【完結】兄弟賛歌   作:ryure

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ノスタルジー・ノスタルジック

武器を構えたまま、俺は演説台の端まで追い詰められていた。背後には演説を見に来た民間人がうなるほどいる。

視界の端で恐らくプリーモ兄貴の部下たちが避難誘導をしているが、全員が退避するのはまだかかりそうだ。

どうにもこうにも、逃げ場がないほどご執心とは俺の人気も捨てたもんじゃないな。

 

たまにはそうやってこっちも熱烈に見てくれよ、上の兄貴。

あぁいや、上の兄貴愛しの(マルチェロ)の心は長年俺が独り占めだったけどな?

ま、野郎どもの心を虜にしたってこちとらなんにも嬉しくないけどな!

 

「きみ、どこかで会ったことあったかな……思い出せない。思い出せなくてごめんね」

「愛しの『弟』の下の方だよ、上の兄貴」

「下の弟? 上の兄貴? かわいいルチェにも弟ができたのかな?」

 

話しながらも穏やかな表情でプリーモ兄貴は祈りを込めて十字を切った。

静かな口調と裏腹に戦闘の手を止める気はないらしい。

洗脳されているんだか邪悪な呪文をかけられているんだか分からないが、俺ばかりを執拗に攻撃してくるせいで仲間たちとは分断されつつあった。

ただ、それはどう考えても元凶のマルチェロと距離ができるという意味でもある。

正直、ひとりで相手をしたくないが、マルチェロだってその点では同じだ。

プリーモ兄貴に邪魔が入らず言葉で訴えかけられると考えれば悪くねぇのかも。

 

ドルマゲスのように色の抜けた白い髪、ぼんやりと意志の感じられない緑の目、俺のことを忘れた……いや、あの部下たちの言葉を加味すると「マルチェロ以外を忘れさせられた」とでも言うべき状態のプリーモ兄貴。

だがあの杖を持っているのはマルチェロの方。

相変わらず言動は全く理解不能だが、行動だけはそうそう変わりやしねぇや。

「呪われた」ような見た目の変化もないし、ニノ大司教に取り入っていた時と同じように権力者の懐に潜り込んでは「金色のお礼」をして、ニノ大司教を煉獄島に押し込み、法皇を亡き者にし、そして後釜に座ろうって訳か?

理解したくもないが、それ自体はマルチェロ「らしくない」行動じゃない。

ゼシカのように豹変して賢者の子孫の命を狙っている訳でもないし、あの杖を持っていることは気がかりだがドルマゲスやゼシカ、レオパルドのように関所や館などを人外のチカラをもって破壊して見せている訳でもない。

 

ぶっちゃけ判断に困る。

だがどちらかが「呪われて」いるのなら、助かる確率は三割ってとこか。

ドルマゲスは異形のまま石になって死んだ。

ゼシカは人殺しになる前に間に合って助かった。

翼を生やした異形になったレオパルドはダメだったようだ。

 

法皇さまを殺したのが杖によるものなら。

七賢者の封印を解くことが肉体への凄まじい負担になっていたのはドルマゲスが実証している。

……悪いことを考えるのはやめだ。

戦いが終わってからゆっくり考えればいいさ。

 

「迷える子羊よ、君に恨みはない。だけど、あの子が願うことなら兄として叶えてあげたいんだよ。法皇でもなんでもなればいい。それであの子が幸せならね」

「幸せ、ねぇ。マルチェロが法皇になったらさぞかし高笑いするんだろうな」

「あの子が喜ぶ顔が目に浮かぶようだよ。わたしの全部をあげて、弟が幸せになるならそれでいいんだ。わたしの可愛い弟たちが幸せなら、それから兄弟仲良くすれば、きっときっと、わたしたちの勝ちじゃないか。父親への最高の意趣返しさ」

「あいつは、俺たちと仲良くしてくれる気はないぜ」

「おやルチェのことを、知っているのかい。君、見覚えがあるんだ。どうして思い出せないんだろう。弟と言ったね。マイエラに来たばかりの新しい子? それにしては随分立派な大人じゃないか? わたしは何を忘れているんだ?」

 

そう言うんならちっとは手を止めてくれねぇかな。

グランドクロスの連発なんて無茶苦茶なことをされているとこっちの命がいくらあっても足りやしねぇ。

ただ、腰にただのレイピアみたいな顔をしておさまっているどでかいバスタードソードが抜かれていないだけマシなのは知っているが。

()()()呪文攻撃だけでも十分凌ぐのに苦労する。

下手にマホカンタなんて唱えてみろ、呪文反射なんて願うまもなくオークかトロル並の腕力で叩き切られちゃあ流石の色男ククール様の美貌も台無しになっちまうに違いないぜ。

 

「マルチェロの目の上のたんこぶさ。腹違いの弟、ククールだよ」

「……ククール?」

 

容赦なく下級呪文のようにグランドクロスを連発していた指が止まる。

詠唱が霧散し、同時にプリーモ兄貴の身体に絡みつく別の呪文が露見する。

見たことがない呪文だが、どうせロクなもんじゃない。

 

プリーモ兄貴はロザリオを握りしめたまま、十字を切っていた手で頭を抱えた。

 

