澪が粥を食べる。
ついでに暦の右手も少し食べる。
沢山食べて大きくなるんやで。
澪は殴られたことを虐待だとは思ってないらしい。
2018年3月8日(木)_PM6:37_某所
轟音が森の中に鳴り響く。戦いの余波で巨木がへし折られ、バキバキと枝を巻き込みながら倒れていった。
3月になり、季節は冬から春へと移っている。自然豊かな場所ほど季節の移り変わりがはっきりと現れるもので、それは人里離れたこの山も例外ではなかった。
白銀世界とも言うべき雪景色はすっかりと鳴りを潜め、山々には温かな春が訪れていた。色とりどりの花が咲き乱れ、瑞々しい山菜がそこかしこで伸び、鳥がどこらからか囀ずっている。
美しきその様は生命の神秘を感じさせる。
終わりがあれば始まりがある。
この光景は明らかにその始まりの方であり、生あるものならばその尊さに思わず頭を下げたくなるのも当然であった。
だからこそ、それらは異端だった。
春風に運ばれてくる死の匂い。絶え間なく鳴り響く破壊音。辺りを焼きつくすほどの闘争心。
大自然の中で尽きることなく膨れ上がるそれらは、この場所を戦場へと塗り替えるには十分だった。
白スーツを着た男は自らを囲む敵たちへと視線を向ける。
シカ2頭、クマ1頭、サル3頭、二級呪霊が1体。
獣たちは何故か二級相当の呪力を放ち、呪霊と連携をとりながら確実に男の命を奪いにきていた。牙で噛みちぎり、爪で引き裂き、角で貫かんとする。それらの猛攻は一つ一つが木を薙ぎ倒し岩を砕くほどに強力で、そこへ獣特有の俊敏性も加わると、一般人ならば秒と経たずに肉塊と化すのは想像に難くなかった。
だが、男は一般人ではなかった。
男の名は七海健人。上下ともサラリーマンのような白スーツを見に纏い、両足に茶色の革靴、左腕にスポーツウォッチ、眼にはツルのないゴーグルのような眼鏡をかけ、頭は七三でまとめている。およそ戦闘向きとは言えない清潔感溢れた格好をしたこの男は、呪術高専東京校所属の一級術師だ。
いわば、対呪霊戦闘のプロである。
七海が布で巻かれた鉈を振り回す度に一体また一体と獣たちが地に伏していく。アスリート以上に鍛えこまれた肉体、研鑽により練り上げられた呪力、そして経験により積み上げられた戦闘技術。何をもってしても七海の強さは獣たちのそれを上回っており、掠り傷をつけることすらかなわかった。
残りクマ1頭、シカ1頭、呪霊1体。
前方からクマが四本足で地を駆りながら突進してくる。爪も牙も剥き出しで、その目には恐怖の代わりに、ただ狂気的なほどの殺意が満ちていた。
男は右半身に鉈を構え、突進してくるクマの方向へ踏み出した。クマの巨腕、黒々とした毛に包まれたそれは、七海の体を切り刻もうと振り抜かれた。
バゴッ!
肉に包まれた頑強な骨がより硬質なものとぶち当たり鈍い音が鳴った。
倒れたのはクマだ。七海は通り抜け様にクマの左側頭部を鉈で叩きつけたのだ。クマは人の倍以上の太い首を持っているにも関わらず、七海の一撃にはなす術もなく脳を揺らされ気絶した。
クマの背後からシカが現れる。七海からは死角になる形だ。シカは鉈を振り抜いたばかりでがら空きの右脇腹を貫かんと、自らを弓矢のごとく全身のバネを引き絞り打ち放った。
更に畳み掛けるようにして、呪霊が七海の背中目掛けて、蛙のように舌を伸ばす。瞬きをする間もなく襲われ続ける七海は、しかし、全く臆さず右回りに体を捻った。
ドゴッ!
