歌を奏でる装者と無限を操りし少年   作:アユムーン

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「涙」に濡れて「陽」が乾かして

それはある日の夜のことだった

 

ベットで横になっていた奏、リハビリも終了、明日からはほぼ自宅である弦十郎の家に戻り、二課の仕事の手伝いが始まる

 

しかし、それにともなって不安もある

 

「(弧仁のお陰で身体能力は完全に戻った・・・だけどガングニールがなくなった今のアタシにノイズと戦う力はない)」

 

あの日砕け散ったガングニールは修繕もできない程に破損したのでもう使えない

 

人並み以上には戦う力はあるが、それだけでは足りないことはよく分かっている

 

「(今のアタシに戻る意味なんて)「やぁ、こうやって会うのは久し振りだね」!!?弧仁・・・じゃねぇな、擬きか」

 

突如現れた自分に跨がる擬きに驚くが、以前もこんなことがあったな、と取り直した

 

「正解、本当に君たちよく分かるよね。見た目は弧仁そのものなんだけど」

 

「ふーん、今って弧仁の意識あるのか?」

 

「ないよ、寝てる間に身体を奪うと弧仁自身の意識が起きない限りは僕が主導権を握れるんだ」

 

「へー・・・それで、なにしに来たんだよ?」

 

「実は弧仁は見て見ぬふりしてたんだけどさ・・・奏、君呪力に目覚めてるよ」

 

「は?、それって、弧仁と同じ?」

 

「その通り、長い間フォニックゲインと呪力の狭間で呪力に触れ続けた影響だね」

 

「へー、そうやったら呪力って目覚めるものなのか?」

 

「いや、先天性、もしくは命の危機に瀕した時に稀に目覚めるって感じかな」

 

「?なら弦十郎のダンナや緒川さんは何で呪力に目覚めないんだ?それに装者の連中も「ストーップ」?」

 

素朴な疑問に触れようとする奏の口を止める

 

「それを言ったら、この世界が変わっちゃうよ?」

 

「は?」

 

「とにかく、触れちゃいけない話題だってことオッケー?」

 

「お、オッケー」

 

「よし、それなら本題に入ろうか・・・こちらをご覧ください」

 

そういってどこからか取り出したフリップを見せる

 

「おぉ、久々だなそれ」

 

フリップには『なれる!呪術師への道!』と書かれている

 

「・・・なれるのか、アタシが」

 

「なれるよ、残念だけど術式はない・・・けどガングニールの装者としての経験と呪力による強化、これだけでも十分戦う力になる」

 

「・・・なら、なってやるよ」

 

「・・・なにに?」

 

「アンタ(擬き)の生徒になってやる、守られるだけなんてごめんだ!アタシを鍛えてくれ!」

 

「いいねぇ、お目が高い・・・ようこそ、天羽奏、歓迎するよ」

 

・・・ということがあった

 

「ってな感じでな、アタシは呪力に目覚めてそれから先生に色々教わって今回参戦したわけだよ」

 

「・・・そうだったのか」

 

ここは二課仮設本部、現在はメディカルチェックの結果を待っている

 

装者一同の適合係数の低下によるバックファイアのダメージは大きく、未知数だったため、本日は療養することとなった

 

奏も療養後初の戦闘だったため、身を案じて療養していた

 

そこで奏が何故呪力を持ったかの話を、響、翼、クリスにしていた。

 

「弧仁はこのことを知ってるんですか?」

 

「知ってるよ、最初は反対してたけど邪魔するならノイズに裸一貫で立ち向かってやるっていったら引き下がった」

 

「か、奏・・・」

 

「・・・ふん、そのこともアイツはアタシらには伝えなかったわけだ」

 

「クリスちゃん・・・」

 

帰ってきてからというもの、機嫌は悪いがどこか悲しみを感じさせる雰囲気のクリス

 

弧仁への感情をまだ飲み込みきれていないのだ

 

「いや、それは違うぞ」

 

「?、なにが違うんだよ」

 

「擬き的にはアタシは隠し玉、そして弧仁はアタシが呪力を持つことをむやみに広めたくないって考えがあったんだよ」

 

「!、そっか、弧仁が名前を変えることになった理由って」

 

「呪力と呪術のことが知られてしまったから、だったな」

 

「そう、弧仁って意外と色々考えてるくせに話さないところがあるみたいだな」

 

自分でなんとかしようと、抱え込む節があるのだ

 

「・・・そうだな、私もそれで長い間すれ違ってしまっていた」

 

翼も弧仁もお互いを大切に想うあまりに、言葉を交わさず長い間すれ違っていた

 

「私と未来も、話せないことは仕方なくても、なにか一言言ってほしかったって思うことありました」

 

あのライブの日、弧仁が自分達の元を去ったこと、そこには自分達を守る理由しかなかった

  

それでも、真実を知った時はショックだった

 

「・・・そうだよな、アイツはそういう奴だよな」

 

「いや、アタシとクリスに関してはそれはないだろ」

 

「!?何言って・・・アンタだって、さっき厄介だなって」

 

