「お前たちの沙汰が決まった。こちらの調査によると、やはり法皇さまの殺害を企んでいたことは間違いない。ニノ大司教とともにそこの四人にも煉獄島行きが相応しい。
そして本日より聖堂騎士ククールを破門とする。
これらは聖堂騎士団長プリーモ卿じきじきのご命令だ。文句はあるまい?」
「……」
一晩にして真っ白に染まった長髪。
目の前に「弟たち」がいようがにこりともしない無表情。
厳しくも朗らかなサヴェッラ聖堂騎士団長の変わり果てた姿に上の兄貴の部下たちが激しく狼狽しているのが伝わってくる。
その白い頭を見ればいつぞやのドルマゲスを思わせる風貌の上の兄貴だが、「呪われし者」に共通していた赤い瞳ではなく変わらない緑の目は、眠っているかのようにただぼんやりと虚空を眺めていた。
「プリーモ兄貴が本当にそう判断したって言うのかよ!」
「ふん。プリーモ卿、どうです? なにか手向けの言葉を掛けてやってはどうでしょう? もう二度と会うことないのですから」
「……」
「ないそうだ。この輩どもを船に繋げ!」
「……」
「おい、これって……」
プリーモ兄貴はマルチェロの背後に立っていたが、目の前の弟のことすら目に入っていないらしかった。
ぼんやりと、夢見る眼差しで何も無い虚空だけを見る姿はどう考えてもただごとではない。
何があったかは分からねぇが壊れちまった。
それだけはわかる。
あの強いプリーモ兄貴が?
まさか。
どうやって、なにがあった?
どう考えても怪しいのはマルチェロだが、プリーモ兄貴は「兄」だ。
「弟」に遅れをとるか?
そんなことありえないはずだった。
あのマルチェロさえ、上の兄貴をどうこうできるならとっくにそうしているくらいにはウザがっていたが五つ上の兄にはまともに手出しできなかった。
今になって何か方法を見つけたっていうのか?
どうやってだ?
それこそ神の力でも使わない限り不可能に見えたが。
……まさか。
だが、マルチェロの手にあの杖はない。
もちろんプリーモ兄貴の手にも。
「同時にプリーモ卿もこの有り様ですからな。今までのご苦労がたたったのだろう。どこか静かな場所で療養して頂かなくてはならないかもしれないな?」
「……」
マルチェロの部下どもに拘束され、部屋から無理やり連れ出される最中俺たちや呆然と立ちすくむプリーモ兄貴の部下たちに「聞かせる」セリフが耳につく。
「オディロ院長に引き続いて法皇様まで狙われるとは。敬虔な卿の心への負担は計り知れなかっただろう。しかしこのまま自失されているようならサヴェッラから離れ、どこか静かな場所へ。検討しなくてはなりませんな。
まぁ、囚人どもには関係のない事だ」
「……ルチェ、ククール。わたしの大事なおとうとたち。どうしたら、きょうだいなかよくしてくれるだろう……」
「……まだ、そのようなことを仰るのか? 嗚呼貴方は相変わらず、」
迷子の子どものようにプリーモ兄貴がなにか呟いて、それにイライラとした様子のマルチェロが後ろの兄に詰め寄ったところで、扉は閉じられた。
マルチェロは俺の事なんていらないらしい。
そりゃそうだ、俺の親父に捨てられた悲しみも憎しみも、死んじまった奴には向けられなくて俺を恨むしかないんだから。
巡り合わせが悪いのさ。
悪い縁と運の悪さ。
それだけだ。
俺たち兄弟はいつだってそうだ。
節目ごとにどん底に突き落とされる。
きっと、上の兄貴もそうだったんだろう。
旅立つ日に教えられた「血の繋がり」、もう一つの縁を教えてやる暇はなかった。
古ぼけたロケットは今も俺の手元にある。
あの忌々しい日から何日がたったんだか。
正しい日数なんて分かりようもねぇや。
ニノ大司教のおかげでなんとか煉獄島から脱出できたが、すっかり衰えた身体を労ってゆっくりと療養している時間はない。
急いで全員分の装備を整え直し、アイテムを使って傷を癒し、無理やり魔力を満たす。
万全とは言い難いが、これで一応戦える。
目的地は聖地ゴルド。
そこで新しい法皇の演説があるということは、分かっている。
法皇さまが亡くなった。
真っ先に疑ったのはマルチェロだ。
だが、奴のオディロ院長への敬愛は本物だった。
オディロ院長が生きているうちは少なくとも、つまり俺が知っている限りは法皇さまへの尊敬も本物じゃなかったのか?
腐り切った教会の中で本物の慈愛と信仰を持っている、なるべくして長となったひとたち。
プリーモ兄貴もマルチェロも昇進には執着していたが、聖職者としての矜持を忘れたとは思っちゃいなかった!
