞かなかったこの身体を担ぎ上げた男がいたはずだ。

白い騎士団服の、背の高い、あの男が。

 

思わずククールの顔を見た。

目を見開いたやつも思い出したらしい。

癪なことだが、今ばかりはこの「弟」と心が同じになっているのを感じる。

 

私が奈落に落ちるのにはククールの情けとやらが間に合ったらしいが、あの「兄」は、あの場にいたはずの「兄」はどこだ?

 

風の音だけが聞こえるほど静かだった。

あの騒がしい人がいる場所にしては静かすぎた。

私たちが会話しているとくればあのせっかちな足音をたてて現れないのはもうありえなかった。

 

「ククール、目覚めた時の状況は」

「その辺に倒れていて、目を覚ましたら兄貴が崖っぷちにしがみついていた」

「兄、は」

「ゴルド崩壊の時にすげぇ勢いで担がれたのは覚えてる」

「あの人、男ふたりを担いだのか、あの状況で」

「目の前で剣を捨てていきなり持ち上げられて、出口に向かって走っている最中に足元が崩れて、それからは覚えてない……」

 

私の記憶も似たようなものだ。

 

は。

この世に神はいないと、何度思い知らされたら気が済むのだ。

 

「あの、お人好しが。どこまでも楽観的な、理想主義者め。本当の弟でもないのに、『弟』だからといって大の男を助けるなぞ、」

「……兄貴、それなんだが、いいか?」

 

周囲に奴の仲間以外のまともな生存者を確認できなかった。

何人かはもちろん生き残ったろうが、「兄」が生き残ったならこの場に駆けつけていないはずもなく。

苦労して立ち上がったというのに再び地に伏せてやろうかとやけになりかけたその時、ククールが懐から何かを取りだした。

 

なんだこれは。

投げて寄越され、開くとそれは写真の入ったロケットだった。

それなりに金のかかっているらしい古いロケット。

中身は家族写真のようだった。

 

記憶の中よりいやに若いが、見覚えのある緑の目の男。

知らない、私の母に似た容貌の若い女。

そして。

 

黒い髪、緑の瞳、幸せそうに微笑んだ……私の記憶のどれよりも幼い「兄」。

 

「愛しのお兄サマが俺を修道院から追放……じゃなかった、マイエラ聖堂騎士団長殿より仇討ちの命令を受けて旅立った日。プリーモ兄貴は俺に言ったんだ。『お前は、わたしの本当の弟なんだよ』ってな。あのだらしない親父がふたりしか子どもを設けなかったわけがないだろうってな」

「あの人は私より五つも年上だ。計算が合わないだろう」

「お堅い兄貴には馴染みがないだろうが、最初から責任を取る気もない女遊びだろ。道楽だったのかもな? 運の悪いことに父親の次には母親にも捨てられた。それで修道院にいたってわけだ。本人も生い立ちは十六になるまで知らなかったらしい」

「なんでお前には伝えられたんだ」

「そりゃあ兄貴」

 

その顔が見たくなかったんじゃないか?

滔々と語るククールだったが、軽い語り口とは裏腹に堪えたような無表情のままだった。

 

「本人は兄貴にとって『悪夢の再来』だろうって言っていたがな。父親を思い出したくもないだろうってな。……正直、兄弟で誰よりも純粋に元凶を恨んで、憎んでいたのはあの人だと思うが。聞こえていたか? 父親の訃報が心底嬉しかったと。俺たち兄弟の苦しみを味わって死んだんだからと。だから、」

「『血を呪うなら、本当の悪役は一人だけ。兄弟は仲良くするべきなのさ』、だろう。耳にタコができるほど聞かされたさ。……まったく。

あの人はそんな境遇で私たちに兄弟賛歌を説き続けたのか?」

 

まったく、あの人は。

 

「言っておくが、今更お前と仲良くする気はない」

「俺もだね。これで水に流して握手しろ、ついでにハグもしろなんて言われたら俺はこの場からとっととルーラしてやるよ」

 

邪悪な意志に操られる最中、目の前にいた「兄」の姿を思い出そうとする。

背中に弟をかばいながら、寸前まで呪文で傀儡にされていたくせに、目の前の私にも必死で手を伸ばすあの姿を。

 

は。願っても奇跡は起きない。

知っている。

散々神を愚弄し、邪悪なる者の復活の手引きまでしておいて今更何を祈るというのだ。

 

