「起っきろー息子よ!もう朝だぞー」
時刻は朝の七時。いまだ夢の中にいる蓮を起こすべく、近所大迷惑級の声を張り上げる。
近所の間では、賑やかな父子として周知され、蓮同様アザゼルの声で目を覚ます人も少なくはない。
また、毎日蓮が学校に遅刻しないようにと、部屋の前まで足を運んで起きたかどうかの確認と、朝食まで用意しているその姿はまさしく理想の父親の鏡である。
「親父、いつもより早い」
蓮は目覚ましが鳴っても中々自力で起きれないため、アザゼルに毎朝お願いすることで、彼の一日は始まる。
「あれ?そうだっけ?まぁ気にしない気にしない」
アザゼルがよく言葉にする十八番の口癖に、蓮ははぁーーと大きなため息をつき、いまだ寝足りず名残惜しい思いでベッドからしぶしぶ抜け出し、洗面台に向かい洗顔と歯磨きをした後、朝食を摂る。
朝食後は、家を出るまでの間に自室へ戻り、学校に行く準備を整える。
そして、母親のガブリエルとテレビ電話を通じ、学校の事や生活の事など世間話をするのが日課である。
ガブリエルとコンタクトをとるため、ベッドの横に堂々と置いてある90インチのバカでかいテレビは、一年前の高校入学記念にアザゼルからプレゼントされたものだ。
買えるお金の出処を質問するが、いつもはぐらかされる。人間界ではニートの父親が、どんな方法で生活費を稼いでいるか謎である。
テレビには緊急用にと、転移機能がオプションとして組み込まれている。
異界を出入りする際、通常は入界通過証というパスポートが原則必要でなければならない。
しかしこのテレビにはパスポートなしで、ガブリエル本人と彼女が認めた者だけ、特例で入界することができるのだ。
ただし入界する際、事前に隠居済みの大神ゼウスの許可を求めなければならないが…。
自分の部屋で、授業の教科書やノートなどをカバンに積み込んでる時、テレビの電源が自動で点いた。
映し出された画面には、神が絶対に贔屓したと思うほどの美くしい女性が、一人息子をニッコリと微笑み優しい雰囲気を纏って見つめる。
前髪は真ん中辺りでキッチリと分け、腰まで伸びている金色の長髪は、思わず膝をついて跪くほど輝いている。
雪のような白く細い足に加え、グラマーな少しムチッとしている太ももはマシュマロを連想させる。
瞳の色はエメラルドグリーンよりも透きとおっており、見つめられると世の男性は、その美しさに動けなくなるか思わず目を逸らしてしまい、頬を赤らむに違いない。
そんな絶世の美女ガブリエルは、なにやら不服そうな顔をしている。
まるで大切なものを親に取られた子供が、思わずムスッとしている表情に近い。
「母さん、何かあったの?」
「蓮ちゃーん。母さんじゃなくてママでしょ?」
自分の子供には、永遠にママと呼ばせたい欲が彼女にはある。
6才の誕生日以降、一年に二回しか会うことができず、まだまだ幼いと親馬鹿.......失礼、過保護過ぎる面からきている。
しかし一番の理由が、蓮に変な毒虫がまとわり付かぬように、ママと呼ばせているのだ。
蓮自身その呼称はかなり恥ずかしく、できれば歳相応に母さんと呼びたいのだが....。
しかし過去に一度、「母さん」と二回目に呼んだとたん大号泣しだした。
結果、泣く止むまでにかなり時間がかかり、学校に遅刻した日もあるので、以来ママと呼んでいる。
「何でいじけたような顔をしているの。ママ?」
ママと呼んだ途端、パァと明るい表情になったが、またすぐに暗い表情に戻った。
「あのね蓮ちゃん。今度授業参観あるでしょう?」
高校一年の時の授業参観日当日、当日までに処理しなければいけない書類が机の上に広がっている中、息子の授業参観という部下からしたら、呆れる理由で逃亡した。
蓮が関わると、我を忘れて暴走してしまう上司の性格を把握している有能補佐ミカエルによって見つかり、行くことができなかった。
ただミカエルは、彼女の気持ちを分からないわけではない。
前日まで彼女は、息子とファミリーレストランで食事しながら直接会話を楽しむ予定だと、キラキラした目と嬉しそうな表情で語っていたからだ。
そのため、仕事中こっそりと人間界を監視していることを知ってはいるが、見てみぬふりをしている。
「また仕事で来れなくなっちゃった」
不満げに話す彼女に、蓮は過去の事を思い出した。
中学校の授業参観後、ガブリエルー新条恵理の日本人離れした美貌と若さから、彼女の話で持ちきりだった。
同級生からは、使用している化粧のメーカーや、義理の母親じゃないのかと失礼な質問をする者までいたのだ。
そういう理由から、あまり注目されたくない蓮にとっては、願ったり叶ったりだ。
「仕方ないよ。お仕事だからね。俺はいつもどおりだから気にしないでがんばってね」
蓮がそういうと、彼女の瞳から次第に涙が流れ始めその数秒後、まるで溜まっていたダムが決壊したかのように、目から大量の涙が溢れ出た。
「こんな…!優しい子になって。ママはっ!ママは……」
そばにいたミカエルとの二人掛かりで慰め、落ち着いた時には蓮の姿がなく、行ってらっしゃいを言えなかったと、またも涙を流すのであった。