二人の緊張感はピークに達し、体内の血液がこれほどなく流れているのが感じとれる。
アザゼルにいたっては、この世の終わりかのような絶望に駆られた顔をしながら、無意識に後ずさる。
「ア ザ ゼ ル。なんで蓮ちゃんに危ないことをさせてるのかな?」
普段と同じニコニコと笑みを浮かべてはいるが、目は笑っておらず、若干ではあるが肩がプルプルと震えており、眉も少々いつもよりつり上がっている。
アザゼルはこの時のガブリエルの表情からして、地球の滅亡は俺にかかっているレベルの警報が、頭の中でピーピー鳴っていた。
(まっまずい。これは今まで体験したことがないくらい怒ってらっしゃる。ここは蓮を上手く使ってなんとか乗り切るしかない)
「違うぞエル。俺は別に断っていいと言ったんだがな、蓮が自ら名乗り出てだな」
「そっ、そうなんだよママ。俺が」
すかさず蓮がフォローして、少しでも場をおさめようとするが
「蓮ちゃんは黙っときましょうね」
「はい黙ります」
ガブリエルに逆らえる者など一人ぐらいしかおらず、最後の切り札である蓮を失ってしまい、もはやなにも抵抗できない状態のアザゼルに、ガブリエルは命令もとい提案を投げかけた。
「そろそろ子離れをする時期じゃないかしら?」
「ソウデスネ」
「じゃあ、蓮ちゃんにはこの家を出てもらって、私が指定したマンションに移住してもらいますけどいいですね?」
「それは……………はい」
反論しようとしたその時、ガブリエルはギロッと睨みつけた。
その姿諺で言うなら蛇に睨まれたねずみ。
今まで掃除や洗濯を蓮に任せていたアザゼルにとって、かなりの痛手となってしまうが、反論しようものなら恐ろしい結末が待っている。
ガブリエルは「そう」と口に出すと、先程のような雰囲気は消え去り、そこでアザゼルは緊張が解けたのか力無く倒れ込んだ。
一人暮らしという、自由の環境が前々から欲しかった蓮は、結果オーライとなり、アザゼルから見えない角度で小さいガッツポーズをした。
「もうすでにマンションの方は手配しているから今日から住んでも大丈夫よ。後は蓮ちゃんの荷物次第だけど………」
突然、アザゼルはガバッと起き上がって蓮のほうを凝視し、泣きそうになりながら鼻をすする声で確認した。
「れっ、蓮?あと一週間はいてくれるよな?」
蓮は見下した目でアザゼルの言葉を鼻で笑い、クルッと百八十度回転してガブリエルの方をみて飛びきりの笑顔で
「今日からマンションに住むよ、ママ」
アザゼルの位置から、ガーンと効果音が鳴りそうな負のオーラが感じられる。
「分かったわ。あっそれと、マンションには私の部下を住ませるけど別にいいわよね?」
一人暮らしと勝手に思い込み舞い上がっていた蓮であったが、神々しい笑顔で了承を聞く母に少し恐怖を抱いた。
これを断ればまずいと、アザゼル同様この笑顔に危険信号が鳴っていたからだ。
蓮は無言で頷き了解の意志を示すと、ガブリエルの隣に突然青い髪に真っ白な神父の格好をした青年が現れた。
「私の部下の息子を紹介するわ。ジーク、自己紹介をお願い」
「はい、ガブリエル様」
現れたのは、蓮よりも15センチぐらい高く、大人っぽく見えそれでいて落ち着いた雰囲気を持つ青年だった。
瞳はサファイアよりも薄く透き通った青色。まつげは男にしては長く髪の色はガブリエル同様金色。
整った顔立ちに直視できないほどの笑顔は、まごうことなき木場を超えた超絶イケメンである。
「始めまして蓮様、アザゼル様。私はジーク・フレインと申します。」
ジークと名乗る青年はまず最初に蓮の目を見てお辞儀をし、アザゼルにもお辞儀をした。
「ジークはミカエルの一人息子よ。それから様とお辞儀はアザゼルにしなくていいわ」
「畏まりました、ガブリエル様」
ガブリエルがジークの親の説明をした途端、アザゼルは急に目を見開き驚いた顔をしていた。
「何!?ミカエルの息子だと。そうか、息子を産んでいたのか。これは嬉しい知らせを聞いた」
ガハハハハと豪快に笑い出し、今日一番笑っているアザゼルに対して、ガブリエルは冷めた目で見ていた。
「ジーク、蓮ちゃんを宜しくね。特に“女”に近寄らせぬように!」
ガブリエルは、女のところをかなり強調するように念を押した。
彼女にとって、蓮に近づくあるいは興味を持つ女は、全て泥棒猫ということである。
「畏まりましたり。ガブリエル様」
「うん。よろしい」
ジークの言葉に満足したガブリエルは、蓮の方へと向かう。
蓮の目に合うように少ししゃがみ、ほっぺたをむにゅっと掴む。
「あまり危ないことに突っ込まないようにね。ママ、なにするかわからないから」
そう口にして、おっとりした笑みを浮かべたまま、眩しい光とともに天界へ帰っていった。
「では蓮様、私の肩にお掴まり下さい。今後蓮様がお暮らすマンションに移動致しますので」
ガブリエルが立ち去った後、ジークは表情・口調を崩すことなく、床に突っ伏しているアザゼルに一瞥して
「蓮様はこのジークにお任せください、アザゼルさん。」
そう言って、蓮とジークは去っていった。
「蓮様は、僕が守ります。」
アザゼルにはそう聞こえ、悲痛な叫び声が辺りに響いたとかそうでないとか。