【完結】兄弟賛歌   作:ryure

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ロストエンド・ミッドナイト

あれはいつだったか。

院長が亡くなる一つ前の季節だったと記憶している。

 

数か月に一度の、兄が来訪した日に。

珍しく彼は「弟たち」を構うことよりも父であるオディロ院長との対話を望んだ。

私たちにとってそうであるように、彼にとっても特別恩があった。

 

いくら無神経な人間で気に食わないとは言っても相手は「兄」であり、ただの孤児から権威あるサヴェッラの聖堂騎士団長までのし上がった実力者である。

立場的にそう無碍に扱っていい人物ではなかった。

人物はともあれ、その実力だけは認めていた。

 

だから、話を盗み聞きしようだなんて思っていなかった。

最初は。

 

頭の中に、頬を痛めそうなほど甘い砂糖菓子でも詰まっていそうな理想主義者がどんな話をしているのか気になってしまい、魔が差した。

それだけが理由だ。

弁明しようも無い。

間違いなく、あの時の私に非があるのだ。

 

こっそりと彼らがいる部屋の隣に滑り込む。

壁の薄さを承知していたので、そこなら気づかれることなく聞き取れるという算段だった。

 

「……分かっているんです。それでも、わたしは、兄弟仲が良いことを望みます」

 

狙い通り、聞こえてきたのはよく通る兄の声だった。

この期に及んでククールと私の仲を慮っていたとは本当にお優しいことだ。

 

「だって、だって、悪いのは全部あの父親ではないですか。ぽんぽんとメイドに子どもを産ませておいて、正妻に子どもができたら用無しだと? まったくもって馬鹿げてる、死者にこんなことを言うべきではありませんが、そんなことをしていたから流行病で若くして死んだわけですよ。それで恨みを残してまで手元に置いていた息子さえ不自由させているんですから。

愛した女性たちを残らず不幸にして、残された息子たちは物の見事に仲違い。そんなの許せることでは無いのです。だから、わたしがどれだけ嫌われようともせめて弟たちだけでも普通の兄弟のようにあるべきだと思っています。被害者なんだ、彼らは。そうでしょう……」

 

オディロ院長が何か言ったが、生憎よく通る兄の声ほどはっきりは聞こえなかった。

 

「わたしだって、えぇ。今は不幸ではありません。院長のおかげです。

でも、ほら、兄は優先すべきですよ。弟たちを。わたしなんて全てを忘れていたんですよ。つらくってつらくって、髪を老人みたいに白くして、過去のことを無かったことにしていた薄情者です。時期的に彼らと面識はありませんでしたが、それでも。何か思うところがあっていいはずなのに、何もわかりはしなかった。これは贖罪です。わたしは罪深い。あの男の次に」

 

想像通りに生産的な話ではなかった。

兄が一層甘ったれた楽観的な理想主義者だろいうことが露見しただけのこと。

兄はこれからも鬱陶しくお節介にもククールとの仲を取り持とうとするだろうし、その意思を変える気はないようだった。

 

立ち去ろうとした間際、薄い壁の向こうで兄が何かまた言ったらしかったが最早興味はなかった。

かつて尊敬していた兄はもういない。

そこにいるのはいくつになっても夢見がちな、不愉快な存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――「この世界で最早唯一、わたしと血の繋がった弟たちを、幸せにしてやりたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この狭い部屋とも今日でおさらばか。

せいせいする。

やけくそ半分に安っぽいベッドに腰かけて部屋を見回しているとせっかちなノックが響き渡った。

返事をする前に開け放たれたドアの向こうにはいまだに目元が真っ赤になっているプリーモ兄貴がいた。

 

「ククール」

「……プリーモ兄貴」

「心底、わたしもお前と一緒に旅に出たい。仇を討ち、生まれてきたことを後悔させてやりたいよ」

「……」

「だけども、それは叶わない。わたしを取り立ててくださった法皇さまや、推薦してくださったオディロ院長に申し訳が立たないからだ。わたしは、戻るよ。そしてサヴェッラからドルマゲスの情報を集め、危険な人物だと世界に指名手配を行おう。何かあったら手紙でも直接来るのでも構わないから、力になろう。こっちからは所在が分からないだろうから直接助けることは難しいだろうが各地に聖堂騎士を派遣することがあれば赤い聖堂騎士ククールの力になれと強く言い聞かせておく。それから……」

「待ってくれ、待ってくれ、分かったからプリーモ兄貴」

「うん、うん、大丈夫だよククール。大丈夫、悪い兄さんだったルチェはさっき思いっきりぶん殴っておいたから、お兄ちゃんのことを恨むんじゃないぞ。合理的なことはわかっていても傷ついたばかりの弟を追い出すように仇討ちにいかせるとはどういうことだ。後進を育てておけば自分が行けるのに! あぁこれはプリーモ兄さんの過失でもある。早く新しい騎士団長を育て上げて、わたしも行きたいんだ。間に合わなかったことを後悔している」

「……プリーモ兄貴の年齢で後進を育てるなんて、普通は考えないだろ」

 

目の前のプリーモ兄貴はそれはもうしょぼくれて見えた。

院長の目が無くなった瞬間これ幸いと追い出しにかかったマルチェロへの溜飲も少しは下がったというかだな。

目の前の男は長身なマルチェロや俺よりもさらにデカくて腕力がオーク並みなのだから、思いっきり殴られたマルチェロに蘇生魔法が必要だった可能性は大いにある。

ざまぁない。

いくらどれだけ邪険に扱っても自分を溺愛している相手だからって、見誤りすぎだろ。

ぶっちゃけドルマゲスにやられた以上の負傷をしたんだろうな……。

 

