【完結】兄弟賛歌   作:ryure

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ロストブラザー・ブラザリーラブ

「騒ぎを起こしてそれに乗じ、法皇様の暗殺を謀るとは。いやはや恐れ入りましたよ」

「法皇さまの暗殺だと?」

 

まずい。

ニノ大司教はいかにも臭う生臭坊主だが、この狼狽えっぷりを見るに法皇さまへの尊敬は本物らしい。

だが兄貴にはそんなこと知ったこっちゃないことだろう。

目先の邪魔者を排除できる絶好のチャンス。

ついでに目の上のたんこぶだった俺を二度と見ないで良いようにできる最高のタイミング……ってところだろうか。

逃げるしかないが、生憎兄貴の部下に武器まで突きつけられちまった。

動けば串刺し間違いなし。

 

ハッ。

親愛なる下の兄上はあんなに耳にタコが出来るくらい刷り込まれても俺に対しては「兄弟愛」を相変わらずお持ちじゃないらしいな。

 

やれやれと首を振り、せめて誰かひとりだけでも逃がす隙がないかと伺うが無駄なこと。

嫌味に笑った兄貴が一際大きな声で周囲の聖堂騎士たちに命令した。

 

「捕まえろ! このゴロツキたちをまとめて煉獄島へ送るのだ! ネズミ一匹たりとも逃がすなよ」

 

その時だった。

俺たちにジリジリと迫る聖堂騎士たちが一斉に沈黙し、武器まではおろさなかったが完全に動きを止めた。

一気に静まり返った部屋の中、割れた窓から聞こえるヒューヒューと虚しい風の音とカツカツと鳴るせっかちな足音だけが響き渡る。

それが聞こえた途端、それまで水を得たエビラのように俺たちを犯人に仕立てあげようと喋っていたマルチェロ兄貴までもがぴたりと口をつぐみ、表情を消した。

つまり、俺もそうだが、これは骨の髄まで刻まれた習慣ってやつだ。

幼少期からの癖というものは大人になってから直そうたってなかなか上手くいかねぇもんさ。

 

ま、聞くところによると俺が修道院に来る前までは大好きなお兄ちゃんにべったりだったらしいじゃないか?

おおかた一言一句、愛しのお兄ちゃんの言葉を聞き逃さないようにしてたんだろ? 

そして、上の兄貴はいつ何時でもマルチェロよりも立場が上だったんだろ?

これまでも、そして今も。

いくらアイツが嫌味な野心家でも縦社会は表向きは上官に絶対服従。

いや、本当に表向きなものか。

たとえ法皇さまさえ下に見ようとも、あいつは亡き院長とプリーモ兄貴だけは心の底から従う。

従っている。

従わざるを得ない。

 

それだけは、いつだってマイエラ修道院の常識だった。

 

あいつがあのいわくつきの二階の窓を開けた瞬間、愛しのお兄ちゃんの笑顔を見れば部下を放置して直接出向くんだからな。

それはもちろん、上官を不遜に見下ろしてしまったことを詫びるためだが果たしてそうだったろうか?

俺には、口では仲違いしていても本心では無下にできない大好きなお兄ちゃんにしっぽを持ち上げている番犬にしか思えないね。

ま、こんなこと俺が言えば本当に命が無いかもしれないが。

 

プリーモ兄貴はマルチェロから俺への態度を軟化させることは出来なかったが、自身には忠実な犬をきちんと仕立てあげていたってわけだ。

 

マルチェロが開け放っていた扉から堂々と入ってきた真っ白の騎士団服の大柄の男。

俺よりもさらに長く伸ばした黒い髪、切れ長の緑の目、俺たちの忌まわしい父親に最も似てしまった俺「たち」の兄貴。

 

外からの風に吹かれて上の兄貴の髪がばさばさと揺れる。

結びもしないで邪魔なハンデを持ちながら世界中の聖堂騎士団を束にしてかかっても誰も敵わない最強のホワイト・テンプル。

 

しかも怒ってるな。

完全に。

 

またマルチェロはプリーモ兄貴の剛腕に半殺しにされるのかもしれねぇや。

ざまぁない。

 

「おい、ルチェ。いや、嫌味ったらしくマイエラ修道院期待の星のマルチェロ卿とでも呼んでやろうか? いつからここはお前の治外法権になったんだ。緊急事態に上司を呼ぶのは務め人として当然だと思うが、どう思う? このサヴェッラの警護の一切はこのわたし、プリーモの指揮にある。当然お前の動向全てもプリーモの手のひらの上だ。

空飛ぶワンちゃんの襲撃に驚いて、うっかりわたしの手のひらで楽しく踊るのを忘れていたのかな? まったく躾のなっていない子だね。わたしも兄として反省しなくてはならない、か。

そう、聖堂騎士であるならばわたしに逆らうものは誰ひとり許しはしない、と言いたいのさ」

 

最高のタイミングで愛しのプリーモ兄貴の登場だ。

 

泥仕合じみた戦闘後のボロボロの姿を見られるのは少しばかり癪だが、相手は盛大に呪われた犬っころ。

楽に勝てる相手じゃなかったしな。

 

心情的にも立場的にも逆らえないプリーモ兄貴にここに来ても目障りな弟。

確執しかない三兄弟の勢揃いってわけか。

ハハッ、マルチェロの野郎の眉間のシワがここからでもはっきり分かるぜ。

 

「これはこれは、我らが親愛なるプリーモ卿。しかしこの度は緊急事態でして、私どもで対処するほかありませんでしたので。伝令を送る余裕もなく……」

「フン、言い訳はいい。お前は口だけは上手いからな。言い訳をお上手な弁明に変えちまう前に口を閉じてもらおうか。

それで? そこの旅の方はたしかに法皇の館を不法に侵入したようだが、どう見てもやったことは怪物退治ではないかね? それともこの大型犬をけしかけたのがこいつらだとでも言いたいのか? 馬鹿なことを考えてはいるまいね。上がってくる最中でも悪神のごとき凄まじい邪気を感じたがお前には分からなかったのかな?