捻ると同時に七海はシカの角を掴み取ると、呪霊へと投げ飛ばした。見事、シカと呪霊は的中し衝撃と共に吹っ飛んでいった。
シカは気絶したものの呪霊にはまだ息があるようで、のし掛かったシカの下から何とか這い出そうとしている。そこを見逃す七海ではない。先程の激しい戦闘とは違い、七海はゆっくりと一歩一歩呪霊へ近づいていくと、躊躇なく鉈を振り下ろした。
ガシュッ
「ぉおッ…」
頭部を粉砕された呪霊は呻き声をあげながら、数秒も経つと霧散し後形もなく消えてしまった。
「フー」
戦闘が終わったのを確認すると、七海は空を仰ぎ息を吐いた。
五条さんの言っていた通りでした。山には人避けの帳が下ろされ、中には侵入者を撃退するべく呪霊と獣が放たれている。山の奥へ進むほどにそれらの強さは上がっていき、最奥にはおそらく村がある。
柊と鰯ですか……。
五条さんの推測が事実ならば現世は地獄となるでしょう。早急に叩き潰さなくてはなりません。
「七海君、終わったか」
振り返ると、そこには前髪を簾のように垂らし身長ほども柄のある巨大な戦斧を持った女性と、それに付き従うようにして幼い少年が立っていました。女性の名は冥冥、少年の名は憂憂と言い、どちらも偽名です。
「ええ、冥さんの方も終わったみたいですね」
冥さんの奥の方には、私と同じくらいの獣と呪霊たちの死体が散乱していました。くらいと言ったのは、彼女の戦斧により殴殺されたそれらはもはや原型をとどめておらず、正式な数は把握できなかったためです。
「姉様は索敵や偵察もなされてるんだから、戦いは全てこの男に任せればいいのです」
「いいんだ、憂憂。私の依頼は情報収集と戦闘だからね。
お金を受け取った以上、仕事はやるよ。それが取引と言うものだからね」
「もうっ、姉様ったら」
この姉弟は仕事中にも関わらずよく談笑しています。気が抜けすぎではないかと思ってしまいますが、この二人に関して心配は無用でしょう。なぜなら、冥さんは一級、憂君は準一級術師であり、共に実力者である彼女らは今この瞬間も決して油断していないからです。
正直なところ苦手なタイプですが、仕事をこなしてくれるのであればそれもどうでもいいことです。
「冥さん、それで村の方向はこちらですか?」
「ふむ、ちょっと待ってくれ。ん、これは…」
私は彼女が結論を出すまで待ちます。彼女の術式黒鳥操術はカラスを自在に操り、カラスと自身の視界を共有できる術式です。今行っているのは視界の共有であり、それには集中力が必要だと聞きます。冥さんの腕をもってすれば多少の行動を行いながらも視界の共有ができるでしょうが、あえて喋りかけて集中を乱すものでもありません。
「村の建物が燃えている」
「ッ! それは本当ですか?」
「疑うな、姉様が嘘をつくはずがないでしょう!」
咄嗟に驚いて聞き返すと、憂君を怒らせてしまったようです。面倒くさい。
「すみません。ですが、そうなると急ぐ必要がありますね」
「そうだね。情報源を失うのは不味い。もしかしたらあれが目覚めた可能性もあるしね。逃げられては厄介だ、行こう」
一行は走り出した。呪力で強化された健脚は草木茂る山を飛ぶようにして駆けていく。やがて一行の姿は見えなくなった。
辺りには気絶した獣たちが倒れ、そのすぐ近くでは獣たちの肉片が飛び散っていた。それらは夕日に照らされ、草木と共にやがて山の景色に溶け込んでいく。
惨劇は人知れず幕を開けた。
◆◆◆
「ごめん下さーい! ヨモギさんいますかー?」
木造家屋の玄関前に立ち、扉越しに声をかける。これで三度目の呼び掛けだったが応じる者はいなかった。
「どうやら留守のようじゃのう」
「うーん、そうみたいだな」
澪を柱に縛り付けた後、僕と忍はヨモギさんのところを訪ねることにした。澪が正気に戻るにはたんぱく質の接種が必要なため、肉か魚を分けて貰おうと考えたからだ。
ちなみに、忍は僕の影に潜んでいる。
一応小声で話しているけど、近くで聞かれたら僕は一人言を話しているヤバイやつだと思われてしまうだろう。
まぁ、今さら村人たちから怪しまれたって対して状況は変わらないと思うが。
「やっぱり忙しいのかな」
「さぁの。まぁ、農村じゃからな。大方どこかで仕事でもしてるんじゃろ」
「確かに、大変そうだもんな」
前にも述べたように、ここの村は現代社会とはかけ離れた生活を送っている。どこを見ても機械はなく、畑を耕すのも、木を伐採するのも、火を起こすのも人の手で行われていた。
当然、人力というのは時間も労力もかかる。この200人余りが暮らす農村では生きていくためにどれほどの苦労があるというのか。
僕には想像もできない。
「やっぱり僕たちってタイムスリップしちまったのか……?」
そう考えた方が納得できる。僕が知らないだけかもしれないけれど、現代社会でこのような生活をしている所があるとは考えにくい。
だが、忍の答えは僕の予想を否定した。
「いや、あの場にあった霊的エネルギーではタイムスリップは無理じゃ。やはり、平行世界へ転移したと考える方が妥当じゃろう」
「そこだよ、そこ。今まで忍が自信満々に言うから聞きそびれてたけどさ。タイムスリップより転移の方が簡単ってのが僕にはいまいちピンと来ないんだよな」
「ふむ、そうじゃな。では説明してやろう。そこの落葉を拾うのじゃ」
「うん、これか?」
僕は足元に落ちている一枚の葉っぱを拾った。手の平ほどの大きさだ。
この葉っぱがなんだというのだろう。
「ふむ、ではその葉っぱを元の場所に戻すのじゃ」
「元の場所って、地面ってことか?」
「いいや、そこらに木が生えておるじゃろ。その葉っぱが繋がっていた木の枝に戻すのじゃ。
ちなみに、戻すというのは形だけで構わんぞ。それこそボンドで繋げてもよいじゃろう。大事なのは外から見てバレないことじゃからの」
「はぁ、そんなん無理だろ?」
この葉っぱがそもそも何処から来たのかも分からないんだぞ。山から風に飛ばされて来たのかもしれないし、庭の木から落ちたのかもしれないわけだ。そこから更に繋がっていた枝に戻すだなんて。
それこそ砂漠の中で砂金を見つけるようなものだろう。
「どうじゃろうな。お前様には無理かもしれないが、樹木の専門家やここに住むものが戻す、あるいはその葉っぱ自身が戻るというのはあり得ない話じゃないと思わんか」
「う~ん? まぁ、そうかもな」
言われてみればそうかもしれない。僕はド素人だから分からないけれど、樹木の専門家なら葉を見れば木の種類から何処の高さに生えているかまで分かるかもしれない。
ここに住む者でもそうだ。慣れ親しんでいる樹木であれば分かってもおかしくない。
それにしたってどちらも莫大な時間がかかりそうだけど、それを無視するなら確かに不可能ではないのか?