プリーモ兄貴は今もサヴェッラ聖堂騎士団長のままでマルチェロの腹心として演説中もそばを離れないと、聖地の人間の話を聞いて知った。
今もあの状態が続いているのかは分からないが、一旦は敵として考えておくしかない、と話し合ってある。
俺たちにとってはマルチェロの嫌味が飛んでくるたびに実にいいタイミングで助けてくれた味方だが、煉獄島に送られる前の姿は尋常ではなかったのだから。
ルーラで聖地ゴルドに赴き、そのまま演説会場に乗り込む。
見張りもいるだろうが殴り飛ばしてでも突破するしかないと思ったが。
やはり入り口に立っていたのは見慣れた聖堂騎士の団服がふたり。
堅苦しい表情をした男が俺たちを睨みつけると、片方の男が急いで中に入っていった。
仕事が早えな。
「赤い騎士団服。お前がククールだな」
「おいおい、早くも兄貴の歓迎か?」
「確かにお前の兄だが違う。だが今は詳しく話している時間はないのだ。歩きながら聞け」
感触は悪くなかった。
むしろすんなり扉の中に通してもらい、周囲に応援で呼ばれたらしい団員がやってきて俺たちを護衛するかのようにぐるりと取り囲む。
どいつもこいつも、よくよく見れば何度かマイエラ訪問で目にしたことのあるプリーモ兄貴の部下だった。
マルチェロ、「兄さん」を籠絡したはいいが周囲まで根回しし損ねたのか?
まさか、そんなはずはねぇよ。
あいつがそんな初歩的なミスを犯すはずがないだろ。
じゃあこいつらはマルチェロが気づかないレベルで演技してきたっていうのか?
マルチェロが他人を信用するとは思えねぇ。
なら、マルチェロは反乱分子を捨て置いていいとでも考えていたってことか?
目の前の男たちもプリーモ兄貴にとっては「弟」だったんだよな。
傍目から見ても分かりやすく最初の「弟」であるマルチェロに愛称まで付けて可愛がっていたが、俺含めその後に修道院に来た子どもたち全員も「弟」だった。
「いいか、プリーモさまは敵だと思え。知っているだろうが正気でいらっしゃらない」
「初めましてククール。いいか、いつも通り贔屓の弟扱いしてもらえると思うなよ。驚くべきことにこの一ヶ月間、プリーモさまはひとこともお前たちの名前を口に出していないのだから。無論私たちのことも存在ごと忘れられているかのようだ」
「マルチェロ派は俺たちに任せろ。マルチェロ派に何人か味方を作っておいたから気にせず進め。邪魔する奴らはこっちで止める」
何人か、マイエラで一緒に育った奴らの姿もある。
プリーモ兄貴の「弟」たち。
あるいはサヴェッラで部下として日々を過ごしてきた信奉者たち。
どいつもこいつもすでに剣を抜き、臨戦態勢のまま口々に声をかけてくるものだからびっくりだぜ。
マイエラには居場所がなかった。
ドニでは半分憐れみがあって、だが追い出されはしなかった。
掛け値なしにまともに相手をしてくれたのはオディロ院長とプリーモ兄貴だけ。
そう思っていたが。
プリーモ兄貴のためだろうが、俺の味方をしてくれる奴がいたんだな、なんて。
ちょっとばかり感慨深いじゃねえか。
マルチェロは俺たちにとっくに気がついて、演説の演出がますます白熱していくのが分かる。
マルチェロの背後で目を閉じ、微動だにせずにロザリオ片手に祈っているプリーモ兄貴は気づいているのか、不明だが。
「いけ!」
背中を押されるように俺たちは走り出す。
言葉通り、止めに入るマルチェロの部下の聖堂騎士がプリーモ兄貴の部下や「味方」らしい聖堂騎士とぶつかり、決死で道を開く。
ざわめく聴衆たちと剣戟が演説を妨げている。
演説台に迫る俺たちを見て、木のようにまっすぐ突っ立っていたプリーモ兄貴がようやく目をあげ、こちらを見た。
「『兄さん』、私を阻む者がやってきましたよ」
「……残念だ。ルチェはこんなに賢くて、優しくて、いい子なのに。邪魔する者は誰だ?」
「あの赤い服の男ですよ」
「そう。悲しいね。わたしの弟を守らないと。……あの男、なんだか懐かしい気がする……」
「マルチェロ、あの杖を持っているわよ!」
「分かってる! どっちが呪われてるんだかな!」
マルチェロが剣を抜く。
プリーモ兄貴はロザリオを片手にしたまま剣も抜かずに俺たちに向かって素早く十字を切った。
やばい、プリーモ兄貴は純粋な信仰心という意味で存命の人間の中で随一なんじゃないか!
「まずい、伏せろ!」
本物の信仰が込められた