とにかくこの方たちを館の別の部屋にお連れしなさい。私の部下を護衛として三人ばかり付けておこう。そして少しばかり事情を聞かせてもらうとしようか。ただし、『丁寧な質問会』はわたしの立ち会いの元のみ行われることだ。決して副団長の独断専行は許さない。

さぁ! サヴェッラ聖堂騎士団長プリーモの命令だ、早くしなさい」

 

煉獄島に送られちまうことと比べてみれば素敵なバカンスといったところだな。

しかし、プリーモ兄貴は俺の事なんてちっとも見ないでとっとと倒れた法皇サマを抱き上げ、わなわなと震えているマルチェロ兄貴に背を向けた。

話すことはもうない、と言わんばかりに。

叱りつけるだけ叱りつけ、面子を潰してただそれだけ。

今までのプリーモ兄貴なら何はともあれ聖堂騎士団内で最も早く現場に到着し、方法はともかく場を収めようとしたことを褒め讃えたはずだった。

 

だが、なにもない。

俺の知らない間に二人の仲に……いや、マルチェロの毛嫌いがあったから、プリーモ兄貴の心の変化と言うべきものがあったようだ。

 

プリーモ兄貴の部下たちがマルチェロ兄貴の部下が勝手なことをしないか睨み付けながら俺たちのところに近づき、丁寧に同行を願う。

プリーモ兄貴の言葉を聞いてもなお、また牢屋にでもぶち込まれるかと思った俺たちのリーダーは随分安心したようだ。

 

「さぁ、行きなさい旅人たち。そしてわたしの弟、ククール。わたしの目が黒いうちは疑わしい程度で煉獄島になんて行かせやしないから。

まったく。訪れるのは悔恨と別ればかり。わたしたちはそういう星の元に生まれついているのかね?」

 

独り言にしてはえらく大きかったが、結局プリーモ兄貴は俺の事を一瞥さえしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おおかた事件現場を片付けた後、部下たちを全員下がらせた。

 

そこにあったのはあの空飛ぶ犬が所持していたらしい大杖。

シンプルな意匠だが杖から感じるチカラは強大だ。

なにか役に立つかもしれない。

 

正直、あまり冷静ではなかった。

仲違い……いや、随分前からこちらから拒否していたのが遂に奴に通じたと言うべき……した「兄」にすっかりやり込められこの先の手痛い折檻が確定している事実は流石の私も心に波を立てたようだった。

 

「まったく、甘いお方だ。あの楽観的な理想主義者め」

 

杖を手に取る。見立ての通り、なかなか良い。

支給品のレイピアなんぞを使うより余程戦闘面で役に立つだろう。

 

「魔物ごとき役に立たなかったが、さて。容疑者ではあるのだからやりようはあるはずだ」

 

あの邪魔者をどうにかすることさえできれば法皇が倒れた今、サヴェッラを支配することもできるだろう。

半数以上を占める「プリーモ派」の聖堂騎士たちをどうにかすることも、「兄」自体をどうこうできるなら容易いことに違いない。

 

良心を持ち合わせる古株の神父が邪魔だった。

ニノ大司教が邪魔だった。

法皇が邪魔だった。

そして、なにより「兄」が邪魔だった。

 

私は登りつめるのだ。

古ぼけた修道院から大聖堂の長にまで。あの兄さんの登りつめた聖堂騎士団長など生ぬるい。

私こそが法皇になってやる。

チカラを示し、大衆を迎合し、有能さを見せつけてやる。

権力をこの手に収め、私を認めさせてやろう。

そうすれば、そうすればきっと兄さんは私だけを……。

 

馬鹿なことを考えた。

 

その「兄」が邪魔なのだ。

まだお若いが、マイエラの悲劇ののち旅に出ることが出来ず、後進を育てるのが遅かったと吐露されていたではないか。

 

その願い、叶えてやろうか。

何、わざわざ命などはとる必要は無い。少し失脚していただく。

そして望み通り愛しの「弟」と楽しく旅でもすれば良いではないか。

ドルマゲスを追うのを辞め、何故魔犬なんぞを追いかけ回していたかは不明だがまだまだ奴らは旅を辞めないだろう。

きっと退屈はしないだろう?

 

杖を手に立ち上がった途端、不意に謎の声が聞こえた。

 

『杖を手にする者よ、汝こそが我が新しい手足。チカラならくれてやろう』

 

生憎、命令されるのは嫌いだ。

 

声はこの杖かららしい。

突如発生したイバラに腕を拘束されたが、私は自らの腕を剣で貫き、地の底からの呼び声を断ち切る。

 

「チカラなんぞ、自らの手で掴まなくては意味がない」

 

そうでなければあのひとを私の世界から廃し、ただどこかで楽しくやってもらうことなぞできないだろう。

 

「マルチェロ卿。プリーモ卿がお呼びです」

「そうか、分かった」

 

プリーモ派の聖堂騎士の案内に従い、私はその日骨を何本か折ったが以前のように兄は私より痛そうな顔をせず、ただ無感情に淡々と私に罰を与えたのみだった。

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