目を閉じればすぐにでもあの足音が思い出せるのに。

鬱陶しいまでに輝く笑顔で無理やりハグしてくるあのお方。

どんなに払い除けても、どんなに邪険にしても、決して私を嫌いになんてなりきらないと確信していた。

サヴェッラで折檻を受けても、まだ「叱って」くれているのだと心のどこかでは考えていたのかもしれない。

 

……結局のところ、いい歳して「兄」に甘えていたのかもしれなかった。

 

だが、感傷に浸るなどらしくない。

すぐにでもこの場を離れなければ生き残った聖堂騎士どもに拘束されるのは目に見えている。

 

「ロケットは」

「兄貴が持ってろよ」

「そうか」

 

言うことを聞かない身体を鞭打ちながらも歩き出す。

過去全てに背を向けて。

ククールは止めなかった。

 

だが、ククールを厄介払いした奇妙な一行のリーダーの青年はまだ私に用があったらしい。

私の前に立ち塞がると、黙って私の背後を指さした。

私の背後など、あの底の見えぬ奈落しかないというのに。

 

無視しても良かったが。

なんとなく無視出来なかった。

 

「……あ、」

 

崖っぷちに見覚えのある、薄汚れた白い革手袋が覗いている。

もしや「兄」の遺品かと思い、痛みも何もかも、全てを忘れて駆け寄った。

その瞬間、片手分しかなかった手袋はひと揃いになり、血みどろに染まった頭が覗いた。

伸ばされた長い髪の先から血がぼたぼたと滴っている。

つい、呼吸が止まった。

 

つまり、手袋の正体は大義そうに自分の身体を引っ張りあげる「兄」本人だった訳だ。

文字通りの死の淵から這い上がると、彼は咳き込んで血の塊を吐き捨てた。

 

「ゲホッ……ゴボッ……失礼! やぁやぁ、二人とも無事かい? さっき、ルチェは危なかったね。下で受け止める準備をしていたのだけど、ククールが頑張ってくれた。兄弟で協力し合うなんてなんてなんていい子たちなんだろう! 嗚呼美しき哉兄弟愛! 乗り越えられぬ試練はないと女神も仰っておられるよ。危機的状況は人間を成長させ、麗しい兄弟愛を育んだというわけだ。ふたりが仲良くしていて兄さんは嬉しい!」

「……」

「……なんか、元気そうだな、上の兄貴」

「まさか! 全身ボロボロさ。内臓まで痛めつけられて、こんなに痛かったことは人生で一度もない! 明日は寝床から起き上がれないだろうな。だけど、弟の前では瀕死でも平気な顔をするのが兄ってものさ。なので、強がっているルチェにベホマをかけてあげよう。大丈夫、お前も兄だけど私にとっては可愛い弟だからね。

『我が主よ、全知全能の神よ、マルチェロの傷を癒したまえ』」

「……、」

「もちろん頑張ったククールにもだ。

『天にまします我らが女神よ、ククールの傷を癒したまえ』。

効いたかな? 効いたね? はは、魔力がこれですっからかんだ。兄冥利に尽きるね。ふたりが仲良くしている姿も見れたし、はは、なんだかな、すっかり報われた気分。清々しくって、そのまま死んでしまいそうだ。まさかまさか。こんなに麗しい仲を見せつけられちゃ百年近く寿命が伸びたはずだ。こんなところで死ぬわけもないが」

「……プリーモ、」

「なんだい、ルチェ」

 

確かに「兄」は死にそうな程にボロボロだった。

平気そうに少し前のように騒がしく喋っている割には呼吸の度に肩が大きく動いている上、頭部から顎にかけて滴る血が白い衣装を染め上げていたが、いつものように、いや、マイエラにいた頃のように私に笑いかけてくれた。

弟ふたりを庇った挙句、自分は奈落に叩きつけられ、それでも生きていたのはその肉体の頑丈さと……ひたむきな敬虔さによる神の祝福かもしれない。

 

ククールから聞いた「兄」の生い立ちを思えばらしくもなくそんな考えに至ったのだ。

そろそろ彼は報われるべきだと。

なにかひとつくらい運が向いてもいいのではないかと。

同じような境遇を持っている男、血の繋がりがある人間、それを知っただけでこんなにも長年の確執が薄れて感じるとは我ながら現金なものだ。

 

