わかりきっていたがことだが、嫌味な大げさな演技の末、兄貴が冷たく旅人たちを牢に送り込もうとしたときだった。
さっきまで水を得たエビラさながらに調子のよさだったのだが、不意に兄貴が黙り込んだ。
嫌な沈黙の中、カツカツと、せっかちな聞き覚えのある足音が部屋に近づいてくる。
さすがの兄貴も弱い相手のものだ。
これはしめた。
チャンスだ。
あの人なら兄貴を正面から止めるに違いない。
そう考えた瞬間にはもう扉が無遠慮に開け放たれ、特別に誂えられた白い聖堂騎士の制服に身を包んだ長身の男が入ってきた。
今日はどこぞの「弟」を連れていない。
いや、俺たちこそが「弟たち」だからか?
「やぁやぁ、話が拗れているようだけど、構わないね? 親愛なる兄さんのお帰りだぞ。再会のハグでもするかい? 大歓迎だよ」
彼こそ、我らが愛おしき「兄さん」だ。
マルチェロの野郎と違って本当に血を分けた兄弟ではないが、孤児院を兼ねた修道院の慣例というやつによるもの。
院長と同じく、数少ない俺の味方といえる人物だった。
そして兄貴が俺の次に嫌いな人物だ。
「……部外者が立ち入る話ではないですよ、お引取りを」
「部外者! このわたしを部外者だって? 冷たいことを言うなよルチェ! 素直なお前はどこに行った? ククールとちゃんと仲良くやってるかい? 院長は元気か? それで、旅の方に無礼なことはしてないかい。兄さんは心配なんだよ。分かってくれるかい」
「何を言っているのかさっぱり。サヴェッラの騎士団長とあろうお方はお暇ではありますまい? こんな地下のせせこましいところではなく、客間を用意してありますので」
「この愛おしいマイエラ修道院内だったらどこでも郷愁満ちあふれた素晴らしい場所さ。ここも変わりないよ。……あー、随分と、狭いがね? たくさんの旅の子羊がいる中にやってきたわたしがさらに密度を上げてしまったようですまないね」
人好きのする笑みを浮かべた「兄さん」はこちらをちらりと見た。
わざとらしくはないが、まぁわざとだろうな。
「おや、こっちにも可愛い弟がいるじゃないか。旅の方、初めまして。わたしはプリーモ。昔、この修道院で育った者です。すでに別所属の人間ですが、まぁよく出入りさせてもらっています。こちらはマルチェロ、ククール。わたしの自慢の弟たちです」
「……えっと、その、プリーモさん? あなたの自慢の弟さんに今、牢屋に入れられそうなのですけど?」
勝ち気そうなレディは言うねえ。
殴りかからんばかりに怒り狂っていたおっさんも少しは冷静になればいいのによ。
あいつらのリーダー格らしい素朴な男が目を白黒させながらプリーモ兄貴とレディを見比べていた。
こっちはこっちでもう少し気を張ったらどうなんだ。
「なんだって? ふむふむ、見たところ、あなた方はこちらの……ええっと、少しばかり風変わりな方を連れていらっしゃるようだ。それが品行方正がすぎる弟にとっては危険人物に映ったのかな?」
「……プリーモ卿。この旅人たちはオディロ院長の寝首をかこうとした刺客なのですよ。現に彼らは院長の寝室に忍び込んでいた。現行犯です。言い訳のしようも無い。そこにいる魔物の仲間でもある」
「ふむ。なるほどね。しかし、魔物の仲間なものか。ここはどこだいルチェ? ここは教会だぞ、三大聖地の教会に入れる魔物なんているものか。精々、あー……お労しい皮膚炎の末か、なんらかの呪いの結果だろうよ、魔物扱いなんてするものじゃない」
「ハッ相変わらず本質の見えない幸せなお方だ」
「こら、嫌味はやめなさい、他人の前でまでやるんじゃない。そういう口さがない言葉は相手を傷つけるのだと何度言えばわかる。
ルチェ、知ってるか? お前のあだ名は『二階から嫌味』だぞ。騎士団長の威厳がないのもいい加減にしなさい」
言い得て妙すぎて笑いを堪えるのに必死だ。
確かに、修道院の中庭へ降ってくる嫌味は「二階から嫌味」だよなぁ!