「いつも、あの子はククールを蔑ろにする。わだかまりがあることはわかるが意地を張るには長すぎだろうに。もう引っ込みがつかないんだろうな。本当にすまないね」

「謝ってもらわなくてもいい。こんなことを言うのは気が引けるが、所詮は……その」

 

血の繋がらない他人なんだ、と言ってのけるのは簡単な事だった。

オディロ院長亡き今、それを言えない相手なんて目の前にしかいないくらい簡単な事だった。

だが、プリーモ兄貴はこの先滅茶苦茶に気にすることだろう。

わざわざ爆弾岩を蹴り飛ばしに行く必要は無いように思えた。

 

それっぽい別の理由を言って誤魔化すのが最善手か。

 

「所詮は、俺たちもう大人だからさ。自己責任ってやつだ。マルチェロはあんたがこんなに目をかけてやったのにそれを分かっちゃいないし、俺はお叱りがあるほどひねくれて育った。だが、俺たちはもう誰かのせいにできやしない」

「いい子だねククール。わたしはいつまでも弟離れできないというのに君は大人だ」

「そうかもな」

 

身支度は簡単だ。

身一つでいい。

これまで支給された武器はありがたく貰っていくことにした。

さすがに返せとは言わないだろう、「仇討ち」を大義名分にしているのだから。

 

そもそもまともな持ち物なんてなかった。

清貧な暮らしの中で私物と言えるのはこの騎士団の服と指輪くらいだ。

 

簡単な身支度をぼうっと眺めていたプリーモ兄貴はゆっくりと向き直った俺を少し上の目線から見下ろして……もちろん「二階から」と違って物理的な意味でだ……口を開いた。

 

「本当に大きくなったなククール。立派になった。お前は自慢の弟だよ」

「それは『弟』みんなに言って回ってるんだろプリーモ兄貴。さぁ、そろそろ俺は行くよ」

「いや。心底、こう言うのはククールと……ルチェだけだよ。わたしの、……」

 

いやに重々しく、何かを言おうとして口ごもる。

心底俺を慈しむ兄の目をして、その緑の目が揺れている。

マルチェロと嫌になるほど似ている緑が。

 

「兄貴?」

「あぁククール。今生の別れの可能性は捨てきれない。旅立ちの餞別に言っておくよ。

お前は、わたしの本当の弟なんだよ。あのクソッタレな倫理観のない男が子どもを二人しか作らなかったわけがないじゃないか。正妻、お前のお母さんと結婚する前から女遊びに遊んでいて……わたしが生まれたのさ。当時は後継ぎのことなんてまだ考えていなかったんだろうな。適当に母を囲っていたあの男は、正妻との結婚を期にわたしたち母子を追い出して捨てたらしい。

それで、遊びの相手の行方なんて知ろうともしていなかったあの男は、いざ後継ぎが生まれないと思えば同じことをして……ルチェが生まれた。後は知っているだろう?」

 

そう語るプリーモ兄貴とマルチェロの容姿は似ている。

それこそ血の繋がった兄弟のように。

それは周知の事実だったが、まさか本当に兄弟だったとは。

人は驚きすぎると逆に驚いたリアクションをとれないらしい。

妙に俺は冷静だった。

 

「正直驚いたな。……それ、マルチェロは知っているのか?」

「知らないさ。過去の記憶を忌まわしいと思っている。あの男のことなんて思いだしたくないだろう? ククールのことさえ毛嫌いしているんだ、半分血が繋がった存在がもう一人いるなんてきっとルチェにとっては悪夢の再来さ……。あぁごめん、ククールは何も悪くないんだよ。悪いのは全部あの男と巡り合わせだけだ」

 

強い光を宿しているくせに、マルチェロ曰く「楽観的な理想主義者」という一種の狂人であるプリーモ兄貴は突然ケタケタと笑い始めた。

 

「あっははははプリーモだって! ネーミングまで笑わせるよ。わたしのことなんて心底どうでもよくって最初に生まれたから『1』と名付け、適当に放り出してあとのことなんてどうでもいい。次はちゃんと親子ともしばらく面倒を見ていたかと思えばまた捨ててさ。本当に、本当に悪夢だ。あの男の血を引いているという共通点しかわたしたちを結ぶ確かなものなんてないのに、その事実はなによりも最悪なんだよ。こんなこと言われても嬉しくないだろ?

お前は大事な大事な、本物の弟なのに! それを告げることがわたしとっては何よりも苦痛だったんだよ。ごめんなあ、隠していて。何も知らないククールにとってはわたしなんてひたすら兄弟愛を賛歌する頭のぶっ飛んだ兄貴分だったろうに。はは、自覚しているんだよ全部」

「……」

「こんな神の試練ばっかりの世の中でも、だからこそ。兄弟は仲良くするべきなのさ。

……また会おう、ククール」

 

()はそう言って、俺の手に古臭い小さなロケットを握らせると部屋から出て行った。

 

古ぼけてはいるが、金のかかっていそうな装飾のロケットの中には確かに若い頃の親父と知らない女、そして黒い髪の小さな子ども……プリーモ兄貴の姿があった。

 

さて、我らが麗しの団長殿……放逐された俺にとっては元団長殿だが……に教えてやろうにも再度のお目通りは叶わないだろうな。

どうせ俺たちはクソッタレな腐れ縁の中生きているんだ。

悪運も兄弟そろって最悪の部類であるし、生きてりゃそのうち会うことになるだろうぜ。

その時に落とす爆弾岩のカケラ、いや塊として大事にさせてもらおうか。

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