もちろん、「兄」を喜ばせるためにわざとククールと仲良い姿を見せるなんてことはしないし、互いにやりたくもないことだったが。

なんだかんだ言って、私はこの男に二十年以上も噎せ返るほどの兄弟愛を浴びせられてきたわけだった。

幼少期の人格形成の段階からこの男の腑抜けた楽観主義が、いや。

「無償の愛」が骨の髄まで染み込んでいて、だから今になって少しも私らしくもない考えが浮かぶのかもしれなかった。

 

まぁ、相手が「兄」だからというのはある。

他の誰だとしても、相手がどれだけ哀れでも、思いつくことさえあるまい。

 

「貴方が生きていて良かった」

 

これまで愛してくれてありがとう、だとか。

ひどい仕打ちをしたというのに助けてくれてありがとう、だとか。

そんな、本来言うべき言葉は飲み込んだまま。

幼い頃の素直な私ならきっと口に出せただろうが、すっかり肥大した自意識がそれを許さず、ただ血みどろのまま座り込んだ「兄」の前に私は、私たちも座り込んだ。

 

飛び抜けて背が高いため、いつも見上げる人だった。

成長期が終わっても身長は追い越せず、あの微笑みはいつも上からだった。

珍しくも同じ目線で「兄」を見れば、目を丸くしたまま彼は私たちを交互に見て。

 

「わたしはふたりの兄さんだからね、死なないさ!」

 

そう胸を張って言った彼はそのままバタンと倒れて気絶した。

大怪我を負って、弟たちのために最後の魔力を枯渇させて、本当に。

 

まったく。

兄さんときたら。




ブラコンクエストなのでブラコンクエストを書きました。

良ければ感想・評価などいただけると次回作の励みになります。
読了ありがとうございました。

(追記)
プリーモの設定とその後
マルチェロの5歳年上の腹違いの兄。ククールとは10歳差想定(つまりマイエラ兄弟は5歳差階段という設定、原作では不明)
結婚や跡継ぎについて考えていなかった若い父親と遊び相手の間にできた子ども。5歳頃に母親が父親に捨てられ、その後即刻母親に修道院に置き去りにされた。置き去りにされた時には既に髪は真っ白になっており、所持品はロケットのみだった。
ホワイト・テンペルというが実態はホワイト・ゴリラである。
習得→キアリー・ベホマ・ザオリク・グランドクロス・ルーラ・バイキルト・シャナク・天下無双。(下位呪文省略)神父適正高。
ザキ系は覚えない。拳がザキのため。
2mの身長、恵まれた体格、片手で両手剣を装備するフィジカルのゴリラなので弟ふたりを肩に担ぐことも可能。
マルチェロより優男な顔だち。そっくりレベルの父親似。表情が優しいので実際はそこまで似ている印象はない。腰辺りまで髪の毛を伸ばしているが、下ろしている。オールバックではないためMは確認できない。
血の繋がった弟たちには周りも理解できるほどの贔屓をしているが、部下や他のマイエラ出身者にも甘く常に最低2人は「弟」をはべらせて教会系施設を闊歩している。
不正は許せないタチで、聖職者にあるまじきことだが手が出る。しかし教会には腐敗が拡がっている。彼がサヴェッラに詰めていればマシになったが、高頻度でマイエラに帰宅するため。
マルチェロの「金色のお礼(=賄賂)」には気づいていなかったが、何かよからぬ事をしていることは理解しており、問い質してものらりくらりとされストレスで判断力が狂い続けていた。
正直なところ、オディロ院長の跡を継いで小さな修道院にいた方が幸せだった。フィジカルは強いがメンタルは弱い。ゴリラのため。
ゴルド崩壊後、ククールの破門を解除したのち療養のため騎士団長を辞す。
マルチェロが教会組織にいられなくなったのでそのまま静かに全てを辞し、行方不明になるが「弟」たち(部下たち含む)にとっては別に行方不明でもなんでもなく、新しく立ち上げられた孤児院には騎士の来客が多いらしい。
孤児院に赴くとたまに目つきの悪い男が本の読み聞かせをしているところが目撃でき、世界が平和になると銀のしっぽのお兄さんも目撃できる。
姫君の結婚式では弟のヘルプに応じて野次馬に紛れて参加し、乱闘になりかけたところに登場して全ての聖堂騎士団員の戦意を喪失させる。が、サザンビークの兵士には効かないので乱闘は起きる。
「報われた」のでそこそこ幸せになる。
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