アザゼルの過ち
アザゼルがまだ親衛隊長をしていた頃。
ゼウスの護衛の最高責任者を任されている身として、普段は皴ひとつ見当たらないワインレッドの色を基調とした、上下オーダメイドのスーツを着用している。
ガブリエルとの大喧嘩後、家を飛び出したアザゼルはというと、
「…ヒック。」
しかし、この時ばかりは上着のボタンを全部はずし、首元のネクタイが煩わしいのか緩くダラッと垂らし、片手をズボンのポケットに突っ込み、酒が弱いくせに空いている片方の手で、テキーラを浴びるように飲みながら、フラフラと体を揺らし足元おぼつかない様子で、夜の繁華街を歩いていた。
繁華街の中央道はもちろん、路地裏の隅々まで照らす街灯の明るさ賑わかさとは対照的に、近寄りがたい雰囲気と暗いオーラを纏っている。
まさかこの酔っ払いが“あの”アザゼルだと思うはずもない道行く人は皆、関わりたくないため目を合わせずに早々とすれ違っていく。
そんな時、ガラの悪そうな若い男三人のうちの一人と、肩がぶつかった。
「あぁ、悪い。」
そう言ったアザゼルは、ただ道の流れに沿って歩いてきた道を再び歩き出そうとするが、それを見逃す連中たちではない。
「おいおっさん。人の肩をぶつけといてそりゃーねぇーわな。」
肩を“わざ”とぶつけてきた三人の中でもひときは大きい男は、ニヤつきながらすぐさま殴り掛かるモーションをかけ、右頬に狙いを定め、体全体重を左拳にのせ殴りかかった。
他の二人もニヤニヤと笑みを浮かんで喧嘩を見つめるが、いつまでたっても当たった鈍い音は聞こえてはこず、かわりに空振りをする空気の乾いた音だけ聞こえている。
「おいおいどうしたよチャー坊。自慢の高速パンチが当たらねぇじゃないか」
「まさか手加減しているのか?ぎゃははははははは」
チャー坊と言われた男は、いつまでたっても目の前の酔っ払いに拳が届かず、イライラしてきたのか攻撃が単調になり、ただ力任せにぶんぶん腕を振り回すが、何度やっても避けられ息が上がる。
「このっ、くそっ。当たれよ!!」
5分近くは経っただろうか?
チャー坊はかなり疲労しきっており、ぜぇーぜぇーと呼吸は乱れ、背中で呼吸をしているかのようだ。
アザゼルの方は汗一つかかず、そこらへんに転がっている石ころを見るような目で、チャー坊を見つめていた。
やがて完全に興味を失い、見下した目と無機質な声でぼそっと、この程度かと口に出し背中を向け歩き出した。
プライドだけは人一倍持っている三人達は、黙って去ろうとするアザゼルに怒りを感じ、全員で追い打ちをかけるべき走り出した。しかし、チャー坊一人だけ不意に右腕の違和感を感じ立ち止まった。そして
「いってぇぇぇぇぇよーーー」
繁華街の外れのほうで断末魔が響いた。他の二人はいきなりの叫びに立ち止まり、慌てて後ろを振り返る。そこには膝をついてあまりの痛みに堪えきれず涙を流すチャー坊の姿があった。
仲間二人はチャー坊に駆け寄ると息を飲みこむ。彼の左腕の関節が砕け、腕が通常では考えられない方向に捻じ曲がっていたのだ。
チャー坊は倒れ込み、腕から流れる少量とは言いにくい流血に仲間二人は動揺した。一人の足はガクガク震え、顔を真っ青にして負傷した男の左腕の方に指をさす。
「お・・・おい。それ」
つい5分前まで威勢よく舐めてかかっていた三人は、絶望と恐怖に身体全体が震え、言葉が出せない。
「さっさと失せろ。まだ突っかかってくるなら容赦はしない」
三人たちの戦意は完全に喪失しており、アザゼルを追うことはなかった。アザゼルの後ろ姿が見えなくなり、安心を取り戻した男三人は、緊張の糸が解けその場で気を失い倒れこんだ。
繁華街を抜け、親と子のコミュニケーションを高める一環として、人間界を模範に造られた公園にたどり着いた。
歩き疲れのアザゼルにとっては丁度いい場所だったので、園内に入りベンチに近づいた。やがて倒れこむようにベンチに寝転がった。
公園の外灯が明かりすぎたのか、視界に入れないように右腕で両方の目を防ぎ両足をベンチからはみ出して楽な姿勢をとっている。
「あーあ。またエルを怒らしちまった。最近喧嘩してばっかだなー、ハハハ。」
最後に乾いた笑いをするあたり相当参っているようだ。それもそのはずで喧嘩していなければ今頃、家族揃って息子の誕生日会で幸せに包まれているはずだからだ。
最近ガブリエルとは喧嘩することがなかったぶん、あの場で素直に謝ることに戸惑い、つい口調が乱暴気味になってしまっていた。
「そういえば最近、帰りが遅かったからなぁー」
天界で怪しい動きをする勢力に休日も奪われ、その後始末に追われる事が多く、その怒りも多少エルにあったのだろう。
「まぁ、怒るのも無理はないかって、こうしている場合じゃねぇな。早く帰って蓮の面倒を見ないと、ますますエルの機嫌が悪くなっちまう」
頭を冷やし、最近の自分を見つめなおしたのが良かったのか、早く帰って謝ろうと起き上がる体制をとった。
閉じていた目を開けるため、街灯の明かりが邪魔で両目を防いでいた右腕をずらしたあと、後頭部に移動させ、少し頭を浮かした状態にして起き上がろうとした瞬間、身体に違和感を感じた。
両足と腹筋がどんなに力を入れても動かないのだ。
「少し飲み過ぎたか?」
いやっ、でもこれは酒の飲み過ぎじゃないな。何か腹部に重みを感じる。何だこの圧迫感というか………誰かに押さえつけられている?
「やっとみーーつけたっ」
そう思った直後、目の前から女の声が聞こえた。