それに葉っぱ自身か。確かに葉っぱが答えてくれるのであればそれが一番手っ取り早いよな。自分の故郷に帰るようなものだろうし。
「いわば、この辿って戻すというのがタイムスリップなのじゃ。儂らを取り巻く環境を過去へと辿りそこに儂らを戻す。言葉で説明するのは簡単じゃが、この辿るというのが難しくての。辿り間違えた先が平行世界の過去だった、なんてこともあるわけじゃ。それはお前様も知っておるじゃろ」
「あー、そうだな」
高三の夏休みに僕と忍が行った平行世界。あれも辿り間違えたせいだったのか。
「では、次は転移の話じゃな。お前様よ、その葉っぱの表から裏へ行くのじゃ」
「表から裏へ行く?」
「ああ、最短距離での」
言われていることの意味が分からなすぎて思わずオウム返しをしてしまった。
最短距離か。表から裏へ行く。ただ行くというのであれば分かったかもしれない。
「自信はないけど、これなら僕もできそうだ」
「ふむ、ならばやってみるのじゃ」
忍の言葉を受けて、僕は自分の指を葉っぱへと突き刺した。手の平ほどの大きさのこの葉っぱは、僕が指を刺したところで破けることはなかった。
案外、葉っぱというのは頑丈なんだな。
「正解じゃ。物分りも物覚えも悪いお前様がまさか一発で正解するとはの。お前様も成長したということかの」
「おいおい、甘く見てもらっちゃ困るぜ。僕の頭が少しばかり悪いというのは自他共に認める事実だけどさ。一体これがどう転移と関係あるっていうんだよ」
「転移とは、つまり表から裏へと行くことなのじゃ。よって辿る作業こそ必要とはいえ、距離は常に最短。ゆえに燃費の点で言えばタイムスリップより安く済むということじゃ」
分かるような分からないような話だな。
ようはタイムスリップは移動距離が長く、転移は移動距離が短いってことか。だから、そこに必要な霊的エネルギーも転移の方が少なくて済む。
「まぁ、なんとなく分かったよ」
「それが普通の反応じゃ。こんな説明で全部分かられても驚きじゃしの」
ま、お前様もいつか自分の手でやってみれば分かるじゃろ。
忍は僕の影の中でそう呟いた。
僕たちの話に一段落ついた頃、畑の方から歩いてくる人影が一つあった。
草臥れた竹の籠に作物を沢山積め、しっかりとした足取りでこちらに近づいてくる。
「ヨモギさん!」
僕はを手を振り、ヨモギさんの元まで小走りで向かった。僕は重たい籠を後ろから支えることにした。本当は僕が代わりに持とうかと思っていたのだが、その籠に力を込めたとき、あまりの重さに僕では支えるのが精一杯だと気づいたのだ。
よくこんな重い物を持てるな。どこにそんな力があるんだか。
ヨモギさんが何歳なのかは知らない。だが、皺の多い手や顔から判断するに軽く70は越えていそうだった。
「ありがとうねぇ、アララギ君」
「いえいえ、こんなのお安いご用ですよ」
籠を家の土間に運び込む。家の中は質素なもので、農具が壁際に立てられ、土間に作物が貯蔵された瓶と、居間に箪笥が一つあるだけだった。長年使われているだろうこの家屋は、年期を感じさせるものの行き届いた掃除のおかげか古臭さは全くなかった。
意外な重労働に少しはがり疲れたが、さて、ここからが本題だ。
「ヨモギさん、頼みごとがあるんです。どうか僕に肉か魚を分けて貰えませんか」
断られても仕方がないが頼むだけならタダである。
頼まれた側は叶えるのにも断るのにも疲れるので、迷惑をかけていることには変わりないが。
ヨモギさんは振り返り口を開いた。
後になって考えてみれば、このとき既に僕は辿り間違えていたのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました!
今回の話、シリアスっぽくなってしまった。
書き直すかも。
○独自解釈ポイント
タイムスリップと転移の話
→原作手元にないので確認できませんでした。知ってる人はよかったら教えてください!
短編何読みたいですか? ※お気軽にお答えください!
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