     ・・・

「いや厄介みたいだな、って言ったんだよ。だからアタシは含まない

 

後それから弦十郎のダンナと擬きか?アイツが自分より上、父親とか、先生とか、それから姉って思ってる相手には割りとはっきり物言うだろ、アイツ」

 

「そういえば、弧仁が自分の気持ちを話して助けてほしいって言ってくれたのって」

 

「雪音の件が初めてだったな」

 

「・・・」

 

そう、弧仁はクリスに関しては周りの手を借りて、真っ直ぐに手を伸ばしクリスを引っ張りあげてくれた、そして側に寄り添ってくれた 

 

誰かに教えてもらったからかもしれないが、それてまも迷いなく真っ直ぐに来てくれた

 

「ましてや今回はアタシ達とは立場が違う、どちらに傾いてもいけない。だったら全部守れって弧仁に簡単に言っちまったけどやっぱ難しいんだろうな」

 

今も弧仁は不安定な立場の上で戦っているのだ、それはどちらを切り捨てるのではなくどちらも救い上げるための戦い

 

それに比べたら一方を敵として戦うのは、どれだけ楽だろうか

 

どっちだって守りたい・・・だからこそ弧仁は今もがいている

 

「けど、それでも・・・」

 

言いよどむクリス

 

「なにも言ってもらえなかった、が寂しいんだよね」

 

響が代弁する、今のクリスの気持ちが分かる

 

「立場や、なにかの狙いがあったとしても・・・一言ほしかったね、クリスちゃん」

 

「っ!」

 

だって、響も今同じ気持ちだから

 

弧仁が大好きな分、抱えている重荷を少しでいいから背負ってあげたかった

 

できることなら、隣で一緒に戦ってあげたい、その背中を支えてあげたい、そして

 

「きっと今ごろ泣いてんだろうな」

 

「近くに誰かいればいいのだが」

 

「・・・こんな時に近くにいてあげられないのも辛いね」

 

「っ!」

 

泣いている体を抱き締めてあげたい

 

「あんなこと、言うつもりじゃなかったんだよ・・・」

 

例え勢いでも口走ってしまった言葉は消えない

 

クリスは"また"弧仁を傷付けてしまった

 

「大丈夫、分かってるよクリスちゃん」

 

少し考えれば分かることなんだ、弧仁がなにも話さなかった理由も想いも

 

「成り行きで知ってしまったアタシが言うのはあれだけどさ、マリア達に関することを言えなかったのはは立場に加えて、"弧仁にもまだよく分かってない"んだ」

 

奏が語る

 

「弧仁の記憶や感情なんて不明瞭な理由をお前達に話したとして、その時お前らはどうだ?戦う手を躊躇わないか?」

 

自分達にとっては優先すべき事情だが、戦う上では邪魔になる

 

「私たちとて、命を奪うために戦っているわけではないが、脳裏にはちらつくだろうな」

 

「私は絶対に戸惑うと思います。なにも知らなくてもこんなに悩んでますから・・・」

 

「・・・アタシはそんなこと」

 

「ないか?」

 

「・・・ある、かも、しれねぇ」

 

もしもマリア達が弧仁の過去に関する人物・・・弧仁の大切な人だったら、そう考えると、攻撃を加える手はきっと戸惑う

 

「アイツ、こうなることを恐れてたんだよ。あっち側(武装組織フィーネ)が、覚悟を持って戦ってきてるのがよく分かったから、それと対峙するお前らが戦いで戸惑ったりしたら危ないって分かってた。だから黙ってた」

 

「・・・また私は弧仁一人に抱え込ませてしまったのか」

 

「それは私も同じです・・・弧仁の手を取ることを躊躇ってしまいました」

 

「・・・アタシは、手放した」

 

あの要らないと言ってしまったお弁当はどれだけの想いを込めて作ってくれたんだろうか

 

量は確かに馬鹿だったが、それでもそれだけ用意するのにどれだけの手間暇がかかったのか・・・それらは全てクリスのために作られ籠められた想い

 

そして今日繋ごうとしていた弧仁の手を手放し、繋がっていた糸が切れた・・・否切ってしまった

 

「手放し・・・ちまった」

 

瞳から滴が零れる

 

一つ、また一つと零れ・・・止まらない

 

「もう、離さないって、近くにいるって決めたのに・・・放して、傷つけた」

 

涙と後悔が止まらない

 

「クリスちゃん・・・」

 

クリスのフィーネの件での罪が有耶無耶になって、一番喜んでいたのは弧仁だった

 

リディアンに通うことも喜んでくれた

 

初任給で購入した両親の仏壇には一緒に手を合わせた

 

そんな日々を過ごしていくうちに、弧仁の近くにいてもいいのだと、思えていたのに

 

弧仁のいたい場所にはクリスもいないといけないと言ってくれたのに・・・これからはずっと近くに、すぐ傍で寄り添ってあげたいと、思っていたのに

 

「アイツを傷つけたアタシは・・・もう近くにいられない」

 

後悔で前が見えず、うつむいて涙を流し続けるしかないクリス

 

