「.....誰だ!」
「うふふ、そんなに慌てなくてもいいじゃない。」
再び女の声がした。しかしこの声はどこか聞いたことがある声だ。
「ん~もう。私のことわ・す・れ・た・の?ミューナよミューナ。あなたの彼女なのに」
だんだんと姿が見え始め、思い出したくもない記憶とともに女の名ミューナ・ルムナルが視界に入る。序列は上から111番目で肩書きは大天使―そして俺の“元”恋人。
彼女は男癖がとても悪く、常に誰かしら侍らせており、毎日のように男との遊びを楽しんでは、その都度高価な物を貢がせている。
その事はずいぶん前から広く知られているようで、部下からの報告で知った。
立場上悪名がつく女と付き合っていることが知られてしまうと、後々厄介なことになりかねない。そう判断した俺はすぐに別れを切り出したが、別れはあっさりとしたもので
「そう。分かったわ、さよなら。」
その時の顔を今でも忘れられない。
俺を利用価値のなくなった【物】みたいな冷めた顔で見つめ、いつもの甘ったるい声が無機質な声に変わり、あっけなく捨てやがった。
あっさりすぎてひどく落ち込み、一時期は女の笑顔を信じられなくなるまでに、ずたずたに精神を引き裂かれた。
まぁ、エルと結婚して喧嘩もするけど幸せだし、絶対に俺を裏切ることはないだろうから、今となってはどうでもいい過去だがな......。
「あぁ、久し振りだな。【元】彼女のルムナルさん?」
俺は過去のことはあまり気にしないようにしてはいるが、心のどこかでコイツに恨みがあるのか冷静に、しかし皮肉たっぷりに返答していた。
まぁ、これで態度が変わるとは思っていないが。というか、今更俺に何のようだ? 俺が結婚していることは、天界では有名な話でこいつも知っているはずだ。
「やだぁ~。アザが冷た~い」
落ち着け俺。今すぐにでもぶっ飛ばしてあの頃の鬱憤を晴らしたいのは分かる。分かるが動けない体で立ち向かうには圧倒的に不利だ冷静になれ!!
俺はそう自分に言い聞かせ徐々に落ち着きを取り戻そうとした。
「離してくれないかなミューナ?俺には妻がいるんだ。こんな所誰かに見られたら……………」
「あらっ?蓮という子供も忘れていないのかな?」
「...っ、なんで息子のことを知って」
話している途中、自ら墓穴を掘ったのに気が付いた。どうやら横になっている途中、酔いのせいで蓮の名前を出していたようだ。息子と言った瞬間、ミューナは表情を一変させた。
「その蓮っていう貴方の子供、頂戴な。大丈夫大丈夫。私がしっかり育てて立派に成長させるから。あっ、月一度は貴方との遊びも許可するわよもちろん私も一緒でね。
それから……………。」
何をこいつはいっているんだ?俺とエルの息子が、全く血のつながっていないコイツの子供になるだと?
「断じて断る」
「フフっ。そういうと思った。」
そういった瞬間、ミューナは素早く俺の唇を無理やり奪った。
俺は必死に抵抗しているが、こいつは相手に触れると自分の意志で魔力を吸い取ることができる能力を持っている。
さらには、その相手が興奮すればするほど奪う速度も量も高まりこうして話している間も魔力を吸い取っているため意味がない。
しかも、俺が寝ている間ずっと魔力と一緒に体力までもが奪われたらしい。
自分の体が重く感じたのはこのせいのようだ。
最後のチュッという音ともに顔を上げたミューナの表情は、頬は赤く息は上がり余韻に浸っていた。
「ハァハァ。もうさいこ~」
そう言って俺の体を覆いかぶさるように倒れ込んできた。ミューナの体から熱を感じ耳に息の吐息が漏れて聞こえていて、正直興奮している自分か恥ずかしい。
「どう?久し振りの私のキスは」
「おいっ!一体何のつもり」
「ってあら?ウフフフフ。あなたも興奮しているじゃないの?顔が赤いわよ。」
そう言ってまたミューナの唇が俺の唇に迫ってきた。しかも今度は俺の舌を狙っているのか、呼吸を口でしか出来いように鼻を摘まんできた。
首も動かなくなり何も抵抗できなくせめてこの状態を誰にも見られないように願うしかない。
しかし、繁華街からこちらに向かってきている人影が見えた。そいつには見覚えがある。かつて俺とエルが結婚することを最後まで反抗の意思を示していた一部の部下だったはず……
あっちはなにやら、何枚も綴っているであろう束になった報告書を読みながら、こちらに近づいてきている。
まだこの場面を見られてはいないが、目が合ったが最後すぐにエル以外の権力者に話が回り俺の立場は危うくなるだろう。
ミューナは俺の目線が繁華街の方に向いているのに気づき、ゆっくりそちらを見た。
「そんなに深刻そうな顔をしてどうしたの?さっきから全然私のほうを向いてくれないから妬いちゃうわ~。 そ・れ・と・も あのオンナの人アザの奥さん?なら見せびらかさないと」
「なっ、やめ」
俺の悲痛な声は空しくまたもやミューナは俺にキスをした。
ミューナの舌が俺の上歯と下歯を割って入ってきた時には体力も気力もほぼゼロに近い状態だったので何も抵抗できなかった。
すぐに俺の舌を絡めとり何回も何回も強く引っ張っては甘く噛んでを繰り返していき、その光景をエルの部下に見られるのはもはや時間の問題であった。
「アザゼル!貴様!!よくもガブリエル様を裏切ったな」
ミューナからのディープキスから開放された直後、ドスのきいた声が聞こえてきた。
「あのぉ~、今私達楽しんでいるので帰ってくれませんか?」
「貴様の行動は上の者に報告しておくから覚悟しとけ」
そういって歩き去る部下の顔はどこか笑みを浮かべているように見えた。
その十分後、異例の速さでアザゼルの処分が決定し、彼は絶望を味わうことになる。