【完結】兄弟賛歌   作:ryure

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アンチ・セルフ・サクリファイス

あぁ。

オディロ院長にもククールにも、そしてルチェにもあわせる顔がない。

 

長兄のくせに、兄弟の仲たがいをおさめることができなかったし、せっかく昔の約束を守ってサヴェッラまで出世してきたルチェに対して素直な祝福をすることもできない。

いまだにオディロ院長の仇を討つべく旅を続けているククールに自ら協力することも出来なければ、自分の周囲の権力争いさえおさめることができない!

わたしはなんて不甲斐ない兄なんだろうか。

偉そうにルチェを殴り飛ばしたはいいが、それと同じだけ弟たちにも殴られるべきなのだ。

 

わたしは何の役にも立たず、ルチェはわたしの約束を守って昇進する。

わたしはこの剣を、きっと向けるべき相手に向けたくない。

わたしはこの期に及んで、きっと「正しくない」弟を罰せない。

いっそ何もかも投げ出してしまいたい衝動と、大事な弟たちを守りたいという気持ちが交互に込み上げてきて、板挟みのせいでまた白髪になってしまいそうだ。

 

「団長、いくらなんでもマルチェロ副団長は横暴すぎます! 尋問……失礼、『質問会』で彼らから聞き出した情報は状況と矛盾がなく、また目撃情報とも合致しておりましたのに!」

「そうだね、そうだ。分かってる。もちろん副団長の主張は却下だ。あいつは一体どうしてしまったんだろうな」

「団長、同郷のよしみですか? 団長は副団長に甘すぎます。いくら疑わしい容疑者だとしても煉獄島送りなんて終身刑と同義じゃないですか」

「何度も言ってるだろう、マイエラ修道院ではみな兄弟として育つのさ。どれだけ歳を重ねようとも、思想が違ってしまっても兄弟は仲良くするべきなのさ……」

「団長はお優しすぎる」

「君もルチェみたいなことを言うね」

 

ただ少し、疲れてしまった。

ひっきりなしのトラブル、汚職、命を狙われた法皇さま、マルチェロの采配に掻き乱されるわたしの部下たち。

 

ルチェは何を考えている?

わたしには分からない。

わたしのことを嫌悪し、ククールを憎悪し、オディロ院長の死と同時にあの優しさまで失ったように権力に手を伸ばす。

 

お前はいつだってとびきり賢くて、優しくて、愛されたがりの可愛い弟で、今もそれは変わらないはずなのに。

わたしはお前の悪いところばかり見つけようとする兄失格の風体で、お前はそれをせせら笑う。

 

どうして?

それを聞きたいのはルチェなのに。

 

なぁ、チカラを手に入れて、それからどうするというんだ?

チカラで嫌いな者を遠ざけて、見えないようにして、それからどうするんだ?

お前が幸せだったのはいつなんだ?

 

母親が生きていた頃か?

父親が優しかった頃か?

オディロ院長が生きていた頃か?

ククールが来る前か?

わたしと仲違いする前か?

それとも、順調にチカラを付けていく今か?

未来か? お前が夢見る、チカラの果てか?

 

もう分からないよ。

 

お前が幸せになれるなら別にわたしのすべてをくれてやる。

本当にそれで幸せなら。

そうは思えない、とお前の心が分からないくせに勝手に「正しいと思う方」へ進んでいるだけなのさ。

 

ククール、お前にはいつも迷惑と苦労ばかりかける。

同じわたしの弟なのに。

贔屓にしか見えないわたしの行動をどうか許しておくれ。

 

まとめて幸せにしてやりたいのに、どうにも巡り合わせが悪くてね。

 

わたしたちはもうドン底を味わったのだからあとは良くなっていくしかないはずなのに。

どうにも、神はわたしたちに更なる試練を与えなさるようだ。

 

「少し出てくる。明日の朝はご客人たちのお見送りだ。それまでにククールと話をしておきたいんだ」

「あの方もマイエラ修道院出身の聖堂騎士でしたね。どうぞごゆっくり」

 