素晴らしいネーミングセンスの持ち主に喝采を送りたい!
というかプリーモ兄貴にそれを教えたのは誰だ?
男だろうが握手の一つや二つはしてやりてぇ!
「……話になりませんな? さて、仮に魔物でないにしても院長の寝室に忍び込んでいた事実には変わりないのですよ。取り調べのためにも留まってもらわねば、ね?」
「さて。現場を見ていないのでとりあえずその話については一理あると言わせてもらうが……とどまっていただく場所を牢屋にするのは容疑者扱いだと言っているようなものでは? とはいえ逃亡のリスクを考えると妥当か……ふむ。
すまないね、旅の方。ルチェはこの通り警戒心の塊が服を着て歩いているようなものだから。できるだけ取り調べは短い時間になるように取り計らうことを約束しよう。また、手荒に扱わせないことも、そしてきちんと事情もお聞きしよう。冤罪であればもちろん、こいつの頭を限界まで下げさせるので、少しだけ……不名誉な謗りであるが。我らの父を狙う者は許せないのだ。
そうだ、真犯人に心当たりがあるならば、ぜひ教えて欲しい。こんなに目の澄んだ者が外道の罪を犯そうとするなど考えられない」
妥当な判断か。
事前に裏口合わせもなしにプリーモ兄貴はたっぷりと時間を稼いでくれたが、結局打開は出来ないか。
あの禍々しい気配の持ち主はマルチェロの前には顔を出していないようだし……まぁ仕方ない。
ここは見張りに一発薬を盛ってあることだし、レディたちを華麗に救い出すとするか。
そうと決まれば俺も退散退散……。
「おっとどこへ行くんだククール? お前には聞きたいことがたんとあるんだ。またドニで遊び散らかしてからに。品行方正がすぎるルチェの真似をしろとは言わないが、お前は不真面目がすぎるようだね。何人女人を泣かせてきたのかい? 聖職者の自覚を少しは持つといい。イカサマなんてもってのほかだ、誠実でありなさいと言い聞かせてきたつもりだったのだがね。
ルチェ、ちょっとこの阿呆を締めるので、この後この部屋を借りてもいいか?」
「これはこれは、サヴェッラの騎士団長は分かっていらっしゃる。どうぞごゆっくり。すぐに茶でも差し入れさせましょう。茶菓子も確かあったはずです」
「お構いなく。そこの阿呆を絞めたら次はお前の番だ。ククールみたいに逃げようとするなよ」
「私はそこの顔とイカサマしか取り柄のない男と違って忙しいのでね、遠慮させていただきますよ」
「ルチェ?」
「早く尋問せねばなりません。卿がおっしゃる通りに、冤罪だとすれば大変なことですからな」
「口が回ることだ。だけども逃げられないよ。既に院長には話を通してある。三度の飯と睡眠とミサよりわたしたち兄弟が
「……」
みしりと音を立てて、プリーモ兄貴の手が左肩にくい込んでいくのを感じる。
俺は引きつった笑みを浮かべて兄貴たちを見上げた。
すっげぇ、マルチェロの野郎が完全に負けてやがる。
奴の騎士服を的確に引っ掴み、絶対に逃がさないその動きこそ長兄の風格というか。
というかしばらく見ないうちにますますプリーモ兄貴は……なんつーか……既視感がある誰かに似ているような……。
誰だったかな?
現実逃避しながら、俺は連行されていく哀れな一行を見送った。
幸い、マルチェロが捕まっている間は完全にフリーになる。
その時に助けに行くからな。
先に見張り共の飯に薬を混ぜておいてよかった……。