「……十歳のときに小さなルチェが修道院に来たんだ。その時のわたしは自分の生い立ちを知らなかった。噂を聞いて可哀想だとは思ったさ、だけど、もう大丈夫だって伝えたかった。記憶を失い、まっさらのまま修道院に拾われたわたしだってここではささやかな幸せを感じているのだから、と」

 

兄貴にもがくように絡みつくルーン文字は軋むようにチカチカと点滅している。

全身を縛り付ける邪悪な呪文が弱まっていく。

 

「初めての『弟』だから嬉しくて。可愛がったさ、真面目な奴でね、ちょっぴり素直じゃなくって、賢い奴で、照れ屋でね、わたしが抱き上げると嫌そうにするけど逃げたりしない……亡くなった母の代わりにはなれないけれど、わたしだって抱きしめてやることができるって。わたしたちはきっと幸せだった……」

 

ぼんやりとしていた緑の目。

マルチェロそっくりの緑色がだんだん強い意志の光を取り戻していくのがわかる。

 

「わたしが十六の時、ククールが修道院にやってきたね。ちょうど同時期、サヴェッラに行くことが決まってから、わたしはオディロ院長に父親の死と母親の末路について教わったのさ……嗚呼。

わたしは会えて嬉しかったよ。もちろんその境遇を思えば三兄弟そろってまったくもって運がないものだと思ったけど、ひとりぼっちだと思い込んでいたルチェの孤独をひとつ埋めてくれる気がしたから。あの父親の訃報を聞いてわたしは心底嬉しくて、可哀想な弟が増えたことが心底悲しくて、でもひとりぼっちだった兄弟が揃って過ごせることが嬉しくて。

あの野郎はもう死んだんだから、きっとわたしたちの分まで苦しんで死んだんだから。血を憎んでも、兄弟は仲良くするべきなのさ」

 

白い騎士団服に包まれた腕が強く振られると、そのままルーン文字はあっけなく弾け飛んだ。

同時に強い意志の宿った瞳がようやく俺の目を見てくれた。

 

「ククール。思い出したよ、すべて。流石はわたしの可愛い弟、助かったよ。一緒にマルチェロを殴ればいいのかい? とりあえず止めなきゃいけないことだけは分かるのさ」

「あぁ。ならあの杖を取り上げてくれよ、上の兄貴。あの杖がマルチェロを操っているかもしれねぇんだ。プリーモ兄貴にかけられた呪文も多分杖のチカラでやったんじゃないか?」

「さてね、詳しいことは分からないが。杖ね、分かった。頼りない兄貴かもしれないが、このプリーモに任せなさい。ククールは仲間たちに合流し、戦いを続行しなさい。

まったく。わたしに何をしたかは知らないが、一から十までルチェのことしか分からない呪文とは参ったね。まるで兄を独り占めにできた幼少期を取り戻しているかのようじゃないか」

 

華奢なロザリオから手が離される。

太い指が柄を握り、長身の兄貴が装備していると縮尺が狂ったように見えるバスタードソードが抜き放たれる。

 

同時に、俺の説得が成功したことに気づいたのか、マルチェロがこちらに向けてメラゾーマを打ち込んできやがった。

 

「喧嘩を売ってきたな? 高値で買ってやろう。殴り合いの兄弟喧嘩もたまにはいいかもしれないね」

 

危なげなく真っ二つに火球を斬り捨てたプリーモ兄貴は、その場から大きく跳躍するとあの杖を真っ二つに叩き折るように斬りかかった。

金属音に似た武器の悲鳴が響いて、さっきまで余裕ぶっていたマルチェロが防戦一方に転じた。

 

さて。

大役も果たしたし、俺は後衛で回復呪文を唱えながら応援でもさせてもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

『手間が省けた、礼を言うぞ。全く頑固な人間だった』

「何奴だ! ルチェの体を返せ!」

 

変貌した白い髪、不吉な赤い瞳、溢れんばかりの邪悪なチカラを纏った変わり果てたルチェ、ではないナニカ。

これはオディロ院長が亡くなった時、そして法皇の館で感じたあの邪悪な気配の主に違いない。

わたしに呪文をかけたのはあいつか?

 

『この男が法皇を亡き者にした今、杖の封印は全て解かれた。喜べ、お前たちは偉大なる暗黒神再臨の見届け人となるのだから』

 

膨大な魔力が溢れ出し、その余波だけでもまともに前へ進むことさえ叶わない。

だが諦めるのはありえない。

わたしは兄なのだ。

わたしの後ろには大事な末の弟がいて、わたしの前には大事ないちばん最初の弟がいる。

 

このふたりを命に代えてでも守らなければならない。

 

『さぁ、見るがいい!』

 

だが、手は届かない。

 

記憶の向こう側で、母親がわたしを捨てた日のように。

わたしは無力で、ただ救いを待ち望んでいる幼子と変わりない。

何も出来ず、何も成せず、だけど手を伸ばすのは止めてなるものか。

 

宙に高く浮かび上がったルチェが杖を投げ、ゴルドの女神像を破壊する。

 

わたしは何も止められず、大地が割れて崩壊していくゴルドで必死に弟たちを探し出して担ぎ上げた。 

降り注ぐ瓦礫を避け、打ち払い、外へ向かって走る。

だが。

 

足元から全てが崩落する。

 

嗚呼、オディロ院長。

わたしはいいから弟たちを守ってください。

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