「・・・雪音、顔を上げろ」

 

ペチッ

 

「?・・・!」

 

翼がクリスの頬を打つ・・・といってもとても優しく、手を添える程度

 

「その後悔は一人だけのものか?」

 

「!」

 

「私も口にしていないだけで雪音と同じ想いだった・・・そして同じ想いなのは今も同じだ」

 

「そうだよ、クリスちゃん。私も同じ、弧仁を疑って、信じれなくなった・・・だけど今は?」

 

ギュッと、クリスの手をつなぐ響

 

「あ、あたしは・・・」

 

「お前本当に弧仁の姉か?アイツの姉なんだったら弧仁がこんな時どうするか分かるだろ?」

 

クリスの頭に手を乗せて、優しく撫でる奏

 

「雪音がそんなに涙を流すほど、弧仁の手を放すことが辛いのなら、放さなければいいだけだ」

 

「たとえ放してしまったとしても、また繋げるよ。・・・もう離れる理由はないし、もうそんなの絶対に嫌でしょ?」

 

「多少強引なくらいで丁度いい、手を引いて『お前の居場所』はここだって教えてやれよ。お前は弧仁の一番最初の姉だろ?頼むぜ長女」

 

「っ!・・・おうっ!」

 

荒っぽく涙を拭い、応える

 

立場なんて知ったことか、それを差し引いたとしても自分達の居場所が弧仁の代える場所だと思わせるために、もう手放さないともう一度覚悟を決めた

 

皆の切れてしまった『糸』が再び紡がれようとしていた

 

それから少しだけ経って別の場所・・・響と未来の家に場面が移る

 

「そっか、そんなことが・・・」

 

あの後ひとしきり泣いて眠った弧仁をなんとかベットまで運び、書き置きを残して学校に向かった未来

 

その途中で弧仁の言う通り、響から今日は休む連絡が来た

 

もちろん心配だが今は弧仁を優先すべきと、学校終わりに真っ直ぐに帰宅し、起きてはいたがベットで俯いていた弧仁の話を聞いた

 

「私は弧仁の今の立場をちゃんと理解できるわけではないから、そこは憶測で話すけどいい?」

 

「・・・」コク

 

「ありがとう、じゃあまず弧仁が話せない理由が立場と、響達の身を心配してのことだってことは分かった、だけど本当になにも言えなかったの?」

 

「・・・」

 

「響達はもちろんだけど二課の皆さんが弧仁の気持ちをないがしろにするわけがないと思うの」

 

「でも、俺は、味方、じゃ、ないから」

 

そう味方じゃないから、二課の皆には余計なことを考えないでほしいから、言えなかった

 

「うん、そうだね・・・だけどそれは戦う戦士としての弧仁の考えでしょ?」

 

「?」

 

言ってる意味がよく分からず、首を傾げる

 

「例えば響は誰かのあたりまえの日常のため・・・それから少し照れるけど響にとっての陽だまりとしての私や弧仁がいる場所を守るために戦ってる」

 

「・・・うん」

 

「けど、そのあたりまえの日常や、私や弧仁がいる場所には響がいないといけないでしょ?」

 

「うん」

 

「上手く言えないけど戦士としての響と私たちの隣にいる時の響は違うと思うの。ずっと戦士として気を張ってたら疲れちゃう。」

 

「!」

 

響に限らず、奏も翼もクリスも弦十郎も、自分の知っている戦う人たちも日常の中にいる時は張りつめて雰囲気ではない

 

その日常を噛み締めるように穏やかで朗らかで・・・自分も少し前まではそう思えていたはずなのだ

 

だけど、新しい戦いが始まってマリア達の件で常に気を張っていた気がする

 

奏に言われた心の叫びを自覚し、全てを守ると決めてからは更に気を張っていた

 

「きっとそんな日常の中に戦士としての悩みを引き摺ってしまうこともあるのかもしれない、だけどそれじゃ疲れちゃうよ」

 

「・・・」

 

「戦士としての弧仁が抱えなきゃいけない問題は沢山あると思う。だけど、日常にいる間は・・・少なくとも私たちの前では戦士でいなくてもいいんじゃないかな」

 

「・・・」ポロ

 

涙が零れる

 

「戦士として傍に立てなくても、友だちや家族の前では肩肘張らなくていい、傍にいてもいいんだよ。だから今はただの弧仁でいい、ううん、私がそうであってほしいの」

 

自分のためには難しいから、未来からのお願いとして、未来のためならできるから、そのための理由をくれた

 

「うん・・・傍に、いても、いい、かな」

 

「もちろん」

 

「皆に、ちゃんと、話す、よ。」

 

「それがいいね、私も一緒にいるよ」

 

「ありが、とう」

 

優しい陽だまりがいつまでも流れる雨を優しく乾かしてくれていた

 

それがありがたくて強く守りたいと再び願うのだった・・・

 

・・・

 

『守る・・・ねぇ、それは君の手でやらなきゃ意味がないんだよ・・・早く、早く気づくんだよ・・・今なら、まだ間に合うんだから』

 


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