部下たちは有能で、言わずとも分かってくれたようだ。

 

ルチェはサヴェッラに来てから一度たりともククールの名前を口に出していないと確信できるけれど、頭の中に一日何度も登場していることもまた、間違いないこと。

 

頭のおめでたいわたしでも分かっている、絶対に好意的な意味ではないことを。

今だってチャンスがあるなら煉獄島送りにするのを狙っているし、二度と会えないことに胸を痛めることもない。

 

血を呪うなら、本当の悪役は一人だけ。

なら、残った兄弟は仲良くするべきなのに。

そいつはとっくに死んだんだ。

病死だ、きっと苦しみ抜いて死んだんだろう。

わたしの母のように、そしてルチェの母のように。

だがククールのようにひとりぼっちにはならなかったじゃないか。

次々と起こる仲違いの材料にみんな振り回されてしまう。

父親として天から遺した息子たちの幸せを願ってくれる気は毛頭ないらしいな。

あんな屑にそんな殊勝な感情があるとは思えなかったが。

 

あぁ、長兄はそんな試練ひとつひとつが苦でしょうがなくて、分かりやすく踊っているんだ。

 

院長、オディロ院長。

あなたが今もご存命なら、わたしは記憶の始まりの日のようにあなたの膝で泣いたかもしれない。

いっぱいいっぱいで、やるせなくて、理由もなく胸の内がざわめいて。

大好きなはずの弟を殴りつけては、型に当てはめようとするいくじなし。

そうしないときっと道を外れてしまうんだと恐ろしくて、あの子は立ち止まってはくれないのにそんなことばかり繰り返して。

 

わたしが全部悔恨と憎悪を引き受けられたらどれだけいいでしょう。

わたしはそれでも、兄弟の仲がいいことを望んでいるんです。

こんなままならない世界で、血を分けた兄弟なんですから、その繋ぎ手があんな父親でも。

あの父親によく似たわたしのことを嫌いになってもいいから、あの子たちが笑い合えるなら。

 

馬鹿みたいです。

ただの馬鹿なんです、わたし。

 

ふたりまとめて抱きしめてやりたいのに、ふたりともすっかり嫌がるようになってしまった。

 

「おっと、これはこれはプリーモ卿。どちらにいかれるのですかな?」

「ご客人への面会だ。

……その杖はどうした?」

「少し良い拾い物をしたまでですよ」

「落とし主が困っていなければなんでもいいが、そこまでの長物は圧迫的だな」

「貴殿には関係のないことです。失礼、あの不良騎士にお会いになられるのでしたね。団長の貴重なお時間を取らせてしまいました」

 

ルチェ。

いつからそんな冷たい目でわたしを見るようになったのだろう?

ククールとのことで意見が合わなくなってからも、そんな目はしていなかったのに。

 

何か言うべきだ。

兄として。

だが、兄としてなんて、何の言葉も出てきやしない。

冷酷な、騎士団の恐怖政治を司る団長としてでしかルチェと話すことが出来なくなってしまった。

そんな言い訳をしている。

 

何も言えずにそのまま背を向ける。

ククールのいる部屋に向かって歩き出す。

そしてその背に痺れるような衝撃が走る。

痛みに似た、だが「攻撃」として有効な程ではないもの。

 

だが、それを感知した途端わたしのからだは全く言うことを聞かなくなった。 

意識が混濁し、わたしの身体が勝手にルチェに向き直るのを止められない。

 

「油断大敵、馬鹿な男だ。本当に謀略の罷り通る教会内で異例の出世をした男か?」

 

あぁルチェ。

賢くて、ひたむきなわたしの弟。

 

お前は一体、何に手を出したんだ?

 

爛々と光るルチェの目が、一瞬赤く光って見えた。

赤のはずがない、わたしとお揃いの緑の瞳。

父親に互いに似てしまって、だから容姿がよく似ていて、本当は喜ばしくないはずなのに兄弟らしくてわたしは嬉しくて。

 

ルチェ。

わたしの意識はそこで途絶えた。

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